職業変更(クラスチェンジャー)~俺だけ職を変更できるみたいなので、最強を目指します~

黄昏時

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第8話 天然で純粋な先輩

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「……うっ!」

 ここは……柔道場か?
 何で俺は柔道場で寝てるんだ?
 確か好川に滝本先生が校門を守らなくてもいい理由を聞きながら体育館に向かっていたはずだが、その先の記憶が無い。

「おはよう。気分はどう?」
「……体中が痛くて、吐き気もします」
「ならとりあえずハイ、バケツ」

 そんな聞き覚えの無い女性の声が聞こえたかと思うと、俺の膝の上に無造作にバケツが置かれた。
 女性は真っ白の白衣を羽織っているが中が学校の制服な事から、学生なんだろうと予想できる。

「吐きそうなら出した方がいい。それは体の為にも我慢しない方がいいみたいだから」
「だいじょ……!!」

 大丈夫です。
 そう言おうとした直後、俺は我慢できない程の吐き気に襲われ先程渡されたバケツに盛大にもどしてしまう。

「ハァ……すみません」
「気にしなくて大丈夫。それにそれは普通の嘔吐じゃないだろうから」
「普通じゃないというのは……うっ!!」

 なんだこの匂い!!
 自分でだしたものだが、鼻が曲がりそうな程強い臭いだ!

「はいこれ、必要でしょう?」
「すみません! ありがとうございます!!」

 俺は早口でそう答えながら手渡されたペットボトルを受け取り、すぐさま口をゆすぐ。
 クソ!!

 全然匂いが消えない。
 息をするだけで気分が悪くなるほど臭いってのに!

「口内をゆすいだのなら手を出して。ミントの清涼菓子をあげるから」

 俺は彼女の言葉に従いすぐさま手を広げて出す。
 すると彼女は俺の手のひらにタブレット菓子を数個出してくれた。
 ありがたい!!
 俺はそう思いながら、すぐさまそれを口の中へと運んだ。

「態々ありがとうございます」
「別にこれぐらい気にしなくていい。それよりどうする? 一応君の友人から起きたら状況を説明するよう言われてるんだが、必要かい?」

 友人……
 俺に友人はもう居ないはずなんだが……
 心当たりがあるとすれば好川か。

 と言うか十中八九好川だろうな。
 俺が覚えている最後の場所は好川に肩を借りている時だし。
 まぁ兎も角、話を聞かなければどうして俺がここで寝ていたのか全く分からない。
 そこら辺の事もアイツならわかっていて、気をまわしてくれてそうだ。

「出来れば、して頂けると助かります」
「わかった。けどその前にまずは自己紹介しといた方が良いかしら? 説明が不要だった場合するつもりは無かったのだけど、必要みたいだし。私は三年の北中きたなか かすみ
「自分は二年の朝倉 悠椰です」
「朝倉君。一応勘違いされそうだから先に言っておくけど、私会話が苦手なの」
「会話ですか?」
「そう。だからもし気になる事や詳しく聞きたいことがあったらその都度言ってくれて問題ないから」
「わかりました」

 彼女の言葉に俺はそう答える。
 直後彼女が俺の膝の上のバケツを指さし、手招きをする。
 俺はその意図を汲み取り、膝の上のバケツを彼女に向かって差し出した。

 彼女はそれを無言で受け取ると、バケツごと透明な袋に入れ空気が漏れないように縛る。
 酷い匂いだからな、これである程度ましになるだろう。

 とは言え自分でだしたものだけに、あまりとやかくは言えない。
 それに彼女の方が我慢してくれてるのに、俺が文句を言うのはお門違いだ。

「それじゃまず、なにから聞きたい?」
「……それじゃぁ、自分がどうしてここに居るのかについて教えてもらえますか?」
「それは君の友人と先生が連れてきたから」
「…………? それだけですか?」
「そうよ」

