異界育ちの幻使い

yasunari311

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25話

業火と幻装、そして

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 視界の先、開けた地に、ふたりの姿があった。

 父上は動かず、ただ静かに立っている。
 背中まで伸びた黒髪に、ところどころ銀が混じる。
 額には太くねじれた二本の角。その存在感だけで、空気が張り詰めていくのが分かる。
 筋骨隆々というより、研ぎ澄まされた岩のような肉体。余計な言葉など要らない、“強さ”がそこにある。

 姉貴は拳に炎をまとわせ、体を温めるように軽く跳ねていた。
 長い銀髪を後ろでひとつにまとめ、鋭い目がこちらを射抜いてくる。
  その額にも、父上よりも細くしなやかな二本の角がある。
背は高く、しなやかで引き締まった体躯。
 その佇まいには、凛とした強さが宿っていた。火を扱う鬼でありながら、どこか冷静で、獣のような鋭さと人の理を両立させたような気配だ。

 ──すでに、始まっていた。

 俺は深く息を吸い、足を踏み入れる。

 父上の目が、ゆっくりとこちらを向いた。
 言葉はない。ただ、その一瞥で十分だった。

 圧がある。
 睨まれているわけでもないのに、幻装が自然と反応してしまいそうなほどの気配。
 これが、鬼の本物──

 俺は首をひとつ回し、目の前の姉貴へと視線を移す。

「幻、纏ってくるんだろ?」

 姉貴が挑むように言う。目は笑っていない。

「そりゃあな。ここで手抜いたら、痛い目見るって知ってるし」

 言いながら、幻装を展開する。
 空気が波打ち、身体の周囲に“意志の鎧”が形成されていく。

「へぇ……最初からか。いい判断ね」

 姉貴が地を蹴ると同時に、熱が炸裂した。
 拳に宿る業火──それが俺に向けて、放たれる。

 拳が、燃える。

 姉貴の一撃は、言葉のかわり。
 火花のように鋭く、熱を孕み、重い。
 ──だから、避けない。

 俺はその拳を、幻装の腕で真正面から受けた。

 衝撃。地が裂ける。
 背後にいた木々が、爆風で揺れた。

「おお……耐えるじゃない」

「耐えるだけじゃないさ──返すぞ」

 反撃。
 足を軸に、幻装の肘で姉貴の脇を狙う。
 火の壁のような反動を切り裂くようにして踏み込むと、姉貴が身を沈めた。

 ──読まれてる!

