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私は恋などしてはいけなかったのだ。
私の初恋は紛れもない4歳年上の従兄
―――ベネディクト・ザクシーズ。
幼い頃から、ずっとずっと好きだった。
ずっと「ディックのお嫁さんになりたい」と父に我儘を言えば、困った顔をしながらも「話してみるよ」と言われ続けた。なんの行動も起こしてくれなかった父に向って、外で摘んできた花を思いっきり投げつけたこともある。
それを見ていた兄が笑いながら「父上はまだお前を手放したくないのだよ」と言うが、頬を膨らませながら近くにいたベネディクト様の腕にしがみつき「ディックのお嫁さんにしてくれない父様のことなんて嫌い」と言い放った。
ベネディクト様の表情は見えないため、わからなかったが、きっと困惑していただろう。皇女として甘やかされていた私は、私が望むものは全て手に入ると思っていた。だから、ベネディクト様も手に入れることが出来ると。
父と叔父が話し合った結果、私の好きなようにしていいと言ってくれた。
すごく嬉しくてベネディクト様の気持ちなんて考えたことはない。
気持ちを聞こうとすることもなかった。
そのときに気づいていればよかったのだ。
自身の恋心を優先するばかりで回りを顧みない。
典型的な我儘な皇女であった私 ―――― クリスティーナ・ザクシーズ は、彼の気持ちなど知りもしなかった。
自身が幸せになれるなら、それでいいと考えるくらい浅はかな皇女だった。ベネディクト様は皇族でも皇弟の嫡男で、継承権も兄や弟、私や妹よりも低い立場だったので、頷くしかなかったのに。
そもそも、そこにベネディクト様の意思が汲み取られたかはわからない。
最近、意味もなく部屋を訪れる彼の行動がわからない。
いままでは、殆ど顔を合わせることもなく生活していたのに急に可笑しい。
不自然な行動の意味を考えれば考えるほど、頭に『離縁』という2文字が浮かぶ。
彼は優しいから時期を見計らっているのだろう。
「ティナ、今日もおまえは空ばかり眺めるな」
「そうですか。今日は綺麗な青が広がっています。雲ひとつない青が。兄様や弟の瞳のような青です」
「そうか。あの方たちの色か」
「はい。空を見れば、あの兄様たちに会える気がして」
口数が元々少ない彼が話し掛けてくるのは何故だろう。
昔なら話し掛けてもらえば、顔を真っ赤に染めただろう。
ただそばにいるだけで、うるさかった心臓がもうなにも言わない。
私の恋は枯れ果ててしまったのか。
父や兄、弟が死んだときの喪失感はいまでも、私の心に闇を落とす。
2度と大切な人を失いたくない。そう思えば思うほど、私はブリアナや近しい人たちと、どう接していいいのかわからくなる。
それに、あのときベネディクト様は私から妻の地位を剥奪しなかったのかと不思議に思った。
皇太子の地位を与えられたのだから、私の我儘で結ばれた婚姻など無かったことにし、好みの令嬢を妻に向かえればよかったのに。
そうすれば、役立たずの皇族と言われている私と一生添い遂げることはなかったのに。
「本当だな。あの瞳の色によく似ている青だ」
いつ近くにやってきたのかはわからなかった。
気配を消していたのか、私が考え事をしていたから気付かなかっただけか。
どちらにせよ、彼が近い。はやく、離れたい。
それなのに、距離は遠くなることはない。
背中に感じる温もりに戸惑いを隠せない。
「外に出たいと思わないのか」
「私は、城から出たいと思ったことはありません」
「そうか、世界が狭いとは思わないのか」
「そうですね。ベネディクト様に比べたら私の知っている世界は、ここと貴方様の隣と家族と侍女だけです。それでも、私は満足しています」
「なら、少しだけ私の話を聞いて欲しい」
頷くと、淡々と語りだす。最近、この城下で何があったのかということ。
ただ、ベネディクト様の話してくれる話に耳を傾けるだけ。
それだけで、あの人は満足したかのような顔をする。
この行為に何の意味もなく、ただ夫婦が穏やかに同じ時を過ごしている。
