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十六話 クリスタルとオリハルコンと……

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「やぁっ!」
ソリアはグレイブを振り回して、相手を叩き斬る。
両先端に鋭利な刃が付いた”ソリッドスピナー“はオークのブヨブヨとしたある種の柔肌を容易に切り裂いた。
豚畜生のドス黒い体液を浴び、銀色の髪は目と同様、真っ赤に染め上げられている。
頬に付着した血液を拭い、ソリアは次のターゲットに目を向けた。
身長二メートルを超える巨躯、厳しい形相に額から突き出た二本のツノ。
オーガ————。
人が転じて変化する魔物と言い伝えられているが、その真相は定かではない。
肩に棍棒を担いだオーガはソリア目掛けて跳び上がった。
二百キロを超える巨体が彼女に迫る。
ソリアはそれをバックステップで回避、地面に着地と同時に右足でブレーキをかけ、反動でオーガに接近。
ソリッドスピナーで斬りあげる。
オーガは悲痛な悲鳴をあげ、胸に深手を負いながらも、獲物であるソリアを睨みつける。
その殺気がギンギンに篭った視線を前にソリアは震え上がりそうになる。
が、震える脚に鞭を打って空へ跳び上がる。
その直ぐ後をオーガの棍棒が振り下ろされた。
ソリアは空中で回転し、遠心力の勢いに任せてグレイブを振り下ろす。
棍はオーガの頭蓋を叩き割るには飽き足らず、先端についた鋭利な刃先でオーガを一刀の元に両断してみせた。
青い血が吹き出る。
返り血を浴びるのを避けるために後退したソリアの背後に忍び寄る影。
だが、ソリアは気付いていた。
棍を腕を支点に高速で回転させる。
それで忍び寄ってきた敵——デスワームの黒い甲殻を叩き割った。
緑色の血が辺りを染める。
「ふぃ~」
額の汗を拭い、一息つく。
「大丈夫か?」
晴翔の方もどうやら終わったようだ。
彼の後ろには魔物の死体が、それこそ山になる程転がっている。
「大丈夫です」
短く返し、合流ポイントであるクリスタルオリハルコンの保管庫があった場所に向かう。
「あの……気になってたんですが」
「なんだ?」
小走りながら、晴翔に尋ねる。
「晴翔さんって妙に大人びてますよね。外見、私より下なのに」
「…………」
晴翔は黙り込んだ。
小走りを続けながら顎に手を当てて、考え始めた。
「……俺、これでも三十五だぞ?」
「三十…………え、えぇぇぇ!?」
外見から考えられない数字が晴翔の口から漏れ、ソリアは走るのも忘れて素直に驚いてしまった。
一瞬冗談かと思ったが、晴翔は決して嘘はつかない。
それがこの数日で理解した晴翔の性格だ。
「昔——— それこそ本当にソリアと同い年の頃、呪いにかかってな。一生外見年齢は変わらないらしい」
晴翔は苦笑しながら言った。
彼自身、嘘を織り交ぜながら話をしている。
だが、半分は本当だ。
シーニャは一生歳を取らないと言っていた。
自分が永遠に晴翔と共にいる為と言っていたが、速攻で却下。
じゃんけんで勝負を決め、勝った晴翔は永遠の命を手に出来た。 
しかしこの永遠の命とやらは手にしてみるとそう面白くなかった。
命の危険を感じないのだ。
試したことはないが、恐らく治療不可の致命傷を負っても自己修復なりなんなりして次の瞬間にはケロリとしているだろう。
「へえ、変な呪いもあったものですねぇ~」
ソリアは感心しながら再び小走りを始めた。
次の角を曲がればクリスタルオリハルコンの保管場所だ。
時間的にシーニャは既に到着しているだろう。
人数こそこちらは二人であちらは一人だが、戦力の差を比率にすると、一対億になっていれば良い方だ。
それ程に、全能神シーニャスペリフリーゼルの力は計り知れない。
角を曲がる。
古代ギリシャを彷彿とさせる建造物の前に、シーニャの姿はあった。
そしてシーニャのさらに先には、探し求めていたもの、クリスタルオリハルコンの姿が。
山の様に積まれ、鈍い白に光り輝いているクリスタルオリハルコンを前に二人は絶句する。
これ程の量をよく掘り出したものだ。
恐らく、何十年と一回も使わずに掘り上げたものなのだろう。
それが一度たりとも触れられた形跡がない。
これならばシーニャの言っていたに合い、これ程までに魔物の量が多いのにも頷ける。
「あ、は~るにゃ~ん」
シーニャが駆け寄ってきた。
勿論ブロックである。
全能神のタックルなど想像するだけで悍ましい限りだ。
ズリズリと地面に落ち、赤くなった鼻を涙目でさする。
どれほどの力を込めたのか、強固な晴翔の結界にヒビが入っていた。
「いい加減諦めてシーニャに抱きつかれるにゃん!」
半ばキレ気味になるシーニャだが、これで抱きつくほど晴翔はロマンチストではない。
「ちょっと黙れ」
「うにゃ!」
シーニャの頭頂部に晴翔の結界を利用したたらい落としが炸裂する。
頭上に星とひよこを発生させたシーニャは暫くクルクルと回っていたが、やがて収まったのか真顔で口を開いた。
「はるにゃん。この鉱石、相当やばいにゃんよ」
ソリアに聞かれない程度の大きさで晴翔にささやきかける。
「何がだ?」
「自己増殖のスピードが半端にゃいにゃん。三十秒に一度、倍の量に増えてるにゃん」
「倍だと!?」
思わず大声を出してしまう。
「倍?倍ってなんです?」
ソリアが尋ねてくる。
「二人とも、撤収だ。鉱石は採取せずに帰るぞ」
晴翔は踵を返そうとする。
が、袖をソリアに掴まれた。
「なんでですか?目的はすぐそこにあるのに……」
「あれは決して持って帰ってはならないものだ。そして放置している代物でもない。とにかく今は帰るぞ」
そう言って後ろを確認すると——。
すぐそこにクリスタルオリハルコンの壁が出来ていた。
「な———」
晴翔は絶句する。
三人と保管庫までは三メートルは離れていたはずだ。
それが目を離した数十秒の間に一瞬で距離を詰められた。
晴翔は説明するのも惜しくなり、二人の手を取って走り始める。
その直後、クリスタルオリハルコンが膨張し、雪崩を起こした。
自己増殖で倍加したのだ。
「のわぁぁ!」
晴翔たち三人はクリスタルオリハルコンの奔流に呑まれ再び散り散りになってしまった。
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