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1.操りの秘術

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ダンジョン深層部、繰り広げられていた激闘は遂に終わりを迎える。古代エンシェントドラゴンの硬く分厚い皮膚を裂き、心の臓を貫く槍の一撃。天井すら軋み、崩れ落ちるほどの金切り声をあげた後、ドラゴンはようやく床に沈み、動きを止める。 

「クッ、ガホッ……ゴボッ……」

 槍遣いファランクスであるリズベット=エラーシャは、自分の口内に血の味が交じるのを感じた。口内を切ったのではない、龍との激闘の際に、壁まで弾き飛ばされた時の衝撃が原因で吐血したと分析する。聖騎士の鎧が、今は酷く重い。

「アリア……!」

 息も絶え絶えで、同行者の名前を呼ぶ。錬金術師アルケミストの彼女に回復を頼もうとした彼女。しかし、先程敵に一撃を食らわせるため、アリア=カトラスも自身の精神力全てをぶつけ、龍を怯ませた。その結果、アリアも立ち上がれず、失神した状態だった。

「ハァッ……共倒れ……なの……ゴボッ……」

 魔族としては最大級の危険性を誇る古代龍。街を一夜にして滅ぼす事ができるそれを、討伐できた事は冒険者としても最高の名誉。しかし、その名誉と引き換えに命を失うのは全くの無意味。なんとか、なんとか生き延びねばとアリアの方へ歩み寄る。

「足がっ……動かなっ……」

 聖槍を、老人の杖のように使って這うように進む。しかし、最早限界はすぐそこまで迫っていた。リズは、自分の身体が急速に冷えゆくのを感じる。指先の感覚が無くなって、次第に腕も動かせなくなる。どう、と地面に倒れこんでしまった。自分の身体が冷えてゆく感覚を、リズはまざまざと味わうほかない。あちこちからの出血で、呼吸も段々と重くなる。息を吸っても息苦しいのが続く。

「おや、どうしたのですか」

 頭上からの声に、リズは顔を上げる。どこから現れたのか分からない、しかし倒したドラゴンの上に羽衣の様な布を纏った女性が居る。その姿に、リズは見覚えがあった。

「聖女……エリヌミア様……!?」

 教会で洗礼を受け、祝福を授かったときに彫刻で見た顔。武神にして卓越した治癒魔法を扱う事から、慈愛の神としても祀られている存在。肌の色や装備品は同じで無いものの、全く同じ姿の彫刻を見た事がある。宗教に篤い性格ではないものの、多くの信徒から捧げものを受けていた事を思い出した。だがどうして、聖女たるエリヌミアがここに――否。それよりも、どうにかしなくては。

「お願いします……たすけて……くださぃ……!」

 魔物だらけのダンジョンに、一筋の救いの光が指す。夢幻ゆめまぼろしか分からないが、ひょっとしたら命は助かるかもしれない。――――本来のリズであれば、そんな藁をも掴む様な思考などしない。だが、追い詰められた彼女にはそれ以外の方法が無かった。

「ええ、構いません。私の手を取ってくだされば」

 リズは息絶え絶えになりながらも這って、差し出された手を必死で握り返す。女性の滑らかなてのひら――それが、触れた先からドロリと溶け出す。握りしめたはずの拳が貫通し、自分の腕が粘液に飲まれてしまうのをリズは避けられなかった。

「ヒッ――」

 ソレが、致命的なミスになる。利き腕が絡めとられた状態で、振り払うことも出来ずにリズは襲い掛かってくる怪物に飲み込まれてしまった。目の前の聖女が、頭からドロドロと形を崩してゆく。片方が無くなった口元から、嘲笑う言葉が響き渡った。

「クハハッ……! 最後の最後で油断したな! この間合いなら逃げられまいっ!」
「ぐぅっ……あ゛ぐっ……!」

 両腕の自由を失っては、道具も何も使えない。脚で必死にもがいても、全く離れることができない。せめて、叫んでアリアを目覚めさせることが出来れば。大声を出そうと、思い切り息を吸った瞬間。崩れ落ちてゆく聖女の体から更に噴出した粘液。鎧の兜の内側にまで侵入され、一気に喉元までせり上がる。

