娼年赤ずきんは暗殺者

百駿歌翅(ナナシノネエム)

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第二章 とある少年の物語

合流

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「――それで、俺たちはこの後、どうするんだ?」

 奴隷用の宿舎に向かう途中、暗い廊下を駆けながら、またヴォルグが口を開いた。

「実のところ、私の役目はもう終わりですよ。あとは誓約ゲッシュ刺青いれずみを解除した皆様と共に脱出するだけです」
「その後は?」
「さあ? とりあえずボスたちが、港までは連れて行ってくれるそうですが」

 若干じゃっかん無責任なことを言う少年メイド。
 とはいえ、彼だってレジスタンス構成員の下っ端にすぎないのである。
 多少贔屓ひいきされているのだって、上司のジャクリーンに気に入られているからというだけだ。

「なんだ。偉そうなこと言っといて、結局他人任せなんじゃないか」
「……貴方は少し、黙っておくことを覚えたほうが良いかもしれませんね。口はわざわいの元ですよ?」

 少年メイドは走りながら答えた。
 実際は暗殺だけでなく、潜入してから作戦実行までの諜報活動も少年の仕事だったので、割と重要な役目もきちんと果たしているのだが……脳筋気味のヴォルグには一から説明したところで無駄だろうと、少年は勝手に決めつけた。

「まあ、俺からすればラッキーだったな。このままリンスさんと一緒に、港から脱出だ」
「それが良いでしょう。できるならメアリス教とは関わらないほうが良いに決まって……」

 ミトは途中で言葉を止め、急に立ち止まる。
 ヴォルグもそうだ。彼の耳はピクリと反応し、行く先に存在する異常事態を警戒した。

「……なんか、ドンパチが始まったな」
「みたいですね。どこかの誰かさんのせいで、レジスタンスの襲撃がばれたためでしょう」

 ミトが皮肉たっぷりに言った。

「ただ、それにしたって――」

 聞こえてくる音は、まだ小さい。
 だが、次第に増えてくる魔術の炸裂音や銃声から、戦闘の規模がだんだん大きくなっていることが理解できた。

「何か、想定外のことが起こったようですね」
 ミトが眉をしかめながら言った。

 レジスタンスは仮にも武装集団だ。それこそメアリス教が来るまでは、冒険者としてそこそこ名の通っていた者たちも所属している。
 それはつまり、飛竜ワイバーンと真正面から戦える強者たちが、大勢ここに来ていることを意味していた。

