神蛇の血

ぺんぎん

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清灯

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 イライラしている。

 自分でもわかっている。

 清灯は、塗籠の中に入ると、どさりと座り込んだ。

 体内の血に宿るモノが暴れていた。

 いくら紘子が強固な結界を張りめぐらしていても、それは、外の禍々しい気配に反応して、いっこうに静まらない。

 悪しき気配を感じて、戦いを好むこの血が騒ぐ。

 いっそこの血に身を任せ、狂鬼のままに戦いと血の世界に身を委ねられれば楽なのに。

 攻めの「力」は、争いを好む。

 何か、強大な穢れが、眠っていたモノを目覚めさせている。

「全く、あいつはバケモンかよ……。ちい姫の持つ血と、俺のこれを一人で抑え込んでいたんだから」

 答えるものは誰もいない。

 強固な結界は、どんな穢れも入り込むことができない。

 この清浄な結界の中にいる、自分だけが、穢れたまま。

 太陽のような忠義と、雪のようにまっさらな紘子の二人が、愛しく、厭わしかった。

 乳兄弟であることも忘れて、あの美しい顔をめちゃめちゃにしてやりたい。

 自分だけのものに。

 あの守りの「力」さえなければそれも可能であったのに。

 暗い、心の闇が首をもたげる。

 この血が憎かった。

 左の足首には、忠義にはいらないと言われた、紘子の髪でつくられた、黒水晶の数珠がまかれていた。

 忠義には、必要のないお守り。

 甘い、甘い鎖。

 助けてほしい

 清灯はぎゅっとその黒水晶をつかんだ。

 日も差し込まない塗籠の中、返事を期待しない小さなつぶやきが暗闇の中に吸い込まれていった。







 山の夜は早い。

 日はとっぷりと暮れて、曇った空は暗く天を覆い、月も星も見えなかった。

 山の中にいるというのに、虫の声ひとつ、蛙の声ひとつと聞こえない。

 それでも、紘子の浄化の「力」のせいなのか、雨上がりの生臭い匂いが薄れていた。

 昼の山歩きがよほど体にこたえたのか、忠義の低い鼾が隣の部屋から聞こえてくる。

 紘子はくすりと笑った。

 何があってもよく眠るところは小さい時から変わっていない。

 紘子は扇をぱちんと閉じた。

 人の声がしたような気がする。

 こんな夜更けに、人里から離れた山奥の別荘に、誰が訪ねてくるというのだろう。

「聞き間違いかしら」

 何かが触ればすぐに結界が反応するはずだった。

 念のため、邸内をぐるりと歩いたが、何も異常はないようだった。

 清灯が引きこもった塗籠からは、物音ひとつしない。

 やれやれ。

 何を思い悩んでるんだか。

 紘子はそっとその場を離れた。

 山の気候のせいか、初夏だというのに、夜は冷えた。

 こんな日は早く眠るに限る。

 持ってきた袿を何枚も重ねてひっかけると、眠気はすぐに訪れた。

 疲れているときものを考えるのはよくないからね。

 早く眠るに限るよ。

 紘子は塗籠に引っ込んでいる乳兄弟のことを思いながら、眠りについた。


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