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15. 女神様の言う通り

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 翌日からの治療は、教会の診療所へ患者が入る前に患者の重症度に合わせて誘導した。

 カビルの教会で魔法使いアレクサンドルが治療しているという噂を聞きつけて、全国から患者が集まってきて最早教会の敷地からはみ出しているほどになっている。

「歩けないほど辛い方はあちらへ教会の方と一緒に行きます。歩ける方はこちらへどうぞ。」

 重症の患者からアレクの治癒魔法を受けてもらい、中等症の患者はテントへ、軽症の患者は露天へと誘導する。

 軽症の患者には、一旦自宅で療養してもらうことにして自宅での過ごし方を私とジャンで指導することにした。

「お家では、吐き気や下痢が止まるまではお食事をせずに安静にしていてください。でも、水分は少しずつ少しずつ小まめに摂るように注意してください。下痢が止まったら柔らかいものから少しずつ食事をするんです。」
「布で口を覆い、排泄のあとにはこの灰汁あくで手をよく洗ってください。疫病にかかっている方は料理をしたり、食材を触らないようにしてくださいね。」

 昨日カビルの街で石鹸を探していて、石鹸は高価で一般の人ではなかなか買えないということを知った。

 そこで、昔母方のおばあちゃんから聞いたことを思い出し、『灰汁あく』という暖炉やストーブの薪の燃えかすの灰を水で溶いたもので石鹸の代わりに手洗いしてもらうことにした。

 マスクも手洗いも日本では当たり前のことだったけど、この世界ではあまり手洗いはしないし、マスクなんてものもなくて。

 昨日できる限り石鹸を購入して、重症者の看病に当たっている教会の方向けに差し入れしたのと、石鹸の代わりになる灰汁の材料になる灰を集めた。

 そしてアレクやジャン、教会の方々用に鼻と口周りを覆うマスクの代わりの布を買った。

「先ほどお願いしたことを、騙されたと思って試してみてください。よろしくお願いします。」

 不審そうな顔をする人、半信半疑の様子の人も多くいたから、何度も私は頭を下げた。

「そんなので疫病が治る訳ないだろ!」
「せっかく魔法使い様が来てるのに何で魔法で治してもらえないんだ!」

 不安と不信感で大きな声を出して責める人たちもいたけれど、とにかくこの疫病を今後も抑えるためには試してもらいたい。

「ごめんなさい。現在も重症者は魔法で治していますが、それでもまだ多くの方々が苦しんでいます。軽症の方は出来る限りの対策と静養で治療していきたいんです。魔法にも限りがあるんです。お願いします。」

 私は不満の声に胸が痛みながらもとにかく声に出してお願いをした。
 ジャンも一緒になってお願いをしてくれた。

「皆さん!お聞きください!この女性は異世界からの御客人なのです!」

 ふといつの間にかティエリー司祭が私の傍に立っていて、大きな声で民衆に声をかけている。

「このお方は異世界より、我々の世界では知り得ない叡智をもたらしてくださっているのです!この美しい黒髪が異世界の御客人の証拠だと、皆さんはご存知のはずです!」

 私の髪の方へ手を差し伸べて、ティエリー司祭は民衆へと語りかける。

「……あの髪本物だったのか。」
「てっきり女神様に憧れて染めてるのかと思ってたよ。」
「本物の女神様だったのか。」
「異世界の優れた知識だとしたら信じられるかも知れないぞ。」

 先ほどまで、不信感を露わにしていた人々の好奇の視線が一気に私の方へと注がれて落ち着かない。
 それでも、民衆が話を聞いてくれるのならばこの際何でも良い。

「私は異世界から縁あってこの世界へと参りました。どうか皆さん、私のお願いを聞いてください。この疫病を魔法だけに頼らずに、皆さんでこれからも抑えていきましょう。」

 シーンと静寂ののちに、そこら一帯口々に声を上げる民衆。

「「異世界からの女神様!」」
「「女神様がおっしゃるならばやってみます!」」
「「女神様の御加護を!」」

 その状況に小さく呟かずにはいられない。

「結構皆さんお元気だったのね。」







 
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