飛行機から落ちたら引きこもり王子を外に出す羽目になりました

ぺんぎん

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夏至前二日~落とされ子~

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「ゆ、ユキ、ユキってば。な、なに怒ってんの?」

 レイの声を無視してあたしは用意してもらった屋根裏部屋に上がった。

 家具も何もない部屋だったが、うず高く積まれた干し草の上に清潔なリネンのシーツがかかっていた。

「あんた、こんないい人達に何か言ったでしょ」

 私は、ぼふっとシーツの上に倒れ込みながら言った。

 シーツからは枯れ草のいい匂いがした。ポケットの中にある硬貨の音がチャリンと響いた。

「じ、事実だ。僕らはシーだ。そ、それより、ゆ、ユキが余計なことを言ったから……明日の朝も働くことになった」

 レイは干し草の上に恐る恐る腰を下ろしながら、不満げに言った。

「何よ。そのシーってのは。あたしは日本人よ」

「に、日本人?」

 何か言いかけてレイはいぶかしげにこちらを見た。

「ゆ、ユキはシーなのに『外』からここの国に来たって言ってたよね……あれって……ほんとなの?」

「シーじゃないってば。『外』って外国からってこと?そうよ。日本から来たって言ったでしょ」

「なんで来ることになったの?」

「あー。誕生日なんだよね。明後日」

「明後日……ユキは夏至の生まれなの?」

「いや、夏至ってね。毎年変わるから。たまたま、今年のあたしの誕生日が夏至なんだよ」

 お姉さんが教えてあげる。みたいに言ったが、レイは首を振った。

「こ、この国では、太陽黄経が90度の瞬間を夏至として、その時がその年の始まりに制定されているんだ。だ、だけど、こ、この前後にはめったに子供は生まれないんだ。だから生まれた子は……」

「そうなんだ!?夏至が毎年1月1日になるわけね。だから祭るのか!レイって常識はないけど知識は豊富だよね」

「ゆ、ユキってほんとに失礼だよね。ぼ、僕よりほんとに年上?いくつなの?」

「明後日で16だよ。」

「え、成人?」

 レイは驚いたように言った。

「成人?いや、まだだよ」

「え、16歳でしょ?そうか!ゆ、ユキは成人の儀式をしにこの国に帰ってきたのか!」

「だからさ、あたしは、日本人。ちなみに日本では18歳が成人なの」

 あたしは顔の前でぱたぱたと手を振った。

「こ、この国では16歳が成人なんだ。き、貴族のシーの成人の儀式は必ず女王の謁見を行う。か、必ずだ。それがなければ、この国の、し、シーと認められない。結婚も、財産権も全てその儀式の後だよ」

「え、そんなご大層な。そもそもうちはお貴族様なんかじゃないし。兄さんもそんなことであたしを呼んだんじゃないんだよ……あの、この国って兵役があるんだって?その兵役が明けたから、お祝いもかねて久しぶりに会いたいって言われたから来ただけ。あたしの誕生日をアバダンで祝いたいって前々から母さんには言ってたみたいだけど、あたしには一言もなくって……」

「ゆ、ユキの兄上が貴族なら、ゆ、ユキも貴族。は、は、じょ、女王と会う必要があるから兄上が呼んだんだよ」

 一人で納得している彼にストップをかける。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何を証拠にそんなこと言うのよ」

「こ、この国の兵役は貴族だけの義務だ。兵役を受けるってことは、貴族の子弟ってことなんだよ」

「そうなの!?」

「そう。だから、今日のあいつらも軍人……貴族の端くれだよ。後で、だ、誰の配下か、絶対調べてやる。む、昔からシーの貴族の、ち、『力』は、他国からの侵入を阻止するためを第一に使われる。だから貴族が軍を掌握してる。い、言い換えれば、貴族でなければ、じ、従軍すらできないんだ」

「従軍って?」

「ぐ、軍に入ることだよ。それ相応の、ち、『力』がなければ貴族の称号は与えられないんだ。この国で莫大な富と領地と権力を持つ王侯貴族が容認されているのは、前線で命を張って国民が納得する働きをしているからで、その、ち、『力』が認めなければ、その、ち、地位は容易にはく奪される。これもひとつの、と、等価交換なんだ。小国ほど格差は見えやすいから、特権階級、王侯貴族には家柄ではなく、ほ、本当の、ち、『力』、は、働きが求められる」

