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第一章 出会い
出会い
しおりを挟む【ギルドにて】
ロロス王国の王都ブラッドレインの冒険者ギルドは、朝早くから活気に満ちていた。
木の梁がむき出しの古い建物には、多くの冒険者たちが集まり、酒場のようなざわめきが広がっている。
壁には無数の依頼が貼られ、その前では男たちが熱心に話し込んでいた。
レオルは一歩、ギルドの扉をくぐると、周囲を見渡した。冒険者ギルドに来たのは初めてだが、噂以上に雑然としている。
だがその中にあって、彼の表情は無表情に近い静けさを保っていた。
……なるほど、これが人間たちの“冒険者”の集う場所か……と心の中で呟く。
「とにかく、日銭は稼がないと……手持ちなんてあっという間に尽きますから」 とは、ナルディア公女の言。
なにやら公女とは思えない俗っぽい物言いだったが……
今より少し前に時は、遡る…… ラナーグ公国に隣接する薄闇領域でザナグルという魔王がその配下の者とともに暴走した。
魔王は、領域内の人間達を喰らい、世界を滅ぼす恐るべき大魔術を行使した……
それを止めたのが、恋人アナスタシアとその領民達を殺された魔族レオルとラナーグ公国の第二公女、聖女ナルディア達であった。
激戦の末、魔王は倒れた……
次代の魔王となったレーネは、ラナーグ公国と平和協定を結んだ。
薄闇領域内で暴走した魔王ザナグルを討伐したものの、領域内が荒廃した魔族の側からは報奨などでるわけもなく、ナルディア公女のポケットマネーから少し謝礼が払われただけとなった。
そして、同族を殺したレオルは、なかば出奔に近い形で国を出ることになる。その彼の懐は寂しく、ナルディアやその守護騎士フリーデのすすめで、まずは冒険者になることになった…
ところで、なぜ冒険者なんて名称なのか、と二人に聞いてみたが、よくわからないという答えが帰ってきただけだった。
彼の外見は普通の人間と変わらないが、その実はやはり魔族であり、しかも他の魔族の能力を取り込み、自分の力とする特異な存在だ。
その力を人間に知られれば、ただの冒険者どころか、すぐに追われる身となるだろう。
角など目立つところは、彼の能力で隠してはいるので、まずわからないはずとレオルは考えている。
顔を隠すようにフードを深く被り、慎重にカウンターへ向かった。ギルドの受付嬢が明るい声で出迎える。
「ようこそブラッドレイン冒険者ギルドへ! 登録をご希望ですか?」
レオルは軽く頷いた。
「そうだ」
受付嬢は微笑みながら、書類を渡してきた。
「こちらに必要事項を記入してください。名前や簡単な戦闘経験などを書いていただければ、すぐに登録できます」
書類を書き始めたところ、背後から明るい声が飛び込んできた。
「おい、君も新人かい?」
振り返ると、赤い髪の少女が立っていた。彼女は動きやすそうな軽装で、戦闘経験が豊富そうな雰囲気を漂わせている。
そうだが……君は?」
レオルが訊ねると、彼女は自信満々に胸を張った。
「僕はジュラ! 格闘術のエキスパートで、最強の冒険者を目指してるんだ!」
その瞬間、別の声が遮った。どこか冷静さを帯びた女性の声だ。
「最強を目指すのは結構だけど、そんな風に見知らぬ人に話しかけるのはやめたほうがいいわよ」
「ついでに、あんまりエキスパートとかの単語は控えた方がいいと思うけど……出る杭は、鼻につくわよ」
白いローブをまとった魔女が、少し離れた場所から歩いてきた。彼女は杖を肩に担ぎ、レオルを一瞥する。
彼女は、この冒険者ギルドでは、古参らしく慣れた雰囲気があった。
「で、あなたは?」
とジュラに続いてレオルにも質問を投げかける。
レオルは一瞬、考える素振りを見せてから答えた。
「レオル。ただの剣士だ」
これも、ナルディア公女のアイディアだ。
レオルは、人間の、特に冒険者ギルドなんてものは、分かっていない。とにかくそう喋るように、と言われていた。
その時、魔女――ミレニムは彼の隠された本質を捉えた。彼女の瞳が淡く光り、隠された真実を暴く「鑑定」の能力が発動する。
能力は天性のものであり、術とは全く一線を画している。
……魔族……!
