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20. 初めての水浴びは上手くいきましたわよ
しおりを挟む「おまえ! こんなになってんじゃねえか!」
ジュリエットの足はなるべく歩きやすいようにと準備された平たいデザインの靴の中でも血塗れとなっており、美しい形の足はところどころ皮が捲れている。
脱がした靴下には血が赤黒い染みとなっていた。
「平気です。ダンスの練習の時もこのようになっておりましたから。できれば傷口を洗い流すことが出来れば嬉しいのですが」
「何で早く言わねぇんだよ」
「自分が選んだ道ですから、ご迷惑をかけたくなくて……」
シュンと落ち込んだ様子のジュリエットに、大きなため息を吐いたキリアンは無言で立ち上がると台所で湯を沸かし始めた。
そうして沸いた湯と水を桶の中で合わせてぬるめの湯を作り、そこにジュリエットの足を突っ込んだのだ。
「ヒイッ……! キリアン様! ものすごく痛いですわ!」
「当たり前だろう! 傷があるんだから」
しゃがみ込んだキリアンは、ゆっくりと患部を洗い流し桶の湯を何度か交換していく。
そして清潔な布で足を拭き取り、ジュリエットを睨みつけた。
「いいか、これからは怪我したり体調が悪い時にはすぐに教えろ。あんたは元々お嬢さんなんだからな、どんな些細な傷や病気が元で死んじまうか分かんねえんだから」
「……はい。ありがとう存じます」
ジュリエットは、ぶっきらぼうだがやはり優しい夫に頬を赤く染めて頷いた。
「それで……、実は私湯浴みをしたいのですが……」
「湯浴みか……貴族は毎日風呂で湯浴みするんだろ? ここには風呂なんかないから近くの泉で水浴びするしかないんだ。行けるか?」
「はい、勿論ですわ」
着替えを布袋に詰めたジュリエットは、キリアンの案内で家から少し離れたところにある水浴び用の泉まで歩いて行った。
ジュリエットは足を痛めていたので、靴を履くことは諦めてサンダル型の履物をキリアンに借りたのである。
大きなサンダルをペタンペタンと音をさせて歩くジュリエットは、初めての水浴びという経験に心を躍らせている。
「ここだ。女はこっち側の泉、男はあっち側の泉と決まってるんだ」
「まあ、とても美しい泉ですわね」
その泉は森の中にあり、エメラルドブルーの透き通った水には木々や星、月が映り込んでいた。
まるで鏡のように凪いだ水面は神秘的で透明度もあり、底が見えている。
ところどころに松明が炊かれており、周囲には木の目隠しが造作されている為視線を気にせずゆっくりと水浴びが出来そうであった。
「俺もついでに浴びてくるから、終わったらここで待ってろよ」
「承知いたしました。それでは、またあとで」
そう言って泉の入り口でキリアンと別れたジュリエットだったが、よくよく考えれば一人で入浴するなど初めての体験であった。
「いつもマーサにしてもらっていたようにすればいいのよ。できるわ」
そう自分に言い聞かせながら服を脱ぎ、ゆっくりと泉へ入っていく。
「あら、冷たくないのね」
泉の水は人肌程度のぬるま湯のようなもので、どうやら温泉が湧いているようである。
ジュリエットは一度しゃがんで頭の先まで水に潜ってみた。
「ぷはぁー……! 気持ち良いわ! こんなことしたことがなかったから」
嬉しくなったジュリエットは、洗い場のようになっている場所で邸から持って来た石鹸を使って髪や身体を洗い流した。
マーサがしてくれていたようにしてみれば、何とか一人で入浴することができた。
最後にもう一度泉に浸かって周りを見渡せば、静かな星空には満月が明るく煌めいており、松明の橙色の光がチラチラと点滅する様子はとても幻想的でつい時間を忘れそうになるほどであった。
「これからは、私の居場所がここなのね」
独りごちたジュリエットは、ザバッと水から上がって服を身につけた。
幸い足の傷は泉の水に滲みるようなこともなく、血も止まっている。
そしてキリアンと別れた泉の入り口まで戻ってみれば、はやキリアンは目隠しの板に背を預けて待っていた。
「キリアン様、お待たせいたしました」
「足、大丈夫だったか?」
「はい。とても素敵なお風呂でしたわ」
サンダルから見える足に血が滲む様子がないことを確認したキリアンは、ペタンペタンと歩くジュリエットを連れてまた来た道を戻っていくのであった。
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