宝石眼を持つ名ばかりの聖女、盗賊になった幼馴染にハジメテを奪われる

蓮恭

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4. 濡羽色を持つ少年

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 少年の身体を揺すりながらも、少女は未だ警戒心を持って様子を窺った。
 少女にとって両親以外の人間は森の動物達よりも接する機会が少ないので、どうしても戸惑いは隠せない。
 
 しかし目の前の少年は少女に負けじと劣らず痩せっぽちで、そこら中傷だらけ。おかげで少女は、知らない人間を前にした恐ろしさよりも、意識のない少年への心配と好奇心の方が勝っていたのである。

「ねぇ、起きて」

 そう言って少年の顔にかかった前髪にそっと触れた時、「ん……」というくぐもった声と共に眉間に皺が寄せられた。
 知らず知らずのうちに傷に触れてしまい、痛んだのかと不安になった少女は、ハッとして手を引っ込める。

「痛かった? ごめんなさい」

 少女の謝罪に反応するようにどんどん眉間に寄った皺が深くなり、やがてうっすらと少年の瞼が持ち上がったと思えば、そこに髪と同じ濡羽色の瞳が覗いた。
 流れる雲の隙間から射す月明かりが、彼が持つ漆黒の闇のような瞳を照らす。
 
 少年の視線はしばらくの間ぼんやりと宙を彷徨い、やがてカッと見開かれると、驚愕の表情を伴って勢いよく起き上がる。
 そのあまりの素早さにしゃがみ込んでいた少女も驚き、思わずその場に尻餅をついた。はずみで籠の中の薪がいくつか草の上に転がったけれど、少女はすぐに動けない。

「だ、誰だ⁉︎」

 起きるなりひどく警戒した様子を見せる少年は、枯れ枝のような両腕で顔を守るような仕草をする。
 そしてまだ声変わり前の少年らしい声は、心なしか震えていた。
 
 少女は少年が思ったよりも元気そうな事に安堵しつつも、「誰だ」と聞かれて困ってしまう。両親からは他人と親しくなってはならないと言われていたからだ。
 名前を教えていいものかと悩んだが、森の動物達と両親くらいしか会う事が無い少女は、歳の頃が同じ少年と仲良くなりたい気持ちの方が勝ってしまう。

「マリア……私はマリアよ。ねぇ、お友達になってくれる?」

 幼さの残る少女の答えに、少年は訝しげな表情を見せる。けれども落ち着いて辺りを見渡してみれば、どうやらこの辺りには自分と自分よりも幼い少女しか居ないのだと分かったようだ。
 
 そろそろと顔を隠すようにしていた両腕を下げ、少年は少女をまじまじと見つめる。

「……マリア、か。お前、この森に住んでいるのか?」

 鋭さを孕んだ視線を向けつつ尋ねた少年を前に、どこか居心地の悪さを感じた少女は、答えをコクリと頷くだけに留めた。

「何でこんな深い森の奥に……。いや、それよりお前、食い物持ってないか?」
「くいもの?」

 少年は自分と同じくらいに痩せっぽちの、しかもどう見ても年下に見える少女を警戒するのはやめたらしい。先程までの様子とは打って変わって、落ち着いた面持ちで草の上に胡座をかいて座った。
 
「食い物っていやぁ、飯だよ、めーし。お前、もしかして、言葉が分かんねぇのか……?」
「めし? ……分からない」

 両親は「くいもの」や「めし」という言葉を口にした事が無かったので、少女は少年の言う言葉の意味が分からないでいた。
 
「じゃあそうだな……食べ物、何か持ってないか? 腹が減って死にそうだ」
「ああ! 食べ物、ね。それなら……」

 そこまで言って動きを止め、しばらく黙ってしまった少女に、倒れる程の空腹で苛立ちを隠せない少年は俯きながら小さく舌打ちをした。
 僅かに小首を傾げた少女は、少年の方へ好奇心が混じった眼差しを向ける。

「なぁに? 今の音?」

 舌打ちというものを初めて聞いた少女は、好奇心を抑えきれないようだ。
 
「舌打ちだよ、舌打ち! 腹が立ってる時にやるもんだ。こっちは空腹で死にそうだってのに、お前は返事も途中でぼうっとしてるからだよっ!」
「ごめんなさい、でも……」
 
 みるみるしゅんとしてしまった少女の様子に、フウッと大きく息を吐いてからもう一度視線を上げた少年は、今度は穏やかな口調で語りかける。

「頼むよ、親父に置いてかれてもう何日も飯を食ってねぇ。ここから動けそうにないんだ。何かあるなら持って来てくれないか?」

 純粋で無垢な少女よりも少し年上の少年は、生きる為の狡猾さを知っていた。
 本心から困っているというような口ぶりに少女がわずかな戸惑いを見せると、もう一押しとばかりに涙目で哀願する。

