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23話
ウチに、帰ろう
しおりを挟む朝の光が、湯面にきらきらと揺れていた。
俺は肩まで湯に浸かり、ゆっくりと息を吐く。
──やっぱり、締めは朝風呂だな。
昨夜の酒も、疲れも、ぜんぶ湯に溶けていく。
頬をかすめる風が心地いい。異界の湯は、何度入っても飽きが来ない。
湯気越しに見える庭の景色は、どこまでも静かで、どこまでも穏やかだった。
このひとときがあるだけで、命拾いした気分になる。
──さて、行くか。
湯から上がり、手早く体を拭いて浴衣を羽織る。
縁側に出ると、すでに師匠が待っていた。
「整った?」
「おう。……よく寝て、よく食って、風呂まで入った。贅沢すぎるな」
「ふふ、それでようやく、あんたは“普通”になるんだから」
少し照れくさくて、俺は頭をかいた。
「……ありがとな、師匠。飯も、酒も、話も──ぜんぶ助かったよ」
師匠は湯呑みを口元に運びながら、尾をふわりと揺らす。
「素直に礼を言えるうちに言っときなさい。そういうの、大事よ」
俺は軽く笑い返し、まっすぐ立ち上がった。
次に向かうのは、俺の“家”──母上のもとだ。
「ウチに飛ばしてくれ。母上のとこ、な」
「了解。じゃ、立ってて」
師匠がすっと手を掲げ、簡素な印を切る。
空気がわずかに引き締まり、空間が“つながる”気配が走った。
足元に、淡く揺れる転移の気配。
派手さはない。けれど、そこには確かな“術”が満ちていた。
「ギンに、よろしく伝えて」
「ああ。……ほんと、ありがとな」
最後にもう一度、師匠に向かって頭を下げる。
一歩を踏み出した瞬間、感覚が反転した。
体がふっと軽くなり、風が背中を抜けていく。
──向かうのは、俺の“家”。
鍛錬と、家族のぬくもりが待っている場所。
昨日までの重さを、少しだけ脱ぎ捨てながら──俺は進んでいった。
•
──そして、着いた。
懐かしい、俺の“ウチ”。
木造の屋根には苔がうっすらと生え、柱や戸には年季が刻まれている。
けれどそれは、古びているのではない。
時を重ねた、温もりの証だ。
玄関先の風鈴が、かすかに鳴る。
音の主を告げるように、やわらかな風がすり抜けていった。
いつも通りの場所。けれど、久しく戻ってこなかった匂いがした。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。
──やっぱり、ここが俺の帰る場所だ。
懐かしさに浸る暇もなく、屋内からふと気配が伸びてきた。
あの感じ──間違いない。
「……母上。戻ったぜ」
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