 これは……
 会話が苦手と言うだけあるかもしれない。
 相手が何を聞きたいのか、どこまでの事を知りたいのか、そう言ったことに関して一切配慮していない感じだな。

 それを意図的にやっているのか、無自覚にそうしているのか……
 その違いで大きく印象が変わってくる。

「では自分が気を失った理由について何かご存知ですか?」
「君が気を失っていたのは急激な肉体の変化に体が対応できず、それに対応するために体が強制的に昏睡状態へと陥っていた」
「……それは先程嘔吐したモノと関係ありますか? 何かそれらしい事を言っていた気がするんですか?」
「あぁ。先程君がもどしたモノは、言わば老廃物であり不純物。体がステータスに合った肉体へと成長させるための過程で出た不要なも」

 老廃物ってつまりそれうん……うっ!!
 考えただけでもう一度吐きそうになる。
 その事は出来るだけ考えないようにしよう。

 にしても体がステータスにあった肉体へと成長するとは……
 正直そこまで考えていなかった。
 完全にゲーム的な思考。

 レベルを上げればステータスが上がり強くなる。
 そんな風に楽観的に考えていたことは否定できない。
 まさか肉体自体がそのステータスへと至るとは……
 
 だがそれなら好川はどうなったんだ?
 俺と同じようにゴブリンを倒していたはずだ。
 それに滝本先生は?

 先生に関しては俺や好川とは比べものにならないぐらいゴブリンを倒していたぞ?
 だが二人共ここには居ない。
 この柔道場に居るのは俺と北中先輩だけだ。

「自分以外に同じように倒れた人は居ないんですか?」
「君と同じように倒れた人は居ない」

 居ない!?
 そんな事は絶対にあり得ないぞ!
 だって俺はたったの五体しか倒していないんだ!

 好川はまだしも、滝本先生は五体なんて比べものにならないぐらい倒している。
 なのに倒れていないなんてあり得るのか?
 仮にそうだどして、問題は俺だけが倒れたという事実。

 つまりは滝本先生とは比べものにならないたった五体を倒しただけで、滝本先生以上に急激なステータスの上昇が起きたという事。
 その事実は非常に厄介で危険だ。

 俺の方が滝本先生よりも圧倒的に少ない数で、滝本先生以上にレベルが上がった……
 それは何故か? 

 何かアイツしか持っていないような何かがあるんじゃないか?
 アイツだけずるい!
 何故アイツだけ……

 そんな様々な負の感情が向けられるのは容易に想像できる。
 好意的な感情を抱く人間はゼロではないだろうが、圧倒的少数派なのは確実。
 何とかして誤魔化せるなら誤魔化すべきだ。

 俺の身の安全を考えるなら尚更な。
 それに先輩は俺と同じように倒れた人は、といった。
 つまりは倒れた人自体は居るという事だろう。

 ならまだ何とか他の人間には誤魔化せるかもしれない可能性がある。
 仮に既にこの情報を知っている人間が居たとしても、先輩と好川と滝本先生の三人だろう。

 それならまだ打開できる。
 まだ最悪の状況は回避可能だ。

「北中先輩、俺が倒れた理由を知っているのは先輩以外に誰か居ますか?」
「いや、居ないよ」

 よし!!
 先輩だけなら尚の事いい!
 口止めするのが先輩だけで大丈夫なんだからな。

「すみませんが、俺が倒れた理由については誰にも話さないで頂いてもいいですか? 仮に聞かれた場合は、精神的疲労で倒れたとかなんとか説明していただけると助かるんですが?」
「構わないよ。精神的疲労で倒れたとかなんとか説明すればいいだね?」
「はい。それでお願いいたします。後、自分以外にも倒れた人が居るみたいな言い方をされてましたが、他の方はどういった理由で倒れられたとかわかりますか?」
「わかるよ」
「それを教えて頂いてもよろしいですか」
「君意外に倒れたのは全員先生方だよ。理由は色々あるけど、大きく分けると二つ。負傷と精神的なモノの二つだよ」

