過去の裏垢が同僚にバレて脅されたけど、思っていた展開と違います!

いとい乃衣

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「実はチケットはもう取ってあるんだ」
「なんだ。選ばせる気ゼロかよ」
 待ち合わせからここまで、あまりの用意周到さに思わず軽口が出る。
 さすが営業1課のトップだけあって、やることに無駄がなくスマートだ。
「他に観たいのがあれば変更も可能だ」
「いや、俺こういうのよく分かんねえし。お前が観たいならそれでいいよ」
「分かった。発券してくるから、そこで待っていてくれ」
「ん」

 俺をフードコートに残して、島津が発券機の列に向かう。
 その背中を見送って、ぼんやりとあたりを見回した。
「映画館なんて、高校ぶりか」
 コンビニですら車を出さないと行けない環境だった当時、映画館なんて早々学生だけで気軽に行ける場所じゃなかった。卒業の記念にって、クラスの連中に流されるように連れてこられた映画館で、無邪気にはしゃぐ幼馴染相手に俺は心の中でそっと初恋に別れを告げたのだ。

 あの頃は、人にどう見られるかばかり気にしてた。
 恋愛も噂話も、全部自分とは関係ない世界で、それこそ映画のスクリーンに映っているのと何も変わらない。
 自分を隠すことに必死で、誰かといる時間がひたすら苦痛だった。

 でも島津には、俺のその隠したくてたまらなかった部分をもう全部、一番最悪な形で見られてしまっている。
 そういう意味では、変に取り繕う必要がない分、気が楽だ。
 ……いや、脅されてる相手に“楽”なんて思うのもどうかしてるけど。

「つか、カップルばっか」

 たまたま、今日公開の映画の中に話題の恋愛小説を元にした実写映画があるからだろうか。
 ネットでもテレビでも、大ヒット間違いなしと銘打たれた広告を何度も見かけた。
 隣の席でスマホを弄っていた女子も、チケット売り場からポップコーンと飲み物のオマケ付きで戻って来た彼を、嬉しそうに迎えている。

「いいなあ、ポップコーン」
 ぽそりと、周りに聞こえない声量で、つい口に出てしまう。
 何故か特別に感じてしまう、映画館のポップコーンの味を思い出して、急に隣の席が羨ましくなる。
 島津も買って来てくんないかなあ。
 
(まあ、島津は俺の”カレシ”じゃねーし、そんなことある訳ないってわかってるけど)
 
 仕方ないか、と。尻ポケットの財布を確認して、自分で買いに行こうと席を立った時だった。
  
「新名!」

 人混みをかき分け戻って来た島津を見て、俺は目を見開いた。
 その手には、俺が今さっき望んでいたポップコーンと飲み物が二人分、専用のトレイに乗っている。 

「悪い。どっちが好みか分かんなかったから、ポップコーンはキャラメルと塩にした。飲み物も、ウーロンとコーラどっちかなって」
 いやいや、しかもその気遣いなに。あのお隣のカレシより完璧じゃね?
「……もしかして映画の時飲み食いしない派か? それなら俺がどっちも食うし」
 感動で俺の反応が少し遅れたのを気にして、島津が慌てて言う。

「まさか! 食うって! つか、どっちも味見したい。適当につまんでいいよな?」
「ああ、構わない」
「はー、お前マジで最高かよ! ちなみに飲み物はコーラね」
 ここに来るまではいまいち乗り気じゃなかったけど、今のでかなりテンションあがった。映画館で映画観んのも久々だし、こうなったら普通に楽しんでやる。

「で、なに観んの?」
「アクションシリーズの最新作。テンポが良いから、初見でも置いていかれたりはしないと思う」
 島津が袋から取り出したパンフレットの表紙を見せてくる。ちゃっかり、食べ物と一緒に買ってきたらしい。
「これか! 取引先の佐藤専務がハマってるって言ってたな」
「あの人、会食のたびに映画の話するからな。俺も何度か同席したけど、あのテンション聞いてたら気になって」
「タダでは遊ばねぇってことか……お前、営業の鑑だな」
 感心したように言えば、島津は少し照れたように視線を逸らす。
「一応、話題は仕入れておかないと。DVDも全部持ってる」
「まじで? それなら観たあと貸してくれ」
「了解。気に入ったらな」

 佐藤専務は気難しいタイプだから、ここで共通の話題ができるのはありがたい。

(もしかして、俺があの人苦手なの知ってて選んだとか……?)

 ふと思い浮かんだことを、まさかな、と自分で否定する。
 さすがにそこまで読まれてたら怖い。
 いや、そもそもコイツが俺のこと、そんなに気にしてるわけない。
 俺たちは、あの動画をきっかけに急に距離が近くなっただけで、それまでは仕事以外で話したこともなかった。

(そう、だよな?)

 俺はコイツに脅されて、一緒にいるだけ。
 コイツも俺を脅して、遊びたいだけ。
 そんな当たり前の事実に、なぜだろう。ほんの少し胸のあたりがチクリと痛んだ。
 小骨が刺さったみたいに、一瞬だけ。
 
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