娼年赤ずきんは暗殺者

百駿歌翅(ナナシノネエム)

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第二章 とある少年の物語

奴隷の宿舎

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 扉を通り過ぎると、廊下の雰囲気はがらりと変わった。
 建物の構造は鉄格子の個室が並ぶ刑務所のようだが、薄暗い屋内を照らすムーディな桃色の魔石ランプや、怪しいワインレッドの壁紙なんかは――まるで娼館のようだ。

 都合が良いことに、見張りは巡回式で今はいない。ゆえに侵入者である獣人ヴォルグも堂々と廊下を歩いていた。

「……なんか、想像してたのと違うな」

 牢屋の中に居る女性たちを見ながら、ヴォルグがぽつりと言った。
 足枷あしかせを付けられた彼女たちの居る牢屋は、プライバシーこそ守られていないものの、最低限の清潔な服はきちんと用意されているようだ。
 食事もミトが用意しているものを見る限り、『食事はパンの欠片に水一杯』とかではないし、『トイレはバケツに垂れ流し』なんてこともなさそうだ……環境は思っていたよりも、ずっとましだった。
 もちろん、自分が牢獄そこに入りたいかとかれたら、答えはノーサンキューだが。

「まさか、奴隷たちがムチで打たれて強制労働させられている……なんて想像でもしていたのですか?」

 配膳をしながらミトがたずね返した。
 少年メイドが用意した黒パンと干し肉、豆のスープを受け取りながら、牢屋の住人である獣人女性は暗い顔でお礼を言った。

「いや、女の奴隷でそうはならないだろう。ただ……てっきり、もっとひどい扱いを受けているかと……」
「実際に奴隷を使場所なら、そういうこともあるんでしょうね。でも、ここは奴隷を店ですから」

 少年メイドのミトは、なんでもないことのように言った。

「特にこのスペースは、お客様が奴隷を選ぶ展示スペースも兼ねています。なので、彼女たちの見せ方にはこだわっているみたいですね。やはり、綺麗で可愛い、あるいは美しい女性のほうが需要はありますので」
「……なるほどね。そういうところばっかり、ちゃんとしているんだな」

 なお、亜人は下等だと見下しながらちゃっかり性欲のはけ口にしている矛盾については、もはや誰も指摘しなかった。

「もちろんです。商品の維持や管理は商家ここの仕事ですが、捕獲や生産は違いますので。もっとも、綺麗なのは、お客様から見える所ですが」
「……どういう意味だ?」

 獣人ヴォルグは怪訝けげんな表情をしながらたずねた。

「大した意味はありませんよ。ただ、反抗的な態度をとるなら厳しくしつけされたり、あんまり長い期間売れないようならば、男奴隷の性欲処理に再利用される……それだけの話です」
「そうか……まあ、そりゃ、そうだろうな」

 湧き上がる義憤とも悔しさともつかない感情に、獣人ヴォルグはギリリと歯ぎしりした。
 しかし、忘れるな。今回の目的は、恋人リンスさんを取り戻すこと。他の奴に構っている余裕はない。

「ちなみに、男の奴隷の場合はだいたいヴォルグさんが言った通りの扱いです。これほどの規模の商会ともなれば、力仕事は山ほどありますから。当たらずしも遠からずでしたね」
「どーも。これほどうれしくない“正解”ってのも珍しいな」

 ヴォルグが不快そうに言った――その時だった。

「……ルーくん?」

 牢屋の中から、奴隷の一人が声をかけてくる。
 その声に聞き馴染みがあった獣人のヴォルグはハッとして先の牢屋へと駆け寄った。

「リンスさん!?」
「ルーくん……ルーくん……!」

 唐突に目的の相手を見つけて、喜びよりも先に驚きの声を上げるヴォルグ。「ルーくん」というのは、彼の愛称なのだろう。
 髪の長い大人の女性といった雰囲気の彼女には、彼と同じくオオカミの耳と尾が生えていた。

「いた、ここに居てくれた……!」
「ルーくんは、どうして? もしかして、あなたも捕まっちゃったの?」

 鉄格子の隙間から手を伸ばし、恋人の頬に触れる奴隷の女性。彼女は信じられないと言わんばかりに驚いていた。

「違うよ。俺はリンスさんを助けに来たんだ!」
「そんな……こんなところまで……」

 嬉しさのあまり、涙をこぼす女性。ただ、あまり声を上げるわけにもいかず、必死で嗚咽おえつをこらえる。

「当たり前だろ、約束したじゃないか。絶対に、リンスさんを幸せにするって――」

 ヴォルグのほうも、格子の隙間から手を入れて、恋人の肌のぬくもりを確かめる。驚愕から段々と歓喜に移り行く感情。旅人の服の下では、隠しきれない感情が尾に現れている。
 しかし、彼の背後から水を差すような冷静な声が聞こえてきた。

「……恋人と感動的な再会を演じるのは結構ですが、何時いつまでそうしているおつもりですか?」

 その指摘にハッとした獣人ヴォルグは、慌てた様子で提案する。

「そうだ、リンスさん! 早くここを逃げよう!」

 しかし、リンスと呼ばれた獣人の女性は、悲しそうな表情で首を横に振った。

「ごめんなさい。せっかく来てくれたのに……それは……無理なの……」
「何を言ってるんだ!? 俺が絶対に――」
「そういう問題ではありません」

 横から少年メイドのミトが口をはさんだ。

「ヴォルグさん。彼女の首に、くさりのような模様の刺青いれずみが彫られているのは見えますか?」
「な、なんだよイレズミぐらい。そんなもの隠せば……」
「その刺青には、誓約ゲッシュの魔術が込められています。今のままだと、彼女は逃げ出すことができません」

 一生消えない奴隷の証明。愛玩奴隷に刻印される魔術の鎖。
 恋人を助けに来た獣人の男に突き付けられた現実は、とても残酷なものだった。
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