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4.大福はコリオスさんといる④
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翌日、お礼の菓子折りを持って事務所に入ると、ちょうど斎さんがパソコンで退勤ボタンを押しているところだった。
「白河くん、どうしたの? 忘れ物?」
「いえ。これをみなさんにと思って。昨日はありがとうございました」
クッキー詰め合わせの箱を開けると斎さんは「わあ、おいしそう」と喜んでくれた。壁の向こうからはレジを連打する音が聞こえてくる。忙しさのピークはラッピングが立て込むクリスマスイブらしいけど、今日も大変そうだな。
昨日、開いていた通気口はきちんとふさがれていた。積み上げていた段ボールもなくなって、事務所が広く感じる。
斎さんはエプロンをたたみながら通気口を見上げた。
「あずきが言ってたんだけど、大福さんね、あそこから鳴き声が聞こえたんですって」
「鳴き声って、子ねこの?」
「そう。それで白河くんを呼びにいったらしいの。でもなかなか来ないから、どうしても気になって入っちゃったんですって」
「そうだったんですか……」
「すごいわね、ねこの聴力って」
あずきさんについて荷受け場まで行っても、僕らには大福の鳴き声すら聞こえなかった。子ねこもずっと助けを待って鳴いてたんだろうな。
「僕じゃなくても、店長と岡内さんがいたのに……」
「やっぱり白河くんにお願いしたかったんでしょうね」
斎さんの優しい笑みに心がくだけそうになる。大福は僕を頼りにしてくれている、そう思っていいんだろうか。たくさんの人の力を借りないと大福も子ねこも助けられなかったのに。
「おっ、いいところに来た。新しい充電器をもらってきたよ」
店長が小さな箱を持って入ってきた。腰を叩きながら回転式のデスクチェアに座る。書店は力仕事が多く、腰を痛めている社員さんが多いらしい。
「すみません。昨日も残業していただいたのに」
「いいの、いいの。ちょっとは残業しないと薄給だって奥さんに怒られるからねえ」
クッキーの包み紙をふたつみっつと開けると、店長は「あーでも、さすがにこの時期はきつい。金に羽が生えてる」とこぼした。
「あっそうそう、君たちの残業代もつけといたから。清水くんと岡内さん、大福くんとあずきさんもね」
「本当にありがとうございます」
「他に残業した人いないかな。動物でもいいんだけど」
その言葉に、サバトラねこのことを思い出した。
「あの、大福を探してるときにサバトラ模様のねこを見かけたんですけど」
斎さんが髪をほどく手を止めて僕を見た。
「サバトラのねこさん?」
「一階のバックヤードで斎さんとはぐれたときなんだけど、見てないですか?」
「あずきを追いかけるのに夢中だったから……」
うーん、と斎さんは考え込んだ。店長はデスクトップにメール画面を表示させながらつぶやく。
「ああ、それ。コリオスさんだな」
「コリオス……さん?」
「すらっとした体で目が黄緑色で」
「そうです」
「鈴のついた赤い首輪をしてた?」
「してました!」
「じゃあ間違いないね。一階の正面玄関にいる、あのねこだよ」
一階には食品フロアがあるので動物が勤めている店はないと聞いている。正面玄関に動物がいるような場所なんてあったかな。
「正面玄関の、どのあたりですか?」
「玄関の脇に銅像があるだろ? サバはギリシャ語でκολιός。昔、創業者が飼ってたねこだよ」
「銅像……」
確かに正面玄関のそばにしっぽの長いねこの銅像が立っている。コリオスショッピングセンターのマーク「C」の文字は、しっぽの形を表しているそうだ。
「……そうじゃなくて、生身のねこです! 僕の足元をすり抜けていって」
「うんそう、ウロウロしてるんだよなあ」
