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4.Autumn.
借りてきた猫
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翌朝、スマートフォンから発せられたメロディが部屋に鳴り響く。
微睡の中でアラーム音ではないことを判断すると、その音のなる場所に手を伸ばした。
ディスプレイに表示された名前を確認する。
「父さんだ⋯⋯ はい」
通話ボタンを押すと話し始める。
「え?⋯⋯ うん?⋯ 特に用事ないけど⋯⋯ うん。いるよ。⋯⋯ わかった⋯ 秋、代わってって。父さん」
肩をつかんで揺らして起こすと、まだ開かない目のままスマートフォンを受け取り、耳に当てる。
「代わりました。秋良です⋯ はい。お陰様で⋯ ありがとうございます⋯ はい⋯ はい、夜は特には⋯ はい⋯⋯ 」
秋良の変わり身の早さに笑いながら、予定よりも早い起床により短くなった睡眠時間に抵抗しようと、再び横になる。
隣で続く電話に耳を傾けた。
秋良が夜の予定を聞かれているという事は秋良も一緒に、ということだろうか。
突然の佳彦の誘いに疑問を持ちながら電話が終わるのを待つ。
通話が終わり、スマートフォンを差し出してきた秋良に目を向ける。
「制服着てこいって」
「制服?何でまた」
「母さんが行く場所は大体、服装選ぶからね」
「えっ?そういう食事?」
⋯ ついにこの日が来た。
父親の恋人に会うというイベントが。
心の準備が出来ていなくても、予定はポンと入り込んで来るもんだ。
あれこれ考えていると、その気持ちが伝わったのか秋良からフォローが入った。
「大丈夫だよ。俺が言うのもなんだけど、母さん結構優しいいから」
少しだけズレた励ましに、笑顔で答えると秋良は頷いてから立ち上がった。
「今日は事務所に行くつもりだったけど… 制服取りに行かなきゃいけないから一旦家帰る」
「まあ、そういう食事会なら仕方ないね」
「あ⋯ 場所聞いてないや」
「待ち合わせ場所まで案外距離があるから、一緒なら連れて来いって言ってた。
蛍が学校行くなら待ち合わせようか」
「え、秋はやっぱり学校行かない?」
そう言って蛍は何かを考えているかのように首を傾けた。
「⋯ じゃあ、俺も一緒に事務所に行こうかな。ちょっと待ってて!着替える時間だけちょうだい」
そう告げると、リビングから出て自室へ急ぐ。
予定が詰まっているわけではない為急ぐ必要はないのだが、人を待たせてると思うとゆっくりはしていられない。
いつもの朝の支度よりも早く済ませると、早速家を出る。
「そんな急がなくても良かったのに」
「待たせんの好きじゃなくて」
「気ぃ遣い屋」
そんなことを話しながら駅までの道を並んで歩く。
─やっぱり緊張する。
撫子さん?
山口がモデルやってるって言っていた。
秋良は優しいと言ってたが、蛍の不安は募るばかりだった。
「あれ?雨野と吉澤」
駅の手前の路地を歩いていると、声を掛けられた。
それは先程思い浮かべた姿で少し驚く。
「山口」
「つーか、進行方向逆じゃない?学校さぼってデート?」
─デートって⋯ 山口、卒業旅行の時から何か誤解してるんだよな。
まぁ、誤解って言ったらちょっと違うんだけど、カンが鋭いというか何と言うか⋯
「ああ、これから仕事があって。
山口は彼女?と一緒に登校なんて良い朝だな」
─ああって、秋さん。
その “ああ” はどっちにかかってるんですかね?
「羨ましいでしょ?
雨野達は、学校も仕事もって大変だな。何か協力できることあったら言っ」
─俺には相槌に聞こえたけど、山口は完全に “デート” にかかってると思っちゃったよ?
