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二章
修也 後編
しおりを挟むやっと胸につっかえていたものがとれたきがした。
後は家族内の話だからと、龍臣は修也の家を出る。
来る前とは違って、どこか気分が落ち着いていた。そのせいか、自然と足は記憶堂へと向かっていた。
記憶堂へ入ると、龍臣の気配を感じたのかあずみが二階から降りてきた。
「おはよう、あずみ」
龍臣の声かけに、あずみの顔がパッと輝く。
「話は上手く行ったようね」
嬉しそうに腕に飛び付き、満面の笑顔を見せる。
純粋に喜んでくれて、可愛らしかった。
「ありがとうな、あずみ。君がきっかけをくれたお陰かもしれない」
「ふふ、もっと誉めてよ」
くすぐったそうな顔で笑う。
そしてどこか色っぽく上目使いをして言った。
「お礼はないの?」
「お礼? ……欲しいのか」
龍臣は呆れた表情をしつつ、そう聞いた。
するとあずみは目を輝かせて大きく頷く。
お礼ねぇ……。
呟きながらソファーに座ると、あずみも隣にピッタリくっつくように寄り添って見つめてくる。
「ちなみに、どんなのがいいんだ?」
「そうねぇ……」
あずみは口許に人差し指を当てて一瞬考えると、そのまま龍臣を見上げて、その指をちょんと龍臣の唇に当てた。
「接吻……、キスって言うんだっけ」
そう言ってきた瞳はどこか挑戦的だ。
龍臣がしないとわかっていて、からかっている時と同じ顔をしている。
それが妙に悔しい気分になった。
バカにされているわけではないだろうけど、侮られているような気分になる。
「ふぅ~ん……」
「なんちゃって……」
そう言って笑ったあずみの唇にそっとキスを落とした。
明確な感触などない。
何かに触れたような、そんな感じだ。
しかし、顔を離すとあずみは真っ赤になって唖然としていた。
その顔に、龍臣はハッと我に帰り、しまったと身体を後ろに引く。
「あ、ごめん。つい……」
「ううん、いいの! 大丈夫だから!」
あずみは赤い顔のまま、ソファーから立ち上がって頬を両手で押さえた。
「私が変な事を言ったからよね! 龍臣に無理させちゃった」
「いや……、悪かったよ」
龍臣も謝るしかなかった。
あずみに挑発された所はあるけれど、龍臣自信も気がついたら体が動いていたのだ。
どうしてこんなことをしたのかよくわからない。
しかしそれを説明する前に、あずみは大きく首を振った。
「ううん! あの、ありがとう、って言うのも変か。でもあの……、とりあえず、 私もう寝るね。おやすみ! また明日!」
あずみは早口でそう言うと、起きてきたばかりなのに二階へと戻って行ってしまった。
その背中を見送って、龍臣はやってしまったと天井を見上げた。
いくら相手は幽霊とはいえ、少なからず龍臣に好意的な相手にすることではなかった。
いくら感触がほとんどないからといって、キスするなんて。
あずみは幽霊なのに……。
龍臣は自分のしたことを後悔した。
あずみの様子を見に行った方が良いのかもしれないと立ち上がり、ピタっと動きを止めた。
視界の端にあるものを捕えたからだ。
まさか、と恐る恐る振り返る。
すると――――。
「あ~……、ごめん。見ちゃった」
店の入り口にはいつの間にか修也が立っていてのだ。
それには龍臣も声もない。
ただ目を見開いて修也を見返すしか出来なかった。
「あの……、龍臣君にちゃんとお礼を言おうと思って追いかけて来たんだけど、タイミングが悪かったね。あの……、また来ます」
そう言って踵を返す修也を「待て」とひき止めた。
「お前……、いつから見ていた?」
そう聞くと、修也は気まずそうに目線を外しながら頬をポリポリとかいた。
「えっと……、あずみさんとお礼云々って話していた辺りからかな?」
「ほとんど初めからじゃないか」
龍臣は頭を抱えた。
