憧れのゲーム世界に転生したと思ったら、よく見る広告ゲームの世界だった件

大豆茶

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この世界で、俺は

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 あの壮絶な戦いのあと、ユナは部屋の奥にひっそりと置かれていた祭壇へと歩み寄り、淡く光る液体が入った小さなガラス瓶を手に取った。
 
 ――それこそが、彼女の求めていた秘薬だった。

 そして、俺たちは脱出用の魔方陣を起動し、無事に地上へと戻った。

 ――そこから数日、俺はユナの母親の快復を見守るため、とある農村へ訪れていた。

「ただいま戻りました!」

 バァンとドアを開け放ち、ユナが民家のひとつへと入っていく。なるほど、ここがユナの実家なんだな。

「あっ、お姉ちゃん! 本当に薬をとってきてくれたの!?」

 ユナを出迎えたのは、まだ十歳ぐらいの少年だ。ユナの弟だろう。
 そして、部屋の奥にあるベッドには、母親と思わしき人物が横たわっている。相当体力が落ちているようで、頬がこけ、明らかに憔悴しきっている。

「うん。これがそのお薬だよ。お母さんに飲ませてあげてね」

 ユナは弟くんへと薬を手渡し、大事そうに抱えて薬を運んでいく様を見届けていた。
 そして、母親の口元へと小瓶を近付け、慎重に秘薬を飲ませていく。

 ――瞬間、みるみるうちに寝たきりだった母親の血色が良くなり、なんなら痩せこけていた体にも張りが戻ってきていた。……いや、秘薬凄すぎん?

 そして、快復するや否や上半身を起こし、近くにいた弟くんを抱き締めた。

「ああ、愛しのルーク……またこうやって抱き締められる日が来るだなんて……!」
「お母さん……!」

 うんうん、親子の愛……感動のシーンだねぇ。

「どうした? ほら、ユナも行ってこいよ」

 俺は隣で涙ぐみながら二人が抱き合うのを見ていたユナへと、こっそり話しかけた。
 いつもなら迷わず突っ込んでいきそうなところなのだが、どういうわけか傍観に徹しているようだ。

「いえいえ、わたしだってそこまで野暮じゃありませんよ。さ、わたしたちはお邪魔でしょうし、もう行きましょう」
「……はい?」

 ユナはすたこらと家を出ていってしまったので、俺はそのあとを急いで追った。
 なんだユナのさっきの口振りは……あれじゃあ、まるで……。

「……なあユナ。さっきのところって、お前の実家じゃないのか?」

 しばらく歩いたところで、俺は恐る恐るユナへと質問を投げ掛けた。なんとなく予想はできたのだが、一応確認のためだ。

「違いますよ? わたしの家はここからずーっと東の方角ですね」
「はぁ、やっぱりか……」

 どうやら俺の予想は的中してしまったようだ。当たって欲しくはなかったが。
 
「どうしたんです? 神様?」
「ってことはお前、あれか。助けたかった母親ってのは、自分じゃなく赤の他人の母親だったってことか?」
「赤の他人じゃないですよ。ルークくんの母親です」
「ルークくんはユナの従兄弟とか、大切な友達とかってことか……?」
「いいえ、少し前にここに立ち寄ったとき初めて会いましたよ?」
 
 ……なんだろう、もうため息しかでない。
 もちろん、呆れからくるものではなく、感嘆したが故のため息だ。

 出会って間もない親子のために、命懸けでダンジョンに挑むだなんて、そんなの……どっからどう見ても物語の主人公じゃないか。

 後ろで手を組みながら、ご機嫌に歩く彼女の背中がとても頼もしく見える。

 これからも彼女は色々な人を助けるのだろう。
 そして、そこに俺の居場所は……ない。あのダンジョンをクリアして外に出てからというもの、道中出くわしたモンスターはおろか、村の人々、そしてユナを見たときですら、数字が浮かび上がってくることはなくなったのだ。

