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33話
模倣体、討つべし
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──人間界。
昼間なのに、音がなかった。
風もなく、陽も揺れない。
俺は静かに、ひとつひとつの路地を踏みしめていた。
異形の気配は、完全に途絶えていた。
焼かれた壁、溶けた地面、瓦礫の山。
俺が暴れた痕跡だけが、街の静寂に溶け込んでいる。
──だが。
妙な違和感が、ずっと胸に刺さっていた。
なにかがいる。
気配は掴めない。だが、“いる”という感覚だけが、確かにある。
まるで、どこかから──いや、すぐ傍で、誰かがこちらを観察しているかのような。
俺は歩いた。
何度も、何周も。だが、それでいい。
探して見つからないなら──呼び寄せてやるまでだ。
──幻。
空中に、炎を描いた。
あの瞬間──鬼火を浴びせ、焼き尽くした記憶を、まるで記録映像のように投影する。
天に昇る火柱。爆ぜる炎音。焦げた臭いまで再現し、街全体にぶち撒けた。
挑発だった。わざと、そうした。
あの模倣体が、自我と復讐心を保っているなら──この匂い、この炎、この記憶を、見過ごせるはずがない。
さあ、来いよ。
焼かれた記憶を、抉ってやる。
……沈黙のあと。
鈍く、硬質な音がどこかで響いた。
ビルの奥。鉄骨の陰。
瓦礫の隙間から、ゆっくりと──何かが這い出してきた。
──いたな。
肩には火傷の痕が残っていた。
俺の鬼火が焼いた痕。その一点だけが、あの日を証明している。
だが、全体の様相は変わっていた。
手足の形、背丈、姿勢。
すべてが歪み、別の異形を取り込んだかのように膨らみ、重たく再構成されている。
──模倣体。
これは、“俺”の模倣だった存在。
焼かれ、敗れ、崩れ──それでもなお生き延び、他の異形を取り込み、融合し、修復を重ねてきた。
もはや、それは俺の真似ではなかった。
似て非なるもの。別の“怪物”だ。
それでも、俺を見つけ、わざわざ姿を現した。
理由は明白だろう。
──復讐だ。
「……来たか」
俺は、ゆっくりと拳を握る。
今度は容赦しない。
模倣体。
その異形、討つべし。
模倣体は、何も言わなかった。
喉から絞り出すような音すら、発さない。
ただ、わずかに身をよじらせる。
それだけで、ビルの壁が“凹んだ”。
──重い。
筋肉というより、“何か”が凝縮されているような躯体。
異形を喰らい、呑み込み、融合してきた結果──まるで圧縮された怨念の塊だ。
模倣体は、ひとつ足を踏み出した。
ズシン、と地面が震える。
続けて、もう一歩。
アスファルトが割れる。
「……言葉は通じねぇか。まあ、いい」
アヤトは一度、深く息を吐いた。
幻ではなく、拳で挑む覚悟だった。
右足を引き、姿勢を低く。
踏み込みの距離を測る。
──刹那。
模倣体が突進する。
膨れ上がった腕が振り抜かれる寸前──アヤトの足が、静かに止まった。
同時に、風が止む。
空気が──揺れた。
「……見せてやるよ。お前が模倣できなかった、“俺の先”を──」
一瞬、光が弾けた。
アヤトの背に、黒鉄の兜が現れる。
角を持つ鬼の面を思わせるそれは、父の記憶を写し取った幻の装い──
肩を覆う重鎧、胸を貫く意思。
己の命と幻とが織りなす、“鎧”という名の生き様そのもの。
──究極の幻装、展開。
その姿はまるで、鬼神のようだった。
猛き意志が収束し、拳へと流れ込む。
模倣体の巨体が踏み込む、その瞬間。
アヤトの拳が、闇を割った。
轟音が街に響く。
──次の瞬間、模倣体の胸部が、内側から砕けた。
全身が空中でねじれ、地面に叩きつけられる。
重さも硬さも、すべてを凌駕した一撃。
模倣体は、呻く間もなく、完全に沈黙した。
アヤトは、拳を下ろしたまま、静かに息を吐く。
幻装はすでに消えていた。
ただの服。
ただの男。
けれど──その余波は、なお街に残っていた。
「……模倣じゃ、辿り着けねぇよ。こっちは──“生き様”でできてんだ」
瓦礫に倒れた模倣体は、動かなかった。
アヤトは一度だけその姿を見下ろし、踵を返す。
まだ、終わりじゃない。
次は、師匠と縁のある場所へ。
生き残りがいるかもしれない。
あの結界跡に、何かが残っているかもしれない。
──俺は、もう止まらない。
陽が、静かに射していた。
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