まだ、言えない

怜虎

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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-

病み上がり

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結局、緊張の正体は曖昧なままで、あっという間に出番もミュージックフェスも終わっていった。

勿論、打ち上げからは逃れることは出来なくて、主に砂月からの強引な誘いに、病み上がりだし乾杯だけと会場に顔を出した。

始まりも遅かったし、乾杯だけと言っても次から次へと人が増えて行くから中々抜け出せない。



─鷹城さんも仕事が残っているとかでここには来なかったし、ここは秋に任せてさっさと帰ろう。



「秋。俺、本調子じゃないから先に抜けるね。今ならまだ電車もあるし」

「電車?てか、鷹城は?来ないの?」

「仕事があるから事務所行くって言ってた」

「じゃあ俺も帰る」

「流石に2人居ないのはマズイだろうから、秋は残って?俺は大丈夫だから」


話をそばで聞いていた砂月が入って来て加勢してくれたお陰で、渋る秋を説得する事に成功した。

みんな体調が優れないならと、無理矢理止めるような人はおらず、早く帰って休めとすんなり帰宅を許してくれた。


簡単に挨拶をして、会場から出ると駅に向かって歩き出す。

遅い時間という事もあり、人通りはほぼない。


「蛍」


道路脇に停めた車の前に立つ雪弥から声がかかった。


「雪弥」

「送っていく。鷹城さん事務所でしょ?」

「うん⋯ 」


雪弥は助手席のドアを開けると、車に乗り込むのをじっと待った。

チラッと雪弥を見ると、無表情で何を考えているのか読み取れない。



─わざわざ待ってくれてたみたいだし、送ってもらう位良いか。



「⋯ ありがとう」


体がシートに収まるのを確認すると、雪弥はドアを閉める。

運転席側のシートに座りエンジンを掛けると車は走り出した。

ゆっくり前進すると、暗い夜道をヘッドライトが照らす。


「フェス、優勝なんて凄いな」


暫しの無言の後、雪弥が口を開いた。


「俺もまだ信じられないんだけど⋯ ありがとう」

「予選で良いパフォーマンスしてるなとは思ったけど、露出が少なかった分世間の評価もここまで良いと思わなかった」

「うん⋯ 本当に。
でもやっぱり、凄いのは秋だよ」

「それもそうなんだけど、蛍にも惹き付ける力があるからだよ」

「俺は、ただ歌うのが楽しいだけ。
ここをこうしたらもっと良くなるとか、引き立つとか、そういう事位しか考えて無いよ」

「それができているなら十分だよ」



─雪弥はこうやって俺を褒める事が多い気がする。

記憶を辿ってみても、やはり取っ付きにくい印象は無くて、芝居に対してもこんな風に褒められた事を思い出す。

音楽も芝居も、雪弥より優れていると思った事は一度も無くて、劇団にいた時も同じ様に不思議に思ったな。



「雪弥は変わらないね。
自分だけ時が止まっていた様なもんだからさ。いや、止めていたんだけど⋯ 何か安心する」

「そうか?」

「うん。
また雪弥と舞台立てたら良いなと思うよ」

「うん⋯ 」


ハンドルを握る雪弥の横顔は少し寂しそうに見えた。


他愛の無い話しを幾つかしながら、家が見える距離まで来ると雪弥が顔を顰めて車を道路脇に寄せる。


「どうしたの?」

「いや⋯ あれ」


雪弥はそう言うと視線を前方に向けた。

家の前にはカメラを抱えた人達が数名。



─そうだった。

熱出したりミュージックフェスがあったりで、父さん達の事忘れていた。


しかし、こんな夜遅くにもいるもんかね。

帰りが遅いのは調査済み?

