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第二章 美しく成長したレティシア
65. アレル子爵家にて、ベリル侯爵夫人は安心する
しおりを挟む祖父母と共にサロンで過ごしていると、しばらくしてベリル侯爵夫人がやって来た。しかしパトリックは一緒ではないようだ。
「レティシア……」
離れていたのはほんの数日だというのに、夫人は目に見えてやつれてしまったように感じ、レティシアは不貞を疑われて傷ついた母を思って胸を痛めた。
「お母様、お父様からお手紙を預かって来ました。それと、パトリックの事でお話が」
「フィリップから手紙ですって? まさか」
「本当よ。お父様が、一晩かけて書いたお手紙です。ほら、ここに」
レティシアは蝋で封印された手紙を母親に手渡した。それを恐る恐る受け取り、そっと封を開いた夫人は読み進めていくうちにみるみる瞳に涙を溜め込み、やがて堰を切ったように透明の雫が頬を伝うと、顎からドレスへととめどなく流れ落ちていく。
「あのフィリップが……これを……」
中にどんな事が書かれてあるのかはレティシアには分からない。けれども確かにその手紙が、凝り固まってしまった夫人の心を溶かしたのだと分かり、ホッとした。
「隔世遺伝とは……本当に、そんな事が?」
「ええ、本当に。実は、アヌビス様がその事を教えてくださったの。アレル家には三百年ほど前にパトリックと同じような外見の人がいたのです。名前は、ファブリス・ド・アレル。お祖父様、ご存知ないですか?」
レティシアは祖父を振り返り、ファブリスの事を尋ねた。まさかアヌビスがファブリス自身を知っているとは言えるわけもなく、そのような物言いになったのだが。
「さぁ……、三百年前ともなると……。しかしアレル家代々の系譜が私の部屋にある。取ってこよう」
その後アレル子爵が持って来た分厚い系譜によって、確かに三百年ほど前にファブリス・ド・アレルという男が存在した事が証明された。
「そういえば、昔むかしに曾祖父から黒髪の魔術師がアレル家に居たと聞いた事があったが、ファブリス・ド・アレルの事であったのか」
「話にしか聞いた事がない魔術師というものがこの帝国にも居ただなんて。しかもアレル家に。知らなかったわ」
アレル子爵も子爵夫人も驚きを隠せないようで、それはレティシアの母親も同じだった。
魔術師というのはそもそもこの帝国には存在していないとされており、全世界を探してもその存在は貴重で珍しい。彼らは迫害や戦争の道具となる事を避けるために、普段から人と距離を置いて隠れ住んでいる。
よって、未だ多くの謎に包まれた存在である事から、血脈にそのような人物が居るという事がにわかには信じがたいのであろう。
「でも……パトリックには特別な力は無いわ。ただその黒い色味だけを受け継いだのね、きっと。私自身もどうしたらパトリックがフィリップの子であると証明する事が出来るのかずっと分からなかったの。レティシア、ありがとう」
「ええ、ですからお母様、パトリックを連れてそろそろ屋敷へ帰りましょう。私もお父様も随分と寂しく思っているのです」
「そうね。私も、パトリックが不憫だと……あの子にばかりかまけてきたものだから。レティシアはしっかり者だから私なんか居なくとも平気だと思って……。ごめんなさい、まだ子どもの貴女に甘え過ぎていたわ」
母親であるベリル侯爵夫人はそう言って、どこかほっとしたようにため息を吐く。
やはりマヤの言う通り、飛び出していった手前、自分からは帰るに帰れなくなってしまったのだろう。
「そうだ、パトリックは?」
「パトリックなら、まだ外から帰っていないようよ。あの子、ここに来てから毎日のように出掛けていくの。どうやら、教会までお祈りに行っているようよ」
ベリル侯爵夫人が窓の外を指差した。その先、窓越しに月の光を浴びて浮かび上がるのは、古びた教会のシルエットであった。
ここに来る途中、アヌビスは子爵邸の近くにある教会の事をレティシアに話してくれた。小さな教会の裏手にある墓地に、アリーナが眠っているのだと。
年月を経てかなり外観も古びたその教会の建物は、随分前に他の教会と統合され、平常時にはほとんど使われる事が無く、今では非常時の避難場所や備蓄庫としてそこにあるのだと言う。
「パトリックは何故教会に?」
レティシアは不思議に思って母に尋ねた。侯爵邸で居る時も、特にそう信心深い様子は無かったので疑問を抱いたのだった。
「あの子はフィリップが自分の事を息子だと認めてくれるよう、神様にお祈りしているのだと言っていたけれど。今回、あの子の髪と瞳の色が私達と違うという謎が解けたのも、そのお祈りの効果かしらね」
そう言って、侯爵夫人は嬉しそうに笑った。
「とにかく今日はゆっくり休んでいきなさい。すぐに二人の部屋を用意させよう」
アレル子爵と夫人はそう言って、使用人にゲストルームの手配を命じた。
レティシアとアヌビスは、二人でアリーナの眠る教会の墓地へ向かうつもりで、パトリックの迎えを買って出る。侯爵夫人は何の疑いも無くにこやかに了承した。
「今日の晩餐は賑やかになりそうね。楽しみだわ」
庶民派で、自身も料理をする事がある子爵夫人は得意の手料理を振る舞おうと張り切り、娘である侯爵夫人もその手伝いをする為にサロンを出る。
帝国の中心に近い侯爵家よりも煌めく星が綺麗に見える澄んだ空の下、レティシアはアヌビスと共に教会へと向かう。
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