どうしてもっと早く声をかけてくれなかったんだと呟くが修也は苦笑いしかしない。
恥ずかしさと気まずさから顔から火が出そうだ。
しかも相手は幽霊のあずみだ。
どう説明していいかもわからない。
「いや、言い訳はいいよ。大丈夫、二人の関係はわかっているから」
「関係って何だよ。変な言い方するなよ」
龍臣は恥ずかしさで顔を上げられないでいるが、修也は逆にケロッとして来ている。
「いや、だってあずみさんの気持ちはわかっているし、龍臣君だってねぇ?」
「俺は別に……」
そう否定しようとしたが、修也は生暖かい目線を寄越す。
「その眼、ムカつくな」
「怒らないでよ。だって龍臣君自身は認めようとしないのか、知らないふりしているのかわからないけど、俺からしたらもろ分かりだよ?」
「何の話か分からない。とにかく、今見たことは忘れろ。いいな?」
そう睨み付けながらすごむと、修也は苦笑しながら大人しく頷いた。
「で? お前は何しに来たんだっけ?」
「だから、お礼を言おうと追いかけて来たんだよ」
修也は呆れた様な様子を見せた。
そういえば最初にそんなことを言っていた気がした。わざわざそれを言いに追いかけて来てくれたのか。
「龍臣君、両親の事、色々と話してくれてありがとう。今度、父親のお墓参りに行ってみるよ。母親については、大人になったら探してみようかと思う」
「そうか……」
龍臣は少しホッとした。
修也が思ったより落ち着いていたし、両親についても少しでもプラスに考えてくれているようだ。
「実は父親が死んでいることは知っていたんだ。病気で死んでいるって、昔酔った祖父ちゃんが漏らしたことがあって。祖父ちゃんは忘れているけどね。でも母親のことはわからなかった。ちょぅとショックではあるけど、でもずっと俺たち家族を思ってくれていたんだなって感じたし、いつかは少しでも会えたらなって思う」
「お前がそうしたいなら誰にも留める権利はないよ。お前はもう話が通じない子供でもないだろう」
そう話すと、修也は安心したように微笑んだ。
「ありがとう。じゃぁ、俺行くね」
そう爽やかに言い残して修也は帰って行った。
それを見送ってから、龍臣は二階を見あげた。
残念なことに、あずみの気配はなく、二階へ行ったとしても出て来てはくれなさそうだった。
「一難去ってまた一難……」
呟いて、カウンターの椅子に疲れたように座る。
修也の件が終わって、ホッとしたところだったのに何てことをしてしまったのだろう。
ただひたすら後悔しかない。
龍臣は深いため息をついた。
「ごめん、あずみ……」
一応、二階に向かって呟いてみるがもちろん返答なんてない。
あれはただの出来心だった。
そんなのはただの言い訳でしかない。
あずみはただ冗談でキスしてほしいと言っただけだった。それなのに、なぜ挑発に乗ってしまったのだろう。
いつもならあんな冗談は簡単にかわせたはずだ。
あずみだって、そのつもりであんなことを言ったのに。
龍臣はただひたすら頭を抱えるしかない。
自分で起こした行動が信じられないでいたのだ。
幽霊と人間。
そこは紛れもない事実だった。だから龍臣は常に深入りしないよう、一線を引いて接していた。あずみがどれだけ龍臣との距離を縮めて来ようが、龍臣がそれを許さなかった。
いや、龍臣自身がブレーキをかけていたのだ。
それを自分で壊してしまったのだから、どうしようもない。
「見えるから悪いんだ……」
あずみが見えるようになってから、龍臣は調子がくるっている。
正確には、今まで自分で抑えていた部分、気にしないようにしていた部分が現れ出したといった感じだった。
「あずみは幽霊なんだ。もう、死んでいる……」
龍臣は何度も小さな声で呟いた。
そう言い聞かせないと、取り返しがつかなくなりそうで怖くて仕方なかった。
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