 倒れたのは俺以外に先生方だけ……
 それも負傷と精神的なモノという事は、あのゴブリンとの戦いでだろう。
 滝本先生は無傷で倒していたが、他の人はてこずったという事か。

 恐らくだが滝本先生や無傷の先生が特別なのであって、てこずるのが普通だろう。
 俺も戦ったが、滝本先生のフォローが無ければかなり厳しかったしな。
 そして精神的なモノとは血を見て失神したか、あるいはゴブリンを殺したことによる罪悪感から立ち直れなかった人達だろう。

 別に立ち直れなかった人が悪い訳じゃない。
 逆にその人たちは正常であり、優しすぎるだけだ。
 ましてやゴブリンは人に近い見た目をしているから、それも相まってより精神的にくるんだろう。

 にしてもこんなに簡単に口止めできるとは思っていなかった。
 これはいい意味での誤算だ。
 それに精神的疲労で倒れた人が居るなら、俺がそうであっても疑問に思う人間は居ないだろう。

 だが……

「先輩はどうしてそんなに詳しいんですか?」
「一応私も倒れた人や負傷した人の治療をしていたからね。それに君があの老廃物をだすのはわかったから、一人にして他の人に被害が及ばないようにしたんだ」

 他の人を治療していた!?
 学生の先輩が?
 それに今の発言……
 
 事前にあの激臭の嘔吐を予測していた?
 普通有り得ないだろう。
 同じように倒れた人が居たならまだしも、俺以外には居ないと先程言われたところだ。

 それを予想していた!?
 そんな普通じゃない事が出来るとすれば、この普通じゃない世界の理。
 何らかのそう言ったスキルがあるという以外考えられない。

 しかも他の人に被害が及ばないようにって事は、俺の看病は全て先輩が一人でしてくれていたという事。
 これは非常に申し訳ない。

 それにそこまでしてくれた先輩が一番の被害にあってるとか、何と謝罪すればいいのか見当もつかない。
 この恩は必ず今度返すべきだろうな。

 だがその前に先にしっかりとお礼をしなければ。
 流石にここまでしてもらってお礼の一つも言えないようなクズではないからな。

「態々自分の為にそこまでして頂いてありがとうございます。それとそこまでして頂いた先輩に一番の被害を与えてしまい、誠に申し訳ありません」

 俺は先輩に向かってそう言いながら頭を下げる。

「感謝はいらない。私はただ当たり前の事をしただけ。後謝罪の意味が分からない? 私は君に謝られるような事はされていない」

 当たり前の事をしただけって……
 この人聖人か何かなのか?
 いや、後の謝罪の意味が分からないから考えると、もしかしたら天然って説が有力かもしれない。

「それは自分のせいでこの酷い匂いに耐えさせているという事に関しての謝罪です」
「それなら問題ない。私は自身に[嗅覚麻痺]を使用して、今は匂いを感じないようにしているから」
「……」

 嗅覚麻痺?
 なんだそれは? と思う前に俺は確信した。
 この人は絶対に天然だ。

 何せそんな便利なモノがあるなら、デメリットが無い限り俺にも使ってくれてもいいだろう。
 それを今まで黙っていたのは、別にデメリットがあるからとかではないだろう。

 聞かれなかったから……
 先輩に聞けば必ずそう答えられる。
 わかる。
 
 今までの少ない会話だが、それでも先輩ならそう答えるとわかってしまう。
 にしても[嗅覚麻痺]……
 恐らくスキルだろうが、かなり特殊なスキルだろう。

 匂いを麻痺させる。
 更に先輩の発言から、負傷者の治療を手伝える何らかの知識あるいはスキル、未知の症状に対して理解できるスキル……

 これだけでも先輩の職業はある程度予測出来てしまう。
 先輩は天然過ぎる。
 もう少し駆け引き等を学んだ方が絶対にいい。

「……先輩。その[嗅覚麻痺]って自分にも使う事って出来ますか?」
「出来る」
「それを使う事によって副作用や、先輩に対してデメリットって発生したりしますか? 仮に使った場合持続時間や、途中での解除等は出来ますか?」
「そう言ったものは一切ない。持続時間に関しては無く。途中での解除は私の意志でのみ可能」
「なら自分にもその[嗅覚麻痺]を使っていただけませんか? 解除して欲しいタイミングはその時言いますので」
「わかった」