大丈夫なの?これ。
秋良と山口の会話にツッコミをいれながら2人の顔を交互に見る。
「まあ、好きでやっているからな。何かあればその時は頼むよ」
「ああ、勿論。⋯ そろそろ行かなきゃ。じゃーな。また学校で」
「ああ」
「うん、また」
嵐の様に去っていった山口の背中を見送ると、再び駅に向かって歩き出した。
「喧しいヤツ」
はぁと吐き出しだ息に、少しだけ疲れが見えた。
「山口は彼女いたんだ」
「ああ、結構長いらしい」
「そうなんだ」
山口は周りをよく見ていて、縁の下の力持ちタイプ。
フォローが上手いと感じることは多々あったが、それ以外の、山口自身のことは全く知らなかった。
考えてみれば、学校にいる時は秋良か悠和が常に隣にいるのだから、山口がどんな人間か判断できるような会話をするチャンスはない。
頭の中で自己完結していると秋良が顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「えっ?いや⋯ 山口ってあまり話したことが無いなーと思っただけ。あ、今はそれは良いんだ。それより秋のお母さんの事教えて?」
「あ、うん」
丁度来た電車に乗り込むと、秋良の母親で、父親である佳彦の恋人 “撫子さん” の情報をインプットする。
容姿の特徴や雰囲気。
職業はシンガーソングライターだということ。
昔はモデル一本で仕事をしていたこと、今もモデルの仕事をすることがあるということ。
全部、息子である秋良目線で聞いた話はどれだけギャップがあるのだろうか。
「そういえば母さん、佳彦さんとは仕事で知り合ったって言ってたけど、佳彦さんて何の仕事してるの?」
「CMプランナーだよ」
「なるほど。
じゃあ4人で仕事するって可能性もあるのかもね⋯ レアだな」
「えー?気が早いんじゃない?それは」
これから初めて会う “母親” にそこまで想像するのは難しい。
蛍が引っ掛かったのは『家族』の方だったが、秋良の捉え方は蛍とは異なっていた。
「いや、ミュージックフェスを舐めちゃいけない」
「⋯ そんなに影響力あるフェスなんた?」
咄嗟に話を合わせたが、時々感じるこの “感じ方の違い” が、秋良がアーティストだということを度々思い出させる。
「ひとまずの目標はTRAP超えだから」
さらりとそんな事も言ってしまう秋良に、今は感心するばかりだ。
ミュージックフェスを経験したらまた感じ方も変わってくるのかもしれない。
秋良の考え方に一歩近づけるのかもしれない。
今は空気を読んで、当たり障りのない返事をするのが精一杯だった。
秋良の家のある駅で電車を降りると、改札を出たところで問われる。
「蛍、駅で待ってる?そんな距離無いけど」
「ああ、うん。どっちでも⋯⋯ いや、やっぱり行く」
秋良の家に興味があった。
どんな家に暮らしているのか。
それに高校生の一人暮らしというのはどういうものか気になった。
「どうした?いきなり」
「単純に気になっただけだよ。秋がどんな所に住んでいるのか」
「⋯⋯ 大したとこじゃないけど」
そうはいっても彼はTRAPに楽曲提供をしている人。
古びたアパートが出てくる筈は無いのだ。
敷地に入るだけでも驚かされたが、室内は想像を上回るものだった。
「そこに座って待ってて。すぐ済ますから」
「うん⋯⋯ 」
蛍は秋良の指差したソファに腰を下ろすと辺りを見回した。
部屋に入ってまず目に入ったのは大きなテレビ。
吉澤家の4倍、いや6倍はあるだろう
とにかくデカイ。
この座っているソファも高級そうだ。
全体的に黒で統一されたシックな部屋だが、どちらかというと白っぽい色を好む蛍には、“人の家に来ている” という緊張感が増す色だった。
キッチン周りも、取り敢えずある家電という訳ではなく、生活感のある印象。
それでいてごちゃっとしていない。
「借りてきた猫状態だな」
声のした方を向くと、秋良が戻ってきていた。
「え?何か言った?」
「何でもない。じゃあ行こうか」
滞在時間は3分程度。
初訪問を終えると部屋を出る。
