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31. 懐かしい侯爵邸ですわね
白狼に変身したアドリエンヌはさっさと王太子との悪縁を切ってしまいたいと、伯爵領から王都にほど近い侯爵領へと懸命に走った。
吸血鬼であるアドリエンヌは疲れることはなく、ただ物凄い速さで人気のない草原を走り抜けて行った。
侯爵領に着いたときには、久しぶりの領地にホッと息を吐いた。
侯爵邸の前まで来ると、護衛が二人閉め切った門の前で立っていた。
護衛たちはこの美しい紅目の白狼が、侯爵家の令嬢アドリエンヌだと知っていたからすぐに門を開けたのだった。
そうして庭園を駆け抜けて邸の玄関まで着いたとき、今では懐かしい邸の雰囲気にアドリエンヌは感慨深い気持ちを抑えていた。
――ウォーン……
アドリエンヌが狼の鳴き声を上げると、暫くして玄関の扉が開いた。
そして侯爵と夫人が狼のアドリエンヌを出迎えて、挨拶もそこそこにアドリエンヌはたちまち自室へと入り変身を解いた。
「はあ……。久しぶりの我が家と部屋はやはり落ち着くわね。」
裸身のまま部屋の中を歩いて、やがて一人で簡単に身につけれられるワンピースに着替えたアドリエンヌは、両親の待つサロンへと向かった。
「お母様!お元気でしたか?先日の婚約の際にお父様には会えたのだけれど、お母様にはお久しぶりですわね。」
「アドリエンヌ!ああ、良かったわね。アレックス様が受け入れてくださったのね。やはり貴女の必死な熱意に負けたのよ。幸せになるのよ。」
久々に会った夫人は数ヶ月前に会った時と変わらず明るかったが、アドリエンヌはどこか懐かしい気持ちになって思わず涙を浮かべた。
「まあ、何故泣くの?泣かないでアドリエンヌ。」
「嬉しいのです。私は皆に愛されているから。両親にも、フルノー伯爵家の方々にも、アレックス様にも。とても幸せなのですわ。」
女二人の再会を邪魔しないでおこうと傍でじっとしていた侯爵が、そこでやっと口を開いた。
「アドリエンヌ、明日王城へ向かうつもりだが大丈夫か?」
「勿論ですわ。それにしてもお父様。随分と侯爵領内に人が増えたのですね。新しい家もたくさん建てているし。」
「ああ、他国からの移民だよ。国王がアドリエンヌの婚約破棄の慰謝料代わりに移民の受け入れを緩和してくれたからな。」
ニヤリと笑う侯爵は、やはり何か企んでいる様子である。
「お父様、同胞を伯爵領に送り込んだり侯爵領に移民を受け入れたり……何を企んでおいでですの?」
「別に何も。同胞を送ったのは単に適した人材が同胞だったというだけだ。移民の受け入れは以前から考えていたが手続きが雑多で面倒だったから先延ばしにしていたんだ。タイミングが良かったから、たまたまだ。」
しらを切る侯爵を問い詰めても、きっと答えてはくれないだろうと思ったのか、アドリエンヌはそれ以上聞くことをやめた。
「とにかく、明日は王太子殿下のゴメンなさいでも聞きに行きましょう。本当に最後まで迷惑なお方ですわね。」
「今日はよく休め。また明日、アドリエンヌ。」
「部屋の寝具は整えてあるから、ゆっくり休みなさいね。おやすみ、アドリエンヌ。」
両親の優しさにまた涙が浮かびそうになったアドリエンヌは、懐かしい自室へと戻った。
「最近どうしてか涙もろくなってしまったわ。」
そんなことを言っていると羽ばたきの音が聞こえ、窓をコツンと叩いたのは梟のヘルメスだった。
「ヘルメス、最近は移動が多くてごめんなさいね。今日は久しぶりに一緒に寝ましょう。」
ヘルメスはクルクルと首を動かして可愛らしい瞳でアドリエンヌを見つめている。
アドリエンヌはヘルメスを撫でてやり、侍女を呼んで湯浴みをした。
使用人の少ない伯爵家では自分で出来ることは自らすることも多かったが、今日は手早く済ませて明日に備えなければならなかったので懐かしい顔ぶれの侍女達に世話をしてもらったのであった。
そうして懐かしい寝台に横になりすぐに寝息をたて始めたアドリエンヌを、ヘルメスはヘッドボードに乗ってクルクルと頭を回しながら見つめていた。
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