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十話 宿屋と混浴と……

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「うるさいちびっこだったにゃ~」
「そうだな」
「そうですか?私は結構好きですよ」
アリアルフィの声も聞こえなくなり、路地に完全に取り残された三人は雑談を交わしながら今夜泊まる宿を探していた。
アリアルフィの乱入によって宿屋を探し始めることすらできなかったので初めは心配して居た晴翔とシーニャであったが、王都を知り尽くしているというソリアの案内のもと、直ぐに良い宿を見つけることができた。
「三名様で銀貨三十六枚になります」
ジャラジャラと麻袋から銀貨をぴったり三十六枚出し、チェックインを済ませる。
案内された二階の部屋へ行き、荷物と武具を置くと晴翔はそそくさと部屋から退室した。
風呂に入るそうだ。
シーニャは直ぐに行くと返事を出しながらもキングサイズのベッドにごろりと転がった。
この部屋に案内した受付の素振りとこのベッドのサイズから大体ナニが行われるのかは予想がつく。
だが晴翔はそんな行為は絶対にしないとわかっているため詰まらない。
「ね~ね~ソリア」
シーニャはベッドの上で猫の様に丸まりながら声を掛けた。
「な~に~?」
相変わらず自分に対しては砕けた口調になっている。
自分の方が晴翔より強いし偉いのにとシーニャは頬を膨らませた。
「前ははるにゃんと何話してたにゃん?」
「え、は、晴翔さんと!?何もないよ?ただ色々お話しして……」
と、ソリアは初めはこうしてアセアセとしてなかなか話さなかったが、やがて堪忍した様に口を開いた。
「晴翔さん、私がギルドの受付の仕事が嫌いだってこと見抜いてたんだ。それで辞めたらどうかって……」
「やめろなんて言ってないぞ?」
不意に後ろから浴場に行ったはずの晴翔の声がした。
「は、晴翔しゃん!?どうしてここに」
ソリアは顔を真っ赤にしながら聞き返す。
「いや、よく考えたら俺タオル持っててなかった。だから取りに帰ってきたんだよ」
晴翔はガサゴソと雑嚢からタオルを取り出す……フリをしながら中で便利魔法”クラフト“を使い、タオルを作り出す。
タオルを出し終えた晴翔は珍しくスキップで部屋から出て行った。
「続きをにゃ~」
シーニャはニヤニヤとムカつく笑みを浮かべて続きを催促した。
「ま、まあそれで晴翔さんに言われて自分が本当にやりたいことは何かを考えてみたんだ」
「それで~、冒険者をやりたかったってことにゃん?」
ソリアはこくんと頷いた。
「にゃ~……にゃらなんでソリアは嫌いなはずの仕事に就いたにゃん?」
シーニャの言葉にソリアは表情を暗くして俯いた。
何か言いにくい事情でもあるのだろうか。
「私が生まれた家は代々このギルド本部で長を務めていた家系だったの。ミラさんは違うけど……。父が病で急死して、ミラさんがギルド長についてから、母はおかしくなった。あんな小娘に大事なポストを取られてたまるかって。まだ小さかった私に無理やり知識を叩き込ませて……私が仕事に就いたのは十三の時だったかな。それで一刻も早くギルド長になれと催促してきて…………。気が狂いそうだった。だから母が何も言えない様に仕事を完璧にこなしたの。不慣れだった敬語もどんな場でも使って、礼儀を弁えて。私の心は抑圧されていった。多分シーニャちゃん達が来た時なんて殆ど自分の意思でやってなかったと思うわ。それを晴翔さんは見抜いちゃったんだね。あの一言で、私は我に返った。それで晴翔さんを引き止めて、話を聞いたんだ」
「はるにゃんはなんて言ってたにゃんか?」
「……自分も同じだって言ってたわ。晴翔さん自身、何かあったのかもね……。そういえばシーニャちゃんは晴翔さんと仲が良いけどどうやって知り合ったの?」
突然話を振られたシーニャは頬杖をついていた顔をはっと上げた。
「そうにゃんね~」
ここからシーニャの話は十分以上に渡って繰り広げられた。
因みに全部嘘である。
シーニャの妄想である。



宿屋の浴場は大とまではいかなくとも中規模の、今のご時世貴族以外が持つことは珍しいものだった。
