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「――え? あ、あの……」
「こんな所で自殺なんかされたら迷惑なんだよ。死ぬなら人の迷惑にならない所で死ね」
僕の腕を掴んで引き戻したのは、ボサボサの黒髪に目つきの悪い男の人だった。ヤーさんには見えないけれど、切れ長の強面イケメンだ。髪をちゃんと整えて、スーツでも着たらかなり映えそうだ。そんな事をぼんやり考えていた僕は、イマイチ現状を把握出来ていなかった。
「おい、聞いてるのか?」
「…………え、と……じ、自殺をしようとしたんですかね? 僕」
「………………大丈夫か? お前」
僕の間抜けな答えに、強面イケメンが呆れたような、困ったような顔をする。思わずお互いに視線を合わせて呆然と見つめ合ったけれど、いやいやちょっと待て。
「ぼ、僕、自殺しようとしていたんですか?」
「……いや、俺に聞かれても知らねぇよ」
「あ、そりゃそうですよね……」
確かに、何言ってるんだ僕。僕自身、自殺をしようなんて考えていなかったつもりだけど、少しだけ頭がはっきりしてくると、さっきの状態はかなりやばかったんだと気付く。
「――マジか……僕、死ぬところだったの?」
恐怖が今頃やってきて、思わずその場でヘナヘナと座り込む。そんな僕の様子を見て、強面イケメンが呆れたように息を吐いた。
「……というか、何しにこんな所まで上がってきたんだ? お前は」
「え、と……何となく?」
「なんだそりゃ」
僕の答えに、強面イケメンは小さく吹き出した。そのお陰で漂っていた微妙な空気はなくなったような気がする。あくまで僕の主観だが。
「――くしゅんっ」
「……ああ、こんな所にずっといたら流石に冷えるな。おい、茶くらい淹れてやるから着いてこい」
「あ、はい。ありがとうございます」
ずび、と鼻を啜りながら、強面イケメンの言葉に有りがたく従う事にする。これから住む家と仕事を探さなくてはいけないのだ。その前に、お茶をする時間くらいはもらってもいいだろうと自分を納得させた。
「よし、じゃあこっちだ」
「は、はいっ」
さっさと屋上を出て行こうとする背中を、慌てて追いかける。落ちかけた時に落としていた荷物も持って、早足で後ろについていった。
(強面イケメンさん、足長いから歩くの速いな……。身長も高いし何センチあるんだろう?)
僕の身長は167cmなのだが、それよりも優に10cm以上は高い気がする。決して、身長が低いとは思っていなかったけれど、よく見れば肩もがっしりしているし、同じ男として羨ましい限りだ。
強面イケメンについて、階段を2階分降りていく。踊り場を抜けて歩いていくと、一つのドアに近付いて行った。
【東郷法律事務所】
かなり汚れていたけれど、ドアに貼っていた文字に思わず目を丸くして立ち止まった僕に「早く入れ」と強面イケメンが促してくる。
「えと、あの……弁護士事務所、なんですか?」
「一応な。実際は何でも屋みたいなもんだ」
「そう、なんですか……」
何でもないように強面イケメンが答えるけれど、もしかしてこの人が弁護士なのだろうか? いや、もしかしたら用心棒的な感じで、もっと弁護士らしい人がこの事務所のボスなのかもしれない。
そんな事を思いながら部屋の中に入ると、入り口すぐに小さな棚が仕切り代わりに置かれており、その向こうには使い古されたソファとローテーブルが見えた。更に、その向こうには壁面を埋める書類棚と、同じく書類に埋もれた机があった。
(何か……仕事している人の事務所って感じだ)
僕が働いていた税理士事務所も、書類はたくさん詰まれていた。だけど、綺麗なはずのソファやテーブルは汚れていて、毎日必死になって掃除をしていたのを思い出す。この部屋も雑多な感じはするけれど、汚れという意味ではそんなに汚れていない。仕事が忙しいから書類が詰まれているだけという感じだ。
とりあえずソファに座らせてもらった僕は、簡易キッチンで強面イケメンがお茶を淹れてくれるのを大人しく待つ。落ちそうになった所を助けてもらった上に、お茶までご馳走になるなんて図々しすぎるけれど、ここは大人しく甘えておく。