 逆に足を払われ、体勢を崩す。
 倒れる寸前、地面を蹴り、後方へ飛ぶ。

 その間にも、鬼火の軌道が追ってくる。
 姉貴の掌から放たれた火撃が、幻装の肩を焼いた。

 痛みが走るが、動きは止めない。
 幻は、揺らいでも消えない。

「ちょっとはまともになったじゃない……でも」

 姉貴が言葉と共に拳を引いた瞬間、空気が変わった。

 拳に宿る、まるで“本気の鬼火”。
 異界で戦ったときの──あの全力を思い出すような、業火の重み。

「まだまだ、足りないわよ!」

 ──直撃すれば、幻装ごと吹き飛ぶ。

 俺は瞬時に腕へ幻を集中させ、形を変えた。
 爪のように鋭く、噴き出す熱に抗う“刃”をつくり出す。

 交差。

 火と幻がぶつかり、爆ぜる。

 爆煙の中、ふたりは同時に後退していた。

「……ほんとに、甘くないな」

「当たり前でしょ。アタシを相手にするって、そういうことよ」

 俺は息を整えながら、ちらと横を見る。

 父上はまだ、動かない。
 ただ静かに立ち、黙して見ている。

 けれど──その存在が、何よりも重い。

 姉貴とやり合っても、なお“通じるかどうか分からない壁”が、すぐそこにいる。

 だからこそ、まだ終われない。

 もう一度、幻装を練り直す。
 限界なんて、決めるのはまだ早い。

「さあ、もう一発付き合えよ、姉貴」

「ふふっ……いいわ。アタシも、まだ足りてないしね」

 ふたりが再び地を蹴った、その瞬間。

 父上の影が、わずかに揺れた。

 その瞬間、俺と姉貴は同時に気配を感じ取り、身体が先に動いていた。

「今ッ!」

「行くよッ!」

 俺の幻が一気に収束する。
 肩から腕へ、足から踏み込みへ──すべての動作を加速させる“物理戦闘用の幻装”が、再構築されていく。

 姉貴もまた、業火を手のひらに集中させ、拳に“力”を込める。

 ふたりは息を合わせるまでもなく、同時に父上へ向かって駆け出した。

 ──応じるように、父上が一歩、踏み出す。

 それだけで、空気が軋む。

 その場にいるだけで、風が変わる。
 斬るでも撃つでもない、ただの“存在”の圧が、全方位にのしかかってくる。

 けれど──止まらない。

「せぇっ!」

 姉貴が跳び、正面から殴りかかる。
 拳が空を裂き、火柱が瞬く。

 俺はその隙を突いて、背後へと回り込む。
 幻装の足が地を蹴り、瞬時に父上の背に迫る。

 ──挟撃。

 業火と幻が、父上の前後から同時に迫る。

 が。

「……ぬるい」

 低く、短く、それだけが聞こえた。

 直後、姉貴の拳は“何か”に掴まれて止められ、俺の幻装の一撃は、空を裂いた。

「な──!?」

 ──父上が、いない。

 一瞬前までそこにいた気配が、消えていた。

 次の瞬間、真横からの一撃。

 視界が跳ねた。
 俺も姉貴も同時に吹き飛ばされ、地面を転がる。

 ──重い。速い。見えない。

 これが、父上の“本気”か。

「くっ……アタシは、まだやる……!」

 姉貴が鬼火をまとい、燃え上がるように立ち上がる。
 俺も、幻装を修復しながら、すぐに距離を詰める。

 戦場の中心に立つ父上は、まるで動じない。
 ただ、その目が静かに俺たちを見据えている。

 ここで怯めば、終わりだ。

 俺と姉貴は、また走った。

 ──今度は、合わせる。

 姉貴の業火が斜め上から放たれ、俺の幻が地面を這うように駆ける。
 重ねるのではなく、交差させて揺さぶる。

 その中に、ひとつだけ“偽りの隙”を作った。

 父上がその隙を見抜く前に、俺たちは一撃を叩き込む──!

「──これで!」

 火と幻が、交錯する。

 連撃。
 斬撃。
 衝撃。
 業火が風を焦がし、幻の爪が空間を切り裂く。

 ほんの一瞬、父上の腕が、動いた。

 ──受け止められる。

 俺たちの全力が、たった一閃で押し返される。

 それでも、止まらない。

「アタシたちを、ナメるなよッ!」

 姉貴の声が、爆ぜる火花と共に轟いた。

「こちとら、あんたの子だ!」

 ──斬り込む。

 ──殴りつける。

 全身全霊、幻と鬼火。
 この一撃に、すべてを乗せて──

 ……だが。

 結果は変わらなかった。

 風が止まり、すべてが沈黙した。

 俺たちは、地に伏していた。

 呼吸は荒く、全身が痛む。
 幻装は砕け、姉貴の拳も焦げついていた。

 それでも、父上は微動だにせず、ただそこに“在る”。

 強さの壁。
 超えられない“山”というものが、確かにある。

 けれど、俺たちは──

「……悪くなかったな」

「ふふ、そうね。少しだけでも、やれた……気がする」

 姉貴が、肩で笑った。
 俺も、仰向けになったまま空を見た。

 異界の空が、やけに澄んでいる。

 次は、もう少し近づける。
 きっと、それだけの“今”を俺たちは出し切った。
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