皇太子として忙しいのにも関わらず、私と共にいる時間を無理に作る。
ひとりで読書をすればいいのに、その傍らに必ず私を置く。
その行為が意味をもつ日は来るのかと思えば、何年経っても変わらない。
私と彼の時間はあの幼い頃から何も変わっていないのだ。
昔からそうだ。
彼は読書が好きで彼の邪魔だとわかっていても私はそばにいたがった。
そばに私がいるのにも関わらず、構うこともせずに読書に没頭している姿に頬を膨らませながら見つめることもあった。
それでも、私はずっと彼のそばにいた。構ってくれなくてもよかった。
ただ、その間だけは誰も私と彼の邪魔をする者がいない。私はそれが嬉しかった。
彼を独占できるからという理由で。
懐かしい気持ちを思い出しながらも、彼の話に耳を傾ける。
いままで、私の元に来ることは殆どなかったのに、「いまさら」と声を荒げたいが、そんなこと出来るはずもない。
いま聞いた話が、ただ ―――
「外とは広いものですね。…いつか私も国の外を見てみたいです」
少しだけ外の世界に関心を持たせた。
昔、置いてきてしまった感情のように溢れてくる興味。
城内以外の様子をいままで、私に伝えよとしてくれただろうか。
きっと、誰もそのようなことはしてくれなかった。
だから、ベネディクト様が話してくれた話に興味惹かれたのかもしれない。
無理矢理、顎を掴まれ彼のほうへ顔を向けられる。
目が合えば「瞳の輝きが戻ったみたいだな」と言うが、輝きとは、私にはどんな輝きがあるのか。
それを聞きたい。でも、聞けない。
聞いたところで彼は教えてはくれないだろう。
戸惑っているのに気づいたのだろうか、微笑を浮かべながら「少し目を閉じろ」と命令される。
大人しく言われたとおりに目を閉じれば、唇に暖かい感触がする。
その行為は、彼の気まぐれから与えられる行為。
唇が離れれば、酸素を身体が求める。いつされても慣れることのない行為。
「なあ、クリスティーナ。近々、ジジが結婚する。挙式には、一緒に出席してもらう」
狭い世界が終るような言葉だった。
その言葉に私は反応することも出来ずにいた。
私の初恋は紛れもない4歳年上の従兄
―――ベネディクト・ザクシーズ。
幼い頃から、ずっとずっと好きだった。
ずっと「ディックのお嫁さんになりたい」と父に我儘を言えば、困った顔をしながらも「話してみるよ」と言われ続けた。なんの行動も起こしてくれなかった父に向って、外で摘んできた花を思いっきり投げつけたこともある。
それを見ていた兄が笑いながら「父上はまだお前を手放したくないのだよ」と言うが、頬を膨らませながら近くにいたベネディクト様の腕にしがみつき「ディックのお嫁さんにしてくれない父様のことなんて嫌い」と言い放った。
ベネディクト様の表情は見えないため、わからなかったが、きっと困惑していただろう。皇女として甘やかされていた私は、私が望むものは全て手に入ると思っていた。だから、ベネディクト様も手に入れることが出来ると。
父と叔父が話し合った結果、私の好きなようにしていいと言ってくれた。
すごく嬉しくてベネディクト様の気持ちなんて考えたことはない。
気持ちを聞こうとすることもなかった。
そのときに気づいていればよかったのだ。
自身の恋心を優先するばかりで回りを顧みない。
典型的な我儘な皇女であった私 ―――― クリスティーナ・ザクシーズ は、彼の気持ちなど知りもしなかった。
自身が幸せになれるなら、それでいいと考えるくらい浅はかな皇女だった。ベネディクト様は皇族でも皇弟の嫡男で、継承権も兄や弟、私や妹よりも低い立場だったので、頷くしかなかったのに。
そもそも、そこにベネディクト様の意思が汲み取られたかはわからない。
最近、意味もなく部屋を訪れる彼の行動がわからない。
いままでは、殆ど顔を合わせることもなく生活していたのに急に可笑しい。
不自然な行動の意味を考えれば考えるほど、頭に『離縁』という2文字が浮かぶ。
彼は優しいから時期を見計らっているのだろう。
「ティナ、今日もおまえは空ばかり眺めるな」
「そうですか。今日は綺麗な青が広がっています。雲ひとつない青が。兄様や弟の瞳のような青です」
