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〜エピローグ(という名のおまけ)〜ワルターと褐色の悪魔
しおりを挟む「ワルター! 僕も舞台に出させてよ! ほら、これって絶対皆びっくりするよ!」
銀髪をサラリと風に揺らして駆ける少年は、まだ五歳ながらグラフ一座の人気奇術師ガーランと同じく、世にも不思議な奇術を次々と繰り出した。
空から小さな花弁をたくさん降らせたり、小さな妖精達の姿をした人形(?)を自由に踊らせてみたり。
「うーん、確かに凄いけど。これって妖精王のひ孫ってバレちゃうぞ」
「えぇー、そうかな? じゃあダメ?」
「多分お父様が許さないと思うなぁ」
グラフ一座の座長であるワルターの結われた茶色の柔らかな髪は、いつからか切らないままに腰まで伸びた。以前は時折この髪に触れてくれる幼馴染で乳兄妹の少女がいたけれど、今はその時のことを思い出して少しだけ痛む胸を押さえるだけ。
「そっかぁ、じゃあダメだね。残念」
少年はがっくりと肩を落として唇を噛み締める。舞台に出られない事が余程悔しいのだろうか。けれど同じくらいに、父親の事を尊敬しているから困らせたくは無いらしい。
「なぁアルガー。奇術は無理でも、歌は歌えるだろう?」
「歌えるけど、まだお母様に教えてもらっている子守唄を一曲だけだよ」
「それでいいから、今度歌ってみるか? 勿論お父様とお母様に聞いてからだぞ」
年は離れていても兄と慕うワルターの言葉に、アルガーは破顔する。潤んでいた漆黒の瞳に、喜びの光が浮かんだ。
「分かった! ありがとう、ワルター!」
新しく出来たこの可愛い弟分を、ワルターはとても可愛がっている。アルガーの喜びで細めた眦から、溜まっていた涙がこぼれ落ちたのを見て、懐から出した古びたハンカチで拭ってやる。
「ふふ、ありがとう。ワルター」
「もうすぐ迎えが来るだろう。荷物持って来いよ、忘れ物が無いようにな」
素直に頷いてテントへ駆けていくその後ろ姿を、ワルターは眩しそうに見つめていた。
「タスケテ……」
そんな時、微かに聞こえた声は風の音にかき消されるほど小さくて。ワルターは慌てて辺りを見渡した。ここはすぐ後ろが森になっている場所、そうそう人は居ないはず。
「誰かいるのか?」
テントに向かったアルガーが気になったけれど、木々や下草が生い茂る森の中から聞こえて来る声は自分に掛けられている気がした。
テントには多くの仲間がいる。そこにいればアルガーに危険は無いはずだ。逆にこの得体の知れない声の主の方が、アルガーに危害を加える輩ならば拙いと森へ足を踏み入れた。
夕方なのに鬱蒼と木々が生えた、手入れもされていない森の中は薄暗い。下草を踏みしめながら進んだ先に青々とした中にポツリと薄紅色が見えた。
「おい! おい、大丈夫か⁉︎」
薄紅色の長い髪を持つ褐色の肌をした娘は、どうやら身に付けている衣服からしても異国の者のようだが、その背にはボロボロの黒い羽。こめかみ辺りからは尖ったツノのような黒い物が突き出ている。異形だった。
「お前……一体……」
「チョウダ……イ」
「え?」
明らかに弱りきっていてまともに話すことも難しそうだ。
「タスケ……テ」
ぐいと引っ張られて驚いた。ワルターの茶色い髪をまるで命綱だと言わんばかりに握ったその娘、目を開けてみればその瞳は黄金に輝いている。異国を巡ったワルターも、このような人種は見たことが無かった。
「いててて! 助けてやるけど、手を離せ!」
「ゴメン……」
やっとの事でワルターの髪から手を離した娘は、申し訳なさそうに今度は優しく撫でるように触れる。
ああ、こんな触れ方をしてもらったのはいつぶりだろうかと、懐かしい思いにグラリと傾きかけたところで我に帰る。
「とにかく、テントへ運ぶからな! 抱き上げるけど、身体に触ったからって怒るなよ!」
ワルターは弱った娘を横抱きにしてテントへ運ぼうとした。その時、グイッと再び結わえた髪を引っ張られたと思うと、ワルターの唇は娘のそこに重ねられていた。何か、がワルターの中から娘へと動く気配がする。
「な……っ!」
ワルターはあまりの出来事に身体を強張らせ、その茶色い瞳をまん丸にして目の前の黄金の瞳を覗き込む。何とかして娘から飛び退くように後退するが、情けなくも足腰が立たない。
「危なかったぁ! 精気切れで死ぬとこだった! いやぁー、ありがとありがと! 君は生命の恩人ね!」
急に元気になった異形の娘は、ワルターに向けてニカっと笑う。その口の端からは小さな牙のようなものが見え隠れして、やはりその姿は人間離れしていた。
「な、な、な、なんだ……⁉︎」
座り込んだまま思わず唇を手の甲で隠すワルターに、異形の娘は四つん這いで近づいて行く。その尻からは、どういうわけか黒い尻尾がスウッと伸びていて。
「やっぱりサキュバスだって崇高な愛を知りたいもの。運命の相手を探す旅に出ようとしたら、精気切れ起こしちゃって。でも、お陰で見つけちゃったみたい」
すぐ近くまで近付いた娘から逃げようとしても、その黄金の瞳に捕らえられると、何故かワルターは逃げられずに見つめ返してしまう。
「何故……」
懐に入れた大切なハンカチに助けを求めても、どうしてか目の前で嫣然と微笑む初対面の娘に、どうしようもなく魅入られてしまっている自分に気付いてしまう。
「貴方は運命の人、私の名前は……」
~fin~
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