彼女の心臓が一瞬で凍りつく。
自分の目の前にいる男は、ただの剣士ではなく、明らかに魔族だ。しかも、その魔力の質が尋常ではない。だが、その表情には敵意も傲慢さもない。ただ慎重に自分の立場を隠しているだけのようだ。
「どうしたの?」
ジュラが首を傾げる。
「……なんでもない」
ミレニムはわずかに震える声で答えた。
彼女は恐ろしくて言えなかった。この場で魔族だと叫べば、ギルド全体が騒ぎになり、彼女自身も巻き込まれるのは目に見えている。
一方、レオルはミレニムの視線を感じ取っていたが、それを気にする様子は見せなかった。
「それで、ジュラはギルドの登録を済ませたのか?」
レオルは話題を変えるように問いかける。
「まだだよ! 僕も今から手続きをするところ!」
ジュラが元気よく応じる。
ミレニムは、静かに背を向けてそそくさと去ろうとしたが、襟を急に後ろから掴まれて変な声が出た。ぐぇ、とかなんとか。
「ねえ、ここのところ、どう書くの?」
「……ねぇ、いま、技とか掛けなかった!?すごく、ぐぇってなったんですけど!」
ジュラに食ってかかるが、
「で、戦闘経験なんだけど、僕、山の中で修行してただけだから、よくわからないんだけど?」
「そういうのは、受付に聞いてよ……」
全く聞く耳を持たない様子なので、放り投げようとするが、再び襟をつかまれ、ぐぇとなる。
「え、お姉さん、登録のプロなんでしょ?」
さらには、とんでもないことも言ってくる。
「なんかそれ、私がしょっちゅうギルドをやめさせられて、やり直しまくってるみたいに聞こえるからやめてくれない!?」
「……で、仲良しなところ悪いが、俺も少し教えてもらえないだろうか?この、ランクだの、保証だの、書いてあることは分かるが、どうにも腹に落ちない」
「うー、うー、あぁもう、分かったから!」
ミレニムはとうとう白旗を上げて、近くのテーブルで講習を始めるハメになった。生来の面倒見がいいのか、お人好しなのか。
ただ、ジュラとレオルの二人とも、冒険者のなかでは、しっかり説明を読み込むほうだな、とミレニムは自分の中のすみっコのほうで感じていた。
「……で、ボッチのミレニムさん」
「……なんて?」
豆をいきなりぶつけられた何かみたいな顔をする、ミレニム。まだ教えてもいないのに、名前を呼ばれたことにもいささか驚いたが。
「だから、ボッチの……」
「喧嘩売ってんの!?」
ジュラが不思議そうに首をかしげる。
「え、あっちのお兄さんとかが、そう呼んでる聞こえたから……で、ボッチって?なんかの二つ名?」
「……いやだ、そんな二つ名……ほんと、勘弁して……涙でてきた」
ミレニムが、力抜けたように机に突っ伏す。
「ジュラ、ボッチってのは、友達とか仲間とかいないやつのことで、ひとりぼっちの略称らしい。まず、その本人に言ってはいけない、禁忌の言葉と、俺は聞いた」
レオルの場合、そんな教え方をしたのはかつての恋人であるアナスタシアなのだが。
「……そのボッチに、さらに追い打ちの詳しい解説しないでくれない?……ゴリゴリ削れるんですけど、私の中のなんかが!」
「いいんじゃない?」
「何が!」
かばっと、顔を上げるミレニムの目に、ジュラのにこにこ顔が飛び込んできた。
「もう、ボッチじゃなくなるじゃん、僕達でパーティー組めば、さ」
「え……いや、それは……どうなんだろう……」
秘密を抱えた魔族と能天気な考えなしの山育ちと組んでも、面倒ごとしか起きないような……
「……こう言ってはなんだが、組んでくれる誰かを待ってたから、冒険者ギルドに初めて顔出しした、俺達に声をかけたんだろう?」
レオルが、静かな声でミレニムに語りかける。
「……まあ、はい、そうです」
観念したように、ミレニムが俯く。
「なら、問題なし!だね。登録手伝ってくれたお礼に、パーティーに入れてあげるよ!」
「え、いや、でも……って、なんで、こっちが入れてもらう側!?先輩だよ、私!」
結局、ジュラが強引に受付嬢にパーティー申請を出すに到って、ミレニムも諦めたようだ。
こうして、偶然とも思える出会いが、後に深い絆と波乱を生む旅路の始まりとなった。
