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32. 純粋で愛おしい妻と邪な夫
しおりを挟む「あら、ミカエル様の馬車だわ」
邸の門からミカエルの乗った馬車が入ってくる音がした。
リュシエンヌは分かりやすいほどに顔に喜びの表情を浮かべ、玄関ホールへと出迎えに向かった。
「今日はえらく早いのだな」
「えー。またミカエルにリュシエンヌを独り占めされるよ」
「仕方ないわよ。リュシエンヌはミカエルの物なのだから」
三人の幽霊たちも口々にリュシエンヌとミカエルのことを話しながら玄関へと飛んで行く。
「おかえりなさいませ、ミカエル様。今日は早かったのですね。嬉しいです」
リュシエンヌは花が綻ぶような笑みを浮かべて、麗しい騎士服姿の夫を出迎えた。
「リュシエンヌ、ただいま戻った。変わりはなかったか?」
「はい。ファブリスとエミール、マリアが一緒にいてくれましたから大丈夫です」
「そうか。それならば良かった」
ミカエルは妻を見守ってくれる幽霊たち三人を見回し、リュシエンヌへ視線を戻せばその愛しい妻に口づけを落とした。
「ミカエル、我らはリュシエンヌと日々親しくしておるが決して害したりはせんぞ」
「分かっている。そんなことをすればどのような結末になるか、お前たちはよく知っているだろうからな」
執務室で騎士服を着替えながらミカエルはファブリスと会話をしていた。
「私がエクソシストだということはリュシエンヌには話していないだろうな」
「それについては勿論話していない。リュシエンヌの妹のことをミカエルが祓ったこともリュシエンヌは気づいていない」
「それならば良いが。今のリュシエンヌに余計な心労をかけたくはないからな」
着替えながらサラリと話すミカエルに、ファブリスは一瞬動きを止め言葉に詰まった。
「……リュシエンヌは身籠ったのか?」
ファブリスの言葉に、ミカエルはその整った顔に華やかな笑みを浮かべて肯定した。
「これからも、より一層リュシエンヌを見守ってやってくれ。頼んだぞ」
「承知した」
ファブリスたちはミカエルに言われなくともリュシエンヌのことを見守り大切にしていたが、リュシエンヌの事を偏愛するエミールがまた暫く煩そうだと、額に手をやりため息をついたのだった。
「ミカエル様。今日話していたんですけれど、ファブリスたちは天国に行きたくはないのですって」
「ファブリスたちがそう言ったのか?」
「はい。彼らの心残りを叶えることはできないことばかりだからと」
ミカエルは彼らの心残りについては理解していたから、到底叶えることはできないことだと知っていた。
それに彼らは生前重い罪を犯したからとても天国には行けないことも知っていた。
もし彼らがこの世からいなくなるときは、ミカエルが彼らを祓って永遠の地獄へ送る時だということも。
しかしミカエルは彼らのことを気に入っていたし、彼らもミカエルのことを気に入っているから害を及ぼすことはない。
リュシエンヌも彼らと過ごす生活を好んでいるし、リュシエンヌに何かあれば手助けしてくれるであろう彼らをミカエルは祓うつもりはない。
「皆リュシエンヌのことを気に入っているから離れたくない気持ちもあるのだろう」
「そうでしょうか。私も彼らとの生活がとても楽しいのですけれど、ただ天国へ行かなくていいのかと心配しただけなのです」
この妻は本当に心優しい。
純粋で庇護欲をそそる妻は、邪なところのあるミカエルにとってとても魅力的であった。
「彼らはリュシエンヌと、お腹の子どものことも守ってくれる。それが彼らの希望でもあるのだからリュシエンヌは素直に喜んでおけば良い」
「そうでしょうか。子どもが生まれたらこの邸はより一層賑やかになるでしょうね。私たちの子どもは幽霊が見えるのかしら?ミカエル様、今から楽しみですね」
フフッと穏やかに笑い、まだ膨らんでもいないお腹を触るリュシエンヌをミカエルは愛おしそうに見つめてその手に自らの手を重ね合わせた。
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