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この世界で、俺は
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◇
あの壮絶な戦いのあと、ユナは部屋の奥にひっそりと置かれていた祭壇へと歩み寄り、淡く光る液体が入った小さなガラス瓶を手に取った。
――それこそが、彼女の求めていた秘薬だった。
そして、俺たちは脱出用の魔方陣を起動し、無事に地上へと戻った。
――そこから数日、俺はユナの母親の快復を見守るため、とある農村へ訪れていた。
「ただいま戻りました!」
バァンとドアを開け放ち、ユナが民家のひとつへと入っていく。なるほど、ここがユナの実家なんだな。
「あっ、お姉ちゃん! 本当に薬をとってきてくれたの!?」
ユナを出迎えたのは、まだ十歳ぐらいの少年だ。ユナの弟だろう。
そして、部屋の奥にあるベッドには、母親と思わしき人物が横たわっている。相当体力が落ちているようで、頬がこけ、明らかに憔悴しきっている。
「うん。これがそのお薬だよ。お母さんに飲ませてあげてね」
ユナは弟くんへと薬を手渡し、大事そうに抱えて薬を運んでいく様を見届けていた。
そして、母親の口元へと小瓶を近付け、慎重に秘薬を飲ませていく。
――瞬間、みるみるうちに寝たきりだった母親の血色が良くなり、なんなら痩せこけていた体にも張りが戻ってきていた。……いや、秘薬凄すぎん?
そして、快復するや否や上半身を起こし、近くにいた弟くんを抱き締めた。
「ああ、愛しのルーク……またこうやって抱き締められる日が来るだなんて……!」
「お母さん……!」
うんうん、親子の愛……感動のシーンだねぇ。
「どうした? ほら、ユナも行ってこいよ」
俺は隣で涙ぐみながら二人が抱き合うのを見ていたユナへと、こっそり話しかけた。
いつもなら迷わず突っ込んでいきそうなところなのだが、どういうわけか傍観に徹しているようだ。
「いえいえ、わたしだってそこまで野暮じゃありませんよ。さ、わたしたちはお邪魔でしょうし、もう行きましょう」
「……はい?」
ユナはすたこらと家を出ていってしまったので、俺はそのあとを急いで追った。
なんだユナのさっきの口振りは……あれじゃあ、まるで……。
「……なあユナ。さっきのところって、お前の実家じゃないのか?」
しばらく歩いたところで、俺は恐る恐るユナへと質問を投げ掛けた。なんとなく予想はできたのだが、一応確認のためだ。
「違いますよ? わたしの家はここからずーっと東の方角ですね」
「はぁ、やっぱりか……」
どうやら俺の予想は的中してしまったようだ。当たって欲しくはなかったが。
「どうしたんです? 神様?」
「ってことはお前、あれか。助けたかった母親ってのは、自分じゃなく赤の他人の母親だったってことか?」
「赤の他人じゃないですよ。ルークくんの母親です」
「ルークくんはユナの従兄弟とか、大切な友達とかってことか……?」
「いいえ、少し前にここに立ち寄ったとき初めて会いましたよ?」
……なんだろう、もうため息しかでない。
もちろん、呆れからくるものではなく、感嘆したが故のため息だ。
出会って間もない親子のために、命懸けでダンジョンに挑むだなんて、そんなの……どっからどう見ても物語の主人公じゃないか。
後ろで手を組みながら、ご機嫌に歩く彼女の背中がとても頼もしく見える。
これからも彼女は色々な人を助けるのだろう。
そして、そこに俺の居場所は……ない。あのダンジョンをクリアして外に出てからというもの、道中出くわしたモンスターはおろか、村の人々、そしてユナを見たときですら、数字が浮かび上がってくることはなくなったのだ。
俺の唯一の取り柄だった特殊能力は失われた。そんな俺が彼女の傍にいても、ノイズにしかならないだろう。
ここでお別れ……か。
――と、そう思ったのも束の間。
「そこの道行くお嬢ちゃん、少し話を聞いてくれんかね」
突然、道の脇に立っていた老人が、声をかけてきた。
杖をついた白髪の老人。背中は丸く、服は薄汚れている。けれど、その目は驚くほど澄んでいた。
「どうしました? おじいさん」
ユナが足を止めて振り返ると、老人は深く頷き、手にした巻物を広げた。
