神蛇の血

ぺんぎん

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黒幕は人ではなく

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「そうかあ。じゃあ、故意の線が強いかもね。何らかの呪詛を、誰かがしたってことかなあ?」

「可能性として。な。人だけが呪詛というものをすると思うなよ。鱗が生えるという奇病が村中、人だけでなく、家畜にまで伝染しているのだ。しかも死に至らしめる病でもある。それほどの強い念。おそらく、黒幕は人ではないぞ」

「大丈夫なのか? そんなの相手にして」

 忠義がもそもそと二人の傍に円座を寄せてきた。

「そうだな。原因を作ったモノと、黒幕をつきとめねば、危なくって、あの死水をちい姫に祓わせられないな」

 なんだかんだと紘子に甘い清灯の発言だった。

「大丈夫じゃない? わたしの張った結界に気づいて、向こうさんから訪ねてきてくれるわよ。何だかさっきから、妙に結界の外が騒がしいのよね」

「そうだな」

 清灯がすっと目を細めた。

「邪気が濃くなってきたわね」

「あの。姫君、この方たちは……」

 いったいどこの誰でしょうか?

 黙って聞いていた椎が、こらえきれず、恐る恐る尋ねた。

「ああ。ごめんなさい。この大きいのが近衛の中将 忠義。もう一人が内裏の陰陽師をしてる清灯よ。先に派遣した陰陽師連中が帰ってこないから、わたし達が来たのよ」

 ね。清灯。

 紘子が陰陽師頭を見た。

 使えない部下を派遣したとでも思ったか、清灯は、ぶすっとした顔で頷いた。

「それでは、かの名高い陰陽師 安倍の……ありがたや。ありがたや。これで村が救われます」

 目に涙をためて、椎が両手を合わせながら、何度も頭を下げた。

「祓うのはちい姫だ。それに、まだ助かるとは言っておらんぞ」

 清灯が乾いた声で言った。

「まず、原因がはっきりしておらん。原因を突き止めず、鱗だけとって回っても、また同じことになるからな」

 それに。

 清灯が白湯を一口飲んで、にやりと笑った。

「そこまでの恨みを買ったんだ。おとなしく念願成就させてやるのも一興」

 よほどのことを誰かにしたのだろうよ。

 椎の顔がこわばり、合わせた手が力なく解かれた。

 すぱんっつ。

 紘子の扇が清灯の後ろ頭に飛んだ。

「何言ってんのよ。全く。椎、気にしなくていいからね。なんとか原因も探るから」

「やはり、すぐは難しいのでしょうか?」

 椎は、寝たきりの母が心配だった。

 村人が余裕ない今、誰が母を食べさせているのだろう。

 去ねと言われたが、果たしてそのまま去ってしまって、よかったのだろうか。

「うん……難しいというか、何というか、多分、清灯が言う通り、奇病は水を介して感染しているでしょ? 水に触れずに生活することなんて不可能だし、根本を絶ってしまわないと、またすぐ鱗が生えるなんてことになりかねないのよ」

 この病はあっという間に近隣の村に広がるだろう。

 水は循環している。

 水だけではない。すべてが、循環して、この世界は回っているのだ。

「でもね」

 紘子は努めて明るく言った。

「必ず、必ず祓うから。それは、信じてね」

「だいたい、そなた、母御世や村人からひどい仕打ちを受けているではないか。それでも、祓ってほしいのか?」

 お前が助かったなら、いいではないか。

 清灯は見下すように言った。

「……村人達の仕打ちを忘れたわけではありません。けれども、彼らの行き場のない怒りを、不安を思えば、立場違えば、自分も同じことをしたかもしれません」

 椎は肩を落とした。

「こういう時は、誰かが、悪人になるのがいいのです」

 怒りがあれば、絶望して死ぬことはないかもしれない。

 ただ、母のことは……。

 椎はそれ以上言わなかった。

「自分さえ我慢すれば。か。お優しいことで」

 そういう犠牲的精神こそが欺瞞だ。

 清灯は吐き捨てるように言う。

「誰に言ってんだよ。清灯。お前だって、宮中の内大臣連中相手に、同じようなことをしてるじゃないか。さっきから椎につっかかってるのって、なに? 同族嫌悪? 少しは兄ちゃんのはがゆい気持ち、分かってくれた?」

 よよ。とわざとらしく泣くふりをして、忠義が清灯に寄り掛かった。

「俺はこんなにお人よしではない!」

 清灯が顔を真っ赤にして、忠義を振り払った。

 忠義がふと、真面目な顔をして言った。

「同じだよ。同じなんだよ。清灯。椎もお前も底抜けのお人よしだ。頼むから、自分をもっと大事にしてくれ。僕や、ちい姫のためにも」

「……」

 清灯が唇をかみしめて、ふいっと席を立った。

「た、忠義様? よいのですか?」

 椎があわてた。

 なんだかわからないが、自分が原因なような気がする。

「あ――。いいのいいの。ほっといていいのよ。その二人は」

 紘子は呆れて白湯を飲んだ。

「椎は何にも悪くないんだから。この人達、喧嘩しているフリして愛の告白してるだけだから」

「なんだよ!? それ」

 忠義がギョッとした。

「お互いが心配で心配で仕方がありませんって話でしょ。まったくもう。自覚がないなら、始末に負えないわ」

 それにしても。

 紘子は、ほうっと清灯が引っ込んだ先を眺めた。

 それにしても、なんだってあんなにイライラしているんだか。

 普段なら、老若男女、どんな身分だだろうが、嫌味なほど人当たりがいいのに。

「なんかあったのかしらねえ」

 紘子はそうつぶやいて、首をひねった。


 

 

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