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第2話 必死の毎日
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目的を完遂して日本に帰る。
先述した「私的事情」から、自分がこの地で楽しんではいけないと思っていた。反対の言葉もあった中で、本来なら許されないかもしれなかった状況で、渡航を許してもらった以上、私が行うべきは学びであり、研究であり、学位をとることだ。
また、国費奨学金を受給されている留学生という身分は恵まれていると同時に私には縛りにもなった。志願者の中から選んでもらった奨学生は、多数の学生の代表であり模範であるよう求められているはずだ。
もし私がこの国にとってよくないことをしてしまったら、もし私が日本人として恥じるべき行動を取ったら、どうなるか。
本当だったら次に続くはずである奨学生が、渡航できなくなってしまうかもしれない。
よく知らない地では、何が法的に正しく間違っているのかも曖昧なところがある。決して誤った行動をしてはいけない、小さな間違いも犯さないように、と神経を張っていた。
毎日、学業と生活と研究に従事する傍ら、渡航初期に必要な諸々の手続きに走り、とりあえずは身の回りを整えていった。その最中、日々の生活を送るためにこたえたのは資金問題だった。
家族の仕送りには頼らないと決めた。日本の貯金を使うのは、一時帰国の費用やクレジットカードで買わねばならないものに限り、いざという時にとっておく。何年かかるかわからないのだ。
生活費は奨学金のみ。
この奨学金は、学費がカヴァーされる面では実にありがたかったが、長期留学を見据えて家賃・物価の高い留学先の都市で一ヶ月、悠々生活するには厳しい額だった。寮と保険代を合わせれば約半分がなくなる。
さらに渡航直後は何かとお金がかかった。語学学校の費用、大学の授業の参考書、研究で赴く公共図書館の利用料金、資料代、在留許可発行手数料、定期券、プリンターなどの電化製品、生活用品の購入費などなど。
加えて、奨学金の一部は貯金しておく必要があった。当初の奨学金は延長できても一年半。次の奨学金が取れるかは分からない。しかし、収入や日本からの送金などが定期的にない限り、銀行に一定額の預金がなければ次年度に在留許可が延長できなかった。そのためには当初から貯金を増やしておかなければならなかった。
携帯電話の契約などする余裕はない。プリペイドカードで乗り切ろうと決意する。毎月、最安値のプリペイドデポジットを購入すれば電話番号は引き継げる。そうしてしばらく使っていたが、これも使用頻度が少ないとわかったため、電話が必要ならできるだけインターネット通話で済ませることにし、早々に購入をやめた。カード不正利用などの緊急時には限定的に国際電話を使うハメになったが、致し方ない。
他に削れるところがないか。
日々の生活費しかない。
幸い、家事は一通りこなせた。生活費ならば工夫次第でいくらでも切り詰められる。
まずは洗濯代を削った。寮にランドリーはあったが、一回分の料金があれば一日の食費を賄えることが分かった。それなら洗濯など手でやれば良い。掃除をした後の部屋のシャワールームで自分で洗濯した。買ったシーツも伸縮性がよく、ベッドから剥がせば手で洗えるサイズだった。脱水は乾いた厚手のタオルで包んで圧をかければ十分にできる。なぜか乾燥機は無料で使えたので、脱水後は放っておけば良かった。
掃除はモップを買ってきた。個人部屋には清掃サービスが入らないが、清潔に片付いているかのチェックが入る。水回りの清掃道具も購入し、こまめに拭き掃除を行った。
食費は見切り品や材料をうまく活用すればかなり削れる。両親が共働きだったため、食事作りならキャリアが長い。中学校から夕飯作りに台所に立ち、学部時代は父と自分のお弁当を作っていた。
街中には至る所で美味しそうなパンの香りがするし、店には一度試してみたいと思うような料理の材料がたくさんあった。しかし自分への贅沢などもってのほかである。
パンや小麦粉、基礎調味料はスーパーブランドの最安値のもののみ。そうやって選べば、パンもパスタも一ユーロせずに一キロ買えたし、牛乳も一リットル五十セント出せば手に入った。味などこだわっている余裕はない。すぐそばに大型スーパーがあったため、安価な商品の品揃えがよく、見切り品も豊富だったのが幸運といえよう。
野菜は特に葉物が高かった。しかし栄養バランスを崩しては後が怖い。常に安い人参と玉ねぎ、トマトをキロ単位で買い、少し距離のあるスーパーの週間安売りをチェックして他を補った。果物は林檎とオレンジなら同様にキロ買いできる。カリウムとビタミンCと食物繊維が摂れる。
タンパク質は安い乳製品か、見切り品の肉を狙って冷凍するか、ひき肉またはチーズに頼る(一時、間違えてペット用のひき肉を買ってしまったこともあったらしい)。
光熱費込みの寮なら煮込み時間を気にする必要もない。勉強する間、鍋を火にかけっぱなし、骨がほぐれるまで煮込んだ。
それでもやはり限界はあったのだろう。もともと身体は細かったが、体重はさらに減る一方だった。ストレスや睡眠不足、そして恐らく寒さも手伝って、生理は止まった。
