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30. ガーランは魔法使い?
しおりを挟むワルターとガーランは、もうあとほんの少ししたら私との約束通り戻るつもりだったという。
「大丈夫? そんなに急ぐから、垣根の枝でミーナの愛らしい頬が切れてしまっているよ」
「あ、本当だ! 大丈夫か? ミーナ」
「いいかい。ほら、じっとして」
近付いてきたガーランが私の頬に触れると、ポウッとそこに温もりを感じる。そう言われてみればヒリヒリしている、けれどそう自覚した途端に痛まなくなった。
「はい、これで大丈夫。可愛いミーナ、顔を傷つけたりしたらダメだよ」
「ガーラン……、貴方は……」
奇術なんていう言葉ではもはや説明できない。頬に触れてみると、ヒリヒリしていた部分は嘘のように傷口も無く、痛みも消えている。
「ほら! とにかく移動しよう! 長いことミーナが出てないって、観客も待ち侘びてるしな!」
「ええ、そうね」
私がじっとガーランを見つめている間も、当の本人はいつもの飄々とした思考を読ませない表情で緩く微笑んでいた。ワルターはそんな私達の空気を変えようとするかのように、ガーランへ目配せする。
「じゃあ、手を繋いで……。行くよ」
もう何度も経験したはずなのに、このガーランの奇術は不思議な感覚で。目を開けたらいつもの舞台袖にあるテントだなんて、やはり初めから『奇術』で通すには無理があったと思う。
「じゃあ、ミーナ。着替えたら出て来いよ」
「分かった」
着替えながら考えを巡らせる。やはり……ガーランは魔法が使えるのだわ。彼が訳ありの理由は、そのような事なのかも知れない。
この世界にもう少数しかいない魔法使いだとすれば、ワルターのおかしな態度も納得がいく。けれど二人は私に正体を知られる事を望んでいないみたい。それなら私の方から口にするべきではないわね。
「ワルター、準備は出来たわ。いつでも大丈夫よ」
「よし、今はガーランの出番だから。その後に頼むよ」
舞台袖から覗くと、舞台上では澄ました顔のガーランが次々と不思議な奇術を披露していく。けれどそのどれもが、意図的に『奇術』程度の質に抑えている。今まで何度も舞台袖から彼の奇術を見てきたのに、私ったらどうして疑問に思わなかったのかしら。まるでそれに気付くことを作為的に禁じられたようで。
「ねぇワルター。ガーランの事だけど……」
「え⁉︎ ガーランさん?」
明らかに動揺するワルターは、嘘を吐いている時の態度だった。隠し事が苦手な素直なワルター。今尋ねれば全て話してくれそうだけど。
「ガーランって、魔法使いなの?」
「まほうつかい……? そんな訳ないよ。魔法使いはごく少数しかもう残っていなくて、しかも異国のどこに住んでいるかも分からないのに。ガーランさんはそんなんじゃない」
「じゃあどうしてあんなに不思議な力を持っているの? 奇術というにはあまりにも説明がつかないわ」
私の言葉と同時に、観客である多くの民衆の拍手と歓声が上がった。ガーランがまた素晴らしい奇術を披露したのだろう。
「それは……まだ……話せない。今はまだガーランさんがそれを望んでいないから。ごめんな、ミーナ」
乳兄妹であるワルターは、いつも私に優しくて二人の間に隠し事なんて無いと思っていた。でも、どうやら本当にガーランの事に関しては軽々しく話せる内容ではないようだ。苦しげな顔つきが、心の葛藤を表している。
「そうなの……分かったわ。ごめんなさい、詮索したりして」
「ミーナ、必ずいつか話すから。今は……ごめん」
「いいの。ワルターも……何を抱えているのかは分からないけれど、あまり疲れないでね。ソフィーだって心配するわ」
「うん……」
じっと幼馴染の瞳を見つめる。優しい茶色の瞳には、罪悪感のようなものが浮かんでいた。ワルターだって、どうしても今は話せない事情を抱えて苦しんでいるみたい。
「ワルター、私はいつだって貴方の味方よ。信じているし、頼りにしてる」
「うん……うん」
幼い頃は同じくらいの背丈だったワルター。今は見上げる程に背が伸びて、一つに結ばれたその柔らかな髪に触れるのが精一杯。けれどそうするとワルターはとても嬉しそうに目を細めるから、元気づける時のおまじないのようになっている。
「ガーランさん、そろそろ終わるな。ミーナ、行こう」
「ええ、そうね」
久しぶりの舞台。観客の前に銀髪の歌姫ミーナが姿を現すと、大きな歓声が上がる。顔はベールに包まれて見えないのに、私の劣等感の元凶であるこの声に皆が耳を澄ませている。私が何者でも関係なく、その歌声だけを求めてくれる。
「お待たせしました! 久方ぶりの出演! 謎の銀髪歌姫、ミーナの登場です!」
わぁぁっ! とワルターの口上の後に再び熱気に包まれた舞台に、私は立っている。私という存在を認めてくれた人々の前で、彼等の事を思って優しく包み込むようなイメージを忘れない。祈りを届けるように、息を大きく吸ってから静かに歌いはじめる。
「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
ほうっとため息のような感嘆の声に勇気づけられて、いつの間にか手を胸の前で組む観衆もいる中、私は精一杯の力で歌い上げた。
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