【初めての冒険】
冒険者ギルドで新たな仲間と出会ったレオルは、ジュラとともに冒険者登録を済ませた。
そして最初の依頼として、ブラッドレイン近郊に現れる魔物「ダスクウルフ」の討伐を引き受けることになった。
「いい、私Cランクで、あなたたちはFランク。で私がリーダーの場合、Cランクの依頼は受けられる。だから私がリーダーね」
と、ミレニムは胸をそらした。
「ええー、僕がやりたかったー」
ジュラが不満を漏らす。
「ジュラ、一度リーダーがどういうものか見せてもらったほうが無難だ。やり方を学ばせてもらおう」
レオルが、その後ろからジュラを宥めてくる。
「……え、リーダー交代前提なの?しかも、変なプレッシャー付きで」
「なるほど、レオル君は、なかなか考えてるね」
「それほどでもない」
「……しかも、なんか仲良し……」
ミレニムは、ジトッとした目で羨ましげに眺めていた。
ギルドの外に出ると、三人は改めて顔をつき合わせた。
「さて、せっかくだし、簡単に自己紹介でもしない?」
ミレニムが提案する。
「そうだな。仲間として互いのことを知っておいた方がいい」
レオルが頷く。
ジュラが真っ先に手を挙げた。
「僕からね!名前はジュラ!龍気法を使う格闘家で、近接戦闘なら誰にも負けないよ!」
「龍気法?珍しい力を使うんだな」
レオルが少し興味を示す。
「うん、まぁね。修行は大変だったけど、強くなれるなら何でもやる主義だから!」
続いてミレニムが口を開いた。
「私はミレニム。魔女よ。魔法全般を扱えるけど、特に攻撃系が得意かな。よろしくね」
「魔法使いと格闘家か……バランスの良いパーティーになりそうだな。」
レオルが静かに応じる。
彼は、パーティーという言葉を、ようやく使い慣れてきたところだ。覚える専門用語が多くてなかなかミレニムとの会話に苦労させられている。
「違います、魔女です!……人間の魔法使いと一緒にしないで!」
ミレニムが腰に手を当ててレオルを指差す。
「え、何か違うの?魔女って、魔法使いの略とかじゃないの?」
ジュラが頭を少し傾け、ポニーテールがゆれる。
「違います一、こんな風に手とかに呪石が生まれつきあって、魔力量とか、人間には使えない術とか、使えるの!」
両手に確かに橙色の石が、紋様を描くように埋まっている。
「例えば、どういった術のことを言うんだ?」
レオルが興味深げに聞く。魔女という存在を知らなかった分、聞きたい事があるようだ。
「そうね、召喚術、転移術……まあ、これは嫌われるけど死霊術、あと、陣と薬学も人間とは違うんだから!」
「ミレニムは、みんな使えるの!?」
ジュラが、身を乗り出し気味に聞いてくる。
「え、私は魔術が専門で、召喚と薬学が少々……他はあんまり」
「そっか!……それでレオルは?」
ジュラが期待するようにレオルを見つめる。興味がくるくる変わるのがジュラらしい。
「……ただの剣士だ」
彼は短く答える。
「ラナーグ公国の方で、魔物退治を時々していただけだ」
魔物を、魔族や魔王に置き換えれば、嘘ではない。
「ふーん、それだけ?」
ジュラが少し不満そうに口を尖らせる。
「なんか、武術とか剣術とか使えないの?強そうなのに……」
「いや、悪いが我流だ……闘う中で自然と身につけただけだ。ジュラみたいに体系だてて学んだわけではないよ」
「そっかー、レオルの闘うとこ、早く見てみたいなー……お師匠にいろいろ学んで来いって、言われてるからさ」
ミレニムは笑顔を浮かべながらも、心の中では冷や汗をかいていた。彼女の「鑑定」の力で分かるのは、レオルがただの剣士ではなく、恐るべき魔族だということ。しかし、彼がその事実を隠しているのも分かる。
……魔族……けれど、彼には敵意がない。今はそれでいい。私が余計なことを言えば、最悪の事態になりかねない……
「さあ、早く討伐に向かうわよ!」
ミレニムが話題を切り替えるように提案した。
ダスクウルフが出没するとされる森は、町から徒歩で半日ほどの場所にあった。木々が鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗い。足元には枯れ葉が積もり、湿った土の匂いが漂っている。