「ほら。砂糖とか淹れてねぇけど、飲めるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ローテーブルに置かれたカップからは、コーヒーの良い香りがする。お店のコーヒーはほとんど飲んだ事がないけれど、時々自宅でご褒美としてコーヒーを淹れて飲んでいた程度だから、当然いつもブラックだ。砂糖は結構高かったから家には置いていなかった。ついでだと、茶請けにクッキーも出してもらい、お腹の空いていた僕は遠慮なく食べさせてもらった。
出してもらったクッキーを全部食べ、ある程度空腹が満たされた頃、強面イケメンに問い掛けられた。
「……で? 何でこんな所でうろうろしていたんだ? お前」
とりあえず、僕が本気の自殺願望者ではない事は理解してもらったらしく、そんな質問をぶつけられた。まぁ、確かにまだ未成年の僕が大きめの荷物を持って、ネオン街をうろつくのはちょっとおかしいもんね。
なので、僕は大人しくこれまでの経緯を説明した。子供の頃両親が離婚して父親に引き取られた事、その父親にDVを受けていた事、何とか就職したのに先生の借金で解雇されてしまった事、家賃が払えずに家を追い出された事。その全てを完結に、淡々と説明した。
「――はぁ、そういう事かよ……」
僕の説明を聞いて、強面イケメンは額に手を置いて天を仰ぐ仕草をした。まぁ、確かになかなかない状況だと自分でも思うからね。
でも、強面イケメンの様子を見て、僕は今しかない! と「お願いします!」と頭を下げる。
「僕に住み込みで出来る仕事を紹介して貰えませんか!? 何でもしますから、お願いします!!」
「――――は?」
「こんな所で自殺なんかされたら迷惑なんだよ。死ぬなら人の迷惑にならない所で死ね」
僕の腕を掴んで引き戻したのは、ボサボサの黒髪に目つきの悪い男の人だった。ヤーさんには見えないけれど、切れ長の強面イケメンだ。髪をちゃんと整えて、スーツでも着たらかなり映えそうだ。そんな事をぼんやり考えていた僕は、イマイチ現状を把握出来ていなかった。
「おい、聞いてるのか?」
「…………え、と……じ、自殺をしようとしたんですかね? 僕」
「………………大丈夫か? お前」
僕の間抜けな答えに、強面イケメンが呆れたような、困ったような顔をする。思わずお互いに視線を合わせて呆然と見つめ合ったけれど、いやいやちょっと待て。
「ぼ、僕、自殺しようとしていたんですか?」
「……いや、俺に聞かれても知らねぇよ」
「あ、そりゃそうですよね……」
確かに、何言ってるんだ僕。僕自身、自殺をしようなんて考えていなかったつもりだけど、少しだけ頭がはっきりしてくると、さっきの状態はかなりやばかったんだと気付く。
「――マジか……僕、死ぬところだったの?」
恐怖が今頃やってきて、思わずその場でヘナヘナと座り込む。そんな僕の様子を見て、強面イケメンが呆れたように息を吐いた。
「……というか、何しにこんな所まで上がってきたんだ? お前は」
「え、と……何となく?」
「なんだそりゃ」
僕の答えに、強面イケメンは小さく吹き出した。そのお陰で漂っていた微妙な空気はなくなったような気がする。あくまで僕の主観だが。
「――くしゅんっ」
「……ああ、こんな所にずっといたら流石に冷えるな。おい、茶くらい淹れてやるから着いてこい」
「あ、はい。ありがとうございます」
ずび、と鼻を啜りながら、強面イケメンの言葉に有りがたく従う事にする。これから住む家と仕事を探さなくてはいけないのだ。その前に、お茶をする時間くらいはもらってもいいだろうと自分を納得させた。
「よし、じゃあこっちだ」
「は、はいっ」
さっさと屋上を出て行こうとする背中を、慌てて追いかける。落ちかけた時に落としていた荷物も持って、早足で後ろについていった。
(強面イケメンさん、足長いから歩くの速いな……。身長も高いし何センチあるんだろう?)
