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25話
業火と幻装、そして
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視界の先、開けた地に、ふたりの姿があった。
父上は動かず、ただ静かに立っている。
背中まで伸びた黒髪に、ところどころ銀が混じる。
額には太くねじれた二本の角。その存在感だけで、空気が張り詰めていくのが分かる。
筋骨隆々というより、研ぎ澄まされた岩のような肉体。余計な言葉など要らない、“強さ”がそこにある。
姉貴は拳に炎をまとわせ、体を温めるように軽く跳ねていた。
長い銀髪を後ろでひとつにまとめ、鋭い目がこちらを射抜いてくる。
その額にも、父上よりも細くしなやかな二本の角がある。
背は高く、しなやかで引き締まった体躯。
その佇まいには、凛とした強さが宿っていた。火を扱う鬼でありながら、どこか冷静で、獣のような鋭さと人の理を両立させたような気配だ。
──すでに、始まっていた。
俺は深く息を吸い、足を踏み入れる。
父上の目が、ゆっくりとこちらを向いた。
言葉はない。ただ、その一瞥で十分だった。
圧がある。
睨まれているわけでもないのに、幻装が自然と反応してしまいそうなほどの気配。
これが、鬼の本物──
俺は首をひとつ回し、目の前の姉貴へと視線を移す。
「幻、纏ってくるんだろ?」
姉貴が挑むように言う。目は笑っていない。
「そりゃあな。ここで手抜いたら、痛い目見るって知ってるし」
言いながら、幻装を展開する。
空気が波打ち、身体の周囲に“意志の鎧”が形成されていく。
「へぇ……最初からか。いい判断ね」
姉貴が地を蹴ると同時に、熱が炸裂した。
拳に宿る業火──それが俺に向けて、放たれる。
拳が、燃える。
姉貴の一撃は、言葉のかわり。
火花のように鋭く、熱を孕み、重い。
──だから、避けない。
俺はその拳を、幻装の腕で真正面から受けた。
衝撃。地が裂ける。
背後にいた木々が、爆風で揺れた。
「おお……耐えるじゃない」
「耐えるだけじゃないさ──返すぞ」
反撃。
足を軸に、幻装の肘で姉貴の脇を狙う。
火の壁のような反動を切り裂くようにして踏み込むと、姉貴が身を沈めた。
──読まれてる!
逆に足を払われ、体勢を崩す。
倒れる寸前、地面を蹴り、後方へ飛ぶ。
その間にも、鬼火の軌道が追ってくる。
姉貴の掌から放たれた火撃が、幻装の肩を焼いた。
痛みが走るが、動きは止めない。
幻は、揺らいでも消えない。
「ちょっとはまともになったじゃない……でも」
姉貴が言葉と共に拳を引いた瞬間、空気が変わった。
拳に宿る、まるで“本気の鬼火”。
異界で戦ったときの──あの全力を思い出すような、業火の重み。
「まだまだ、足りないわよ!」
──直撃すれば、幻装ごと吹き飛ぶ。
俺は瞬時に腕へ幻を集中させ、形を変えた。
爪のように鋭く、噴き出す熱に抗う“刃”をつくり出す。
交差。
火と幻がぶつかり、爆ぜる。
爆煙の中、ふたりは同時に後退していた。
「……ほんとに、甘くないな」
「当たり前でしょ。アタシを相手にするって、そういうことよ」
俺は息を整えながら、ちらと横を見る。
父上はまだ、動かない。
ただ静かに立ち、黙して見ている。
けれど──その存在が、何よりも重い。
姉貴とやり合っても、なお“通じるかどうか分からない壁”が、すぐそこにいる。
だからこそ、まだ終われない。
もう一度、幻装を練り直す。
限界なんて、決めるのはまだ早い。
「さあ、もう一発付き合えよ、姉貴」
「ふふっ……いいわ。アタシも、まだ足りてないしね」
ふたりが再び地を蹴った、その瞬間。
父上の影が、わずかに揺れた。
その瞬間、俺と姉貴は同時に気配を感じ取り、身体が先に動いていた。
「今ッ!」
「行くよッ!」
俺の幻が一気に収束する。
肩から腕へ、足から踏み込みへ──すべての動作を加速させる“物理戦闘用の幻装”が、再構築されていく。
姉貴もまた、業火を手のひらに集中させ、拳に“力”を込める。
ふたりは息を合わせるまでもなく、同時に父上へ向かって駆け出した。
──応じるように、父上が一歩、踏み出す。
それだけで、空気が軋む。
その場にいるだけで、風が変わる。
斬るでも撃つでもない、ただの“存在”の圧が、全方位にのしかかってくる。
けれど──止まらない。
「せぇっ!」
姉貴が跳び、正面から殴りかかる。
拳が空を裂き、火柱が瞬く。
俺はその隙を突いて、背後へと回り込む。
幻装の足が地を蹴り、瞬時に父上の背に迫る。
──挟撃。
業火と幻が、父上の前後から同時に迫る。
が。
「……ぬるい」
低く、短く、それだけが聞こえた。
直後、姉貴の拳は“何か”に掴まれて止められ、俺の幻装の一撃は、空を裂いた。
「な──!?」
──父上が、いない。
一瞬前までそこにいた気配が、消えていた。
次の瞬間、真横からの一撃。
視界が跳ねた。
俺も姉貴も同時に吹き飛ばされ、地面を転がる。
──重い。速い。見えない。
これが、父上の“本気”か。
「くっ……アタシは、まだやる……!」
姉貴が鬼火をまとい、燃え上がるように立ち上がる。
俺も、幻装を修復しながら、すぐに距離を詰める。
戦場の中心に立つ父上は、まるで動じない。
ただ、その目が静かに俺たちを見据えている。
ここで怯めば、終わりだ。
俺と姉貴は、また走った。
──今度は、合わせる。
姉貴の業火が斜め上から放たれ、俺の幻が地面を這うように駆ける。
重ねるのではなく、交差させて揺さぶる。
その中に、ひとつだけ“偽りの隙”を作った。
父上がその隙を見抜く前に、俺たちは一撃を叩き込む──!
「──これで!」
火と幻が、交錯する。
連撃。
斬撃。
衝撃。
業火が風を焦がし、幻の爪が空間を切り裂く。
ほんの一瞬、父上の腕が、動いた。
──受け止められる。
俺たちの全力が、たった一閃で押し返される。
それでも、止まらない。
「アタシたちを、ナメるなよッ!」
姉貴の声が、爆ぜる火花と共に轟いた。
「こちとら、あんたの子だ!」
──斬り込む。
──殴りつける。
全身全霊、幻と鬼火。
この一撃に、すべてを乗せて──
……だが。
結果は変わらなかった。
風が止まり、すべてが沈黙した。
俺たちは、地に伏していた。
呼吸は荒く、全身が痛む。
幻装は砕け、姉貴の拳も焦げついていた。
それでも、父上は微動だにせず、ただそこに“在る”。
強さの壁。
超えられない“山”というものが、確かにある。
けれど、俺たちは──
「……悪くなかったな」
「ふふ、そうね。少しだけでも、やれた……気がする」
姉貴が、肩で笑った。
俺も、仰向けになったまま空を見た。
異界の空が、やけに澄んでいる。
次は、もう少し近づける。
きっと、それだけの“今”を俺たちは出し切った。
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