「ガボッ……! ゴボボォッ……!」
「仲間が居るのは知ってるんだ、その手は食わんぞ……!」

 異物が自分の顔面を覆って、耳の穴や鼻の穴、口の穴から入り込んでくる。眼球を舐めとられるかのような痛みが、頭をつんざく様な痛みが、呼吸ができない苦しみが続く。意識を失っては駄目だ、とリズは自分に言い聞かせるのだが。

「ン゛ン゛ン゛ッ゛!? ガア゛ァァァァッ!?」

 内側から頭をかき混ぜられているかのような感覚。今居る場所も、自分の存在すら揺るがされ、何も分からなくなってゆく。息が詰まり、叩かれた羽虫の様に地面でジタバタする事しかできない。甲冑の金属音だけがむなしく響き、全身が、頭が割れるように痛む。

「ゴッ……オ゛ォォォォ……」

 最期の息が、粘液に飲まれて泡を作る。手足に入っていた力が抜け落ち、全身の体温が冷えてゆくのを感じながら、リズは遂に昏倒した。


古龍とアリア、そしてリズが倒れ伏したダンジョン。冷たく湿った空気は彼女らを包み込み、大量の瓦礫や焦げ跡が示す先程までの死闘が嘘だったかのように、静寂だけが広がっている。土埃が舞う部屋で、誰も動くものはいなかった……しかし。

「ゴ……ボォッ……」

 真っ先に意識を失わせるために頭部分に集中していた粘液が一旦体の表面に現れ、リズの喉を無理矢理に鳴らせながら侵入する。入り込んだ粘液は、リズの身体を溶かし粘液と同化させ始めた。内側から体を融解させられた彼女の躰は、一部分が落ち窪んだり縮んだりと、本来の形状を失いつつあった。溶解液は肺を満たし、呼吸もままならない。人間であれば生きながらえる事は難しい。――だが、リズは人間では無くなりつつある。

「オ゛ッ……」

 古龍より飛び出し、女神の姿を模倣した『粘液』は、元々は力の弱い種族の一個体であった。しかし、ある時手にした『あやつりの秘術』と呼ばれる禁術を用いて、より強い肉体に乗り移ることで長い時間を生きながらえ、遂にはダンジョンの支配者たる存在になり替わっていたのだった。今、『ソレ』は新たな宿主を見つけ再び禁術を行使しようとしている。

「………………」

 リズの潰れ切った身体には合わなくなった兜が、転がり落ちてしまう。溶かされ、破壊されたリズの肉体を補うように粘液が躰を再構築する。溶かされた臓器や血管を再現し、血管や神経の挙動を模倣する。『ソレ』とリズとが、不可逆に混ざってゆく。徐々にだが、リズの身体は元の形状を取り戻しつつあった。ペシャンコになっていた手足や肩に、もう一度厚みが取り戻された。――再び、無音。

「――――ゲボッ……ゴホッ……」

 咳きこみ、喘鳴と共に呼吸を再開したのはリズだった。乱雑に装備していた重鎧を外し、体に纏っていた下着を、苦しげに息をしながら外す。銀色の髪を揺らし、水色の瞳で周囲の状況を見渡した。やがて自分自身の体に目が行き、身に何も付けていないことを確認して――リズは哄笑する。

「ふふっ……はははっ……! 手に入れたぞ、新たなチカラを……!」

 リズの喉を震わせ、『ソレ』は嬉しげに自らの身体を抱きしめる。自身の持つ宝を手放そうとしない、卑しい富豪の如き歪んだ笑み。端正な顔立ちのリズにはその表情があまりにも似合わず、かえって恐ろしさを増していた。

「ククッ……しかし、古龍を屠る程の力を持つ者が、姿形を変えただけのモノに容易く騙されるとは……。最も、殆どこの身体もボロボロになっていたからかも知れぬな」

 他人事のように、自らの失態を語るリズ。――事実として、リズの『中身』にとっては他人事であった。彼女の身体にあった無数の痣や切傷、火傷の痕は今や全く消え失せている。先ほどの粘液との同化によって、リズにあったダメージの類は全て消されてしまっていたのだ。薄桃色の肌が、くすんだ色だけが支配するダンジョンと対照的に輝く。