 レイが唇を噛みながら言った。

「うちは、ほんとに貴族なんて家じゃないんだけど」

 あたしは笑いながら言った。

「うちの母上様は、なんだか毎日昼寝して、気が向いた時だけハーブ作って売ってて、冗談みたいに貧乏なのよ」

 あのお兄様がお貴族様なら、家のあの貧乏具合はどうなのよ。

 自慢じゃないがあたしは今どき雨漏りのする家に住んでいる。

 控えめに言ってお貴族様の馬小屋以下だ。

 井戸水じゃなかったら水道だって止められていたに違いない。

 スマホどころか電話だって引いてない。

 すずおばさんが、さすがにそれじゃあって言ってくれて、お下がりの携帯をくれた。

 ぱかぱかいうヤツ。

 おばさんちの家族割りで月に千円以下の電話代。

「そ、そんな、ば、莫迦な。そ、そんなはずはないよ」

「そんなこと言ってもそうだもん。たまたま母さんがつくるハーブが風土病っていうの?村の人たちがかかる喘息みたいな症状の病気によく聞くから、高値で売れるんだ。それで何とか暮らしている。あとはあたしが近所の家の牧場を手伝ってバイトして、高校だって奨学金だよ」

 高校なんて行かなくていいんじゃなあい?という母親のぼんやりした反対を押し切ってむりやり進学したのだ。

「あ、アバダンの、しかも、き、貴族がそんな生活するわけがないよ」

 レイは僕が子供だって莫迦にしないでよ。と怒りながら言った。

「いや、莫迦になんてしてないよ。ホントのことだよ。あ、でも、あたし、アバダン人って言っても、父さんは日本人なんだよ。兄さんは母さんの前の旦那さんの子供だから純粋なアバダン人だけど」

 あの、全てにおいてやる気のない、人に全く興味ない母さんが父さんに恋をしたのはフェルマーの最終定理くらい謎だ。
 
 もう解決しているけど、あたしには理解できないってやつ。

 ただ、そのことで、アバダンの親戚とはうまくいっていないと聞いている。

 それなのに、あたしなんかがアバダンに来ても大丈夫なのかというのが、今回の不安要素。

 まあ、飛行機から落ちることに比べたら、ささやかな悩みだ。

「は、母親がアバダン人……で、黒い髪なの!?ゆ、ユキって母上からすごい愛されているんだね」

 レイが目をおっきくして驚いている。

「いやいやいやいや?なんだって?誰から愛されているって?なんでそうなる?愛されてなんかいよ。言ったでしょ。ごはん食べさせてもらえなかったんだよ。小さい頃のあたしなんて、目なんか飛び出ててさ、毎日、何言っても無視され続けるしんどさとか……」

「え、だって、ゆ、ユキの母上は自分の『力』をほとんどすべてユキにあげたんでしょう?」

 何を言っているのか全くわからないと大きく顔に書いたあたしを、レイは本当に不思議そうに見上げた。

「ぼ、僕らの種族の女性が人間との間に子供を産もうとする時は、お腹の子供に自分の『力』を分け与えないと子供は死んでしまうんだ」

「え……?なんだって?も一回」

 だーかーらーと、レイはあたしたちの座っているベッドから突き出ている藁を一本抜いて、床の白い埃の上で器用にうちの家系図を描いた。

「人間の子供にとってアバダン人の母親が体内で持つ、ち、『力』は強すぎる毒なんだ。
 でも、毒の薬は毒。
 アバダン人の母親は自分の、ち、『力』をお腹の子供に与えることで、子供は母親の、ち、『力』に殺されずに生き延びることができる。
 ただ、その分、アバダン人にとってなによりも大事な自分の、ち、『力』を子供にあげちゃうことになるから、自分の、ち、『力』がなくなっちゃうんだよ。
 ち、『力』は先天的なもの。増やすのはほとんど不可能なんだ。
 だから、たいていの母親は、自分の、ち、『力』を削ってまで子供に授けることはないし、そもそも、自分の、ち、『力』を減らす可能性のある人間と婚姻関係になろうってアバダン人の女性はいない」