「で、そのダスクウルフってどんな魔物なんだ?」
レオルが問いかける。
「夜行性の狼型魔物ね。鋭い爪と素早い動きが特徴だけど、群れを作らないから一体ずつ倒すのはそこまで難しくないわ」
ミレニムが説明する。
「……一体ずつなら、力試しにはちょうど良さそうだ」
レオルは剣の柄に手を触れる。
森を進むにつれて、風が冷たくなり、不気味な気配が漂い始めた。
鬱蒼と茂る森の中、風は次第に冷たく湿り気を帯び、木々の間を抜けるたびに低い音を立てた。その音は、森が息をしているか のようにも聞こえる。レオルは剣の柄を握 りしめ、足元の枯れ葉を踏む音さえも聞き逃さないよう耳を研ぎ澄ませていた。
「......何かいる」
ジュラが囁くように言う。 彼女の視線は森の奥の暗闇へと注がれ、その拳には 薄青い気がほのかに灯っていた。
ミレニムは静かに杖を握り、まるで森そのものが動き出すのを待つように立ち尽くしている。彼女の紫の瞳が微かに輝き、周囲の魔力の流れを感じ取っていた。
「気を抜かないで。ダスクウルフは単独で現れることが多いけど、油断は禁物よ」
その言葉の直後だった。森の奥底から突如として影が飛び出した。
低く唸る音と共に現れたのは、体毛が漆黒に染まり、瞳が赤く輝く狼型の魔物――ダスクウルフだった。
「来た!」
ジュラが叫び、地を蹴って前に出る。その拳に宿った気が輝きを増し、力強い一撃を繰り出した。
「……思ってたより、随分大きい。それに硬いよ!」
「外骨格の魔物は、総じて頑丈だ、気をつけろ」
レオルが、剣を構える。その剣の柄には、瞳があった。
……え、何、あの剣……スルーできないもの出さないで欲しいんですけど……
いかにも怪しい剣→それは何と聞く→魔族ならではの能力で作り出したことが判明→ダスクウルフの目の前で、パーティーの連携が崩壊、という考えが、ミレニムの頭の中で演算された。
……よし、見なかったことにしよう!
ダスクウルフは巨体にしては俊敏な動きでその拳をかわし、低い姿勢から鋭い爪で反撃を試みる。
しかし、ジュラはそれに応じて流れるように身をひねり、次の攻撃のための間合いを取った。
その動きには淀みがなく、まるで獲物を狩る獣そのものだった。
「ジュラ、無理はしないで!」
ミレニムが警告を発しながら、杖を掲げる。
「炎球!」
彼女の杖先から放たれた火炎球が森の闇を赤く染め、ダスクウルフの足元に着弾す る。爆発音と共に土煙が舞い上がり、魔物は一瞬ひるむ。
「さすが!」
ジュラが笑顔で応じ、 その隙にもう一度攻撃を仕掛けた。
ダスクウルフの鋭き爪が迫る!
ひゅっ、と息をつく、ジュラ。
この時、不可思議なことが起きた……ジュラが両腕で、円を描く……魔獣の巨体が、前脚を軸にふわっとと傾いて、頭部が樹齢の肥えた針葉樹の幹に叩きつけられる。
ダスクウルフが、痛みに啼く。
「なに……!?今の」
ミレニムの目が、大きく開かれる。
その後方で、レオルは冷静に戦況を見極めていた。
『重刃の使用を推奨』
剣がレオルだけに聞こえる声で話し掛けてきた。
これは、かつて並列思考を持つ魔族から奪った能力の応用で、魔剣に自身の思考や意識を転写させているのである。
自分の能力の一部を魔剣に持たせて、必要なときに引き出すやり方をあの戦いののち、ナルディアたちの提案を元に独自に編み出していた。
……うーん、なんかあの剣から……意識の流れみたいなものが感じとれるなあ……無視、だよ、私……
ミレニムが少し離れたところで、何ともいえない表情をしていたが、レオルの預かり知らぬことだ。
「行く」
低い声で呟き、レオルは一歩 前へと踏み出した。
彼の剣がただ一閃、横に薙ぐ!
その直後、 奇怪なことが起きた。
ダスクウルフの身体に見えない何かに潰されたが如く、横一筋、身体の中央が潰れていく。巨大な刃に押し潰されたが如くであった。
魔物は呻き声を上げると地に崩れ落ち、動かなくなった。
「すご!レオル、すごーい……なになに、その技!僕にもできる?」
ジュラが、自分のことのように、はしゃぐ。
……できるわけないでしょう!?
