まだ、言えない

怜虎

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7.Winter song.-雨野秋良の場合-

もやもや

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蛍が突然いなくなって、ぽっかりと穴が空いてしまった様な感覚。



 ─スマホが無いんじゃ話しようが無いし、どうするかな⋯

月曜学校で会うまで待てば良いんだろうけど、正直限界だ。



本当は一番避けたい手段ではあったが、意を決して雪弥に連絡を取る事にした。


『⋯ はい』

「⋯ 蛍、雪弥ん家にいる?」

『⋯ いるけど』

「あいつ今スマホないだろ?だから代わってほし⋯ 」

『お前には蛍を任せられない。だから代われない』


言葉の途中で遮られて、強く拒否をされる。


「⋯⋯⋯ 」

『蛍の意思を尊重してやってほしい』


何も言えないでいると、そう言って電話は一方的に切られた。



─蛍の意思か。

蛍は雪弥の所にいる事を選び、俺の所には戻って来なかった。

これが現実。

悔しいけど、今は何も出来ない。



繋がらないと分かっていても、蛍の番号を呼び出して通話ボタンを押す。

直ぐに圏外アナウンスが流れると、やるせない気持ちになった。


これが自分勝手に気持ちを押し付けた代償。



―月曜、蛍と話しをするまではこのモヤモヤが続くのか…

今でも充分苦しい。



明日になったらもっと苦しさやイライラは増しているんだろう。

今日何度目になるか分からない溜め息をついて、早く月曜になれと願う事しか出来なかった。

結局考え込んでしまって、眠りについたのは空が白みかけた頃だったと思う。

まだ寝たりない。

そんな感覚の中、着信音が鳴り響いた。


大体休みの日はこんな風に、誰かからの電話で起こされるんだ。

8割方鷹城からの連絡だが、今日もきっとそうだろう。


「はい⋯ 」

『秋、金曜予定していた撮影、今日になりそうなんだけど大丈夫?』

「⋯ ミュージックフェスの話するってやつ?」

『そうだけど、問題あった?』

「いや、ない!」

『何?急に張り切って』

「⋯ 何でもないよ。で、何時?」

『15時に柏のサクラスタジオ。
その時間、別の現場あって行けそうにないんだけど、自分で行ける?』

「ああ、勝手に行くよ」


電話を切るとディスプレイ上の時計を見る。



─7時半か⋯ 毎度の事ながら早い。

鷹城に時間は関係ないんだな。



ただ、今日ばかりは電話で起こされるのも悪くは無いと思えた。

月曜までモヤモヤしながら過ごす覚悟をしていたが、2日も早く、それも確実に蛍に会うことが出来ると、秋良の沈み込んでいた気持ちは浮上した。

ほんの少しでも、昨日とは天と地程の差で数時間しか睡眠も取れていないが、15時になるのが待ち遠しくて、寝直すなんて勿体無いと思う程だった。


昼過ぎまでは信じられない程穏やかに、家の事をしながら過ごした。

溜まっていた洗濯や洗い物。

普段は蛍が殆どやってくれていたからと言い訳をしてみるが、やる気が無かったという表現が正解だ。

勿論、蛍が家に来るまでは自分でやっていたんだのだから、できない訳では無い。


やる事が終わると、少し早めに家を出て途中で昼食を取ってからスタジオに移動。

大分ゆったりな昼食のつもりだったが、スタジオに着いたのは集合時間の40分前。

勿論、蛍はまだ来ていない。

やることも無いし、楽屋のソファに背もたれると一気に眠気が襲ってくる。

40分あるし、このまま時間まで眠ってしまおうと目を瞑る。

瞬きをした様な短い感覚で名前を呼ばれて目を開けると、鷹城とその後ろに蛍の姿が目に入った。


「⋯ 起きた?」

「もう時間?」

「いや、もうちょっとあるけど、寝起きはまずいと思って起こした。徹夜でもした?」

「⋯ ちょっとね」

「今日の確認してくるから、ちゃんと目を覚ましておいてよ?」


そう言い残すと鷹城は楽屋から出て行った。

そうなると、分かってはいたが蛍と2人きりだ。

チラリと蛍の様子を見ると目があったが、気まずそうな顔をすると直ぐに逸らされてしまい、視界に入らない位置に移動をする。

少しの沈黙の後、意を決して口を開いた。


「蛍」

「⋯⋯ 何?」


蛍の声は少し震えていた。


「⋯ この間の事、ごめん。
理由も聞かないで一方的に責めたりして」


蛍の隣の椅子にゆっくりと腰掛け、蛍に向き直って頭を下げる。


「⋯⋯⋯ 」

「自分の思い通りにならなかったからって蛍に当たった挙句、遠ざけてさ。
結局、後悔しかしなかった。本当にごめん。
蛍が嫌なら、恋人じゃなくてもいい。
ナナツボシのメンバーってだけでも、兄弟でも⋯ だから戻ってきてよ、蛍」


