鳥籠の皇太子妃が望むもの

柚木

文字の大きさ
2 / 12

2

しおりを挟む
私は恋などしてはいけなかったのだ。
私の初恋は紛れもない4歳年上の従兄
―――ベネディクト・ザクシーズ。



幼い頃から、ずっとずっと好きだった。
ずっと「ディックのお嫁さんになりたい」と父に我儘を言えば、困った顔をしながらも「話してみるよ」と言われ続けた。なんの行動も起こしてくれなかった父に向って、外で摘んできた花を思いっきり投げつけたこともある。
それを見ていた兄が笑いながら「父上はまだお前を手放したくないのだよ」と言うが、頬を膨らませながら近くにいたベネディクト様の腕にしがみつき「ディックのお嫁さんにしてくれない父様のことなんて嫌い」と言い放った。
ベネディクト様の表情は見えないため、わからなかったが、きっと困惑していただろう。皇女として甘やかされていた私は、私が望むものは全て手に入ると思っていた。だから、ベネディクト様も手に入れることが出来ると。



父と叔父が話し合った結果、私の好きなようにしていいと言ってくれた。
すごく嬉しくてベネディクト様の気持ちなんて考えたことはない。
気持ちを聞こうとすることもなかった。
そのときに気づいていればよかったのだ。
自身の恋心を優先するばかりで回りを顧みない。
典型的な我儘な皇女であった私 ―――― クリスティーナ・ザクシーズ は、彼の気持ちなど知りもしなかった。
自身が幸せになれるなら、それでいいと考えるくらい浅はかな皇女だった。ベネディクト様は皇族でも皇弟の嫡男で、継承権も兄や弟、私や妹よりも低い立場だったので、頷くしかなかったのに。
そもそも、そこにベネディクト様の意思が汲み取られたかはわからない。




最近、意味もなく部屋を訪れる彼の行動がわからない。
いままでは、殆ど顔を合わせることもなく生活していたのに急に可笑しい。
不自然な行動の意味を考えれば考えるほど、頭に『離縁』という2文字が浮かぶ。
彼は優しいから時期を見計らっているのだろう。



「ティナ、今日もおまえは空ばかり眺めるな」

「そうですか。今日は綺麗な青が広がっています。雲ひとつない青が。兄様や弟の瞳のような青です」

「そうか。あの方たちの色か」

「はい。空を見れば、あの兄様たちに会える気がして」



口数が元々少ない彼が話し掛けてくるのは何故だろう。
昔なら話し掛けてもらえば、顔を真っ赤に染めただろう。
ただそばにいるだけで、うるさかった心臓がもうなにも言わない。
私の恋は枯れ果ててしまったのか。
父や兄、弟が死んだときの喪失感はいまでも、私の心に闇を落とす。
2度と大切な人を失いたくない。そう思えば思うほど、私はブリアナや近しい人たちと、どう接していいいのかわからくなる。
それに、あのときベネディクト様は私から妻の地位を剥奪しなかったのかと不思議に思った。
皇太子の地位を与えられたのだから、私の我儘で結ばれた婚姻など無かったことにし、好みの令嬢を妻に向かえればよかったのに。
そうすれば、役立たずの皇族と言われている私と一生添い遂げることはなかったのに。



「本当だな。あの瞳の色によく似ている青だ」



いつ近くにやってきたのかはわからなかった。
気配を消していたのか、私が考え事をしていたから気付かなかっただけか。
どちらにせよ、彼が近い。はやく、離れたい。
それなのに、距離は遠くなることはない。
背中に感じる温もりに戸惑いを隠せない。



「外に出たいと思わないのか」

「私は、城から出たいと思ったことはありません」

「そうか、世界が狭いとは思わないのか」

「そうですね。ベネディクト様に比べたら私の知っている世界は、ここと貴方様の隣と家族と侍女だけです。それでも、私は満足しています」

「なら、少しだけ私の話を聞いて欲しい」



頷くと、淡々と語りだす。最近、この城下で何があったのかということ。
ただ、ベネディクト様の話してくれる話に耳を傾けるだけ。
それだけで、あの人は満足したかのような顔をする。
この行為に何の意味もなく、ただ夫婦が穏やかに同じ時を過ごしている。
皇太子として忙しいのにも関わらず、私と共にいる時間を無理に作る。
ひとりで読書をすればいいのに、その傍らに必ず私を置く。
その行為が意味をもつ日は来るのかと思えば、何年経っても変わらない。
私と彼の時間はあの幼い頃から何も変わっていないのだ。


昔からそうだ。
彼は読書が好きで彼の邪魔だとわかっていても私はそばにいたがった。
そばに私がいるのにも関わらず、構うこともせずに読書に没頭している姿に頬を膨らませながら見つめることもあった。
それでも、私はずっと彼のそばにいた。構ってくれなくてもよかった。
ただ、その間だけは誰も私と彼の邪魔をする者がいない。私はそれが嬉しかった。
彼を独占できるからという理由で。
懐かしい気持ちを思い出しながらも、彼の話に耳を傾ける。
いままで、私の元に来ることは殆どなかったのに、「いまさら」と声を荒げたいが、そんなこと出来るはずもない。
いま聞いた話が、ただ ―――



「外とは広いものですね。…いつか私も国の外を見てみたいです」



少しだけ外の世界に関心を持たせた。
昔、置いてきてしまった感情のように溢れてくる興味。
城内以外の様子をいままで、私に伝えよとしてくれただろうか。
きっと、誰もそのようなことはしてくれなかった。
だから、ベネディクト様が話してくれた話に興味惹かれたのかもしれない。
無理矢理、顎を掴まれ彼のほうへ顔を向けられる。
目が合えば「瞳の輝きが戻ったみたいだな」と言うが、輝きとは、私にはどんな輝きがあるのか。
それを聞きたい。でも、聞けない。
聞いたところで彼は教えてはくれないだろう。
戸惑っているのに気づいたのだろうか、微笑を浮かべながら「少し目を閉じろ」と命令される。
大人しく言われたとおりに目を閉じれば、唇に暖かい感触がする。
その行為は、彼の気まぐれから与えられる行為。
唇が離れれば、酸素を身体が求める。いつされても慣れることのない行為。



「なあ、クリスティーナ。近々、ジジが結婚する。挙式には、一緒に出席してもらう」



狭い世界が終るような言葉だった。
その言葉に私は反応することも出来ずにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

処理中です...