【完結】前世で失った恋を、この世で。 ──黒曜の城で結ばれるふたりの夜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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番外編2 ようやく、取り戻した ― 第24話 side:カイン

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 夜は、とっくに深みを越えていた。

 寝台のすぐ横で、わずかに灯る炎は、
 もはや部屋を照らすつもりもなく、
 ただ揺らぎ、その暗さを受け入れていた。
 
 この家は静かだ。
 城の守りも、命令も、国の空気も、
 もうここには届かない。

 隣ではルナが眠っている。

 まだ深い眠りではない。
 ほんの少し夢の入口に触れたばかりの、
 浅くて、脆くて、守らなければ壊れそうな呼吸。

 目を閉じたまま、慎重に、
 その寝息のリズムを数えていた。

 呼吸が変わる。
 それがたった一つ、
 俺には“現在(いま)”を決める材料になる。

 前世で──
 俺はこの呼吸の変化を、抱きしめた腕の中で失った。

 その最後の瞬間だけを、何度も何度も繰り返し、
 焼き直し、血の奥にまで沈め、それでも消せなかった。

 この世界でも、何度も思った。

 触れたまま、また同じ終わりに辿り着くのではないか。

 そう思っていた。
 ずっと。
 今さっきまで。

 それでも、眠りに落ちていく彼女の顔を見ているだけで、
 胸の深部──心臓が動いていると感じる場所の、
 もっと奥が、ふっと、ほどけていくのが自分で分かった。

 こんなふうに、静かにほどけていく夜があるなら。
 俺はもう、この瞬間だけを拠り所に生きられる。

 誰にも認められなくていい。
 世界が忘れても構わない。
 この寝台の上だけが、真実であれば。

 “二度と手放さない”などと、誓う必要が本当はない。
 誓う、という言葉そのものに、逃げ道がある。

 これは誓いではなく、既に確定された“結果”だ。

(もう、離れることは起きない)

 世界がどう傾こうが、どう歪もうが、それは関係ない。

 前世が終わらせた夜を、今、ようやく塗り替えたのだ。

 誰と戦う必要がある?
 誰に証明する必要がある?

 必要なものは、全部この腕の中にある。

 そっと、腕を伸ばす。

 眠っている背へ、触れないほどの距離で──
 ほんのわずか、空気を押した。

 触れたら、きっと抱きしめてしまう。
 だから、ぎりぎりまで近づけただけの手首が震える。

 いまの彼女を、崩してしまうような力では触れない。

 けれど、触れずにいられるほど、俺は淡白ではない。

 ゆっくり、ゆっくり。
 ほんの数ミリ、指を進める。

 肩に触れた瞬間に、自分の肺が一度だけ止まった。

 ……まだ、生きている。

 その事実が、全身を打つ。

 前世では、ここまで確かめる余裕はなかった。
 その夜は、息を数えるより先に、
 腕の中で途切れたのだから。

 だから今世は、逆だ。
 確かめる間を許されている。

 その“間”そのものが、幸福だ。

 抱きしめた。

 強くではない。
 壊さないための力ではなく。

 “二度と失わない”と、この腕が確信する強さで。

 彼女の細い身体は、何の抵抗もなく腕の中に収まった。

(もう、離れない)

 音にならない声が胸の奥で沈む。

 もし明日、この世界のすべてが俺の敵になったとしても
 たったひとり、この腕の中にいるなら、それでいい。

 指先が、髪に触れた。

 柔らかい。

 その柔らかさが、前世には存在しなかった。

 静かに笑ってしまった。
 こんな夜が来るのなら、
 前世……あの絶望は、
 すべて布石だったのだろうか。

 額を、そっと髪に寄せる。
 ひとつ、小さな息が混ざった。

 ルナは気づかない。
 眠っている。

 だからこそ言える。

 この言葉は、誰に聞かれる必要もない。

 この寝室という小さな世界で、
 ただひとつ、夜の底に沈めていけばいい。

「……ようやく、取り戻した」

 これは宣言ではない。
 世界への挑戦でもない。

 ただ、愛の“結果”だ。

 二度と手放さない。
 そんな言葉さえも、もはや無意味になるほどに。

 彼女はここにいる。

 この腕に、確かに。

 夜が、静かに、完全に閉じた。
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