膝の上でぐっと握りしめた拳を、蛍こ手が優しく包み込むと、解き解いてくれる。


「 “握れば拳、開けば掌”
俺、この言葉癖があって結構好きなんだよね。
握れば武器になる。でも開けば、握手をしたりこうやって触れることができる。
考え方は人それぞれだし、大切な人が自分とは別の考え方をしたら、それが原因でいがみ合ったり誤解されることもある。俺は相手の意見を聞いて誤解を解きたいと思うよ。こうして歩み寄ってくれるなら尚更。
俺も色々と説明が足りなかったし、ごめんね」


手を引いて抱き締めると、抵抗せずに腕の中に収まってくれる。


「許してくれる?」

「⋯ うん」

「帰って来てくれる?」

「⋯⋯ うん」


抱き締める腕は自然ときつくなり、蛍は苦しいと笑った。

見つめ合ってキスなんかしたら間違い無く蛍を抱きたくなるだろうし、恋人じゃなくていいと言った手前格好がつかない。

おとなしく体を離して髪を撫でた。

気持ちを紛らわす為に元居たソファに戻ろうと席を立つと、蛍に腕を引かれて折角離れた椅子に戻されてしまった。

驚いて見上げると、不意打ちのキスをされる。

まさかの出来事に目を丸くしていると、蛍が笑った。


「⋯ 我慢したのに」

「ふふふ。そう思ったから敢えてしてみた」

「わざとかよ⋯ 」



もしも蛍が、話を聞くのも嫌になって離れて行ってしまったら、と考えただけでもゾッとする。

こんな風に冗談を言って笑い合う事が出来るようになって良かったと心から思った。

もしもまたすれ違いそうになっても、今度は間違わない。

そう思う程、蛍の存在は大きくなっていて、その大切さを再確認させられた一件となった。


その日の仕事は打ち合わせ、リハーサルと順調に進み、歌撮りを終えて残すはトーク収録のみ。

蛍が家にいなかった間、楽器にも触らず、歌うなんて気になれなくて練習もしていない。

蛍と合わせたのはフェスぶりという新人に有るまじき練習量。

メインは蛍である事にこっそり胸を撫で下ろして、何食わぬ顔でリハーサルを終えた。

そして、トーク収録。


『ナナツボシのお2人です。よろしくお願いします』

「お願いします」

「よろしくお願いします」

『ナナツボシさんと言えば、ミュージックフェスで優勝されたのは皆さんご存知かと思いますが、その時の感想や裏話などがあれば教えて頂きたいと思います。蛍さん、どうですか?』

「ナナツボシを結成してからまだそんなに日が経っていなかったので、優勝と聞いた時は喜びよりも驚きのほうが大きかった気がします。
大切な票を俺達に投じてくれて、応援してくれる人がいることは本当に幸せなことだなと感じました。応援して下さってありがとうございます。これからもナナツボシをよろしくお願いします」

『ミュージックフェスの時にも仰ってましたね。Keiさん、前日高熱が出たとか?』

「そうなんですよ。前日別の撮影があって、屋外だったんですけど、近くに川があったんですよね。
撮影の合間にバランス崩してふたりして川に落ちました⋯ それが原因で熱出したみたいです。
なんせメインパートは蛍なんで1人で歌う事にならなくて良かったですよ」

『そんな事があったんですね!?
お二人でのパフォーマンスが見れて何よりでした!
同じ事務所のTRAPのお2人とも仲良いんですよね?AkiさんはTRAPのAkiさんでもあって、楽曲も書いているそうですが、この後の活動は今まで通りやっていくんですか?』

「そうですね、そのつもりです。
元々TRAPではこうやってみなさんの前に出る事もないですし、雪弥も良い曲書くので、来年辺りみなさんにも聞いてもらえるようにしたいって密かに思っています」

『ここでTRAPの事が聞けるなんて、ファンには嬉しい報告ですね!
雪弥さんとそんな計画をされていたんですね?』

「いや、今初めて言いました。
お互い忙しすぎて、最近はミュージックフェスの時に会ったくらいですね。全く話できていません」

「俺は秋よりも時間に余裕はあるので⋯  TRAPの千尋とはよくプライベートで遊びにいきます。
夏に秋が事務所に篭っていた時に、仲良くなったんですよね」

『Keiさんは雪弥さんとも交流はあるんですか?』

「あ、はい。雪弥は小学生の頃からの知り合いなんですよ。秋も、ね」

「はい。雪弥とは幼馴染みですね」

『みなさん昔からのお知り合いなんですね』

「千尋と俺だけ夏に初めて会ったんですけど、千尋とは何かと交流あるので仲良いですよ」

『これはTRAPとナナツボシのコラボレーションも期待したいですね!
さぁここで、ナナツボシのお2人に歌っていただきたいと思います。先日、行われたミュージックフェスで見事予想優勝しましたこの曲、“Ambivalenceアンビバレンス” 』


曲紹介が終わり、カットがかかるとトーク収録はこれで終了。

後は別に撮った歌がこの後に流れる構成で放送される予定だ。
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