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2.大福はレジカウンターにいる③
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夕方四時になってようやくお客さんの足がまばらになった。散らかったサッカー台を片づけていると文庫の補充品を出しにいっていた斎さんが戻ってきた。
「さっきはすみませんでした」
「さっきって?」
「大福が小銭をはじいちゃって、ご迷惑を……」
「いいのよ、あずきもやったんだから」
斎さんはふわりと笑った。レジキーに手を伸ばしたかと思うと、思い出し笑いをしたかのように「ふふっ」と声を漏らす。
「どうしましたか?」
「あずきもおてんばだったなあって懐かしくなっちゃって」
「あずきさんが? とてもそんな風には」
さっき「お子さま」って言われたところなんだけどと思っていると、斎さんはキャッシュトレーのふちを細い指でなでた。
「プライドが高いしわがままだし、でも寂しがりやだから家に置いておけなくって。同伴出勤し始めた頃は大変だったの。お金をはじいたのなんか一度や二度じゃないわ」
「意外です……」
「触られるのが嫌いだから、従業員の手を噛んじゃったこともあってね……あのときは大変だったけど、やっぱり一緒に働けて幸せだと思ってるから」
カウンター下のブックカバーを手にすると、きちんと角をそろえて整えた。
「白河くんもがんばって。私たち、応援してるから」
「……はいっ!」
斎さんのエンジェルスマイルに疲れが吹きとんだ。明日はクリスマス・イブでかなり忙しいらしいけど、どれだけ残業してもがんばれる気がする。
「これ、お願いしますね」
レジにおばあさんが立っていた。定期購読カードを受け取りながら「いつもありがとうございます」と頭を下げる。
この人は分冊百科『すてきな編み物』を定期購読している常連のお客さんだ。
バーコードを読み取りながら、高いなと正直思ってしまう。創刊号は特別価格の298円だが、二号目以降は1416円になる。箱の中には編み物用の針や糸、説明書が入っていて、一号ずつ編んでいくと大作ができる仕組みだ。
発売日は隔週火曜日。今日で五十号目なのでそれなりにお金がかかっているはずだ。『ニャオちゅるちゅるん』四本入り一パック130円だと合計……
思考レベルが大福と同じじゃないかと気づいて計算するのをやめた。おばあさんは高級そうな長財布から一万円札を出している。
そこへ大福がやってきた。大きなあくびをしてレジカウンターにとび乗る。お客さんがいるところでおしりの手入れをするなんて、やっぱり反省してないじゃないか。
「あら、ねこさん。いいところに」
おばあさんはお釣りを財布にしまうと、花模様の手提げ袋から小さなブランケットを取り出した。
「これね、あなたにどうかと思って」
どこかで見たことのある模様だと思ったら、あの分冊百科のパーツをつなぎ合わせて作った小さなフード付きのブランケットだった。
「ここは寒いでしょ。いつも冷たい台の上に座っているからどうかしらと思ったの」
今度は敷物だ。おばあさんは色違いの編み物をレジカウンターに広げる。大福はすかざすその上に肉球を乗せた。すぐに爪を出してフミフミを始める。
「ぬくぬくだにゃ」
「これも着てちょうだい」
大福はおばあさんオリジナルの結び紐がついた白と抹茶色のブランケットを羽織った。白い丸顔、細目で和猫の大福にとてもよく似合っている。
「まあ素敵」
「ぽかぽかだにゃー」
毛糸で編まれたブランケットにくるまれて大福は喉を鳴らした。丸い背中がいつもよりも暖かそうだ。
「よかったわ。次はそちらのお嬢さんと一緒にいるペルシャ猫さんね」
「いえ、私たちはあの……」
「年寄りの楽しみと思ってね」
戸惑う斎さんに微笑みかけて立ち去ろうとしたので、僕はあわてて敷物を引っ張る。
「これ、お忘れ物です!」
「いやにゃー」と踏ん張る大福から敷物とブランケットを回収しようとすると、おばあさんは上品に腰を曲げてふり返った。