「え、じゃあ、子供なんて産めないじゃない」

「だから、これは、人間とアバダン人のカップルの話。
 シー族同士のカップルなら、その子供は絶対に、ち、『力』を持って生まれてくるから。自分の、ち、『力』をあげなくていい。
 だから、普通アバダンの、ましてシー族の女性は、絶対、人間となんか子供をつくんないんだよ」

「何それ」

 頭が、がんがんしてきた。

「だーかーらー」

 レイは家系図を藁でつつきながら声を強めた。

「この、ユキの兄上は、ユキの母上と多分アバダン人の貴族の誰かとの子供だから、自分の、ち、『力』を削らずに、ユキの兄上を産んだ。ところが、ユキの母上は」

 床の埃で書かれた家系図に、あたしの丸がかかれた。レイは家系図に書いてある母さんからあたしに向かって太い線を引いた。

「ユキを産んだ。自分の『力』をほとんどすべて君に捧げた。この国では、じ、自殺行為だ」

「なんで?じぶんの『力』全部あたしにって……どうやってわかんのよ。そんなこと」

「き、君の髪の色がその証拠だ。ゆ、ユキの髪の色は黒、目の色も黒。た、多分だけど、最初から何か君はとても不安定で……今の僕では、よく、ち、『力』が測れないんだけど……それでも、色は黒以下じゃない。瞳と髪の色は力の程度を表すんだ。シー族では黒が最上位の力。色付きはそれ以下。ぼ、僕らの今の金色の髪なら空飛ぶのがぎりぎり。飛ぶと言っても浮くぐらい。だからヤックも僕らを馬車に乗せたでしょ。最初に会った時、ユキを信用できないと思ったのは、ユキが飛ばなかったからなんだよ。あんなに、ち、『力』にあふれた黒髪の君が飛べないわけがないって思ったんだ」

「いやいやいや、レイ君。メンデルの法則って知ってる?遺伝って知ってる?科学もばかにしたもんじゃないのよ。確かに母さんも黒い髪だけど、父さんが日本人なんだよ?日本人って、ほとんど黒髪なんだよ。だからあたしも黒髪になるんだよ。まあ、今はこんなふざけた色だけど」

「ぼ、僕にだって自分の、シー族の、ち、『力』の量くらいはわかるよ。い、今はトネリコネリのせいで瞳と髪もそんなんだけど、君の潜在的な、ち、『力』はそこらのシーの女の子じゃないよ。君を産んだ女性は最低でも貴族。じゃなきゃ、ユキの母上は、今頃とっくに、ち、『力』がなくなって人間も同然になってる。アバダンに入るドアの入口にも立てやしない」

「いや、そんな……え?でも、だからってうちの母親に愛されてることにはならないじゃない」

 足下がぐらぐらする。いままで何とか積み上げてきた母親に期待しない努力が、レイの一言で、あっという間に崩れそうになっていた。

「アバダン人にとって、ち、『力』は絶対なんだよ。だけど、それを削って君にあげたんだよ。それは、すごい、あ、愛情だ」

「やめてよ。愛情なんかじゃないよ」

 もう期待させないで。お願い。心の中のあたしが叫んでいた。

「でも」

「やめて。絶対そんなことないから」

 あたしはかなり強く言った。

 これ以上の会話は無理だと判断したのだろう。

「そうかなあ……」

 レイは釈然としないといった顔で我が家の家系図を足で消した。

 埃にかかれた我が家はあっという間に一家離散になった。

「まあ、いい。ぼ、僕はユキがここにいてくれて嬉しい。こんなに怖くない女の人は初めてなんだ。ユキを産んだ女性はとても良い選択をした。夏至生まれのシー族の血を引く女性。加えて実家の力がほとんどない。いいね。とてもいい。ユキ、僕は、君がとても気に入ったよ」