「ふむ……再びニンゲンの雌に入り込むことになるとはな。昔のカラダと比べれば相当な強さだとは思うが……まずは『同調』しなければならぬ」

 リズが丁重に扱っていた聖なる鎧すら、足蹴にするように遠ざける。そして、身に着けていた衣服や下着を尻に敷く形でリズは遺跡の床に座り込んだ。裸体のリズにはこの部屋の空気も、さらに冷たい床の感覚はあまり心地よいものではない。しかし、リズの『中身』はそれを新鮮にすら感じていた。前に居た古龍の身体は頑丈で力強くはあったが、皮膚や鱗があまりに硬いため、感覚に鈍い。そのことを、『怪物』は玉に瑕だなと考えていた。

「んっ……」

 両脚を開き、リズは彼女の性器を恥ずかしげもなく晒す。指先で探り当てるように割れ目に触れ、指先でソコを撫で始めた。冒険ばかりで自慰行為をあまりしていない彼女の躰は、感じ始めるのに時間がかかる。小指ですら入れるのに痛むため、しばらくもどかしい気分だった。だが、『怪物』にとっては遥か昔に味わった快楽。

「うぅっ……だがっ……これも悪くなぃっ……♡ はぁっ……♡」

 ようやく指先が入り込むようになり、熱を持った体液を感じる。この身体で初めて感じる『暖かい』という感覚は、リズの『中身』にとっては喜ばしいものだった。一度小指を受け入れた彼女の膣は、徐々により深い部分へと侵入を許すことになる。薬指、人差し指、同時に二本。本来なら開発に日時の掛かる性感だが、粘液で再構成された肉体は容易に『気持ちよくなる方法』を求め、適応するよう身体を作り替えていた。

「はぁっ……♡ イイっ……♡ これっ……♡ きもちいい……♡ 前のカラダより……♡ ずっとイイっ……♡♡」

 ダンジョンの主としての荘厳な言葉遣いは何処へやら、『リズ』は肉欲に溺れ始めていた。肉体の同化により、リズの体の主導権を奪った粘液だったが、彼女の精神は未だ支配下ではない。だが、『あやつりの秘術』の効果をより強固にする手段として、『ソレ』が以前の乗り移りの時から行っている手段が有る。強烈な感覚を肉体に味合わせ、精神を極限まで追い込む。まっさらになった状態の精神であれば、簡単に溶かし、喰らうことが出来る。

「あうっ♡ 人間ヒトの雌はっ♡ やっぱりココがイイみたいだなっ♡ あぁっ♡ 痺れるっ♡♡ けどっ♡♡ もっとっ♡♡♡」

以前、女性の身体を宿主にしていた時の記憶を思いだしながら自らを慰める。

「だがっ……♡ 前のカラダとはっ……具合が少し違うな……あうっ……♡」

数十年も前に別の冒険者の身体に居た時は、女性器への刺激に敏感だったと記憶している。しかしリズの身体はどうもそうでは無いらしい、ということが解ってくる。

「ふうっ……♡ でもっ……♡ そろそろっ……♡♡ 来そうだっ……♡♡」

身体が火照り、ジンジンと心地よい痺れに襲われる。切ない、もっと刺激が欲しい。肉欲に屈した『カラダ』は、気持ちよくなる事を望んでいた。

「はっ♡ あぁっ♡ クルっ♡♡ きてるっ♡♡♡ イッちゃうっ♡♡♡ 私がっ♡♡ 消えてくっ♡♡♡ 呑まれちゃう♡♡ でもっ♡♡ あっ♡♡ あぁ――――♡♡♡♡」

一瞬だけ表層に現れたリズ本来の意識。だが、快楽の渦は彼女の理性をすぐに飲み込み、声すらあげることもできない。全身を跳ねさせ、彼女は潮を吹いた。

「――――っ!♡♡♡♡ ッ――♡♡」

 声にならない絶叫。あどけなさの残る顔を真っ赤にして、水色の瞳を大きく開く。全身を快楽で善がらせる。神経が、肉体が、精神が――そして、リズの魂が、ただ暴力的なまでの快楽に塗りつぶされる瞬間。真っ白になったリズの全てを、『ソレ』は呑み込む。