「店長も見たことあるんですか」
「ガキの頃にね。迷子になってたら助けにきてくれた」
さらりと言ってキーボードを打ち始めた。お菓子を開封しよとした斎さんが「信じられない」と言葉をこぼす。
「創業者のねこさんなら、何十年も前に亡くなってるはずよ。銅像のあの子に会えるなんて……」
斎さんは僕にしがみついて「私も会いたい!」と声を上げた。彼女のこんな大きな声なんて初めて聞く。
「会いたければあなたが迷子になればいいじゃない」
足元から声が聞こえたかと思うと、ねこスペースからあずきさんが姿を見せた。大きくのびをして毛づくろいを始める。
「迷子って……もしかして昨日、あずきは見たの?」
「早くこいってうるさいんだもの」
僕と斎さんが「ええーっ!」と声を上げると、あずきさんは冷ややかな声で「早く帰りましょうよ。疲れたわ」と自分からケージに入った。
「ほーらね」
店長がデスクチェアを回転させて僕らを見る。にわかには信じがたいけれど、僕たちを大福のところまで導いてくれたなら、今すぐにでもお礼を言いたかった。
清水くんが肩で扉を押しながら入ってきた。両脇に医療系の雑誌を抱えている。
「白河さん? 今日は休みじゃないんですか?」
「ねえ清水くん! 僕、コリオスさんを見たんだよ! しかも足にスリスリしていった!」
「あずきと白河くんばっかりずるいわ! 私だって会いたいのに!」
僕と斎さんが同時につめよると彼はあとずさった。
「あの……なんの話を」
「こんなことで騒ぐなんて、二人ともまだまだ青いわね」
ケージに入ったあずきさんが前足でちょいちょいと清水くんに催促をした。彼は「はい」と答えてそっと扉を閉める。
「清水くん、子ねこたちは元気にしてる?」
「はい、今朝はしっかりエサも食べました。甘えられて家を出るのが大変でしたが」
淡々と言うけれど、表情はどこかやわらかだった。いつかあの子たちも書店員デビューできれば素敵だなと思ったけれど、大学四年の清水くんは一月いっぱいでアルバイトを辞めてしまう。
あの子たちに会えるのもそれまでかな、と思いながら大福が入った通気口を見上げた。
「白河くん、どうしたの? 忘れ物?」
「いえ。これをみなさんにと思って。昨日はありがとうございました」
クッキー詰め合わせの箱を開けると斎さんは「わあ、おいしそう」と喜んでくれた。壁の向こうからはレジを連打する音が聞こえてくる。忙しさのピークはラッピングが立て込むクリスマスイブらしいけど、今日も大変そうだな。
昨日、開いていた通気口はきちんとふさがれていた。積み上げていた段ボールもなくなって、事務所が広く感じる。
斎さんはエプロンをたたみながら通気口を見上げた。
「あずきが言ってたんだけど、大福さんね、あそこから鳴き声が聞こえたんですって」
「鳴き声って、子ねこの?」
「そう。それで白河くんを呼びにいったらしいの。でもなかなか来ないから、どうしても気になって入っちゃったんですって」
「そうだったんですか……」
「すごいわね、ねこの聴力って」
あずきさんについて荷受け場まで行っても、僕らには大福の鳴き声すら聞こえなかった。子ねこもずっと助けを待って鳴いてたんだろうな。
「僕じゃなくても、店長と岡内さんがいたのに……」
「やっぱり白河くんにお願いしたかったんでしょうね」
斎さんの優しい笑みに心がくだけそうになる。大福は僕を頼りにしてくれている、そう思っていいんだろうか。たくさんの人の力を借りないと大福も子ねこも助けられなかったのに。
「おっ、いいところに来た。新しい充電器をもらってきたよ」
店長が小さな箱を持って入ってきた。腰を叩きながら回転式のデスクチェアに座る。書店は力仕事が多く、腰を痛めている社員さんが多いらしい。
「すみません。昨日も残業していただいたのに」
「いいの、いいの。ちょっとは残業しないと薄給だって奥さんに怒られるからねえ」
