まだ、言えない

怜虎

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2.Summer vacation.-吉澤蛍の場合-

無意識

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「吉澤、ノートさんきゅー。すげーわかりやすかった!」


授業が終わるとすぐ、ノートを手に秋良が近づいてきた。


「あぁ。役に立てて良かったよ」

「一日借りっ放しでごめん。大丈夫だった?」

「いや、今日は授業もなかったし、大丈夫」

「そう言ってもらえると助かる。はい、これお礼ね」


秋良はペットボトルを差し出した。


「良いのに。チケットだって貰ってるし」

「いや実はもう一つ頼みがあって⋯この後時間ある?」


いつものキラキラ笑顔の後、伏し目がちに問われる。


「特に用はないけど、頼みって?」

「実は昨日の数学なんだけどさ。今やってるとこ、あんまり飲み込めてなくて。教えて貰ったりできないかなって⋯」


秋良は自信なさげに問うと続けて補足した。


「ほらっ!この前のテスト、吉澤上位だった⋯よね」


必死に言い訳をする秋良が可笑しくて、蛍の口角が上がる。


「良いよ」

「本当?!」


舞台のチケットを譲って貰ったという借りは大きく、協力しても良いと思わせた。

それに、今日は特に用事も無い。


「うん。俺で良ければ」


秋良は嬉しそうに笑うと、早く行こうと蛍を急かす。

図書室でと誘う秋良の背中に従った。


図書室に着くと席を探す。

授業が終わったばかりの図書室はまだ人が少なく、いつにも増して静かだ。

普通の教室と違い勉強がしやすい様にか室温も考慮されており、季節と受験という二つの意味でこれからの時期とても重宝しそうだ。

学習スペースは出入り口から一番遠い場所に配置されていて、静かに本を読んだり勉強をしたい人の邪魔をしないように配慮された造りとなっている。


席に着くと早速、教科書やノートを開いて授業中に書き留めた重要そうな所をなぞっていった。


「ここはこの公式を使って⋯」


ペンの先で指し示した後、実際に書いてみる。


「⋯だから、答えは-2になる」

「うんうん⋯なるほど」

「じゃあ、この3問解いてみて」

「分かった」


秋良が一瞬のうちに集中すると、辺りはしんと静まり返った。

なるべく小さな声で話しかけている努力のお陰か、そこまで距離が近い訳では無いからか、ちらほら集まりだした生徒達にも鬱陶しそうな顔をされずに済んでいる。

そういった “場にそぐわない行動” が苦手で、例えば図書室で大きな声を出すだとか、道を占領する様に広がって歩くだとか、ルールやモラルに沿った行動が出来ない人も、自分自身が守らないのも許せなかった。

だから、こんな風に友達と勉強の為に図書室に来る事を無意識に避けていたのかもしれない。

話しが盛り上がってしまえば、自身もそうなる可能性だってあるからだ。


「吉澤、できた」

「早いな」

「吉澤の説明がわかり易かったから、かな」

「⋯⋯⋯」

「吉澤?」


いつもの全開の笑顔に見惚れていると名前を呼ばれハッとする。


「あ、ごめん」

「どうした?考え事?」

「いや⋯」

「どうした?」


2度も問われると追い返すのが申し訳なくなるが、まさか笑顔に見惚れてたなんて言えるわけがない。


見惚れていた⋯?


まさか、と頭の中ですぐに否定をする。


くるくると表情の変わる蛍を見て、秋良は思わず吹き出した。

しかし蛍はそれに気付いていないようで、一度自分に言い訳をしてから気付かれないように深呼吸した。


「じゃあチェックするね」


何事も無かったように進める蛍に、またしても秋良は吹き出す。


「なんだよ⋯」


不思議そうに口にした蛍にごめんと返し、教科書を捲りながら秋良は言った。


「⋯なんでもない」


そう言いつつも秋良はまだ笑いをこらえている様子で、蛍は秋良を睨む。


「真面目にやらないなら教えないよー」

「ごめんごめん、ちゃんとやるので教えてください」


秋良は手を合わせて拝んでみせた。

真面目にやれなんて自分の事は棚に上げて、本当人間とは自己中心的な生き物だと笑うと、それを見た秋良は、許しの合図だと勘違いし張り切ってみせた。


「よし、じゃあ次ここ教えて?」


秋良がまるでスイッチを切り替えた様に真面目な顔付きになると、その変わりっぷりに蛍は驚いた。

その集中力は是非見習いたい。

暫くすると問題の解き方を躊躇うようにペンの動きが止まりチラリとこちらを見た。


「えーと、ここは前回の応用。ここまで解ければ簡単だと思う⋯こんな感じ」


さらっと一問解いてみせる。


「なるほどね」

「で、こう解く」

「やってみる」


アドバイスをすると秋良はスラスラと問題を解いていく。

時折ペンを止めては眉間にシワを寄せ、また問題を解く。

何度か繰り返された。


暫く秋良のその様子を見ていたが、長い間手が止まる訳でもないし、質問をしてくる様子もない。

蛍は近くの本棚に並んでいる本を手に取り読み始めた。

静かな図書室に、穏やかな時間が流れていく。

時よりふっと息を吐く秋良を気にしながら、文字列を目で追った。


キリの良いところまで読み進めると、再び秋良のその真剣な顔を見詰める。


「雨野、肌の手入れとかする人?」


集中し下を向いていたその目線は、不思議そうにこちらを真っ直ぐ見つめた。


「⋯何、突然」


まるで女の子みたいに綺麗な肌だと感じた蛍は、興味本位でそんな事を口にしていた。

驚いたのか、少しの間の後の反応だった。


「いや、肌綺麗だよなーと思って」


透き通るような白い肌。

笑顔は太陽の様なのに、太陽とは無縁の肌。

蛍は頬杖をついて、 秋良を見詰める。


「吉澤、エロい。顔が」

「なっ⋯!」


秋良からの指摘に、蛍の顔は真っ赤に染まり、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

図書室に集まり出した生徒達の視線を一瞬にして集めると、ひとり残らずした怪訝そうな顔に肩をすくめる。

会釈をして静かに椅子を直した。

そんな瞳をしていたのかもしれない。

見惚れて、いたのかもしれない。


問題を解き終えて手を止めた秋良の顔をチラリと見ると、室内にあった時計を見てハッとした。


「やば、もうこんな時間だ」


秋良は小声で言った後に目の前の教科書やノートを片付け始める。

時計を見るとまだ17時になっていない。

そんな遅くはないはずだ。


「用事?」

「うん、ちょっとこれから行かなきゃ行けない所あって。俺から頼んだのにごめん、時間割いてくれてありがとう!」


秋良は纏めた教科書達を鞄に詰め込んた。


「いや⋯それは大丈夫だけど」

「またお願いしたい!
吉澤教え方上手いからわかりやすいし」


そう言い残すと、また例の笑顔を残し図書室の入口の方向に向かった。


途中で振り返り手を振ると、秋良の姿は見えなくなった。


蛍は台風の様に過ぎ去った秋良の消えた方向を見つめて溜息を吐いた。

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