鳥籠の皇太子妃が望むもの

柚木

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「王城が燃えている」
誰かが、この離宮より叫ぶ。
その悲痛な叫び声に、大事な人があそこにはいたのだろう。
何故、燃えている?
大好きな父は、母は、兄は、妹は、弟は無事だろうか?
問うたところで今の状況では誰も、安否を確認することは出来ない。
ただ、この離宮から祈ることしか出来ない。どうか無事でいてください。
願いはむなしく、二日二晩燃えた姿は絶望だった。誰もが生還者は皆無と悲痛な面持ちでいる。
涙は枯果てた。身体の水分がなくなり、喉が痛くなる。
いま、私が水を欲しなければ負傷者たちへ十分に水が行き渡る可能性もある。
祈りを捧げなければ。寝具から立ち上がろうとし、世界が黒に染まった。






あの大火は、新月の悪夢と呼ばれた。
それは新月の夜に、父が領土を広げた際に侵略された国の兵が賊となり父に復讐とばかりに放った火で王城に住む多くの者の犠牲を払った事件。
王族では父である皇帝と兄である皇太子、幼き第二皇子、皇弟
こうてい
妃にその第一姫の命を奪った。







父と兄、弟が新月の悪夢で死に、議会は新月の悪夢時に公務で城を開けていた皇弟である叔父に次代の皇帝になるように打診を促しているという。
この帝国は女でも継承権を持つが、叔父は野心家だ。私の摂政という立場だけで満足するはずがないということを議会は見抜いていた。そのうち邪魔になれば私や妹は殺されるだろう。議会による前皇帝である父の血を絶やすことがないように配慮だろう。
母はその美貌から叔父に再婚を迫られた。叔父は正妃が亡くなったことで、側妃が繰り上げになることにいい顔をせず、前々から恋慕を抱いていた母をと望んだ。父や自身の妃の喪が明ける前から再婚を迫っている姿を何度も見かけたが母は折れなかった。
そんな母が私や妹の未来を案じたようで叔父と母で何度も話し合いがなされた。
その内容を知る者は叔父と母しかいないため、他の者は知る手段さえない。
だが、揺るぎなく自分の皇妃という地位を確立したことだけは間違いない。



私には叔父の長子である夫がいる。
新月の悪夢の夜、私がいた離宮は父が私と彼のために用意してくれた住処だった。遠征に出かけており彼はその場にいなかったため、私と彼は命を救われた。
彼は何故、遠征にいたのだろう?叔父は何故、公務で王城を開けていたのだろう?
全てが仕組まれたもののように、感じて私はこのときより彼を信じることが出来なくなった。
言葉が足りない彼の全てが私に不信感を募られる。


――――どうしてでしょうね、ベネディクト様












***











「…夢か」

酷く懐かしい夢をみた。新月の悪夢に母上が再婚を決めた日。
そして、あの人を信じられなくなった日。
降嫁していたが叔父が皇帝位に就き、夫であるベネディクトが皇太子となったことで、私は住み慣れた王城へ皇太子妃として再び舞い戻った。
母が再婚したことでは妹は夫の本当の妹弟になった。
離宮にいるはずの私をみた妹の表情はいまでも覚えている。
泣きながら抱きついてきた。弟が産まれてから中々甘えることがなかった妹が、亡くした反動なのか甘えてくるようになった。
血を分けた姉妹はもうこの子しかいない。そのため、私も力いっぱい抱きしめた。2度と抱きしめることが出来ない弟の分を合わせるかのように。
その日は甘える妹を甘やかしたくなり私の寝室に呼び、妹であるブリアナと一緒に眠った。



「いるか」


侍女ではない男の人の声が聞こえる。
誰かなんて声だけでわかってしまう。


「はい、なんでしょう」


昔の夢を見たせいか、頭がはっきりするまでに時間がかかっているようだ。
私を現実の世界に引き戻したのは、大好きで大嫌いあの人の声。
朝から妃の寝室に出向く必要などないのに、どうしたのだろう。
久しぶりにみる綺麗な紅色の髪。朝日と共に見ればそれはまた美しかったことを思い出す。
寝室を別にして何年経っただろうか。


「先代の皇帝やお前の兄弟が亡くなって、今年で10年経った。今日は命日だろう。」


父や兄を尊敬していた夫が忘れるはずもない。
あの悪夢より10年経った。ということは、私と夫が寝室を別けてから10年か。
たまに、夜を共にするが朝まで一緒にいることはない。
そんな夫が朝から訪ねてくるとは。


「…そうでした。今日、父や兄、弟が亡くなった日でしたか」

「覚えていなかったというのか」


不審な顔をするが、覚えていなはずはない。
私の祈りが届かなかった日。
忘れることなど出来ない。忘れていいというのなら私は忘れたい。
あの日を私が忘れることは一生ないだろう。


「いえ、ただ。懐かしい夢を見ていたのですよ。だからでしょうか。あの悪夢の夢をみるなんて」

「…そうか」


口数がお互い少ないためか、すぐに会話はなくなってしまう。
命日ということ伝えたかったのだろうか。
彼の真意はわからない。けれど、彼は彼なりに私のことを気にかけてくれているようだ。
それを、幸せと呼ぶべきか。
私はただ生きながらに飼い殺される動物と同じような扱い。
毎日、食を与えられ、着飾られ、夫と呼ぶ者と床を共にしないお飾りの皇太子妃。



「お前が見ている世界が俺にはわからない。昔みたいな瞳の輝きを感じられない」

「世界とはなんでしょう。私にも世界がわかりません。ただ、わかることは籠の鳥のように私を扱われているということ。私の瞳は死んでおりませんか?」



ベネディクト様に向かい合えば、彼は眼を伏せるばかりで視線をなかなか合わせてくれない。
伏せた眼が私を捉えたかと思えば、今度は酷く険しい顔になる。
何故、そのような顔をするのですか?問いたいけれど、問うていいのかわからない。
いつから私たちは本音を隠すようになってしまったのか。きっと、父が、兄が、弟が、死んだと知った日からだ。


「泣いていたのか。目元が腫れている。冷やせ」


瞼が重かった原因は涙を流していたせいか。
それとも、懐かしい夢をみていたからか。
わからない。どうして、目元が腫れているのか。
慈しむような声で、優しい手つきで、私の目元を撫でるように触るこの人は紛れもない私の夫。
ザクシーズ帝国 皇太子―――ベネディクト・ザクシーズ

私の世界を支配する者だ。
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