「これはここにある農場の権利書じゃ。これをお嬢ちゃんに預けたい」
「農場……ですか?」
「うむ。実はな、とある事情で多額の借金ができてしまってのう。残されたのはこの土地とボロ農場だけ……身寄りもなく、年老いたワシには借金の返済などできそうもない。そこで提案なのじゃが、ワシの代わりにこの農場を甦らせてはくれないか?」
……いや、唐突すぎるし怪しすぎるだろ。
身寄りがないって話だったけど、だからと言って見ず知らずの人間に頼むことじゃないからな、それ。
――でもまあ、ユナの返答は聞くまでもないか。
「はいっ、まるごとぜーんぶ、わたしに任せてくださいっ!」
人を疑うということを知らないユナは、話を持ちかけられるなり即答した。……やっぱそうなるか。
「いやいや、待てよユナ。せっかく強くなったんだし、もっと冒険するとか、そういうことで力を使ったほうがいいって! それとも、農場経営の経験でもあるのか?」
「ないですけど……大丈夫です! だって、神様が見守っていてくれるんですよね?」
そう言った彼女の無垢な信頼を帯びた視線は、偶然ながらも、姿が見えないはずの俺の目を真っ直ぐに捉えていた。
だが、俺はすぐに返事をすることができなかった。俺には、彼女の期待には応えることは、もう……できないんだ。
――別れを切り出そうと思ったその瞬間、ピコーンという音が脳内に響き、あるものが視界に浮かんだ。
【メインクエスト:農場の柵を修理しよう!】
【 木材:0/20】【釘:0/20】【ロープ:0/10】
「……いや、なんか別ゲー始まったんですけど!?」
今まで浮かんで見えていたレベルの表記とはまるで違う、いやに具体的な指示と、指示の達成に必要な材料が俺の視界には浮かんでいた。それはさながら、農場経営のシュミレーションゲームのようだった。
「いや、実際インストールすると広告で見たやつと別ゲーでした、ってことはよくあるけどさ……!」
「どうしたんですか神様? さっきから妙な言葉を使って……」
まさか異世界でも同じことになるとは欠片も思っていなかったぞ。
……でも、そうなったことに対しての驚きよりも、喜びのほうが勝っていた。
俺がユナの傍に居続ける、明確な理由ができたからだ。
「は、はははっ……! そうか、そういうことか!」
そこまで考えた時点で、俺はようやく自覚した。
俺はこの無鉄砲で、不器用で、『超』が付くほどお人好しな彼女のことを、好きになってしまっていたことに。
そうと決まれば、俺に迷いはひとつもない。
たとえこの能力がなくなっても、彼女に頼られている限り、俺は彼女に寄り添おう。
「か、神様がおかしくなっちゃった……!」
「よーし、やるぞユナ! 俺たちでこの農場を世界一にしてやろうぜ!」
「え? あっ、はい! やるぞー、おー!」
――こちとら百戦錬磨のゲーマー様だ。農場経営だろうがなんだろうが、ゲームであるなら完璧にこなしてみせる。
そして世界中に見せつけてやろう。太陽みたいに明るくて、最高の優しさをもったこの少女の――眩しすぎる姿を。
完
あの壮絶な戦いのあと、ユナは部屋の奥にひっそりと置かれていた祭壇へと歩み寄り、淡く光る液体が入った小さなガラス瓶を手に取った。
――それこそが、彼女の求めていた秘薬だった。
そして、俺たちは脱出用の魔方陣を起動し、無事に地上へと戻った。
――そこから数日、俺はユナの母親の快復を見守るため、とある農村へ訪れていた。
「ただいま戻りました!」
バァンとドアを開け放ち、ユナが民家のひとつへと入っていく。なるほど、ここがユナの実家なんだな。
「あっ、お姉ちゃん! 本当に薬をとってきてくれたの!?」
ユナを出迎えたのは、まだ十歳ぐらいの少年だ。ユナの弟だろう。
そして、部屋の奥にあるベッドには、母親と思わしき人物が横たわっている。相当体力が落ちているようで、頬がこけ、明らかに憔悴しきっている。
「うん。これがそのお薬だよ。お母さんに飲ませてあげてね」
ユナは弟くんへと薬を手渡し、大事そうに抱えて薬を運んでいく様を見届けていた。
そして、母親の口元へと小瓶を近付け、慎重に秘薬を飲ませていく。
――瞬間、みるみるうちに寝たきりだった母親の血色が良くなり、なんなら痩せこけていた体にも張りが戻ってきていた。……いや、秘薬凄すぎん?
