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30. アドリエンヌ、と呼んでくださいまし
その夜、アドリエンヌは晩餐の後にすぐ伯爵領を出立することにした。
アレックスは見送りの為に月夜の庭をアドリエンヌと共に歩いていた。
「アドリエンヌ嬢、道中気をつけて。それに……王太子殿下にも。」
「まあアレックス様、もしかして嫉妬ですか?嬉しいですわ。」
「嫉妬など……。違いますよ。」
プイと視線を逸らしたアレックスの耳は赤く色づいていた。
「アレックス様、私に口づけをしてくださいませ。」
「邸から見えますよ。」
「見えませんよ。こちらへ……。」
アドリエンヌはアレックスの手を引いて庭園のガゼボまで歩いた。
ガゼボの周りは薔薇の蔦が這わせてあるために邸からの視界が遮られている。
「ほら、ここなら大丈夫でしょう?」
そう言ってアドリエンヌが微笑んだ時、アレックスがその華奢な身体をぎゅっと抱き締めた。
「アドリエンヌ……嬢、僕は貴女のことをいつの間にこんなに好きになってしまったんでしょうね。元婚約者の王太子殿下の目に貴女の姿を入れたくないほどに執着が強くなるなんて思いもよりませんでした。」
「アレックス様、アドリエンヌ、と。」
抱き締められたままでアドリエンヌはアレックスの胸元に頬を寄せた。
耳に響くのはアレックスの鼓動で、少しばかり早めのリズムはアドリエンヌの愛しい番いが緊張している証拠なのだろうか。
「アドリエンヌ。僕はもういつでも吸血鬼になる覚悟はできています。」
頭上で囁くように語るアレックスの方をアドリエンヌは仰ぎ見た。
その時、アレックスがアドリエンヌの頬に手をやりもう何度目かの口づけをした。
そのうち啄むように繰り返された口づけの合間に二人の熱い吐息が漏れ、アドリエンヌはアレックスの首に手を回してその無防備な首筋に牙を立てた。
ツプリと沈み込む感覚は、それと同時に二人に痺れるような快感を齎す。
「……ッ!」
アレックスは一瞬の間眉間に皺を寄せたが、あとは潤んた瞳でアドリエンヌの銀髪を優しく撫でている。
「ハア……ッ。アレックス様、どうですか?」
「……。えっと……、自分では変わりないと思うのですが。」
「ああ、確かに瞳が黒曜石のように美しく黒いままですわ。アレックス様の生命抵抗はどうなってらっしゃるのかしら?」
「こっちが聞きたいですよ。まあ……また帰ったら挑戦しましょう。」
やはり今回も吸血鬼に変わらなかったアレックスは少しガッカリとした様子であった。
「文献によると最高で十回、生命抵抗によって吸血鬼にならなかった者がいたそうですわ。」
「ちなみに、それは……人間ですか?」
「いいえ、可愛らしいウサギだそうですわ。」
「ウサギ……。しかも十回も……。」
あんなに小さくて可愛らしい動物が十回の吸血行為に耐えて吸血鬼にならなかったことよりも、そこまでしてウサギを眷属にしたかった吸血鬼はどんな人であったのかアレックスは想像しているようだ。
「アレックス様、お楽しみは先延ばしでも良いのですわよ。では、そろそろ行かないといけませんから。私の衣装を回収お願いいたしますわね。」
「あ、ああ。分かりました。」
そう言ってアドリエンヌは真っ白な狼に変身した。
狼になったアドリエンヌは、アレックスの手に鼻先を寄せた。
「アドリエンヌ、気をつけて。」
紅い瞳を持つ白い狼はワウッと一声鳴いてから軽い足取りで庭を駆けて行った。
そうして入り口の高い門扉を軽々飛び越え、やがて見えなくなった。
「ハアー……。まずいな。吸血行為をする度に、アドリエンヌのことを愛しく思う気持ちが大きくなっている気がする。」
そう呟いたアレックスは、アドリエンヌの衣装を手に持ってトボトボと邸へ帰って行った。
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