政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭

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26. 盛大な勘違い

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「私が、陛下に貴女との政略結婚を命じられたから、仕方なく妻にするのだとお思いですか?」

 穏やかな風が目の前の漆黒の髪を揺らしても、私とアルフ様の間には何故かピリピリとした空気が纏わりついている。

「あの……アルフ様……」
「その上、貴女が積極的にお話する方ではなく、私の聴覚過敏にとってはちょうどいいからだと?」
「私は……そのように……」
「『労り合える夫婦に』というのも『私達は政略結婚だけれども、お互い上手くやっていきましょう』という意味合いだったのですか?」

 違うのだろうか? 何か大きく間違えた事があったのかしら?

「違ったの……ですか?」
「違います。全く、違います」

 いつもならば穏やかで優しい口調のアルフ様が、苦悶の表情を浮かべて苦々しくそう呟いた。

「エリザベート、陛下からもよく言われるのですが……私の言葉が足りず勘違いをさせていたのなら、今からでも訂正させてください」
「はい……何でしょうか?」

 そうは言ったものの、何となく聞くのは恐ろしい気がした。だって今までアルフ様が私にくださった言葉も態度も、とても幸せで嬉しいものだったから。それが私の盛大な勘違いだったのだとすると、きっと傷ついて立ち直れないかも知れない。

「私は、貴女の事を……大切に……いや、もっときちんと伝えた方がいいのか? しかし、これ以上となると……」

 眉間に皺を寄せ、独り言のようにブツブツと呟くアルフ様の姿はそれだけでも大変珍しい。いつもの無表情で凛々しくて、将軍として数多の軍人を束ねる厳しさのようなものがすっかりと無くなってしまっている。

 アルフ様……このような表情もされるのね。けれどなおさらの事、私はその口から告げられる事が恐ろしい。だって、ワルターから聞いた言葉が急に脳裏に蘇っていたから。

――「けどさ、クニューベル帝国って高貴な身分の間では一夫多妻制が色濃く残ってるっていうし。皇帝陛下だって三人も王妃がいるだろ。俺はミーナが不幸になるんじゃないかって心配なんだよ」――

「あの……もしかして……今後レネ様は……お妾になる方で……。私一人が……妻なのだと……勘違いするなと……そういう……事なのかと」
「まさか! 私にそのような趣味などありません! あぁ、やはりきちんと伝えるべきでした。陛下にいつも注意されていたのです。『お前は言葉が足りない』と」
「では……一体……?」

 よく見れば、跪いて顔が近くにあるアルフ様が頬は朱に染まっている。少し怒ったようなお顔も、怖いというよりは何だか普段よりも幼く見えて。

 こんな事を言ってはとても罰当たりだけれど、何だか可愛らしいわ。

「エリザベート、私は貴女のことを愛しているのです。妻に迎えるのは貴女一人しか考えておりません。はじまりは確かに政略結婚でしたが、あの時アルント城で貴女を見て、別棟へお連れした時からどうしようもなく惹かれていたのです」
「え……」
「あぁ、やはり……伝わっていませんでしたか。私は不器用な武人で、このような色恋沙汰には慣れておりません。言葉足らずだった事は認めます。けれど、どうか今からでも私の気持ちを受け取っては貰えませんか?」
「あの、つまり……アルフ様は……私の事を……その、愛してらっしゃる?」
「勿論です」

 それ以降、私の意識はプッツリと途絶えてしまった。あまりに突然の出来事と、やはりきつく締め過ぎたコルセットのせいで呼吸が浅くなっていたようだ。

「エリザベート様、お目覚めですか?」
「レンカ……、ここは?」
「お部屋に戻っておいでです。驚きましたよ、突然意識を無くされて倒れたものですから。すぐに閣下が横抱きになさって、こちらへ運び込んだのです。少しコルセットを締め過ぎていたようですよ」

 見慣れた天蓋は確かに私に与えられた居室のものだった。今はコルセットを外されて、比較的楽な格好に着替えさせられている。レンカがしてくれたのだろう。

「ごめんなさい……アルフ様に会うと思ったらつい。それで、アルフ様は?」
「寝室の外で侍医と共にお待ちになっておりますが、お呼びしますか?」

 倒れる前の出来事を思い出すと、すぐにお会いして話せる気がしなかった。未だにあれは夢では無かったのかと思うほど。どちらにしても、まずはレンカに相談してからにしよう。

「それより先に聞いて欲しいの」

 そしてレンカに全てを説明し終えた。レンカだってとても驚くと思ったのに、全く驚いた素振りを見せないから、私は何故なのだろうかと不思議で。

「エリザベート様、これは今に始まった事ではないですが……鈍いにも程があります。けれど、このレンカはそれでもずっと口出しせずに見守ってまいりました。ですがきちんと閣下が口にして伝えて下さったのなら、お気持ちに答えるしか無いでしょう」

 時々レンカにそのような事を言われる事はあったけれど、やはり私は少し鈍いところがあるみたい。今回の事でそれはしっかりと自覚した。

「確かにアルフ様のお心は、この上なく喜ばしい事ではあったのだけれど。それにしてもレンカ、私の事を今までもそんなに鈍いと思っていたの?」
「ええ、勿論ですよ。こんなにも周りはエリザベート様の事を愛しているのに、ご本人は全くお気付きにならない。幼い頃からの境遇のせいで、引け目を感じ過ぎなのです。エリザベート様という人間は、恥じるようなところはどこにも無い素敵な方なのに」

 お母様が儚くなってからずっと、私の声も存在も否定されてきたから。歌姫として舞台に立った時だって、『銀髪の歌姫ミーナの歌声』は愛されているのだと実感していた。けれどそのままの私、『エリザベート』を愛してくれているのだと感じ取る事は、私にとってとても難しかった。

「自分が一番『エリザベート』を否定していたのかも知れないわね」
「そうですよ。もっとご自分を大切にしてください」
「ありがとう、レンカ。外にいるアルフ様をお呼びしてくれる?」





 

 
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