異界育ちの幻使い

yasunari311

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33話

模倣体、討つべし

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 ──人間界。

 昼間なのに、音がなかった。
 風もなく、陽も揺れない。

 俺は静かに、ひとつひとつの路地を踏みしめていた。

 異形の気配は、完全に途絶えていた。
 焼かれた壁、溶けた地面、瓦礫の山。
 俺が暴れた痕跡だけが、街の静寂に溶け込んでいる。

 ──だが。

 妙な違和感が、ずっと胸に刺さっていた。
 なにかがいる。
 気配は掴めない。だが、“いる”という感覚だけが、確かにある。

 まるで、どこかから──いや、すぐ傍で、誰かがこちらを観察しているかのような。

 俺は歩いた。
 何度も、何周も。だが、それでいい。

 探して見つからないなら──呼び寄せてやるまでだ。

 

 ──幻。

 空中に、炎を描いた。
 あの瞬間──鬼火を浴びせ、焼き尽くした記憶を、まるで記録映像のように投影する。

 天に昇る火柱。爆ぜる炎音。焦げた臭いまで再現し、街全体にぶち撒けた。

 挑発だった。わざと、そうした。

 あの模倣体が、自我と復讐心を保っているなら──この匂い、この炎、この記憶を、見過ごせるはずがない。

 さあ、来いよ。
 焼かれた記憶を、抉ってやる。

 

 ……沈黙のあと。

 鈍く、硬質な音がどこかで響いた。

 ビルの奥。鉄骨の陰。
 瓦礫の隙間から、ゆっくりと──何かが這い出してきた。

 

 ──いたな。

 肩には火傷の痕が残っていた。
 俺の鬼火が焼いた痕。その一点だけが、あの日を証明している。

 だが、全体の様相は変わっていた。

 手足の形、背丈、姿勢。
 すべてが歪み、別の異形を取り込んだかのように膨らみ、重たく再構成されている。

 ──模倣体。

 これは、“俺”の模倣だった存在。
 焼かれ、敗れ、崩れ──それでもなお生き延び、他の異形を取り込み、融合し、修復を重ねてきた。

 もはや、それは俺の真似ではなかった。
 似て非なるもの。別の“怪物”だ。

 それでも、俺を見つけ、わざわざ姿を現した。
 理由は明白だろう。

 ──復讐だ。

 

「……来たか」

 俺は、ゆっくりと拳を握る。

 今度は容赦しない。
 模倣体。
 その異形、討つべし。

 

 模倣体は、何も言わなかった。

 喉から絞り出すような音すら、発さない。
 ただ、わずかに身をよじらせる。

 それだけで、ビルの壁が“凹んだ”。

 ──重い。

 筋肉というより、“何か”が凝縮されているような躯体。
 異形を喰らい、呑み込み、融合してきた結果──まるで圧縮された怨念の塊だ。

 模倣体は、ひとつ足を踏み出した。

 ズシン、と地面が震える。
 続けて、もう一歩。
 アスファルトが割れる。

「……言葉は通じねぇか。まあ、いい」

 アヤトは一度、深く息を吐いた。
 幻ではなく、拳で挑む覚悟だった。

 右足を引き、姿勢を低く。
 踏み込みの距離を測る。

 

 ──刹那。

 模倣体が突進する。

 膨れ上がった腕が振り抜かれる寸前──アヤトの足が、静かに止まった。

 同時に、風が止む。
 空気が──揺れた。

 

 「……見せてやるよ。お前が模倣できなかった、“俺の先”を──」

 

 一瞬、光が弾けた。

 アヤトの背に、黒鉄の兜が現れる。
 角を持つ鬼の面を思わせるそれは、父の記憶を写し取った幻の装い──
 肩を覆う重鎧、胸を貫く意思。
 己の命と幻とが織りなす、“鎧”という名の生き様そのもの。

 ──究極の幻装、展開。

 その姿はまるで、鬼神のようだった。
 猛き意志が収束し、拳へと流れ込む。

 

 模倣体の巨体が踏み込む、その瞬間。

 アヤトの拳が、闇を割った。

 

 轟音が街に響く。

 ──次の瞬間、模倣体の胸部が、内側から砕けた。

 全身が空中でねじれ、地面に叩きつけられる。
 重さも硬さも、すべてを凌駕した一撃。
 模倣体は、呻く間もなく、完全に沈黙した。

 

 アヤトは、拳を下ろしたまま、静かに息を吐く。

 幻装はすでに消えていた。

 ただの服。
 ただの男。
 けれど──その余波は、なお街に残っていた。

 

「……模倣じゃ、辿り着けねぇよ。こっちは──“生き様”でできてんだ」

 

 瓦礫に倒れた模倣体は、動かなかった。

 アヤトは一度だけその姿を見下ろし、踵を返す。

 

 まだ、終わりじゃない。
 次は、師匠と縁のある場所へ。

 生き残りがいるかもしれない。
 あの結界跡に、何かが残っているかもしれない。

 

 ──俺は、もう止まらない。

 

 陽が、静かに射していた。
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