クッキーの包み紙をふたつみっつと開けると、店長は「あーでも、さすがにこの時期はきつい。金に羽が生えてる」とこぼした。
「あっそうそう、君たちの残業代もつけといたから。清水くんと岡内さん、大福くんとあずきさんもね」
「本当にありがとうございます」
「他に残業した人いないかな。動物でもいいんだけど」
その言葉に、サバトラねこのことを思い出した。
「あの、大福を探してるときにサバトラ模様のねこを見かけたんですけど」
斎さんが髪をほどく手を止めて僕を見た。
「サバトラのねこさん?」
「一階のバックヤードで斎さんとはぐれたときなんだけど、見てないですか?」
「あずきを追いかけるのに夢中だったから……」
うーん、と斎さんは考え込んだ。店長はデスクトップにメール画面を表示させながらつぶやく。
「ああ、それ。コリオスさんだな」
「コリオス……さん?」
「すらっとした体で目が黄緑色で」
「そうです」
「鈴のついた赤い首輪をしてた?」
「してました!」
「じゃあ間違いないね。一階の正面玄関にいる、あのねこだよ」
一階には食品フロアがあるので動物が勤めている店はないと聞いている。正面玄関に動物がいるような場所なんてあったかな。
「正面玄関の、どのあたりですか?」
「玄関の脇に銅像があるだろ? サバはギリシャ語でκολιός。昔、創業者が飼ってたねこだよ」
「銅像……」
確かに正面玄関のそばにしっぽの長いねこの銅像が立っている。コリオスショッピングセンターのマーク「C」の文字は、しっぽの形を表しているそうだ。
「……そうじゃなくて、生身のねこです! 僕の足元をすり抜けていって」
「うんそう、ウロウロしてるんだよなあ」
「店長も見たことあるんですか」
「ガキの頃にね。迷子になってたら助けにきてくれた」
さらりと言ってキーボードを打ち始めた。お菓子を開封しよとした斎さんが「信じられない」と言葉をこぼす。
「創業者のねこさんなら、何十年も前に亡くなってるはずよ。銅像のあの子に会えるなんて……」
斎さんは僕にしがみついて「私も会いたい!」と声を上げた。彼女のこんな大きな声なんて初めて聞く。
「会いたければあなたが迷子になればいいじゃない」
足元から声が聞こえたかと思うと、ねこスペースからあずきさんが姿を見せた。大きくのびをして毛づくろいを始める。
「迷子って……もしかして昨日、あずきは見たの?」
「早くこいってうるさいんだもの」
僕と斎さんが「ええーっ!」と声を上げると、あずきさんは冷ややかな声で「早く帰りましょうよ。疲れたわ」と自分からケージに入った。
「ほーらね」
店長がデスクチェアを回転させて僕らを見る。にわかには信じがたいけれど、僕たちを大福のところまで導いてくれたなら、今すぐにでもお礼を言いたかった。
清水くんが肩で扉を押しながら入ってきた。両脇に医療系の雑誌を抱えている。
「白河さん? 今日は休みじゃないんですか?」
「ねえ清水くん! 僕、コリオスさんを見たんだよ! しかも足にスリスリしていった!」
「あずきと白河くんばっかりずるいわ! 私だって会いたいのに!」
僕と斎さんが同時につめよると彼はあとずさった。
「あの……なんの話を」
「こんなことで騒ぐなんて、二人ともまだまだ青いわね」
ケージに入ったあずきさんが前足でちょいちょいと清水くんに催促をした。彼は「はい」と答えてそっと扉を閉める。
「清水くん、子ねこたちは元気にしてる?」
「はい、今朝はしっかりエサも食べました。甘えられて家を出るのが大変でしたが」
淡々と言うけれど、表情はどこかやわらかだった。いつかあの子たちも書店員デビューできれば素敵だなと思ったけれど、大学四年の清水くんは一月いっぱいでアルバイトを辞めてしまう。
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