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第6話 倒れる桜、見守るカイ
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その日は、朝から風が強かった。
グレイン村の空には、春の名残を運ぶような白い雲が流れていた。
桜はいつものように工具を抱え、村の井戸へ向かっていた。
「ロープを張り直したら終わり……。それで今日は休もう」
そう自分に言い聞かせながらも、頭の奥では別の声がした。
(……頼まれてた棚の修理もあるし、あの服のほつれも直してあげないと)
気づけば、またいつものように“誰かのため”の作業が続いていた。
指先の感覚が少し鈍い。視界の端が霞む。
「……おかしいな」
そう呟いた瞬間、世界がふっと傾いた。
「桜!」
誰かの叫びが遠くで聞こえた。
重力が失われ、手から工具が落ちていく——。
次に目を開けたとき、木の天井が見えた。
窓から差し込む光がやわらかく、外では小鳥がさえずっている。
「……ここ、は……」
「俺んとこだ」
低い声に振り向くと、カイが椅子に腰を下ろしていた。
腕を組んだまま、真剣な目をしてこちらを見ている。
「……倒れたんだぞ」
「え……あ、そうだったんですね。ごめんなさい……」
起き上がろうとすると、彼が慌てて制した。
「動くな。まだ顔、真っ青だ」
「大げさですよ。ちょっと疲れただけで……」
「その“ちょっと”が命取りなんだよ」
その声に、桜の胸が小さく震えた。
鍛冶場にいるときの無口なカイとは違う。
今の彼は、怒っているというより、心配で仕方がないような顔をしていた。
「俺が見つけなきゃ、井戸んとこで冷たくなってたかもしれねぇ」
「……そんな……」
「なあ、あんたがいなくなったら、この村が困るんだ」
思いがけず真っ直ぐな言葉だった。
鍛冶師の声が、火を宿したように胸に響く。
「みんな、あんたに頼ってる。でもな、俺は……あんたが笑ってねぇとイヤだ」
「カイさん……」
彼の言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
(どうしてだろう。こんなにも、心が揺れる)
誰かに必要とされるのは嬉しい。
けれど今のカイの声には、それ以上の温度があった。
“いてほしい”という願いが、まるごと伝わってくる。
沈黙が降りた。
窓の外の風が、白いカーテンを揺らす。
カイは立ち上がり、そっとマグカップを差し出した。
「ハーブ茶。……飲めるか?」
「はい、ありがとうございます」
唇を寄せると、温かさが喉をゆっくり通っていく。
その優しさが、全身に沁みわたるようだった。
「桜」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「無理すんな。頼られんのが嬉しいのはわかるけど……あんたが倒れたら意味ねぇ」
「……はい」
絞り出すように頷くと、カイがほっとしたように息をついた。
「まったく……面倒見のいい奴だ」
その呟きが、どこか優しくて。
桜は小さく笑った。
この世界に来て、私は何度も迷ってばかりだった
けれど今、誰かが私を気にかけてくれている。
……私、この場所にいてもいいのかな
小さく息を吐く。
カイが火のそばで湯を温めている背中を見ながら、桜はそっと目を閉じた。
木の香り、草の匂い、遠くの鳥の声。
全部が、どこか懐かしく、優しい。
——あたたかな現実が、静かに胸に溶けていった。
グレイン村の空には、春の名残を運ぶような白い雲が流れていた。
桜はいつものように工具を抱え、村の井戸へ向かっていた。
「ロープを張り直したら終わり……。それで今日は休もう」
そう自分に言い聞かせながらも、頭の奥では別の声がした。
(……頼まれてた棚の修理もあるし、あの服のほつれも直してあげないと)
気づけば、またいつものように“誰かのため”の作業が続いていた。
指先の感覚が少し鈍い。視界の端が霞む。
「……おかしいな」
そう呟いた瞬間、世界がふっと傾いた。
「桜!」
誰かの叫びが遠くで聞こえた。
重力が失われ、手から工具が落ちていく——。
次に目を開けたとき、木の天井が見えた。
窓から差し込む光がやわらかく、外では小鳥がさえずっている。
「……ここ、は……」
「俺んとこだ」
低い声に振り向くと、カイが椅子に腰を下ろしていた。
腕を組んだまま、真剣な目をしてこちらを見ている。
「……倒れたんだぞ」
「え……あ、そうだったんですね。ごめんなさい……」
起き上がろうとすると、彼が慌てて制した。
「動くな。まだ顔、真っ青だ」
「大げさですよ。ちょっと疲れただけで……」
「その“ちょっと”が命取りなんだよ」
その声に、桜の胸が小さく震えた。
鍛冶場にいるときの無口なカイとは違う。
今の彼は、怒っているというより、心配で仕方がないような顔をしていた。
「俺が見つけなきゃ、井戸んとこで冷たくなってたかもしれねぇ」
「……そんな……」
「なあ、あんたがいなくなったら、この村が困るんだ」
思いがけず真っ直ぐな言葉だった。
鍛冶師の声が、火を宿したように胸に響く。
「みんな、あんたに頼ってる。でもな、俺は……あんたが笑ってねぇとイヤだ」
「カイさん……」
彼の言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
(どうしてだろう。こんなにも、心が揺れる)
誰かに必要とされるのは嬉しい。
けれど今のカイの声には、それ以上の温度があった。
“いてほしい”という願いが、まるごと伝わってくる。
沈黙が降りた。
窓の外の風が、白いカーテンを揺らす。
カイは立ち上がり、そっとマグカップを差し出した。
「ハーブ茶。……飲めるか?」
「はい、ありがとうございます」
唇を寄せると、温かさが喉をゆっくり通っていく。
その優しさが、全身に沁みわたるようだった。
「桜」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「無理すんな。頼られんのが嬉しいのはわかるけど……あんたが倒れたら意味ねぇ」
「……はい」
絞り出すように頷くと、カイがほっとしたように息をついた。
「まったく……面倒見のいい奴だ」
その呟きが、どこか優しくて。
桜は小さく笑った。
この世界に来て、私は何度も迷ってばかりだった
けれど今、誰かが私を気にかけてくれている。
……私、この場所にいてもいいのかな
小さく息を吐く。
カイが火のそばで湯を温めている背中を見ながら、桜はそっと目を閉じた。
木の香り、草の匂い、遠くの鳥の声。
全部が、どこか懐かしく、優しい。
——あたたかな現実が、静かに胸に溶けていった。
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