旅人ラルプ

風結

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1、5話

十往復目

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 俺が読んだのは絵本だった。

 夢中になった。

 自分以外の誰かに、心を預けることができるなんて、新鮮な体験で、まるで英雄になったかのように錯覚した。

 村長の家には絵本の元となった小説はなかった。

 金と暇があると人種はろくなことをしない。そんな風にも言われるが、それなりにふところに余裕があり、ふんだんに暇を持て余した俺は、ーー碌でもなかったかもしれない。

 英雄の物語は、「邪竜篇」「聖竜篇」「英雄篇」で構成されている。

 もう、三十回以上読んじまった。そらんじられるほど頭の出来はよくないが、それでも台詞せりふの多くは覚えた。

 さすがにこの周期になるとくすぐったくもあるが、なにひとつ色褪せてはいない。

 有意義な時間ではあった。ただ、暇潰しの文物をもっと買っておけば良かったと後悔した。

 俺はリュックから、フラウズナの似顔絵を取り出す。本物とは比べ物にならないが、それでも俺の心はなぐさめられる。

 横から諦観ていかんの眼差し。ハイエルフの里のことを吹聴することができないので、彼に語ってやれないのが残念でならない。

 「運命の伴侶」に出逢い、旅の目的に「英雄を捜す」ことが加わった。

 がたっ。

 ーーおっと。……大丈夫なようだな。

 十回目。やっとこ最後なんだから、事故なんて起こさないでくれよ。

 荷馬車に、上等な酒がたんと積まれている。

 「酒蔵の番人クルーラコーン」じゃないかと思っているが、正体は不明。ドワーフが気に入る酒を探して、彼に行き着いた。

 存在しない酒ーー「魔酒」。

 ーー自分は墓守だ。

 彼について詮索しないことを条件に、「魔酒」を譲ってもらえることになった。

 自分はもう「妖精」ではないからーーととっ、詮索はしない約束だったな。

 今回は天気も良いし、心配はないだろう。

 六つ音くらいには着けるはず。

 ーードワーフと会うのは簡単だった。彼らは鍛冶職人でもあるから、仕事を依頼するだけで良い。

 当然、旅人である俺は、それだけでは満足しない。ナイフを購入したあとで、交渉。

 ーー酒を寄こせ。

 集落の入り口にある掘っ立て小屋にいたドワーフーードラッペは、俺の願いを聞いて、にんまりと笑った。

 しくじった。

 「酒蔵の番人」である彼が酒を譲る条件の一つとして提示したのが、すべての「魔酒」を呑み尽くすことだった。それは、蟒蛇うわばみと有名なドワーフに呑ませれば良いだけだから問題はなかったのだが。

 如何いかんせん、量が多すぎた。

 そういうことだ。今回でやっとこ最後の十往復目。

 ……二星巡り。

 竜がうたた寝するくらいの時間だが、人種の俺にとっては長かった。

 ドワーフの集落に入れるのは嬉しいことなのだが、旅の醍醐味だいごみの一つは、やっぱり人種や亜人種との巡り会いだ。

 三回目までは、ドラッペとの酒盛りだったが、四回目からは、ドンブラとドッチンが加わった。「三兄弟」と俺は呼んでいるが、本当に兄弟なのかはわからない。

 ドワーフあいつらは気の良い奴らだ。

 ーー俺んとこで鍛冶を学んでけ。本気なのかどうなのか、ドラッペなんかは何度も俺を誘ってくれた。

 もう三人とも来ているかな。

 くっくっくっ、酒もさかなも十分に用意した! 今日は最後だしな、竜も驚く、どんちゃん騒ぎだ!

 森を抜けると、鉱山が見えてくる。

 心を弾ませながら、俺は三冊の小説をリュックに仕舞うのだった。
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