 レイが急に大人びた表情で言った。トネリコネリの木の綿毛で青色だった目が一瞬紫色に戻った気がした。

 あたしの心臓が飛び跳ねた。

 待って。あたし、とんでもない拾い物をしたのかも。

「あ、ちょっと待って。一つ教えて。ひょっとして、ひよこ頭って侮蔑なの?」

「今頃気づいたの?そうだよ。僕らの種族の髪と目の色は、ち、『力』の強さに反映するから、とてもわかりやすいんだ。さっき探しに来た軍の奴らも言ってただろう?まあ、だから助かったんだけど……こんな、きんきらひよこ頭でロッドの街に行っても、もらえる仕事は、まあ、いいとこ軍の汚れ仕事かな」

「汚れ仕事って……」

「聞かない方がいいよ」

「そうする」

 あたしは神妙に頷いた。

「ねえ、じゃあ、黒髪のシーならどんな仕事になるの?」

 あの莫迦兄貴も黒髪だったことを思い出してあたしは聞いた。

「黒髪で軍人なら確実に前線に送り」

「前線……?」

 兵役という言葉がお遊びの軍隊訓練でないとは思っていたけど、そんなに切羽詰まったことだったとは知らなかった。

 それは、兵役明けたからって妹を呼びつけもするわ。

 なんか納得。

「そうだよ。いくら、ち、『力』があったって前線で戦功たてなきゃ公爵の息子だって爵位と領地没収、下働きで暮らさなきゃならない。貴族は世襲制じゃないからね」

「世襲制じゃないの!?」

「貴族を世襲制なんかにできる国ってよほど平和ぼけしてる国だよ。ローマ時代の王は前線に立って指揮したんだ。ほとんどの王は、戦争の最中に敵の槍で殺されてる。ベッドの上で死んだ王なんて、数えるほどだよ。最も危険な場所で命をさらすから、部下が命をかけてついてくるんだ。王家が特権を振りかざして、今日のあんな奴らがのさばってても、民はついてきてるだろ?王侯貴族が命を張ってるおかげでこの生活が守られているのを知ってるからね」

 レイは誇らしげな顔で言った。

「……貴族だって甘えていてはいけないんだ。ち、『力』の資質に差はあるけど、それを磨き、育てなければ……」
 
 レイはそこまで言うとそのままベッドに寝転がった。

 黙ったままじっと天窓を見ている。

「レイ?」

 急に大人びた厳しい顔をしたレイに思わず声をかけた。

「僕、寝る」

 レイはシーツにもぐりこんだ。

「ねえ、レイ、も少し聞かせて。アバダンは今、戦時中だって言ってたよね」

「……そうだよ。この国はいつだって戦時中さ。アバダンには、肥沃な大地と豊富な資源がある。勤勉で、ち、『力』をもつ民がいる。仕掛けてこない限りは、こちらから領土を広げることはしないけど、みんなこの国を欲しがって、いつも戦時中。ただの人間ごときがシーに勝てるわけないのに」

 レイは眠そうにぼそぼそと言った。

「そう……豊かな国なのね……この国の資源、みんなで分け合えるといいのにね」

「……何言ってんの?」

 レイが寝ていた半身を起こした。

「え、だって、肥沃な大地があるんでしょ。たくさん食料がある所と、ない所があるなら、とれた食料をみんなで分けて、食料がとれないとこは別なこと、エネルギー発電とかそういうことに使えばいいんじゃないかって、いつも思うんだよね」

 そしたら、生まれた場所がどこでも、ご飯が食べられて、屋根があるお家に住むことができるはずだ。

「ユキは、さっきお金の流れの話を聞いたでしょ?この国がこんなに豊かなのは、全てをオープンにしているからなんだ。嘘を言えないから、この国の治安は維持されている。僕らはこの、ち、『力』がある限り嘘を言うことはできないけど、他の国の民は、ち、『力』がないから嘘をつくことができる。嘘をつかれたらこの国は根本から崩れるんだ。横領や賄賂が横行し、貧富の格差が広がる。だから、この国では、ち、『力』を持っているもの以外は国民になれない。出入国はとても厳しく管理されてて、めったな人間は入ることはできないんだよ」