丁度来ていたエレベーターに乗り込むと、秋良はボタンを操作した。
─少し残念。
本当はもう少しゆっくり、秋の部屋を見たかった。
どんな風に暮らしているのか知りたかった。
秋の事を知りたい。
⋯ そんなのまるで、秋が気になっているみたいだ。
「蛍」
呼ぶと同時に秋良は壁に手をトンと付き、その声だけに反応し顔を上げる。
触れたか触れないか位のキスに、恥ずかしくなり俯いた蛍の目に見えたのは、離れていく時に口角の上がった秋良の口元。
気になる。
と意識してしまえばその威力は絶大で、目に映る全ての光景が、価値あるものに変化する。
「行くよ?」
とっくに着いていたらしいエレベーターを降りると、先に歩き出した秋良の後ろ姿を追いかけた。
微睡の中でアラーム音ではないことを判断すると、その音のなる場所に手を伸ばした。
ディスプレイに表示された名前を確認する。
「父さんだ⋯⋯ はい」
通話ボタンを押すと話し始める。
「え?⋯⋯ うん?⋯ 特に用事ないけど⋯⋯ うん。いるよ。⋯⋯ わかった⋯ 秋、代わってって。父さん」
肩をつかんで揺らして起こすと、まだ開かない目のままスマートフォンを受け取り、耳に当てる。
「代わりました。秋良です⋯ はい。お陰様で⋯ ありがとうございます⋯ はい⋯ はい、夜は特には⋯ はい⋯⋯ 」
秋良の変わり身の早さに笑いながら、予定よりも早い起床により短くなった睡眠時間に抵抗しようと、再び横になる。
隣で続く電話に耳を傾けた。
秋良が夜の予定を聞かれているという事は秋良も一緒に、ということだろうか。
突然の佳彦の誘いに疑問を持ちながら電話が終わるのを待つ。
通話が終わり、スマートフォンを差し出してきた秋良に目を向ける。
「制服着てこいって」
「制服?何でまた」
「母さんが行く場所は大体、服装選ぶからね」
「えっ?そういう食事?」
⋯ ついにこの日が来た。
父親の恋人に会うというイベントが。
心の準備が出来ていなくても、予定はポンと入り込んで来るもんだ。
あれこれ考えていると、その気持ちが伝わったのか秋良からフォローが入った。
「大丈夫だよ。俺が言うのもなんだけど、母さん結構優しいいから」
少しだけズレた励ましに、笑顔で答えると秋良は頷いてから立ち上がった。
「今日は事務所に行くつもりだったけど… 制服取りに行かなきゃいけないから一旦家帰る」
「まあ、そういう食事会なら仕方ないね」
「あ⋯ 場所聞いてないや」
「待ち合わせ場所まで案外距離があるから、一緒なら連れて来いって言ってた。
蛍が学校行くなら待ち合わせようか」
「え、秋はやっぱり学校行かない?」
そう言って蛍は何かを考えているかのように首を傾けた。
「⋯ じゃあ、俺も一緒に事務所に行こうかな。ちょっと待ってて!着替える時間だけちょうだい」
そう告げると、リビングから出て自室へ急ぐ。
予定が詰まっているわけではない為急ぐ必要はないのだが、人を待たせてると思うとゆっくりはしていられない。
いつもの朝の支度よりも早く済ませると、早速家を出る。
「そんな急がなくても良かったのに」
「待たせんの好きじゃなくて」
「気ぃ遣い屋」
そんなことを話しながら駅までの道を並んで歩く。
─やっぱり緊張する。
撫子さん?
山口がモデルやってるって言っていた。
秋良は優しいと言ってたが、蛍の不安は募るばかりだった。
「あれ?雨野と吉澤」
駅の手前の路地を歩いていると、声を掛けられた。
それは先程思い浮かべた姿で少し驚く。
「山口」
「つーか、進行方向逆じゃない?学校さぼってデート?」
─デートって⋯ 山口、卒業旅行の時から何か誤解してるんだよな。
まぁ、誤解って言ったらちょっと違うんだけど、カンが鋭いというか何と言うか⋯
「ああ、これから仕事があって。
山口は彼女?と一緒に登校なんて良い朝だな」
─ああって、秋さん。
その “ああ” はどっちにかかってるんですかね?
「羨ましいでしょ?
雨野達は、学校も仕事もって大変だな。何か協力できることあったら言っ」
─俺には相槌に聞こえたけど、山口は完全に “デート” にかかってると思っちゃったよ?