「ァ……♡ ォ……♡♡ ゴッ……♡♡♡」

そうして、『怪物』は。
リズの全てを手にしたのだった。


数分後。生まれたままの姿で、股座またぐらが愛液でびしょ濡れになっていたリズ。眠るように倒れていた彼女が、体を起こして目を開く。

「ううっ……あいたた……頭がクラクラするなぁ……私、どうしてここで寝てたんだっけ……」

眠そうな眼を擦り、リズはアリアの事を探そうとする。少し離れたところに倒れていた彼女に声をかけようとして――――

「――あっ、そうだった……『わたし』はもう『わたし』になったんだ……♡」

 何時ものリズがするような、はにかんだ笑みを浮かべる。しかし、その意思そのものは既にリズ本人によるものではない。あるいは、同化してしまった彼女にとっては『中身』の意思が、リズのソレと同一のモノになってしまった状態。

「そっかぁ……♡ 『おれ』って、こんなに可愛かったんだぁ……♡ とっても強いのに、鎧からこんな女の子が出てきたらズルいよね……♡」

冒険バッグから取り出した手鏡で、映した自分自身にウットリするリズ。『粘液』が吸収した彼女自身の美的感覚や、世俗的な感覚から言っても『リズという肉体』は相当の美少女の領域であると解った。

「『本人リズ』としては子供っぽく見られるのが嫌で、それで顔を隠してたんだけど……何で隠すかなぁ、勿体ない」

 口に出せないような秘密も、他人に知られたくないことも、次々と暴かれておもいだしてしまう。お目当ての記憶にたどり着き、リズはもう一度座り込み、オナニーを行おうとする。異なるのは、「リズ自身」の気持ちの良い所を思い出しながらシていること。

「ふぁぁっ♡ そうっ……♡ わたしっ……おっぱいがきもちよかったんだ……♡♡」

 乳首の先端をつまみ、わずかにこすり合わせる。ピンク色で綺麗なソコを、指先で摘まむ。指のサラサラした感触が、敏感な乳首に伝わって心地が良い。こそばゆいような、フワフワした感覚のような。じれったい。だけどきもちいい。吐息がだんだんと深くなってゆく。

「ちょっとだけっ……♡ ちょっとだけ、つよめにっ……♡ んうっ♡♡♡」

 少し力を加えると、ちょっとだけ痛い。だけど、体のスイッチが入った状態ではそれすら快感になる。くりくり、モミモミ。自分のおっぱいを揉んだり、先っぽを刺激したり。もどかしいのに、ドキドキして安心する。柔らかいものに包まれているような感覚。

「もっとっ……♡ もっとシたい……♡ もっときもちよくなりたいっ……♡♡」

 自分のクリトリスに指先をそっと当て、すぐには攻めずまわりをなでる。弱い感覚だけど、それでもカラダがじんじんとしてきた。少しだけ湿ったワレメに指を当て、指先を濡らす。そのまま、根元からゆっくりと上になでる。

「ふわぁぁぁぁっ――♡♡♡♡♡♡」

 脱力したような、ふいに力が入らなくなったような感じ。

「んもうっ……♡ ココもっ……♡ げんかいっ……♡♡」

自分のアソコから、あふれそうなほどツユが漏れ出しているのを感じている。さっきとは比べ物にならない。もどかしくて、せつなくて、ジンジンする。ツプリ、と指をいれた。

「んんっ……♡ さっきよりもっ……♡ ヌルヌルしてるっ……♡♡」

 自分リズの記憶を思い出して、普段そうしてる妄想を呼び起こす。仲間アリアにもヒミツの、はずかしい思い出。誰かに知られたら、恥ずかしくて顔向けできない記憶。

「はぁっ……♡ いつかっ……♡ ステキな人とっ……♡ ラブラブでえっちなコトっ……♡♡ シたいっ……♡♡」

 顔も存在も知らない、わたしだけの王子サマ。優しくてかっこよくて、強い人。だけど二人きりの時には、わたしにだけは甘えてくれる大切なひと。有りもしない、だけど絶対どこかにいるとしんじているひと。