「そうか。あの方たちの色か」
「はい。空を見れば、あの兄様たちに会える気がして」
口数が元々少ない彼が話し掛けてくるのは何故だろう。
昔なら話し掛けてもらえば、顔を真っ赤に染めただろう。
ただそばにいるだけで、うるさかった心臓がもうなにも言わない。
私の恋は枯れ果ててしまったのか。
父や兄、弟が死んだときの喪失感はいまでも、私の心に闇を落とす。
2度と大切な人を失いたくない。そう思えば思うほど、私はブリアナや近しい人たちと、どう接していいいのかわからくなる。
それに、あのときベネディクト様は私から妻の地位を剥奪しなかったのかと不思議に思った。
皇太子の地位を与えられたのだから、私の我儘で結ばれた婚姻など無かったことにし、好みの令嬢を妻に向かえればよかったのに。
そうすれば、役立たずの皇族と言われている私と一生添い遂げることはなかったのに。
「本当だな。あの瞳の色によく似ている青だ」
いつ近くにやってきたのかはわからなかった。
気配を消していたのか、私が考え事をしていたから気付かなかっただけか。
どちらにせよ、彼が近い。はやく、離れたい。
それなのに、距離は遠くなることはない。
背中に感じる温もりに戸惑いを隠せない。
「外に出たいと思わないのか」
「私は、城から出たいと思ったことはありません」
「そうか、世界が狭いとは思わないのか」
「そうですね。ベネディクト様に比べたら私の知っている世界は、ここと貴方様の隣と家族と侍女だけです。それでも、私は満足しています」
「なら、少しだけ私の話を聞いて欲しい」
頷くと、淡々と語りだす。最近、この城下で何があったのかということ。
ただ、ベネディクト様の話してくれる話に耳を傾けるだけ。
それだけで、あの人は満足したかのような顔をする。
この行為に何の意味もなく、ただ夫婦が穏やかに同じ時を過ごしている。
皇太子として忙しいのにも関わらず、私と共にいる時間を無理に作る。
ひとりで読書をすればいいのに、その傍らに必ず私を置く。
その行為が意味をもつ日は来るのかと思えば、何年経っても変わらない。
私と彼の時間はあの幼い頃から何も変わっていないのだ。
昔からそうだ。
彼は読書が好きで彼の邪魔だとわかっていても私はそばにいたがった。
そばに私がいるのにも関わらず、構うこともせずに読書に没頭している姿に頬を膨らませながら見つめることもあった。
それでも、私はずっと彼のそばにいた。構ってくれなくてもよかった。
ただ、その間だけは誰も私と彼の邪魔をする者がいない。私はそれが嬉しかった。
彼を独占できるからという理由で。
懐かしい気持ちを思い出しながらも、彼の話に耳を傾ける。
いままで、私の元に来ることは殆どなかったのに、「いまさら」と声を荒げたいが、そんなこと出来るはずもない。
いま聞いた話が、ただ ―――
「外とは広いものですね。…いつか私も国の外を見てみたいです」
少しだけ外の世界に関心を持たせた。
昔、置いてきてしまった感情のように溢れてくる興味。
城内以外の様子をいままで、私に伝えよとしてくれただろうか。
きっと、誰もそのようなことはしてくれなかった。
だから、ベネディクト様が話してくれた話に興味惹かれたのかもしれない。
無理矢理、顎を掴まれ彼のほうへ顔を向けられる。
目が合えば「瞳の輝きが戻ったみたいだな」と言うが、輝きとは、私にはどんな輝きがあるのか。
それを聞きたい。でも、聞けない。
聞いたところで彼は教えてはくれないだろう。
戸惑っているのに気づいたのだろうか、微笑を浮かべながら「少し目を閉じろ」と命令される。
大人しく言われたとおりに目を閉じれば、唇に暖かい感触がする。
その行為は、彼の気まぐれから与えられる行為。
唇が離れれば、酸素を身体が求める。いつされても慣れることのない行為。
「なあ、クリスティーナ。近々、ジジが結婚する。挙式には、一緒に出席してもらう」
狭い世界が終るような言葉だった。
その言葉に私は反応することも出来ずにいた。
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