39 / 51
39話
巫女の名は──ナギリ
しおりを挟む⸻
坂道をのぼる風が、枝を揺らす。
木漏れ日が差すなか、小さな祠の前に彼女はいた。
白い装束に身を包み、艶のある黒髪を背に流している。
静かで整った面差し。まだ若いはずなのに、その眼差しには揺るぎない落ち着きがあった。
「……珍しい方が、来られましたね」
彼女はそう言い、深く礼をした。
所作は端正で、無駄がない。敵意も警戒もなかった。
「この祠は、遥か昔──“幻”をもってこの地を救ったお方が、しばし留まった場所。
いまはもう、直接その姿を見た者はおりません。
けれど……その気配は、まだここに息づいております」
アヤトは黙って聞いていた。
言葉の端々に、誇りと敬意が滲んでいた。
「私は、この島に伝わる“幻の伝承”を守る者です。
名を、ナギリと申します」
名乗り終えたナギリは、アヤトを見つめたまま、静かに呼吸を整えるようにして言葉を継いだ。
「……どなたであれ、ここへ辿り着いたこと。それ自体が“縁”なのでしょう」
アヤトはゆっくりと頷いた。
そして短く名を告げる。
「アヤト。──名乗るほどの者でもないが、まあ、そう呼ばれてる」
ナギリは微笑んだ。
その笑みは、穏やかで、礼を尽くしたものだった。
「ようこそ、アヤト様」
風が、ふたりの間を抜けていく。
幻の気配は、祠とともに、島の空気に静かに溶け込んでいた。
ナギリの言葉に応えるように、アヤトは視線を祠へと向けた。
木造の祠は簡素で古びていたが、手入れが行き届いている。
朽ちかけた木肌の色には、風雨とともに刻まれた“時間”の重みがあった。
小さな石の台座の上に、ひとつの像が置かれていた。
──狐、だった。
だが、その尾は尋常ではない。
一本、また一本と分かれ、十三に枝分かれした長い尾が背後に広がっている。
顔立ちは素朴で、装飾も施されていない。
それでも、ただ“そこに在る”だけで、静かな威圧感を放っていた。
アヤトは無意識に、その前で足を止めていた。
「……師匠の、名残……」
そのひとことに、ナギリは静かに頷いた。
「この像は、島に残された記憶をもとに、代々彫り継がれてきたものです。
……本当に、“十三の尾”を持っておられたのですね」
ナギリの声には、わずかな感嘆がにじんでいた。
だがそれは、伝承を守る者としての、誇りに近い響きでもあった。
アヤトは目を伏せ、少しだけ息を吐く。
石像の傍には、ひとつの盃と、酒瓶が供えられていた。
誰が、いつ置いたのかはわからない。けれど──
「……あの人なら、きっと笑って受け取るだろうさ」
ぽつりと、呟くように。
アヤトの目に浮かんでいたのは、かつて見上げたあの背中だった。
尾を揺らし、涼やかな声で、呆れながら笑っていた師匠の姿。
今はもう届かない、その幻が──
確かに、ここには残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
蒼き樹海の案内人
蒼月よる
ファンタジー
辺境の森で育った少年ユーリには、不思議な目がある。魔素の流れが光の粒として見えるのだ。
蒼の樹海——人を喰らう巨大な森に足を踏み入れた彼は、遺跡屋の青年カイと出会い、冒険者として歩み始める。樹海の奥に眠る遺跡、港街の裏に潜む陰謀、灰に覆われた滅びの国、そして首都に隠された世界の秘密。
仲間と共に世界を巡るうちに、ユーリは気づいていく。この世界の「魔法」も「神」も、すべてが何かの残骸なのではないか——と。
冒険・バトル・素材経済・食文化を軸に、ファンタジーの裏に潜むSF的真実へと辿り着く、全4巻の冒険ファンタジー。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
壊獄の浄祓師
はといるか
ファンタジー
人の悪面から生まれ落ちた穢れしモノ「穢者」
それらに対抗する力、浄力を操り穢者を排除すべく戦う「浄祓師」。
普通の高校生活を送っていた坂宮幽斗はとある事件によって浄穢の戦いに巻き込まれてしまう。
守るべきものの為に幽斗は浄祓師として戦いに身を投じていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる