姫さまっ イキる！

０，５話 「猫まんま」の姫

１

　初めまして、私わたくしはクロッツェと申します。

　突然ですが、大変です。何が大変かというと、城下が燃えています。で、王様と王子様は、国民をほっぽって、とっとと逃げ出しました。

　そう、とんずら放こいたわけですが、彼らからすると、王家の血筋を守るため、とか、再起を図はかるため、とか、尤もっともらしい理由があるのかもしれませんが。

　実際には、お為ためごかしの言行げんこうでしかありません。

　さて、どうでしょう、阿鼻叫喚の「冥府ハイドゥー」へと叩き堕おとされた国民が、どう考え、行動するかは今後の楽しみ、ではなく、歴史の審判に委ゆだねるとして。

　「聖王国」などと呼び習わされているカイキアス国には、「五竜将」なる大陸最強と謳うたわれた五色軍があったのですが。

　伝説の「五色の竜」から戴いただいたという五色の竜将は、運悪く王都に参集していたので、ああ、何ということでしょう、全員無残にも討ち取られてしまいました。

　あと十年で建国千年となり、「千年王国ミレニアム」を迎えるということで今から準備をしていたというのに、すべては無駄になってしまいました。

　ですが、まあ、そんな些事さじは措おいておいて。私が傅役ふやくーーああ、教育係のようなものですねーーを務つとめている姫さまは、生贄いけにえにされてしまいました。

　生贄、と言うと言葉は悪いですが、自分たちが逃げ切るための囮おとりとしたのですから、強あながち間違いではありません。

　人間の本性とは危難の際に垣間見かいまみえる、とはよく言ったものです。

　お可哀想な姫さまは、独ひとり、王城に取り残されてしまいました。どれほど心細く思われていることでしょう。

　がこんっ。

　隠し通路の壁が開いたので、入っていきましょう。

　ーーとてとてとてとて。と、のんびり歩いているので、姫さまの救援まで、それなりに時間が掛かってしまいます。

　ああ、隠し通路の壁を閉め忘れたのは態わざとですので、もしかしたら、あとから敵兵が雪崩なだれれ込んでくるかもしれません。

　そうそう、姫さまのことでしたね。まだお話ししていませんでした。

　傅役の私の然しからしめるところ、姫さまは大層たいそう元気に成長されたと自負じふしております。特に情緒じょうちょ面。ええ、私の好み通りに育ってくださいました。

　本当に、苦労した甲斐かいがありました。

　赤子の頃は、猫百匹ほどでしたが、物心がつく頃には、なんと千匹。その後、私の指導と相俟あいまって、十二歳の誕生日を迎えられた暁あかつきには、一万匹の猫が被かぶれると、もはや猫そのまんま、「猫まんま」の称号を姫さまに贈り物プレゼントしたら、顔面を拳で殴られました。

　はい、あれは良い一撃ひとうちでした。

　私の育て方は間違っていなかったと、ほろりと、涙が流れてしまいました。

　そうして十五歳になられた、「猫まんま」のリップス・アークネス・ラカス・カイキアス王女……いえ、やっぱり長いので「姫さま」にしましょう。それに、聖王国は滅びそうですので正式名でなくとも構かまわないでしょう。

　ととっ、話が逸れてしまいましたね。

　何でも、大陸の「四聖女」とか持て囃はやされた姫さまは、「西の赤き薔薇の姫」とか称となえられ、耳目じもくを集める存在になりました。

　彼らの神に、生贄として捧げられてしまった姫さま。お可哀想な姫さま。

　このクロッツェ、身命を賭として、姫さまの救出に向かいますので、今しばらくのご辛抱しんぼうを。

　ーーおや、これは魔石でしょうか。品質も良いようですし、是非ぜひにも入手しなくては。

　というわけで、今少し遅くなりますが、どうか姫さま、野獣のような男どもの手に掛かるようなことは控ひかえてくださいね。婚約者もおられることですし、姫さまには幸せになっていただかないと。

　クロッツェは、そのように、心の底より願っております。

　　　　　　　　　　聖暦一四三一年　白の月　十三日　　正午
　　　　　　　　　　クロッツェ（ハクイルシュルターナ）