そして、快復するや否や上半身を起こし、近くにいた弟くんを抱き締めた。
「ああ、愛しのルーク……またこうやって抱き締められる日が来るだなんて……!」
「お母さん……!」
うんうん、親子の愛……感動のシーンだねぇ。
「どうした? ほら、ユナも行ってこいよ」
俺は隣で涙ぐみながら二人が抱き合うのを見ていたユナへと、こっそり話しかけた。
いつもなら迷わず突っ込んでいきそうなところなのだが、どういうわけか傍観に徹しているようだ。
「いえいえ、わたしだってそこまで野暮じゃありませんよ。さ、わたしたちはお邪魔でしょうし、もう行きましょう」
「……はい?」
ユナはすたこらと家を出ていってしまったので、俺はそのあとを急いで追った。
なんだユナのさっきの口振りは……あれじゃあ、まるで……。
「……なあユナ。さっきのところって、お前の実家じゃないのか?」
しばらく歩いたところで、俺は恐る恐るユナへと質問を投げ掛けた。なんとなく予想はできたのだが、一応確認のためだ。
「違いますよ? わたしの家はここからずーっと東の方角ですね」
「はぁ、やっぱりか……」
どうやら俺の予想は的中してしまったようだ。当たって欲しくはなかったが。
「どうしたんです? 神様?」
「ってことはお前、あれか。助けたかった母親ってのは、自分じゃなく赤の他人の母親だったってことか?」
「赤の他人じゃないですよ。ルークくんの母親です」
「ルークくんはユナの従兄弟とか、大切な友達とかってことか……?」
「いいえ、少し前にここに立ち寄ったとき初めて会いましたよ?」
……なんだろう、もうため息しかでない。
もちろん、呆れからくるものではなく、感嘆したが故のため息だ。
出会って間もない親子のために、命懸けでダンジョンに挑むだなんて、そんなの……どっからどう見ても物語の主人公じゃないか。
後ろで手を組みながら、ご機嫌に歩く彼女の背中がとても頼もしく見える。
これからも彼女は色々な人を助けるのだろう。
そして、そこに俺の居場所は……ない。あのダンジョンをクリアして外に出てからというもの、道中出くわしたモンスターはおろか、村の人々、そしてユナを見たときですら、数字が浮かび上がってくることはなくなったのだ。
俺の唯一の取り柄だった特殊能力は失われた。そんな俺が彼女の傍にいても、ノイズにしかならないだろう。
ここでお別れ……か。
――と、そう思ったのも束の間。
「そこの道行くお嬢ちゃん、少し話を聞いてくれんかね」
突然、道の脇に立っていた老人が、声をかけてきた。
杖をついた白髪の老人。背中は丸く、服は薄汚れている。けれど、その目は驚くほど澄んでいた。
「どうしました? おじいさん」
ユナが足を止めて振り返ると、老人は深く頷き、手にした巻物を広げた。
「これはここにある農場の権利書じゃ。これをお嬢ちゃんに預けたい」
「農場……ですか?」
「うむ。実はな、とある事情で多額の借金ができてしまってのう。残されたのはこの土地とボロ農場だけ……身寄りもなく、年老いたワシには借金の返済などできそうもない。そこで提案なのじゃが、ワシの代わりにこの農場を甦らせてはくれないか?」
……いや、唐突すぎるし怪しすぎるだろ。
身寄りがないって話だったけど、だからと言って見ず知らずの人間に頼むことじゃないからな、それ。
――でもまあ、ユナの返答は聞くまでもないか。
「はいっ、まるごとぜーんぶ、わたしに任せてくださいっ!」
人を疑うということを知らないユナは、話を持ちかけられるなり即答した。……やっぱそうなるか。
「いやいや、待てよユナ。せっかく強くなったんだし、もっと冒険するとか、そういうことで力を使ったほうがいいって! それとも、農場経営の経験でもあるのか?」
「ないですけど……大丈夫です! だって、神様が見守っていてくれるんですよね?」
そう言った彼女の無垢な信頼を帯びた視線は、偶然ながらも、姿が見えないはずの俺の目を真っ直ぐに捉えていた。
だが、俺はすぐに返事をすることができなかった。俺には、彼女の期待には応えることは、もう……できないんだ。
――別れを切り出そうと思ったその瞬間、ピコーンという音が脳内に響き、あるものが視界に浮かんだ。
【メインクエスト:農場の柵を修理しよう!】
【 木材:0/20】【釘:0/20】【ロープ:0/10】
「……いや、なんか別ゲー始まったんですけど!?」
今まで浮かんで見えていたレベルの表記とはまるで違う、いやに具体的な指示と、指示の達成に必要な材料が俺の視界には浮かんでいた。それはさながら、農場経営のシュミレーションゲームのようだった。
「いや、実際インストールすると広告で見たやつと別ゲーでした、ってことはよくあるけどさ……!」
「どうしたんですか神様? さっきから妙な言葉を使って……」
まさか異世界でも同じことになるとは欠片も思っていなかったぞ。
……でも、そうなったことに対しての驚きよりも、喜びのほうが勝っていた。
俺がユナの傍に居続ける、明確な理由ができたからだ。
「は、はははっ……! そうか、そういうことか!」
そこまで考えた時点で、俺はようやく自覚した。
俺はこの無鉄砲で、不器用で、『超』が付くほどお人好しな彼女のことを、好きになってしまっていたことに。
そうと決まれば、俺に迷いはひとつもない。
たとえこの能力がなくなっても、彼女に頼られている限り、俺は彼女に寄り添おう。
「か、神様がおかしくなっちゃった……!」
「よーし、やるぞユナ! 俺たちでこの農場を世界一にしてやろうぜ!」
「え? あっ、はい! やるぞー、おー!」
――こちとら百戦錬磨のゲーマー様だ。農場経営だろうがなんだろうが、ゲームであるなら完璧にこなしてみせる。
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