大丈夫なの?これ。
秋良と山口の会話にツッコミをいれながら2人の顔を交互に見る。
「まあ、好きでやっているからな。何かあればその時は頼むよ」
「ああ、勿論。⋯ そろそろ行かなきゃ。じゃーな。また学校で」
「ああ」
「うん、また」
嵐の様に去っていった山口の背中を見送ると、再び駅に向かって歩き出した。
「喧しいヤツ」
はぁと吐き出しだ息に、少しだけ疲れが見えた。
「山口は彼女いたんだ」
「ああ、結構長いらしい」
「そうなんだ」
山口は周りをよく見ていて、縁の下の力持ちタイプ。
フォローが上手いと感じることは多々あったが、それ以外の、山口自身のことは全く知らなかった。
考えてみれば、学校にいる時は秋良か悠和が常に隣にいるのだから、山口がどんな人間か判断できるような会話をするチャンスはない。
頭の中で自己完結していると秋良が顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「えっ?いや⋯ 山口ってあまり話したことが無いなーと思っただけ。あ、今はそれは良いんだ。それより秋のお母さんの事教えて?」
「あ、うん」
丁度来た電車に乗り込むと、秋良の母親で、父親である佳彦の恋人 “撫子さん” の情報をインプットする。
容姿の特徴や雰囲気。
職業はシンガーソングライターだということ。
昔はモデル一本で仕事をしていたこと、今もモデルの仕事をすることがあるということ。
全部、息子である秋良目線で聞いた話はどれだけギャップがあるのだろうか。
「そういえば母さん、佳彦さんとは仕事で知り合ったって言ってたけど、佳彦さんて何の仕事してるの?」
「CMプランナーだよ」
「なるほど。
じゃあ4人で仕事するって可能性もあるのかもね⋯ レアだな」
「えー?気が早いんじゃない?それは」
これから初めて会う “母親” にそこまで想像するのは難しい。
蛍が引っ掛かったのは『家族』の方だったが、秋良の捉え方は蛍とは異なっていた。
「いや、ミュージックフェスを舐めちゃいけない」
「⋯ そんなに影響力あるフェスなんた?」
咄嗟に話を合わせたが、時々感じるこの “感じ方の違い” が、秋良がアーティストだということを度々思い出させる。
「ひとまずの目標はTRAP超えだから」
さらりとそんな事も言ってしまう秋良に、今は感心するばかりだ。
ミュージックフェスを経験したらまた感じ方も変わってくるのかもしれない。
秋良の考え方に一歩近づけるのかもしれない。
今は空気を読んで、当たり障りのない返事をするのが精一杯だった。
秋良の家のある駅で電車を降りると、改札を出たところで問われる。
「蛍、駅で待ってる?そんな距離無いけど」
「ああ、うん。どっちでも⋯⋯ いや、やっぱり行く」
秋良の家に興味があった。
どんな家に暮らしているのか。
それに高校生の一人暮らしというのはどういうものか気になった。
「どうした?いきなり」
「単純に気になっただけだよ。秋がどんな所に住んでいるのか」
「⋯⋯ 大したとこじゃないけど」
そうはいっても彼はTRAPに楽曲提供をしている人。
古びたアパートが出てくる筈は無いのだ。
敷地に入るだけでも驚かされたが、室内は想像を上回るものだった。
「そこに座って待ってて。すぐ済ますから」
「うん⋯⋯ 」
蛍は秋良の指差したソファに腰を下ろすと辺りを見回した。
部屋に入ってまず目に入ったのは大きなテレビ。
吉澤家の4倍、いや6倍はあるだろう
とにかくデカイ。
この座っているソファも高級そうだ。
全体的に黒で統一されたシックな部屋だが、どちらかというと白っぽい色を好む蛍には、“人の家に来ている” という緊張感が増す色だった。
キッチン周りも、取り敢えずある家電という訳ではなく、生活感のある印象。
それでいてごちゃっとしていない。
「借りてきた猫状態だな」
声のした方を向くと、秋良が戻ってきていた。
「え?何か言った?」
「何でもない。じゃあ行こうか」
滞在時間は3分程度。
初訪問を終えると部屋を出る。
丁度来ていたエレベーターに乗り込むと、秋良はボタンを操作した。
─少し残念。
本当はもう少しゆっくり、秋の部屋を見たかった。
どんな風に暮らしているのか知りたかった。
秋の事を知りたい。
⋯ そんなのまるで、秋が気になっているみたいだ。
「蛍」
呼ぶと同時に秋良は壁に手をトンと付き、その声だけに反応し顔を上げる。
触れたか触れないか位のキスに、恥ずかしくなり俯いた蛍の目に見えたのは、離れていく時に口角の上がった秋良の口元。
気になる。
と意識してしまえばその威力は絶大で、目に映る全ての光景が、価値あるものに変化する。
「行くよ?」
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