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【二章:閑話】

シルヴィア回想編①

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 私の名前はシルヴィア・ヴァイシルト。

 過去の大戦で多大な戦果を挙げたご先祖様が築き上げた由緒ある名家、ヴァイシルト家の一人娘です。
 
 ……名家と言っても、今となってはご先祖様の功績も薄れ、過去の栄光にすがるだけの凡愚の集まりだと揶揄されることもあります。
 お父様やお母様もご立派に領主としての務めを全うしているのですが、ヴァイシルト家が治める領地以外では批判的な意見がほとんど。

 ……それも当然です。ご先祖様は魔動人形に乗って戦い、『王家の盾』と呼ばれるほどの活躍を見せたのにも関わらず、子孫である私たちにはご先祖様ほどの才能がなかったのです。
 
 ヴァイシルト家の家宝である『絶界宝盾アイギス』。

 魔動人形用の装備であるこの盾は、どういうわけか扱える者を選ぶようで、歴代の当主はこの盾を扱えるかどうかで決められてきました。

 ですが私の曾祖父の代から、家系の人間全てに盾への適正が無い時代が続き、今やアイギスはただのお飾りと成り果ててしまったのです。

 それだけなら『将来この盾を扱える者がきっと生まれてくる』、そう未来への希望を持つことができたのでまだよかったのですが、ある日事件が起こりました。


 ――アイギスの盗難。


 私たち家族を除けば、一部の者しか知り得ない隠し場所なのにも関わらず、家族総出で家を留守にした隙に盗まれてしまったのです。



 家宝を失い家中が失望に染まる中、ある日一人の訪問者が現れました。

 その者の名は、ザッコブ・カマセーヌ。

 辺境の地を治める領主ながらも、昨今着実に力を付けつつある新興勢力カマセーヌ家の現当主を若くして務める人物です。
 しかし、カマセーヌ家は裏で犯罪組織と繋がっているなど、黒い噂が絶えない家柄でした。

「やあやあ、名誉あるヴァイシルト家の皆様方。いや、過去の名誉にすがるだけの今や没落した家と言った方が正確てすかな? ……おや、そんな怖い顔をしてどうたのでしょうか?」

 開口一番、カマセーヌさんは私たちの家を蔑むような発言をしました。
 しかし、彼の言うことはもっともであったため、私たちは何も言い返すことはできませんでした。

「――それで何のようですかな、カマセーヌ殿」

 お父様が怒りを抑えながらも冷静に対応しました。

「いや……少し噂話を聞きましてね。微力ながらお手伝いできないかと思いこうやって馳せ参じた次第ですよ」

「噂……?」

「ええ、なにやら大事なものを盗まれてしまったとか……?」

「――っ!?」

 彼の発言にお父様は言葉を失いました。
 何故ならば、アイギスが盗難されたことは当家の使用人たちにすら秘匿しており、家族を除けばその事実を知るものは、実行犯とそれに関わる者しかいないはずだったからです。

「貴様……! 貴様が当家の家宝を盗んだのか!?」

「なんと……! まさかあの噂に聞く『絶界宝盾アイギス』が盗まれてしまったのですか!? それはそれは大変でしたねぇ」

「白々しい……! このタイミングでその事実を知っていることが証拠だ。アイギスはこの国にとっても貴重な至宝の一つ、それを私利私欲のために奪うなど許されることではないぞ!」

「証拠……? ポクは一言も『絶界宝盾アイギス』のことは話してはいませんよ? あなた方の勘違いではありませんか。……ああ、嘆かわしい。無実の者に罪をなすり付けるとは……やはり落ちるところまで落ちてしまったようですねぇ」

 お父様もいまだショックから立ち直れず、冷静さを欠いていたようです。
 つい頭に血がのぼってしまい、証拠もなしに乱暴な発言をしてしまったことを悔いている様子でした。

「も、申し訳ない……カマセーヌ殿」

「いやいや、構いませんよエドワルド殿。それで……本題に入りますが、ポクが盗まれてしまったものの捜索に協力しましょうか?」

「それは有難いお話ですが……なぜそのように親身になっていただけるのですか?」

「いえ、実はですね……そちらのご令嬢と婚約を結びたく思っていましてね。何か力になれれば、と……」

 そう言ってカマセーヌさんは私へと視線を送ってきました。
 頭から爪先まで、細部に至るまでを舐め回すかのようなねっとりとした視線を受けた私は、身の毛がよだつ思いでした。

「――っ」

 言葉にならないような悲鳴が漏れ出るほど、その視線には邪な思惑が込められているように感じたのです。
 そう、例えばまるで次々と玩具を壊す乱暴な子供が、新しい玩具でも見つけたかのような、そんな感情を……。

「……申し訳ないですが私の方針としましては、いくら当家が落ち目であろうと、娘を何かの報酬のように使うなど私にはできません。もちろん、娘が自らの意志でそう望むのならば止めはしませんがね」

「お父様……」

 そのようなお考えを持っているのは初めて聞きました。
 将来的にはどこか名のある家へと嫁ぎ、ヴァイシルト家の血を絶やさぬよう義務付けられているものだと思っていましたが、どうやら違かったようです。

「――そう……ですか」

 カマセーヌさんはお父様の言葉を受け、仮面が剥がれたかのように一瞬で表情を失いました。
 そして、興味がなくなったかのように背を向けたのです。

「――なら次の手を打つか――」

「――?」

 カマセーヌさんが何かを呟いたように聞こえましたが、背を向けていたこともあり私には聞き取れませんでした。

 そして、カマセーヌさんが次に発した言葉は、驚きを禁じ得ないものでした。
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