【完結】異世界リメイク日和〜おじいさん村で第二の人生はじめます〜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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エピローグ 風の丘に咲く笑い声

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 冬の終わり、グレイン村の丘には、福寿草 の小さな花が顔を覗かせていた。
 黄色い花びらが風に揺れ、遠くの森の枝々が、淡い霧の中に霞んでいる。
 一年という時間が、まるで夢のように過ぎた気がする。
 けれど、桜の中ではすべてが確かに積み重なっていた。

「カイ、これ、もう少し左にしてくれる?」

「こうか?」

「うん、そこ。風が通りやすいように」

 ふたりは、丘の上の花壇を直していた。
 秋祭りのあとから少しずつ始めた仕事で、
 村の子どもたちが植えた花々を守るための小さな囲いを作っている。
 桜が木の杭を押さえると、カイがその上から金槌を振る。
 トントン、と一定のリズムが春風に溶ける。
 その音を聞いているだけで、桜の心は満たされていくようだった。
 
 ——こんな日々が続いていくなら、

 それだけで十分幸せだと、思える。

「おお、やっと見つけたわい。やっぱりここにおったか」

 背中越しに聞こえた声に振り返ると、懐かしい顔が三つ並んでいた。
 山小屋で桜を介抱してくれた老人たち——ガルじい、トーノじい、そして口数の少ないマルじい。

「ガルじいさん! 久しぶりです!」

 桜が駆け寄ると、ガルじいは目を細めて笑った。

「やれやれ、あん時は死にかけの子猫みたいじゃったのにな。
 今はもう、すっかり村の花じゃのう。カイの嫁さんかと思うたわ」

「ま、まさか! ちがっ……」

  桜が慌てて否定するのを見て、カイが咳払いをした。

「じいさんたち、相変わらず言葉が軽いな」

「軽いんじゃない、風のように素直なんじゃ。なぁ、マル」

 マルじいが、ふふっと鼻で笑い、

「わしはまだ諦めとらん」と真顔で言った。

「えっ?」

「わしの嫁でもよかったんじゃぞ。年の差なんて、風が吹けば飛ぶくらいのもんじゃからな!」

「マルじいさん、それは……!」

 桜は思わず吹き出してしまう。
 カイも堪えきれずに口の端を上げた。

 ガルじいが腹を抱えて笑い出す。

「はっはっは! マルが照れとる! ほれ、顔が真っ赤じゃ!」

「照れとらん!」

 マルじいの声が丘に響き渡った。
 笑い声の中に、懐かしい日々の香りがした。
 倒れた自分を介抱してくれた夜の囲炉裏、干した薬草の匂い、外で鳴いていた風の音。
 
 ——あのとき、命の火を繋いでくれたのは、この人たちだった。

「……ほんとに、ありがとうございます。あのとき助けてもらってなかったら、こうして花を見ていられなかったと思うんです」
 
 桜が頭を下げると、トーノじいが手を振った。

「ほっほ、礼などいらんよ。おぬしが元気で笑っとるのが、何よりの薬じゃ」

「それにしても……カイ、おまえもよう頑張ったのう」

「俺が頑張ったというより、勝手に居着かれただけだ」

「はいはい、強がるでない。風に吹かれても、根っこはしっかり張っとるじゃろ」

「……まあな」

 カイの照れくさそうな声が風に溶けた。
 そのやり取りを見て、桜の胸に温かいものがこみ上げた。
 この村では、誰もが風のように生きている。
 自由でいて、互いに支え合い、必要なときだけ寄り添う。
 それが、彼らの強さなのだと今ではわかる。

「そうじゃ、桜や。縁起がいい食べ物を少し持ってきたんじゃ。ほれ、黒豆と栗きんとんじゃ」

「わあ、うれしい! ありがとうございます!」

「カイにもやるかの? ……いや、やっぱり桜だけにしとこうかのう」

「なんでだよ」

「桜がほほ笑むと、風まで甘くなる。男の口にはもったいない味じゃ」

「ガルじいさんまで!」

 笑いながら、桜は包みを受け取る。
 その瞬間、ガルじいがふと空を見上げた。

「……風が変わったのう。春が近づく風じゃ。まもなくひと巡りするということじゃな」

 桜も同じように空を仰いだ。
 淡い雲が流れ、青が深くなっていく。
 ひとつの季節が終わり、また新しい日々が始まる。

「ねえ、カイ」

「ん?」

「来年もまた、風見草を植えようね。みんなで、笑いながら」

「当たり前だ。おまえがいる限り、風はここを通る」

 桜はそっと微笑んだ。
 その笑顔を見て、ガルじいがまた冗談めかして言う。

「やれやれ、まぶしくて目がしょぼしょぼするわ。雪に照り返した光よりおまえさんらのほうが眩しいのう」

 マルじいがうなずく。

「結局、カイに取られたか……風よ、わしにも嫁を運んでくれんかのう」

「マルじい、それ、去年も言ってましたよ!」

「そうか。じゃあ今年も言っておく。風任せじゃ!」

 またみんなが笑った。
 丘に笑い声がこだまし、風見草がゆらゆらと揺れ続ける。
 桜はその光景を胸に焼きつけながら、ふと心の中でつぶやいた。

  ——あの日、この丘で倒れていた私が、今ここにいる。

 優しい人たちと笑い合っている。
 それだけで、奇跡みたいだ。

「……ありがとう、みんな」

 誰にともなくつぶやいたその言葉を、風が運んでいった。
 遠く、空の向こうまで。
 陽が傾き、すべてを淡い橙色に染める頃、桜はカイの隣で並んで座った。
 二人の影がひとつになり、丘の上で伸びていく。

「なあ、桜」

「うん?」

「おまえといると、時間がゆっくりになる気がする」

「私も。……この風が止まらなければいいのに」

「止まらんよ。風は、おまえの名前だからな」

 桜は笑った。
 穏やかで柔らかな「春風」が、ふたりの間を通り抜けていった。
 その丘の上には、新しい始まりの香りが満ちていた。
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