【完結】偽りのα、真実の恋 ー僕が僕として生きるためにー

天音蝶子(あまねちょうこ)

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3.秘密の共犯

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 昼下がりの光は、どこか柔らかかった。
 校庭の銀杏並木が金色の影を落とし、風に舞う葉が陽を掴んでは、儚く散っていく。

 リオンは、窓辺に座ったまま息を潜めていた。
 教室のざわめきの中で、自分の声だけが異物のように浮く気がして——
 ただ静かに筆を動かす。ノートに並ぶ文字が、兄の筆跡に似せた形で整っていく。

(大丈夫。誰も疑ってない……)

 そう繰り返すたびに、心の奥で“それでも”という声が囁く。
 あの朝、ノアが額に触れたときの温もりが、まだ消えない。
 まるで嘘を見抜いた上で、そっと包み込むような優しさだった。

「アレン」

 その声が背後から響いた瞬間、ペン先が小さく震えた。
 振り向けば、そこにノアが立っていた。
 陽光に縁取られた姿は、どこか神聖な気配さえ帯びている。

「少し、いいか」

 彼は窓際の席に腰を下ろすと、リオンのノートをちらりと見た。

「……字、変わったな。」

 息が止まる。
 心臓が、胸の奥で痛いほど鳴った。

「そ、そうかな。休んでる間に、ちょっと手が鈍ったのかも。」

 震えないように笑ってみせる。けれど喉の奥がきゅっと締まって、うまく息が吸えない。
 ノアは何も言わなかった。
 ただ、淡く目を細めた。その沈黙が、言葉よりも深くリオンを揺らす。

「無理をしてるだろ。」

「……え?」

「この前から、ずっと。表情に、少し影がある。」

 リオンは言葉を失う。
 まるで、心の奥に指を差し入れられたようだった。
 逃げ道のない優しさが、いちばん怖い。

 窓の外では風が吹き、銀杏の葉がひとひら、ノアの肩に落ちた。
 その瞬間、彼は何気なく手を伸ばして、リオンの頬の近くの葉も取ってやる。
 指先がかすかに触れ、体温が滲んだ。

 ——駄目だ、こんなに近づいちゃ。

 心の中で叫んだ声は、息と共に溶けていく。
 ノアの瞳は、どこまでも穏やかで、見透かすように澄んでいた。

「アレン」

 名前を呼ばれるたび、胸の奥がざわめく。
 兄の名なのに、どうしてこんなにも痛いのだろう。

「……秘密にしておくよ」

 ノアは、微笑んだ。

「え?」

「君が、何を隠しているのか。まだ言わなくていい」

 淡い声が、秋の午後の光の中に落ちていく。
 リオンは息を呑んだ。
 言葉にならない震えが胸を満たしていく。

 彼は気づいている。
 それでも、追及しない。——まるで、それが“優しさ”だと知っているかのように。

「ありがとう……」

 その一言に、ほんの少し、救われた気がした。

   窓の外、風が銀杏の葉を運び去っていく。
   静かな午後。
 ひとつの秘密が、二人の間にそっと結ばれた。

 それは壊れやすくも、どこか温かい絆のようで——
 リオンの胸の奥で、小さな灯がともった。

 ——もう少しだけ、この仮面のままでいさせて。
 そう願いながら、彼はそっと目を伏せた。
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