【完結】あなたと語る未来 〜言葉を失った少女と、理屈しか知らない少年〜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第5話 沈黙の真実

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 夜の街は、冷たい金属の光でできていた。
 高層ビルの間を縫うように伸びるネオンの川。
 そこに、凛花と零の影が並んで映っている。

「……ここ、どこまで行くつもり?」

 零が問うと、凛花は振り返らずに答えた。

「声を、返してもらう場所まで。」

 彼女が導いたのは、都市の外れにある古い通信塔だった。
 《言力システム》がまだ不完全だった時代の遺構。
 いまでは立入禁止区域だ。
 塔の内部には、廃棄されたサーバー群が眠っていた。
 
 だが凛花は、その中のひとつの端末に手を触れる。
 指先に微かな熱が伝わる。
 彼女の瞳に、淡い光が宿った。

「……やっぱり、ここに残ってたのね」

「何が?」
 
 零が近づく。

「“自由音声データ”。――システムに奪われる前の、わたしの声。」

 零は息を呑んだ。
 凛花の沈黙は、生まれつきではなかったのか。

「昔、言葉で人を救おうとしたの。けれど、システムは“誤用”と判断して、声を封印した。それ以来、発声機能が凍結されて……誰にも、何も言えなくなった。」

 彼女は淡々と語る。
 だが、その手は震えていた。
 
 零の胸の奥で、何かが静かに砕けた。
 ずっと正しい言葉を探してきた。
 論理で世界を守れると信じてきた。
 だが、彼女が守ろうとした“誰か”を奪ったのは、その論理そのものだった。

「……そんなの、間違ってる」

「零?」

「規則が人を沈黙させるなら、そんな言葉に意味なんてない!」

 初めて零の声が震えた。
 感情という名のノイズが、理屈を超えて溢れ出していた。

 凛花の目が見開かれる。
 その瞬間――、塔の中に小さな電子音が響いた。

 《音声データ、復旧開始》

 零の叫びが、彼女の凍った声を呼び覚ましたのだ。
 光の粒が凛花の唇を包み、淡く震える。
 そして――

「……零」

 囁くような声が、夜に溶けていった。
 零はただ、その一言に立ち尽くした。

 彼が理屈を超えて、初めて「好きだ」と感じた瞬間だった。
 塔の外では、都市の警告灯が赤く点滅を始める。

 〈逃亡者発見〉――《言力監査局》が動き出した。

 ふたりの短い自由の夜が、いま、終わりを告げようとしていた。
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