僕の身長は167cmなのだが、それよりも優に10cm以上は高い気がする。決して、身長が低いとは思っていなかったけれど、よく見れば肩もがっしりしているし、同じ男として羨ましい限りだ。
強面イケメンについて、階段を2階分降りていく。踊り場を抜けて歩いていくと、一つのドアに近付いて行った。
【東郷法律事務所】
かなり汚れていたけれど、ドアに貼っていた文字に思わず目を丸くして立ち止まった僕に「早く入れ」と強面イケメンが促してくる。
「えと、あの……弁護士事務所、なんですか?」
「一応な。実際は何でも屋みたいなもんだ」
「そう、なんですか……」
何でもないように強面イケメンが答えるけれど、もしかしてこの人が弁護士なのだろうか? いや、もしかしたら用心棒的な感じで、もっと弁護士らしい人がこの事務所のボスなのかもしれない。
そんな事を思いながら部屋の中に入ると、入り口すぐに小さな棚が仕切り代わりに置かれており、その向こうには使い古されたソファとローテーブルが見えた。更に、その向こうには壁面を埋める書類棚と、同じく書類に埋もれた机があった。
(何か……仕事している人の事務所って感じだ)
僕が働いていた税理士事務所も、書類はたくさん詰まれていた。だけど、綺麗なはずのソファやテーブルは汚れていて、毎日必死になって掃除をしていたのを思い出す。この部屋も雑多な感じはするけれど、汚れという意味ではそんなに汚れていない。仕事が忙しいから書類が詰まれているだけという感じだ。
とりあえずソファに座らせてもらった僕は、簡易キッチンで強面イケメンがお茶を淹れてくれるのを大人しく待つ。落ちそうになった所を助けてもらった上に、お茶までご馳走になるなんて図々しすぎるけれど、ここは大人しく甘えておく。
「ほら。砂糖とか淹れてねぇけど、飲めるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ローテーブルに置かれたカップからは、コーヒーの良い香りがする。お店のコーヒーはほとんど飲んだ事がないけれど、時々自宅でご褒美としてコーヒーを淹れて飲んでいた程度だから、当然いつもブラックだ。砂糖は結構高かったから家には置いていなかった。ついでだと、茶請けにクッキーも出してもらい、お腹の空いていた僕は遠慮なく食べさせてもらった。
出してもらったクッキーを全部食べ、ある程度空腹が満たされた頃、強面イケメンに問い掛けられた。
「……で? 何でこんな所でうろうろしていたんだ? お前」
とりあえず、僕が本気の自殺願望者ではない事は理解してもらったらしく、そんな質問をぶつけられた。まぁ、確かにまだ未成年の僕が大きめの荷物を持って、ネオン街をうろつくのはちょっとおかしいもんね。
なので、僕は大人しくこれまでの経緯を説明した。子供の頃両親が離婚して父親に引き取られた事、その父親にDVを受けていた事、何とか就職したのに先生の借金で解雇されてしまった事、家賃が払えずに家を追い出された事。その全てを完結に、淡々と説明した。
「――はぁ、そういう事かよ……」
僕の説明を聞いて、強面イケメンは額に手を置いて天を仰ぐ仕草をした。まぁ、確かになかなかない状況だと自分でも思うからね。
でも、強面イケメンの様子を見て、僕は今しかない! と「お願いします!」と頭を下げる。
「僕に住み込みで出来る仕事を紹介して貰えませんか!? 何でもしますから、お願いします!!」
「――――は?」
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