「あなたのために編んだのよ。いただいてちょうだい」
「あっ、あの」
カウンターから出ようとすると別のお客さんに「これ探してほしいんだけど」と捕まってしまった。斎さんもレジに入っている。仕方ない、店長が戻ってきたら相談しよう。あのブランケットを返して、どうしても大福が寒いって言うんだったら猫用の服を買おう。
ああ、また財布がさみしくなるなあと思いながらも、満足そうな大福の表情に心がゆるんだ。
帰り際、ブランケットを見た店長の返事は「まあいいんじゃない?」だった。あまりの軽さに拍子抜けする。
「あの人、コリオスの超お得意さんなんだよ。俺のことなんかガキの頃から知ってて頭が上がらない」
店長の長いため息にその付き合いの長さがわかる気がした。
「でも……お金がかかってるのに、本当にいいんでしょうか」
「これはもう大福のものにゃ」
ブランケットをかぶったまま満足そうに「ぽかぽかにゃ~」と言った。店長は組んでいた腕をほどいて大福を抱き上げる。
「いいんじゃないかな、商品の宣伝にもなるってことでさ。上に許可願を出しておくよ」
「ありがとうございます」
「よくに合ってるじゃない、大福くん」
店長が抱き上げると大福はもがき始めた。
「ヒシエー離すんにゃー!」
暴れる大福を受け取ってケージに入れた。残業したことだし、大福の好物を買って帰ろう。
「さむ……」
外は雪が降っていた。コリオスショッピングセンターのシンボル、しっぽの長いねこの銅像が粉雪をかぶっている。
大福と出会ったのも雪深い日だった。どこかの飼い猫だったらどうしようと思ったけれど、半日経ってもアパートの階段下から動かなかったので家に入れた。
ウェットフードが食べられないくらい衰弱していて、動物病院にかけこんだ。その日以来、大福は僕の家で生活している。
冷えた自転車を押しながら、大福はどこから来たのだろうと思う。飼い主はどんな人だったんだろう、本当の名前はなんていうんだろう。
家族はきっと、悲しんでいるだろうな。
積もったばかりの雪を踏みしめながら家路をたどる。一人暮らしの家は暗く冷たくて、大福がいなくなったら寂しいだろうなと思った。
「さっきはすみませんでした」
「さっきって?」
「大福が小銭をはじいちゃって、ご迷惑を……」
「いいのよ、あずきもやったんだから」
斎さんはふわりと笑った。レジキーに手を伸ばしたかと思うと、思い出し笑いをしたかのように「ふふっ」と声を漏らす。
「どうしましたか?」
「あずきもおてんばだったなあって懐かしくなっちゃって」
「あずきさんが? とてもそんな風には」
さっき「お子さま」って言われたところなんだけどと思っていると、斎さんはキャッシュトレーのふちを細い指でなでた。
「プライドが高いしわがままだし、でも寂しがりやだから家に置いておけなくって。同伴出勤し始めた頃は大変だったの。お金をはじいたのなんか一度や二度じゃないわ」
「意外です……」
「触られるのが嫌いだから、従業員の手を噛んじゃったこともあってね……あのときは大変だったけど、やっぱり一緒に働けて幸せだと思ってるから」
カウンター下のブックカバーを手にすると、きちんと角をそろえて整えた。
「白河くんもがんばって。私たち、応援してるから」
「……はいっ!」
斎さんのエンジェルスマイルに疲れが吹きとんだ。明日はクリスマス・イブでかなり忙しいらしいけど、どれだけ残業してもがんばれる気がする。
「これ、お願いしますね」
レジにおばあさんが立っていた。定期購読カードを受け取りながら「いつもありがとうございます」と頭を下げる。
この人は分冊百科『すてきな編み物』を定期購読している常連のお客さんだ。
バーコードを読み取りながら、高いなと正直思ってしまう。創刊号は特別価格の298円だが、二号目以降は1416円になる。箱の中には編み物用の針や糸、説明書が入っていて、一号ずつ編んでいくと大作ができる仕組みだ。
発売日は隔週火曜日。今日で五十号目なのでそれなりにお金がかかっているはずだ。『ニャオちゅるちゅるん』四本入り一パック130円だと合計……