「あぁぅ♡ そうっ♡ いつかっ♡ あたしよりもっ♡♡ つよくてっ♡ かっこいいヒトとっ♡♡ キスしてえっちしてっ♡♡♡ ぎゅーっ♡ ってだきしめてもらってっ♡♡♡ それでっ♡♡♡ おちんちんがっ♡♡♡ ここにっ♡♡ ああぁぁぁっ♡♡♡♡♡♡ ひゃぁぁぁぁぅ♡♡♡」

 お姫様願望だって、似合わないっていわれても。いつか人並みの、すてきな恋がしたい。そして、つよくだきしめてもらって、みみもとでささやかれて――――

「あっ――んううううぅぅぅぅ♡♡♡♡♡ いっ♡♡ あ゛っ♡♡♡ はぁぁぅ♡♡♡ しきゅう♡♡♡ おりてくりゅ♡♡♡♡ いくっ♡♡♡♡ あっ♡ あーっ♡♡♡♡」

 ぼんやりとしたあたまで、きもちよさのピークをむかえる。ふとももがぬれるぐらいに、びしょびしょになってしまう。ふわふわして、じんじんして。しあわせで、あったかくて――少し切ない。見つけられない相手を勝手に組み立てて、自分の性欲の捌け口にしてるコトに。一応満足して、ふぅ、と呼吸を吐く。

「はぁーっ♡ はぁーっ……♡♡  ……ククッ……やはり、性感に関しては人間ヒトメスが一番良いな……それにこの躰。感じ方も美貌も上物じゃないか」

 リズの思考の模倣トレースを中断し、自分の身体の状態を確かめる何者かリズ。体の主導権を奪う時の、不慣れなオナニーとは全く比較にならない程の気持ちよさ。自然に自分リズとして振る舞う事の快感。今日ほど、自分が自分リズである事を嬉しく思える日は無いだろう。今までの、どの身体よりも良い。

「ヒトの身体でこんなに気持ちよくなれるなら、いずれは夢魔サキュバスも、私の身体モノにして体験してみたいですね……♡」

同調した身体リズの記憶を操り、より良い獲物を求めんとする『怪物』。リズばけものの欲望は、止まる事を知らない。例えリズの身体を所有していても、他の良いボディがあれば躊躇いもなく彼女を捨てる。かつてから、他者の誇りも尊厳も踏みにじって得たものすら、『異形』は何の感傷も持たずに棄て去ってきたのだ。

 リズがおぞましい笑みを浮かべていた時。傍らで、もう一人の人間が動き出した。

「ぜぇ……はぁ…………リズ……」

 錬金術師アリアは、完全に疲弊しきっていた。持てる精神力を全て使い切ってしまった彼女は、立ち上がる事もままならない。周辺状況を警戒しつつ、なんとか仲間の姿を目に捉える事ができた。警戒心が解け、安心して声をかけようとする――彼女の耳から飛び出ている、黒色の『粘液ナニカ』を目にするまでは。

「ぁ……!? アレ……はッ……!」

 思考に靄がかかっているかのような状態でありながら、智慧に優れていたアリアはその正体を看破する。彼女は最早、『リズ』ではない。内側から貪られた彼女を、助ける事は出来ないのだと理解してしまう。

「あ゛……ぁ……リズ……ベット……」

 だがアリアは、最速で捨て身の決心を下した。自分の身体に残る生命と魔力を焼き尽くす自爆攻撃、自分のポーチバッグに抱えている危険物もろとも巻き込む超級呪文を念じる。助かる道が無いのなら、互いの命をもって介錯せしめんとする。



しかし。
アリアの動きに気がついた『ソレ』は、慈悲や躊躇いもなく槍を突き。
僅かに、リズの矛先がアリアを貫くのが先だった。

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