 先輩はそう言うと俺の右肩に手を置く。
 するとフッと一瞬にして先程までの激臭が匂わなくなった。
 だがそれでもやはり、違和感は凄まじくある。

 普通に呼吸してるだけでも何らかの匂いがするものだが、それが一切なくなったのだ。
 違和感を感じるのは当然というものだろう。

 それにしてもダメだ……
 罪悪感が凄い……
 先輩が天然なのをいいことに、スキルに関して詳しく聞いてしまったのが胸に突き刺さる……

 この先輩、天然で純粋過ぎる。
 よくここまで天然で純粋な人が高校三年生まで生きてこれたな。
 もはや天然記念物だぞ……

「すみません。本当にありがとうございます」
「どうして謝る? 謝る必要などないだろう?」
「気持ちの問題ですので気にせず、謝罪と感謝を受け入れてください」
「? 君がそう言うならわかった」
「それで本当に、ホント~に申し訳ないと思っているのですが、先輩の職業を伺ってもよろしいでしょうか? 自分の中では先輩は回復職だと思うのですがどうでしょう?」
「それぐらい隠す事でもないし別に構わない。私の職業は君の予想通り所謂回復職だ。治癒士と言う職業らしい」

 悪いとわかっていた。
 だがそれでも確証が欲しかったのだ。
 この常に命の危険に晒された世界で、怪我をしたときに頼れる人が最低でも一人は欲しかったのだ。

 わかってはいた。
 先輩なら聞けば必ず答えてくれると。
 それにまたしても付け込んでしまった。

 これは絶対に何らかの形で恩返しする。
 絶対にだ!
 駆け引きの末に引き出した情報等ならそんな事は決してないが、俺を看病までしてくれていた人に対して弱みに付け込むような行為は、俺自身が許せない。

「すみません。色々とご迷惑をお掛けしたうえに、色々と聞いて」
「君はとてもよく謝るな。別にその程度の事は気にしていないから大丈夫だ」
「……最後に、一つだけいいですか?」
「構わないよ」
「治癒士の先輩から見て、俺だけステータスに合った肉体へと至る為に倒れた理由ってわかりますか?」
「わかりはしないが、確証の無い予想は出来る」
「それでも構いません。教えていただけませんか?」
「まず先生方の話を聞いた感じ、かなりの数の生物を倒しある程度レベルが上がっており、十分に君と同じく倒れる可能性は考えられた。だが君と同じように倒れなかったのは、恐らく断続的にその生物が襲ってきていたからだろう」
「断続的……」

 確かにあのゴブリン達はある程度の数でまとまって襲っては来るが、絶対に連続では来なかった。
 一つの集団が来た後には、ある程度休息がとれるだけの余裕が存在していた。

「倒した後にステータスに見合った肉体へと徐々に徐々に近づいていったため、最終的な結果が同じだとしても、先生方は倒れずに済んだ。急激な飛躍ではなく、中継地点を幾つも経由する事で体を慣らしていった。と、私は考えているよ」

 なるほど。
 先輩の説明は筋が通っている。
 確かに先生達、といっても滝本先生ぐらいしか戦ってるのは見た事ないが、その滝本先生ですら連続で戦闘を行った精神的疲労感は感じられなかった。

 多少戦う事に対して疲労感は感じている感じだったが、とめどなく襲われる精神的疲労感ではなかったのだ。
 にしても聞いただけでそれだけの予想が出来るとは……

 天然で純粋ではあるが、馬鹿ではないという事だろう。
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