 もちろん民間の奴隷商にだって、警備兵は常駐しているだろう。
 だが、たとえ戦闘になったとしても、数で押し切れる予定だった。

 それなのに、奇襲を仕掛けたうえで、これほど大規模な戦闘になるなんて……。

「おいおい、大丈夫なのか……?」

 ヴォルグがたずねると同時、今度は明らかな爆音が館内に響いた。

「……私はとりあえず、仲間と合流します。貴方はどうしますか? 尻尾を巻いて逃げるなら、あちらからどうぞ」

 ミトが出口の方向を指し示す。だが、ヴォルグは首を横に振った。

「バカ言うな。リンスさんを連れ出すまで、逃げ出すなんてできねえよ。お前だって心配だしな」

 少年メイドはヴォルグの言葉に、一瞬イヤそうな顔をしたが……すぐ諦めたようなため息をいた。

「なら……ここから先は、自己責任でお願いします。いざとなったら、容赦なく見捨てますよ?」
「上等だぜ。俺だって狩人だ、そこそこ戦える!」

 互いの意思を確認した二人。
 彼らはそろって、戦闘が繰り広げられる奴隷宿舎へと向かった。



 * * *



 宿舎へ近付けば近付くほど、戦いの音は大きくなる。

 銃声、炸裂音、爆音、破壊音、そして――炎が燃える轟音。
 戦闘の最中にもまたたく間に広がりゆく火の手は、奴隷用の宿舎からもうもうと煙を立ち昇らせていた。

「ジャクリーン!」

 少年メイドが見知った人影を見つけ、急いで駆け寄る。
 その相手はハイエナのような毛色と耳をもった獣人女性だった。

「よう、ミト! ちょうど良かった。早速さっそくだが、良い知らせと、悪い知らせ……そして、もっと悪い知らせがある!」

 彼女は壁にもたれかかり、体を休ませながら冗談めかして笑う。
 しかし、その腹部は、彼女自身の血で赤く染まっていた。

「ふざけてる暇あるなら、さっさと情報を」
「ハッ、つれないネエ! 相変わらず。こんな時だからこそ、遊び心は大事なんだゼ?」

 だがミトは知っていた。
 彼女が戦場で笑うときは、大抵シャレにならないピンチだということを。

「おい、このネエちゃんケガしてるぞ? 早く手当てを……」
「要らないヨ。それよりボウヤも、誰だか知らんが加勢してやってくれ」

 ジャクリーンは図々しくも、初対面のヴォルグに助力を頼む。
 まあ、ヴォルグも元々戦うつもりだったのでそれは問題なかったわけだが……。

「さて、まずは良い知らせ。捕まってた奴らはもう皆逃がしたはずダ。ひとまずは安心していいゾ」

 後半はヴォルグに向けられた言葉だった。
 とりあえず恋人の無事を知り、彼は安堵あんどする。

「……コイツのこと、知ってたのか?」
「いや? だが、獣人が奴隷商に忍び込む理由なんて、だいたい想像はつくサ」

 ミトの質問に、ジャクリーンは悪賢わるがしこそうな笑みを浮かべた。

「だが、このままだと……アタシら含めて一網打尽になるかもしれない。それが悪い知らせサ……どうやら、想定していた以上に大当たりビンゴだったみたいだナ」

 ジャクリーンの言葉に、わずかにミトの表情が強張った。
 一方で、符丁の意味が分からなかったヴォルグは、悲しいことに置いてけぼりだ。

「おい、今のはどういう……」
「それで、もっと悪い知らせって?」

 しかし、ミトはアホづらさらすヴォルグを無視して、情報の続きをうながす。

「ああ、それは――……」

 ところが、ジャクリーンが言い切る前に、は建物の中から現れた。



「――憎悪にフラマ・オデ燃えるィウム・アー昏きテル・テ炎よネブリス



 燃える宿舎を背景にして、いやにはっきりと響く少女の声。
 その声音は美しくも、無機質で無感情。

 そして、詠唱される不吉な呪文と共に広がる炎の色は――まるで闇のような色だった。

「黒い……炎……?」
「ヒャヒャッ! 足止めに仕掛けたトラップが、焼き払われちまったヨ。ミト、気を付けロ。あの黒い炎は、どうやら魔術を無効化するみたいダ!」

 黒い炎を放った人影。
 見た目は若い少女のように見えるその外見は、美しくも異様だった。



 褐色の肌に、純白の髪。

 頭部からはヤギかヒツジのような巻いたツノが生え、足は白い体毛の生えたヒヅメとなっている。

 不気味な横向きの瞳孔に、ひたいには怪しく輝く赤い宝石。
 だが、その瞳に感情は存在せず、宝石のようなひたいの第三の目と合わせて無機質に索敵を続ける。

 もし地球出身の者が彼女の姿を見れば――まさに「悪魔みたい」だと評するだろう。

 まとう衣装は、一切の飾り気のないワンピース。
 しかし、それも彼女自身が放った炎により、右肩部分が焼き切れて、その刺青いれずみだらけの柔肌と乳房をさらけ出していた。

 彼女の振る舞いはまるで、心無き自動人形オートマタのような……あるいは、ただ敵を殲滅するために放たれた殺戮兵器のようである。



「……が、『もっと悪い知らせ』ですか?」
「ああ、そうダ。他の奴らはほとんどやられちまったヨ」

 ジャクリーンはリボルバー式の拳銃を手に取り、シリンダーを開く。休息時間はもう終わりだ。

「おい、なんなんだよ、あいつは!?」

 黒い炎を放った少女の姿に、狼狽うろたえるヴォルグ。
 そんな彼に向かって、ジャクリーンは拳銃の弾を装填しながら、苦々しい笑顔で言い放った。

「教えてやるよ、ボウヤ。奴は“魔女狩り人形ウィッカー・ウィッチ”――うわさには聞いていたガ、まさかこんなところでお会いする羽目になるとはネっ!」

 臨戦態勢りんせんたいせいに入るジャクリーンとミト。
 一方で、獲物を見つけた魔女狩り人形ウィッカー・ウィッチも、美しく無機質な少女の声で、次なる詠唱を開始した。
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