先述した「私的事情」から、自分がこの地で楽しんではいけないと思っていた。反対の言葉もあった中で、本来なら許されないかもしれなかった状況で、渡航を許してもらった以上、私が行うべきは学びであり、研究であり、学位をとることだ。
また、国費奨学金を受給されている留学生という身分は恵まれていると同時に私には縛りにもなった。志願者の中から選んでもらった奨学生は、多数の学生の代表であり模範であるよう求められているはずだ。
もし私がこの国にとってよくないことをしてしまったら、もし私が日本人として恥じるべき行動を取ったら、どうなるか。
本当だったら次に続くはずである奨学生が、渡航できなくなってしまうかもしれない。
よく知らない地では、何が法的に正しく間違っているのかも曖昧なところがある。決して誤った行動をしてはいけない、小さな間違いも犯さないように、と神経を張っていた。
毎日、学業と生活と研究に従事する傍ら、渡航初期に必要な諸々の手続きに走り、とりあえずは身の回りを整えていった。その最中、日々の生活を送るためにこたえたのは資金問題だった。
家族の仕送りには頼らないと決めた。日本の貯金を使うのは、一時帰国の費用やクレジットカードで買わねばならないものに限り、いざという時にとっておく。何年かかるかわからないのだ。
生活費は奨学金のみ。
この奨学金は、学費がカヴァーされる面では実にありがたかったが、長期留学を見据えて家賃・物価の高い留学先の都市で一ヶ月、悠々生活するには厳しい額だった。寮と保険代を合わせれば約半分がなくなる。
さらに渡航直後は何かとお金がかかった。語学学校の費用、大学の授業の参考書、研究で赴く公共図書館の利用料金、資料代、在留許可発行手数料、定期券、プリンターなどの電化製品、生活用品の購入費などなど。
加えて、奨学金の一部は貯金しておく必要があった。当初の奨学金は延長できても一年半。次の奨学金が取れるかは分からない。しかし、収入や日本からの送金などが定期的にない限り、銀行に一定額の預金がなければ次年度に在留許可が延長できなかった。そのためには当初から貯金を増やしておかなければならなかった。
携帯電話の契約などする余裕はない。プリペイドカードで乗り切ろうと決意する。毎月、最安値のプリペイドデポジットを購入すれば電話番号は引き継げる。そうしてしばらく使っていたが、これも使用頻度が少ないとわかったため、電話が必要ならできるだけインターネット通話で済ませることにし、早々に購入をやめた。カード不正利用などの緊急時には限定的に国際電話を使うハメになったが、致し方ない。
他に削れるところがないか。
日々の生活費しかない。
幸い、家事は一通りこなせた。生活費ならば工夫次第でいくらでも切り詰められる。
まずは洗濯代を削った。寮にランドリーはあったが、一回分の料金があれば一日の食費を賄えることが分かった。それなら洗濯など手でやれば良い。掃除をした後の部屋のシャワールームで自分で洗濯した。買ったシーツも伸縮性がよく、ベッドから剥がせば手で洗えるサイズだった。脱水は乾いた厚手のタオルで包んで圧をかければ十分にできる。なぜか乾燥機は無料で使えたので、脱水後は放っておけば良かった。
掃除はモップを買ってきた。個人部屋には清掃サービスが入らないが、清潔に片付いているかのチェックが入る。水回りの清掃道具も購入し、こまめに拭き掃除を行った。
食費は見切り品や材料をうまく活用すればかなり削れる。両親が共働きだったため、食事作りならキャリアが長い。中学校から夕飯作りに台所に立ち、学部時代は父と自分のお弁当を作っていた。
街中には至る所で美味しそうなパンの香りがするし、店には一度試してみたいと思うような料理の材料がたくさんあった。しかし自分への贅沢などもってのほかである。
パンや小麦粉、基礎調味料はスーパーブランドの最安値のもののみ。そうやって選べば、パンもパスタも一ユーロせずに一キロ買えたし、牛乳も一リットル五十セント出せば手に入った。味などこだわっている余裕はない。すぐそばに大型スーパーがあったため、安価な商品の品揃えがよく、見切り品も豊富だったのが幸運といえよう。
野菜は特に葉物が高かった。しかし栄養バランスを崩しては後が怖い。常に安い人参と玉ねぎ、トマトをキロ単位で買い、少し距離のあるスーパーの週間安売りをチェックして他を補った。果物は林檎とオレンジなら同様にキロ買いできる。カリウムとビタミンCと食物繊維が摂れる。
タンパク質は安い乳製品か、見切り品の肉を狙って冷凍するか、ひき肉またはチーズに頼る(一時、間違えてペット用のひき肉を買ってしまったこともあったらしい)。
光熱費込みの寮なら煮込み時間を気にする必要もない。勉強する間、鍋を火にかけっぱなし、骨がほぐれるまで煮込んだ。
それでもやはり限界はあったのだろう。もともと身体は細かったが、体重はさらに減る一方だった。ストレスや睡眠不足、そして恐らく寒さも手伝って、生理は止まった。
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