それなら中々家に帰らない事を知っていてもおかしくないのに。

雪弥に話す機会もなかったけど、送って貰う時に何で思い出さなかったんだろう。

ひとりで帰っていたら秋良のマンションに帰っただろうに、着くまで思い出さないとか疲れてるのかな⋯ 我ながら呆れる。



「⋯ 俺、家に入れないんだった」

「入れない?どうして?」

「雨野撫子さんが結婚って報道見た?」

「ああ、秋の母親?」

「そう。その相手の一般男性、俺の父さんなんだよね」

「⋯ え?」


雪弥は大きく目を見開いて、蛍の顔を見た。



─そりゃあそうなりますよね。

本当に何で忘れていたのか⋯ 



苦笑いを浮かべると雪弥が口を開く。


「今朝は家から来たの?」

「えーっと⋯ 昨日撮影終わってからぶっ倒れて、そのまま秋の所にお世話になってた」

「⋯ なるほど。
聞きたい事は色々あるけど、取り敢えず移動しよう。ここでずっと停まっていたら怪しまれるかも知れない」

「あ、うん。ごめんね、面倒かけて」

「大丈夫、気にするな」


そう言うと、車を発進させた。


「これは蛍が目当てな訳じゃ無いんだな?」

「恐らく。でも撫子さんと俺の関係がバレるのも避けたいみたいだから、どっちにしろ出ていけないや」


目線を落とすと、雪弥の手が伸びてきて頭をくしゃりと撫でる。

それから蛍は、佳彦と撫子が結婚に至るまでの経緯を話した。

終始雪弥は難しい顔をしていて、時々聞こえてくる相槌だけが聞いているんだと思わせる判断材料だった。


「⋯ で、昨日の報道があった」

「なるほど… そりゃあいつもより気を張るよな」

「俺?そういう風に見えた?」

「ああ、ずっと緊張しているように見える。
自分の事もだし、親父さんの事もで環境が180℃変わったんだ、無理も無い」


辿り着けなかった “緊張” の正体は、雪弥言うようにこの環境の変化なのかもしれない。

ナナツボシになって今までした事の無い経験をして、私生活でも人から見られる事が多くなった。

家族が増えて、生活する家や環境が変わって、今迄してこなかった恋愛というのものもプラスされた。


「そっか⋯ 俺、緊張してたのか」


その言葉はストンと胸に収まって、心のモヤモヤが取れていく気がした。


「じゃあ、蛍と秋は兄弟って事になるのか」

「うん、そうなるね⋯
笑っちゃう位の変化だよね。春にはまだ、秋と口聞いたことも無かったのに」


その不思議に変化していく関係に笑っていると、やぱり雪弥は何か考えている様な難しい顔をしていた。

暫くは黙って、雪弥が口を開くのを待ってみたが、何も言わずに車を走らせるだけだった。


「あれ?そういえば、どこに向かってるんだっけ?
行き先決めたっけ?」

「いや、決めてないけど、勝手に俺の家向かってる」

「え、なんで?
俺テキトーに過ごすから大丈夫だよ。その辺に降ろして?」

「病み上がりが何言ってるんだよ」



─父さん達の話を優先させたばっかりに、全然気にして無かった。

優に30分は車を走らせているから、結構な距離を移動しているだろう。



「今日も散々迷惑掛けてるのに、これ以上は流石に気が引けるよ」

「後2-3分で着く。正直駅の方が遠いし、昨日40度の熱出した人間を放り出すほど冷酷じゃないつもり。
それに⋯ 蛍から迷惑掛けられるなら喜んで受けるよ。そもそも迷惑だとも思ってないから安心して」


どうにか状況が変わらないかと、足掻いてみたけど、これから秋良の家に送ってもらうのも色々な意味で申し訳ない。

駅に降ろして貰えるならタクシーという手段があったが、それも無理そうだ。


考えている内に車は駐車場らしき所に入って行き、スムーズに車が駐車される。

この状況から無理矢理帰る方が、変に意識しているみたいで違和感があるだろう。

いや、変に意識しているからこんな事になってるのだが、ここまできたら仕方がない。


「⋯ じゃあ、今日はお世話になっても良い?」

「勿論」


雪弥は車のエンジンを切ると、安心したように微笑んだ。
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