白ねこ書店員 大福さん

わたなべめぐみ

文字の大きさ
15 / 17

4.大福はコリオスさんといる④

しおりを挟む
 翌日、お礼の菓子折りを持って事務所に入ると、ちょうど斎さんがパソコンで退勤ボタンを押しているところだった。

「白河くん、どうしたの? 忘れ物?」
「いえ。これをみなさんにと思って。昨日はありがとうございました」

 クッキー詰め合わせの箱を開けると斎さんは「わあ、おいしそう」と喜んでくれた。壁の向こうからはレジを連打する音が聞こえてくる。忙しさのピークはラッピングが立て込むクリスマスイブらしいけど、今日も大変そうだな。

 昨日、開いていた通気口はきちんとふさがれていた。積み上げていた段ボールもなくなって、事務所が広く感じる。

 斎さんはエプロンをたたみながら通気口を見上げた。

「あずきが言ってたんだけど、大福さんね、あそこから鳴き声が聞こえたんですって」
「鳴き声って、子ねこの?」
「そう。それで白河くんを呼びにいったらしいの。でもなかなか来ないから、どうしても気になって入っちゃったんですって」
「そうだったんですか……」
「すごいわね、ねこの聴力って」

 あずきさんについて荷受け場まで行っても、僕らには大福の鳴き声すら聞こえなかった。子ねこもずっと助けを待って鳴いてたんだろうな。

「僕じゃなくても、店長と岡内さんがいたのに……」
「やっぱり白河くんにお願いしたかったんでしょうね」

 斎さんの優しい笑みに心がくだけそうになる。大福は僕を頼りにしてくれている、そう思っていいんだろうか。たくさんの人の力を借りないと大福も子ねこも助けられなかったのに。

「おっ、いいところに来た。新しい充電器をもらってきたよ」

 店長が小さな箱を持って入ってきた。腰を叩きながら回転式のデスクチェアに座る。書店は力仕事が多く、腰を痛めている社員さんが多いらしい。

「すみません。昨日も残業していただいたのに」
「いいの、いいの。ちょっとは残業しないと薄給だって奥さんに怒られるからねえ」

 クッキーの包み紙をふたつみっつと開けると、店長は「あーでも、さすがにこの時期はきつい。金に羽が生えてる」とこぼした。

「あっそうそう、君たちの残業代もつけといたから。清水くんと岡内さん、大福くんとあずきさんもね」
「本当にありがとうございます」
「他に残業した人いないかな。動物でもいいんだけど」

 その言葉に、サバトラねこのことを思い出した。

「あの、大福を探してるときにサバトラ模様のねこを見かけたんですけど」

 斎さんが髪をほどく手を止めて僕を見た。
 
「サバトラのねこさん?」
「一階のバックヤードで斎さんとはぐれたときなんだけど、見てないですか?」
「あずきを追いかけるのに夢中だったから……」

 うーん、と斎さんは考え込んだ。店長はデスクトップにメール画面を表示させながらつぶやく。

「ああ、それ。コリオスさんだな」
「コリオス……さん?」
「すらっとした体で目が黄緑色で」
「そうです」
「鈴のついた赤い首輪をしてた?」
「してました!」
「じゃあ間違いないね。一階の正面玄関にいる、あのねこだよ」

 一階には食品フロアがあるので動物が勤めている店はないと聞いている。正面玄関に動物がいるような場所なんてあったかな。

「正面玄関の、どのあたりですか?」
「玄関の脇に銅像があるだろ? サバはギリシャ語でκολιόςコリオス。昔、創業者が飼ってたねこだよ」
「銅像……」

 確かに正面玄関のそばにしっぽの長いねこの銅像が立っている。コリオスショッピングセンターのマーク「C」の文字は、しっぽの形を表しているそうだ。

「……そうじゃなくて、生身のねこです! 僕の足元をすり抜けていって」
「うんそう、ウロウロしてるんだよなあ」
「店長も見たことあるんですか」
「ガキの頃にね。迷子になってたら助けにきてくれた」

 さらりと言ってキーボードを打ち始めた。お菓子を開封しよとした斎さんが「信じられない」と言葉をこぼす。

「創業者のねこさんなら、何十年も前に亡くなってるはずよ。銅像のあの子に会えるなんて……」

 斎さんは僕にしがみついて「私も会いたい!」と声を上げた。彼女のこんな大きな声なんて初めて聞く。

「会いたければあなたが迷子になればいいじゃない」

 足元から声が聞こえたかと思うと、ねこスペースからあずきさんが姿を見せた。大きくのびをして毛づくろいを始める。

「迷子って……もしかして昨日、あずきは見たの?」
「早くこいってうるさいんだもの」

 僕と斎さんが「ええーっ!」と声を上げると、あずきさんは冷ややかな声で「早く帰りましょうよ。疲れたわ」と自分からケージに入った。

「ほーらね」

 店長がデスクチェアを回転させて僕らを見る。にわかには信じがたいけれど、僕たちを大福のところまで導いてくれたなら、今すぐにでもお礼を言いたかった。

 清水くんが肩で扉を押しながら入ってきた。両脇に医療系の雑誌を抱えている。

「白河さん? 今日は休みじゃないんですか?」
「ねえ清水くん! 僕、コリオスさんを見たんだよ! しかも足にスリスリしていった!」
「あずきと白河くんばっかりずるいわ! 私だって会いたいのに!」

 僕と斎さんが同時につめよると彼はあとずさった。

「あの……なんの話を」
「こんなことで騒ぐなんて、二人ともまだまだ青いわね」

 ケージに入ったあずきさんが前足でちょいちょいと清水くんに催促をした。彼は「はい」と答えてそっと扉を閉める。

「清水くん、子ねこたちは元気にしてる?」
「はい、今朝はしっかりエサも食べました。甘えられて家を出るのが大変でしたが」

 淡々と言うけれど、表情はどこかやわらかだった。いつかあの子たちも書店員デビューできれば素敵だなと思ったけれど、大学四年の清水くんは一月いっぱいでアルバイトを辞めてしまう。

 あの子たちに会えるのもそれまでかな、と思いながら大福が入った通気口を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...