脱衣所は東方の国の様な木材の板で作られていて、籠に服を入れられる様になっている。
きっとこの宿の主人は東方の文化が好きか、あるいは訪れたことがあるのだろう。
ガララとこれまた珍しいガラスで出来たスライド式のドアを開くと、白い湯気が脱衣所に入って来た。
中は霧でもかかっているかの様に白くぼやけ、一メートル先も見えない。
手探りで水を噴出する魔道具まで行こうとすると、
「きゃあ!?」
何かに滑り、スッテーンと転んだ。
「ソリア~大丈夫にゃんか?」
後ろから駆けて来たシーニャも同じ様に、
「にゃあ!?」
ステンと転んだ。
「あいたたた、大丈夫~?」
「ば、万事オッケーにゃ」
兎に角二人とも無事だということで立ち上がり、今度は転ばない様に水色のタイルをしっかり踏みしめる。
魔道具の弁を捻ると、少し熱めのお湯が流れ出て来た。
それで体を入念に流し、巷でぼでぃーそーぷと呼ばれている白濁とした液体を手に垂らす。
今日で十八になるソリアはこの液体から卑猥な方向に妄想を膨らませたが、すぐに正気に戻り、体を洗い始めた。
実りがつきすぎている胸は同年代からしたら大きいらしくよく同僚に小突かれる。
洗い落としがない様にこねる様に洗い、手を腹部に伸ばす。
最近たるんではいないだろうか。
ここ最近はデスクワークばかりで趣味である冒険者家業を行えなかった。
腹をつまむが、ぜい肉はあまり付いていない。
晴翔さんと上手く進展していけばあんなことやこんなことも、とまたまた卑猥な方向に妄想を加速させる。
しかしその妄想は早々に終わった。
「わぷ!?」
シーニャに水をかけられ、我に返る。
「顔がふやけてるにゃんよ~。ナニ考えてるか丸分かりだにゃん」
水滴のついた猫耳と尻尾をフリフリと振って、シーニャはタオルを持って立ち上がった。
「あ、ちょ、ちょっと待って~」
超高速で頭を洗いお湯で洗い流すと、ソリアも慌てて立ち上がった。
浴槽に向かう。
「あれ、誰かいるにゃんね」
確かに既に浴槽には人影があった。
ソリア達と同じくこの宿に泊まってる女性客かと思ったが、何処か変だ。
女性にしてはガタイが大きく、遠くからではあまりわからないがゴツゴツとしている。
胸も全く膨らんでなく、しかも短髪だ。
近づいて行くとその姿が露わになっていき、数メートルの位置まで近づくと完全にその姿が視認できた。
「って、晴翔さーん!?」
ソリアの絶叫が響く。
なんと人影の正体は晴翔だった。
しかも寝ている。
頭にフェイスタオルを乗せ、こっくりこっくりと首を揺らしている。
その寝顔は意外と可愛いものだった。
自然と視線が下に向かって行く。
胸の代わりに発達した胸筋、八つに割れている腹筋、そして……。
(お、大きい)
ソリアは晴翔のモノを見て顔を真っ赤にした。
やがてソリアの舐め回す様な視線に気づいたのか、晴翔の二重の目が開かれた。
周囲を見渡し、やがてソリア達の姿を認める。
「お、やっと来たか」
晴翔はいつもと変わらない態度で立ち上がった。
見えなかった左肩には大きな傷が走っている。
晴翔の肢体に見惚れてるソリアの後ろに迫り寄る影が。
「あ、すべったにゃーん(棒)」
シーニャに背中を押され、ソリアは晴翔を巻き込んで転んでしまった。
水面に顔面からぶつかり、平手で叩かれた様な痛みが襲う。
咄嗟に瞑った目を開けると目の前にあったのは晴翔のモノ。
「き、キャァァァアアア!」
ソリアは羞恥に全身を真っ赤にして叫んだ。
「……シーニャ?」
底冷えする晴翔の声がシーニャの足を地面に縫い付ける。
「ちょっとこっち来い」
未だに顔を赤くしてアタフタしているソリアを除けて立ち上がり、手招きをする。
「はい……にゃ」
シーニャは絶望を顔に浮かべて晴翔のもとに近寄る。
「この~バカチンが~!」
晴翔の久しぶりの大声とともに振るわれた拳はシーニャの鳩尾に入り、勢いそのままシーニャの華奢な体を吹き飛ばした。
「ヘブにゃ!?」
シーニャは魔道具の近くに墜落し、そのまま沈黙した。
湯気の立つ浴場の中で晴翔だけが息を切らし、顔を少しだけ赤くして立っていた。
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