「でも、私が乗ってきた飛行機は若い子がいっぱいいて、めったな人間っていう感じじゃなかったけどなあ」

「まさか。そんなわけない」

「いや、ほんとに」

 そして、あたしはレイに、飛行機から落ちた顛末を話すことになった。
 




 あの日、兄さんが用意してくれたチケットで搭乗した飛行機は、ほとんど人が乗っていなかった。

 アバダンへの直行便は日本からしか出ていない。ロシアとかアメリカとか、いろんな国から来た子が日本経由でアバダンを目指して飛行機に乗り込んでいた。日本人はあたし一人だけ。
 
 あたしの隣に座った子はアイルランドから来た子だった。マールって名前の金髪の綺麗な子。ものすごく社交的でいい子だった。

 このマールを中心に色んな子と仲良くなったんだ。

 みんなと色々話しているうちに、飛行機に乗っている子供達がみんな、お父さんがアバダン人で、はじめてお父さんに会いに行くってシュチュエーションだってことがわかったんだ。

 なんだ、みんな半分だけど、アバダン人じゃんーとか笑っていたけど、かなり不安になったと思う。あたし以外の飛行機に乗っている全員が、会ったことのないアバダン人の父親に会いに行くわけだから。しかも、アバダンは鎖国してて、どこの国とも国交がないでしょ。ほとんど情報がないし、チケットも普通に買えない。

 それなのに、ある日父親って名乗る人物からチケットが送られてきた。

 みんな最初は、そんなチケットなんて……って、ほっといたらしいんだけど、病気のお母さんに頼まれてとか、お母さんが亡くなる時の遺言でとかで、まあ、ものは試しかなって乗ることにした人達だったんだ。

 で、空港に行ってみると、本当に立派な飛行機が待ってるし、きれいなCAのお姉さん達が迎えてくれる。

 じゃあ大丈夫かとも思ったり、もしかして、新手の人身売買かもとも思ったり。

 日本で降りようかって考えてた子もいるらしい。

 でも、人身売買らしくもないし、CAからは、行くのをやめて、日本から国に帰ってもいい。その旅費も出す。って言われるから、まあ、監禁されてもいないし、不安ながらも会ったことのない父親に会える誘惑にあらがえず、皆、席に座っていたんだって。

 で、そこに兄さんが手配したチケットを持つあたしが乗ってきて、会ったことのある兄さんに会いに行くってしゃべったら、すごい皆がほっとしてさ。雰囲気がよくなったんだ。

 そのうちご飯の時間が来て、CAのお姉さんたちもそりゃあ美人で優しくて、そら食え、やれ飲めってごちそうの嵐だったの。
 
 誰かが音楽ならして、歌って踊って大騒ぎ。わからなかったけど、お酒も入ってたのかも。

 ちょっと皆テンション高くて、どこかおかしかった。私は朝が早かったから食べるより寝たくて、目をこすってたら、CAのお姉さんが個室に案内してくれたんだよね。

 もー眠くて眠くて、すぐに寝ちゃったんだ。だって前の日テストで徹夜して、次の日は朝3時起きだよ。しょうがないじゃん。

 で、どのくらい寝てたかわかんないけど、ふと目が覚めたら、なんだか妙に静かなわけ。

 なんとなくさっき座ってたところに戻ってみたの。そしたら、人っ子一人いないの。

 なんだか風も吹いてきて、おかしいなあとか思ったわけ。

 考えてみたら飛んでる飛行機で風が吹いてきたら、そりゃもう死亡フラグだよね。

 あ、フラグってわかんないよね。死んじゃいそうってこと。

 それなのに、あたしってば、ふらふら風の吹く方に歩いていったの。

 そしたら、飛行機の出入り口のハッチが開いてたんだよね。

 やばくない?