「頼むよ。なぁ、マリア」

 少女は少しの時間逡巡する。

 両親からの言いつけを破って知らない人に話し掛けてしまった上に、すぐに薪を持って帰らず、ましてや食べ物を持って来るなんてきっと叱られるのでは……と。

「そうだ! 少し待ってて」

 両親のいる小屋から食べ物を持って来る事は出来ないが、ここは深い森の奥。幸いにも少女は、食べられる木の実がたくさんある場所を知っていた。

「近くに木の実があるの。すぐに取って来るわ」
「ああ、頼む」

 心なしかホッとした様子の少年と薪が入った籠をその場に残し、少女は木々が生い茂る月夜の草むらを駆けた。
 初めて見知らぬ誰かに頼りにされるという事を知った少女は、どこか誇らしい気持ちで道を急ぐ。たくさんの木の実が落ちているその場所は、少女がお腹が空いてどうしようもない時にこっそり訪れる秘密の場所だった。

 しばらくして少女は、自らのスカートを広げた中にたくさんの木の実を入れて少年の元へと戻って来た。いつも使う籠は薪でいっぱいになっていたから、多くの木の実を持ち帰るにはこの方法しか思いつかなかったのだ。

「これ、とっても美味しいの。それに元気になるのよ。私の秘密の食べ物、どうぞ」

 座り込んだままの少年の前にその辺にあった大きな葉っぱを敷き、バラバラと様々な形の赤い木の実を落とす。小さな手で懸命に拾ったのだろう。少女の手指は木の実の汁や土で汚れていた。
 
「助かったよ!」
「あ……」

 多少の土が付いている事などお構いなしに、手で払う事もせず木の実を口に運ぶ少年を見て、少女は目を丸くする。それから慌てていくつかの木の実を手に取ったのだった。
 少年は少女が木の実を横取りしたのだと思い、口をもぐもぐとさせながら恨めしそうな目を向ける。その視線の意味を理解した少女は、ざんばらの金髪をブンブンと揺らしながら首を振る。

「ち、違うわ! 土が付いたままで、うっかり洗うのを忘れちゃったから……」

 知らない人と話すなど慣れない事をしたからか。いつもの少女は木の実を小川の水でしっかり洗ってから食べていたのに、ついそのまま少年に差し出してしまったのだ。

「ごめんなさい! 怒らないで!」

 目をぎゅっと瞑り、異様なほど身体を縮こませて恐縮する少女を見て、木の実で頬を膨らませたままの少年は一瞬息を呑む。

 小さな手を握りしめ小刻みに震わせる少女は、しばらくの間目を瞑ったまま、ひどい嵐が過ぎ去るのを待つ花木のようにじっとしていた。
 やがて少年はゆっくりと口の中の物を咀嚼してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込む。はじめに慌てて口に運んだからか、今は少し空腹が和らいだらしい。

「常日頃、誰かに酷い目に合わされてるのか」

 少年はゆっくりと目の前にある木の実を手に取って、指先で摘んだりじっと眺めたり、弄ぶようにしながらポツリと呟いた。
 
「え……?」
「いや、別に。第一、んな事で怒ったりしねぇよ。マリアは俺の恩人だからな」
「恩人……」
「ああ、そうだろ。腹減って死にそうになってた俺を救ってくれたんだから。それよりお前、家族は?」
「お父さんとお母さん、そして私の三人で暮らしているわ」

 自分から尋ねたくせに、少年は「ふうん」と言ったきりすっかり黙ると、再び木の実を口に運んで食べ始めた。
 一方の少女は、少年が木の実を食べる様子をじっと見守る。持ってきた分で足りるかどうか、こっそり気を揉んでいたのだった。
 
 しかし少女の心配は杞憂に終わる。少年はすっかり木の実を平らげた後に、フウーと長い息を吐いてから腹をさすった。ずっと空腹でいたからか、どうやら胃袋が小さくなっているようだ。

「俺の名前はラウル。仲間とはぐれてこの森へ迷い込んだ。仕方なく川で水を飲んだ後にあそこの洞穴で休もうと思ったところが、どうやら空腹で倒れちまったらしい」

 そう言って、ラウルと名乗った少年は森の中にいくつもある洞穴の中で、一番近くにある一つを指差した。青々と木々が生い茂る森の中でぽっかりと歪な口を開けた洞穴は、どのようして出来たのか森に住む少女も知らない。

「数日休んだら出て行くよ。だからお前の家族には俺の事、黙っててくれよな」
「うん。知らない人と口を聞いてはいけないと言われているから、話したら私も怒られるわ」
「そうか。だったらこれは二人の秘密、な」
「うん!」

 胃袋が膨らんで活気を取り戻した様子のラウルは少女の無邪気な返事に対し、人差し指の背中で鼻をこすりながらニカっと笑った。
 少女は両親との約束を破っている事に罪悪感を感じながらも、抑圧されてきた生活の中に突然現れたこのラウルという存在に、どこか心が踊るような気がしたのである。

 

 

 
 
 
 

 

 
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