思考レベルが大福と同じじゃないかと気づいて計算するのをやめた。おばあさんは高級そうな長財布から一万円札を出している。
そこへ大福がやってきた。大きなあくびをしてレジカウンターにとび乗る。お客さんがいるところでおしりの手入れをするなんて、やっぱり反省してないじゃないか。
「あら、ねこさん。いいところに」
おばあさんはお釣りを財布にしまうと、花模様の手提げ袋から小さなブランケットを取り出した。
「これね、あなたにどうかと思って」
どこかで見たことのある模様だと思ったら、あの分冊百科のパーツをつなぎ合わせて作った小さなフード付きのブランケットだった。
「ここは寒いでしょ。いつも冷たい台の上に座っているからどうかしらと思ったの」
今度は敷物だ。おばあさんは色違いの編み物をレジカウンターに広げる。大福はすかざすその上に肉球を乗せた。すぐに爪を出してフミフミを始める。
「ぬくぬくだにゃ」
「これも着てちょうだい」
大福はおばあさんオリジナルの結び紐がついた白と抹茶色のブランケットを羽織った。白い丸顔、細目で和猫の大福にとてもよく似合っている。
「まあ素敵」
「ぽかぽかだにゃー」
毛糸で編まれたブランケットにくるまれて大福は喉を鳴らした。丸い背中がいつもよりも暖かそうだ。
「よかったわ。次はそちらのお嬢さんと一緒にいるペルシャ猫さんね」
「いえ、私たちはあの……」
「年寄りの楽しみと思ってね」
戸惑う斎さんに微笑みかけて立ち去ろうとしたので、僕はあわてて敷物を引っ張る。
「これ、お忘れ物です!」
「いやにゃー」と踏ん張る大福から敷物とブランケットを回収しようとすると、おばあさんは上品に腰を曲げてふり返った。
「あなたのために編んだのよ。いただいてちょうだい」
「あっ、あの」
カウンターから出ようとすると別のお客さんに「これ探してほしいんだけど」と捕まってしまった。斎さんもレジに入っている。仕方ない、店長が戻ってきたら相談しよう。あのブランケットを返して、どうしても大福が寒いって言うんだったら猫用の服を買おう。
ああ、また財布がさみしくなるなあと思いながらも、満足そうな大福の表情に心がゆるんだ。
帰り際、ブランケットを見た店長の返事は「まあいいんじゃない?」だった。あまりの軽さに拍子抜けする。
「あの人、コリオスの超お得意さんなんだよ。俺のことなんかガキの頃から知ってて頭が上がらない」
店長の長いため息にその付き合いの長さがわかる気がした。
「でも……お金がかかってるのに、本当にいいんでしょうか」
「これはもう大福のものにゃ」
ブランケットをかぶったまま満足そうに「ぽかぽかにゃ~」と言った。店長は組んでいた腕をほどいて大福を抱き上げる。
「いいんじゃないかな、商品の宣伝にもなるってことでさ。上に許可願を出しておくよ」
「ありがとうございます」
「よくに合ってるじゃない、大福くん」
店長が抱き上げると大福はもがき始めた。
「ヒシエー離すんにゃー!」
暴れる大福を受け取ってケージに入れた。残業したことだし、大福の好物を買って帰ろう。
「さむ……」
外は雪が降っていた。コリオスショッピングセンターのシンボル、しっぽの長いねこの銅像が粉雪をかぶっている。
大福と出会ったのも雪深い日だった。どこかの飼い猫だったらどうしようと思ったけれど、半日経ってもアパートの階段下から動かなかったので家に入れた。
ウェットフードが食べられないくらい衰弱していて、動物病院にかけこんだ。その日以来、大福は僕の家で生活している。
冷えた自転車を押しながら、大福はどこから来たのだろうと思う。飼い主はどんな人だったんだろう、本当の名前はなんていうんだろう。
家族はきっと、悲しんでいるだろうな。
積もったばかりの雪を踏みしめながら家路をたどる。一人暮らしの家は暗く冷たくて、大福がいなくなったら寂しいだろうなと思った。
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