 でも、もっとやばかったのは、飛んでる飛行機のハッチがばっくり開いてたことじゃない。

 隣の席にいたマールが、CAのお姉さんたちに開いてるハッチから落とされそうになってたってこと。

 あわてて止めに入ったんだよ。
 体張って。

 そりゃそうだよ、死亡フラグじゃなくて、確実に死ぬから。

 でもね、ちらっとCAを見たら、フードの中に顔がないの。
 あのね、輪郭はあるんだよ、でも顔がないの。
 穴が開いたみたいに。ぽっかり。

 ビビるよね。で、後ずさりしたら落ちちゃったの。

 奇跡的にあの、アヴォイドだっけ?恐竜みたいな鳥にぶつかって、しばらくその背中に乗って掴まってたんだけど、鳥がこう。
 
 あたしはくるっと人差し指をまわした。
 
 あの塔あたりで旋回して君の部屋にダイブ。で、君に助けてもらったわけ。








「……落とされ子だ」

 レイは私の話を聞くと、少し考えて言った。

 落とされ子って何それ。

「……それは落とされ子だよ。ち、『力』のないものを国に入る前に落とすんだ」

 レイはさらりとすごいことを言ってのけた。

「な、え?」

 開いた口が塞がらない。

「……僕、この国の出生率が下がっている話はしたっけ?」

 ぶんぶんぶん。あたしは思いっきり首を横に振った。

「出生率が下がっているんだ。ここ数百年で急激に下がっている。他の種族もだけど、僕達の種族、シーの、特に貴族の女性からはほとんど子供が生まれないんだ。
 貴族の男と他の種族との子供、いわゆるミックスは、まあまあ生まれてるんだけど、純血はだめ。
 ち、『力』を強くしようとして、近親婚を繰り返してたから、多分血が濃くなりすぎたんじゃないかって言われている。
 今の宮廷は混血ばかりだ。時折、アバダンの下級妖精が『外』に遊びに行った時に、人間の女性との間で子供をつくる。男は子供を産むわけじゃないから、ち、『力』を減らすわけでもなく、ただ楽しんでくるだけ。
 でも、国民が少なくなってきているからね。
 苦肉の策で、国は何年かに一回、最も、ち、『力』が強くなる夏至祭りに併せて、アバダンの血をもつであろう子らを迎えにいくことにした」

「じゃあ、あたしの乗った飛行機って」

「まちがいなく、夏至祭りの時に『外』で産ませたアバダンの国民を迎えに行くためのものだと思う。でも、アバダンで暮らせるだけの、ち、『力』がない子は、国に入れない。国に入る前に、迎えに来た乗り物から落とすから……だから……落とされ子って言われている」

「え、そんな大事な子供をなんで落としたりするの?」

「なんだか、誤解があるみたいだけど、アバダンにとって大事なのは、ち、『力』を持った子供なんだよ。だから、最も、ち、『力』が強く発現する夏至祭りにアバダンに迎えるんだ。夏至近くになっても、持っている、ち、『力』が発現されなければ、ち、『力』がないと判断され、途中で捨てる」

「なにそれ……」

「ち、『力』がなければ嘘をつく。嘘をつかれたらこの国は終わりだ。蟻は城を崩す。小さな綻びはやがて王国をつぶす。どんな小さな綻びも許されない」

「だからって。だからって、そんなことしていいわけない。あの女の子も、男の子も、お父さんに会えるって楽しみにしていた。お父さん、空港で待っているって……」

「待っていない。空港で待っているのは『学校』の教師だよ。父親と呼ばれたそいつらには、人間との間の子供にはなんの感慨もない。
 アバダン人にとって大事なのは結婚の契約をした自分のパートナーだ。
 特にシー族は自分のパートナー以外は、子供とか、親とかはあまり興味がないんだ。
 シー族は子育てをしない。というかできないんだ。
 子供に興味がないから。
 昔はよく子殺しがあって、だから『学校』がつくられたんだ。
 僕らは生まれた瞬間に『学校』に入れられて、そこで育つ。
 休暇以外はずっと『学校』で過ごすんだ。そこで、適性が量られ、成人前に職業が割り振られる。シー族だったら軍に入る。
 運よくこの国に入国できた、ち、『力』のある子どもたちも同じだ。
 そのまま、『学校』にいれられて、やがて職業が割り振られる。まあ、ヒトとの混血だと、たいした職業につけないけど……あ、君は別だよ。ユキ。君は別だ」

 最後の方のレイの言葉は耳に入ってこなかった。

「ちょっと待って。ねえ、あの子たちは?あの子たちの未来は?誰だって自分の人生は自分で決める権利があるのよ。あの子たちは生きてるの。『力』がないからって大切な命を飛行機から投げ捨てるってどういうことよ!」