ミレニムは心のなかで、全力で叫んでいた。
彼女には、圧縮された魔力の刃がダスクウルフを押し潰すのが、見えていた。あきらかに人間の枠を飛び越えていた。
ジュラのよくわからない武技にも驚いたが、レオルのは一目でわかるほど人外、ミレニムでなければ、ドン引き程度では済まない。
物語にしかでてこない勇者とかでもない限り、できる技ではないと、ミレニムは思っている。場合によっては、ギルド上層部に報告ものの案件である。
……頼むから、ごまかしきれる威力にして……
パーティーリーダーとして、黙っている限界というものがある。それをやすやすと突破されては、立場がないというものだ。
「できてすぐ、パーティー解散なんて……」
その時だった。
暗闇の奥から次々と赤い瞳が輝き、唸り声が風に乗って響いてきた。ダスクウルフの群れが、一斉に彼らに向かって 突進してきたのだ。
「まさか、群れなんて.......?」
ミレニムが低く呟く。
「逃げては、後ろから喰い付かれる」
レオルは、もう一戦やらかすつもりだ。
「これは……やるしかないよ!」
ジュラが再び 構えを取り、気を全身に巡らせる。
「……待って、ダスクウルフだけじゃない、なんか嫌なものがいる!」
ミレニムが魔力を高めて視力を強化し、 遥か森の奥を見遣る。
「……なに、あれ?!」
そこにはダスクウルフよりひと回り大きな、ミレニムが見たこともない怪物が、こちらに向かってくる姿があった。
歪んだ魔力を感じとったミレニムは、一歩後ずさる。
「……こんな魔力、知らないわ……」
脅威は、すぐそこまで迫っていた。
それを見た時、ミレニムは黒い呪いの水を思った。辺りを呪いの色に染めずにはおかない、恐ろしい黒き水。
ダスクウルフを追い立てるように現れた怪物。
二本の足で歩ける構造をしているのに、両手足で地を掴んで、こちらに流れるようににじり寄って来る。
「あんなの……知らない。聞いたこともない……」
ミレニムの横に、いきなり陣が現れる。
小さな鬼が転げるように飛び出てきた。
どこからか出した紙で、未知の魔物の姿を手早く描き始める。その絵は正確無比、実物そのものといっていい出来だった。
「ゴロさん、絵を頼むわ……描き上げたらパタパタと一緒にギルマスに報告して……こちらは構わなくていいわ」
もう一つの陣からは、小さな翼竜のような1つ目の小鬼が出て来た。
「わ、可愛いい」
ジュラが状況に構わず、目を輝かせた。
「……あと、レオル」
「何だ」
ミレニムが、溜まった息を一気に吐き出した。
「奥の手があるなら出してもらっていいかな?……何をみても、驚かないって約束するから」
レオルは一瞬だけミレニムの瞳をみたあと、少しだけ笑った。
「……分かった、リーダー」
「僕は?どうしたらいい?」
ジュラが、いつになく真剣な顔で聞いてくる。
「ダスクウルフを撹乱、で、倒せるなら倒しちゃって……ジュラなら、やれるよね」
ミレニムが真正面から聞いてくる。
「いいよ、遊びは無しだね」
ジュラがいつもとは違う笑い方をする。
獰猛な獣のような笑みを浮かべて頷く。
「頼むわ……あれは、野放しにしてはいけないものよ」
気を帯びて淡い光を纏ったジュラの体が宙を舞う。ダスクウルフの群れの上空に、ひと飛びで距離を縮めた彼女の身体がくるりと回り、ダスクウルフの背に踵を叩き落とす。
ダスクウルフの立つ地面がひび割れ、その背骨はただの一撃でへし折られた。
そこに2匹ほどが襲い来る。その身をかがめてかわすや、下からその顎を足刀で砕く。
続けざまに、バク転……踏みつけるように、もう一匹の頭蓋を砕ききる。
「あの子、戦闘能力でいえばBクラス越えてるんじゃないかな……」
ジュラのさらに上空を、ミレニムが飛んでいく。
魔女とは空を飛んで一人前、とはミレニムの言。
その下をレオルは、背の高い木々の枝を次々と飛び移っていく。
「レオル、どうする?」
「……一度火球なりを撃ち込んでくれ。その隙に距離を詰めて、ひとアテしてみる……何か掴んでみる」
「お願い」
レオルの方を、向く魔女。
その顔は疲れた、でも充実感あるものだった。
「これからも、よろしく頼む」
「こちらこそ。ジュラも……よろしくね」
「うん!とっても楽しかった!……また行こうよ、この三人で!」
ところで、とジュラがいう。
「あっちのほうで、獣人の、多分冒険者っぽいのが落ちてた……さっきの光線に巻き込まれて、結構酷い怪我してた」
「そういうことは、……」
「早く言ってくれ!」
疲労困憊の身体に鞭打って、ジュラを先頭に走る三人。
「……ハクロ?!」
魔女の知り合いらしい。右足がひどい出血だ。
「でさ、この人、こんなの持ってた」
ジュラが、薄汚れた袋をつまんで持ってくる。
「これ、引き寄せ香の匂い……まさか……」
そんな場所から少し離れた場所に、困ったようにウロウロしている影が一つ。
「サンゴウー……どこー?」
「ちょっと目を離した隙にー、責任とらされるー」
緊迫感のない声が、森の片隅に漂っていた。
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