 俺の唯一の取り柄だった特殊能力は失われた。そんな俺が彼女の傍にいても、ノイズにしかならないだろう。

 ここでお別れ……か。
 
 ――と、そう思ったのも束の間。

「そこの道行くお嬢ちゃん、少し話を聞いてくれんかね」

 突然、道の脇に立っていた老人が、声をかけてきた。

 杖をついた白髪の老人。背中は丸く、服は薄汚れている。けれど、その目は驚くほど澄んでいた。

「どうしました? おじいさん」

 ユナが足を止めて振り返ると、老人は深く頷き、手にした巻物を広げた。

「これはここにある農場の権利書じゃ。これをお嬢ちゃんに預けたい」
「農場……ですか?」
「うむ。実はな、とある事情で多額の借金ができてしまってのう。残されたのはこの土地とボロ農場だけ……身寄りもなく、年老いたワシには借金の返済などできそうもない。そこで提案なのじゃが、ワシの代わりにこの農場を甦らせてはくれないか?」

 ……いや、唐突すぎるし怪しすぎるだろ。
 身寄りがないって話だったけど、だからと言って見ず知らずの人間に頼むことじゃないからな、それ。
 
 ――でもまあ、ユナの返答は聞くまでもないか。

「はいっ、まるごとぜーんぶ、わたしに任せてくださいっ!」

 人を疑うということを知らないユナは、話を持ちかけられるなり即答した。……やっぱそうなるか。

「いやいや、待てよユナ。せっかく強くなったんだし、もっと冒険するとか、そういうことで力を使ったほうがいいって! それとも、農場経営の経験でもあるのか?」
「ないですけど……大丈夫です! だって、神様が見守っていてくれるんですよね?」

 そう言った彼女の無垢な信頼を帯びた視線は、偶然ながらも、姿が見えないはずの俺の目を真っ直ぐに捉えていた。

 だが、俺はすぐに返事をすることができなかった。俺には、彼女の期待には応えることは、もう……できないんだ。

 ――別れを切り出そうと思ったその瞬間、ピコーンという音が脳内に響き、あるものが視界に浮かんだ。

【メインクエスト:農場の柵を修理しよう!】 
【 木材:0/20】【釘:0/20】【ロープ:0/10】

「……いや、なんか別ゲー始まったんですけど!?」

 今まで浮かんで見えていたレベルの表記とはまるで違う、いやに具体的な指示と、指示の達成に必要な材料が俺の視界には浮かんでいた。それはさながら、農場経営のシュミレーションゲームのようだった。

「いや、実際インストールすると広告で見たやつと別ゲーでした、ってことはよくあるけどさ……!」
「どうしたんですか神様? さっきから妙な言葉を使って……」

 まさか異世界でも同じことになるとは欠片も思っていなかったぞ。
 ……でも、そうなったことに対しての驚きよりも、喜びのほうが勝っていた。

 俺がユナの傍に居続ける、明確な理由ができたからだ。

「は、はははっ……! そうか、そういうことか!」

 そこまで考えた時点で、俺はようやく自覚した。
 俺はこの無鉄砲で、不器用で、『超』が付くほどお人好しな彼女のことを、好きになってしまっていたことに。

 そうと決まれば、俺に迷いはひとつもない。
 たとえこの能力がなくなっても、彼女に頼られている限り、俺は彼女に寄り添おう。 
 
「か、神様がおかしくなっちゃった……!」
「よーし、やるぞユナ! 俺たちでこの農場を世界一にしてやろうぜ!」
「え? あっ、はい! やるぞー、おー!」

 ――こちとら百戦錬磨のゲーマー様だ。農場経営だろうがなんだろうが、ゲームであるなら完璧にこなしてみせる。
 そして世界中に見せつけてやろう。太陽みたいに明るくて、最高の優しさをもったこの少女の――眩しすぎる姿を。


 完
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