 怖い。怖かった。レイの「ユキは何を言っているんだろう」という目が何より怖かった。自分達のしていることに何の疑問も持たない目だ。会話が全く成り立っていない。

「自国の利益を損なうものを排除して何が悪いの?僕の国に路上に住んでいる人間がいる?誰か飢えて死んでる?アバダンの犯罪率がどのくらいか知っている?すべての国民が、ち、『力』を持っているから成り立っている社会なんだよ。それなのに、ち、『力』のない子が入ってきたらどうなると思うの?」

「でも……あたしたちの国は、いろいろ問題はあるけど、選択の自由があるよ。黙って連れてきて、何にも言わずに命を投げ捨てるってどういうことなのよ」

「選択の自由?そんなもの、世界中どの国だって持ってないよ。人間社会は、二つの目、二本の足と手があることを前提に社会がつくられている。そこからはみでた人間はどうなってるかみたことある?彼らに選択の自由があるの?選択の自由があるのは、自分の生まれ落ちた社会に適合した強い人間に与えられる特権でしょ?僕らの国だって同じだよ」

「そういうことじゃない。そういうことを言ってるんじゃないの。あのね、そんなに簡単に人の命奪っちゃだめなんだよ。命はひとつひとつ大事なんだよ。レイ、あなたと同じくらい、彼らも大事な命なんだよ。その人のことを大事に思っている人がいて、家族がいて、友達がいて、恋人がいたりするんだよ」

 落ち着いて言ったつもりだった。わかるように言ったつもりだった。

 でも、レイの表情が動かない。

「なんで……なんで、ここまで連れてきちゃうのよ。アバダンに入れるくらいの『力』がなければ、最初から飛行機に乗せなきゃいいじゃない」

「……無理だよ」

「何が?」

「混血の子がこの大陸から離れて、ち、『力』を発現することはとても難しいんだ。ユキは僕の塔から見えた美しい自然を覚えている?黒の森だってそうだ。僕たちは自然を糧として、ち、『力』を発現する。弱りきった自然の傍らで育った成人前の混血が、太古の自然を内包するこのバスター大陸から離れて、ち、『力』を発現することは皆無だ。ここアバダンの太古からある自然の、原始の、ち、『力』に近づいて、初めて、その、ち、『力』が発現する」

 レイはそう言うと、首を横に振ってこの話は終わり。とつぶやいた。

「ねえ。僕もう眠い。眠ろうよ。なんで落とされ子と僕がおんなじ命なのか、ぜ、全然わかんないもん」
 その言葉で、この目の前の男の子がどれだけ大事にされてこなかったかが分かった。私はぎゅっと目をつぶった。今度こそ、本当に帰りたかった。帰って、すずおばさんの太い腕の中にすっぽり入りたかった。

「……そうか。わかった。明日も早いから、もう寝よう。おやすみレイ」

「うん。おやすみ……ユキ」

 レイはようやくわかってくれた。と思ったのか、ほっとした顔で、再び、もそもそとシーツの間にもぐりこんだ。恥ずかしそうにあたしの手を握る。

「に、握ってていい?」

 あたしは手を振り払いたいのを必死で抑えながら、頷いた。爪を切って初めて現れた長い、白い美しい指だった。あたしは、長い汚い爪を持っていた時よりも、今の美しいレイの手の方が怖かった。

 レイは本当に疲れていたのだろう。

 隣のベッドからはすぐに規則的な寝息が聞こえてきた。

 あたしは緩くなったレイの手をそっとはずした。

『力』がすべての国。子供を育てられない国。

 ここが母さんと兄さんが生まれて育った国だった。

 母さんは『学校』で育って、子育てができないのに、あたしを育てた。

 いや、あれを育てたって言っていいのか?あたしは叫びだしたい気持ちをぐっと抑えた。

 殺されなかっただけマシなのかも知れない。

 母さんがあたしを愛してるって?
 それこそお笑い草だ。


 今夜は目がさえて眠れそうになかった。埃で白くなっている天窓に、ほとんど丸くなっている月が高く昇っていた。
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黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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