絵描き魔王の冒険

うたたね

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第3節:魔王、襲撃される

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 そこは“はじまりの森”と呼ばれる森だった。

 人々の手によって脆弱な魔物のみが生息する“はじまりの森”にエンリルとリチャードは来ていた。

 “はじまりの森”に住む魔物達はエンリルが魔王である事に気がついているらしく、彼らの近くには絶対に近寄らなかった。

 そのおかげで楽に薬草の採取が出来ていた。
 森はエンリルという超ド級の異物がいるにも関らず平和だった。


「――――――リルさん。これくらいで良いんじゃないですかね」
「そうですね。取り過ぎれば後が心配ですし、依頼書に書いてある量はクリアしていますので、今日はもう帰りましょう」
「はいっ!」


 エンリルの言葉にリチャードは勢い良く頷いた。
 その様子に気を良くしたエンリルはリチャードの頭を撫でた。リチャードはエンリルのその行動に照れて頬を赤くしていた。

 薬草をリチャードが使っているマジックバックに入れた。
 目的のものを採取した2人は、“はじまりの森”から出るべく獣道を進んだ。

 人の手が入っているとは言え、ほぼ獣道の道を2人は突き進んでいた。
 エンリルの所為で魔物は出ず、それどころか偶然出会った魔物が引っくり返って気絶してしまう程だった。

 エンリルと目が合うとすぐにぽてん、と横に倒れて気絶する魔物にリチャードは同情しながら帰り道を急いだ。

 どれくらい歩いていただろうか、唐突にエンリルが何故か立ち止まった。
 その様子にリチャードはギクリ、として立ち止まった。

 慌ててエンリルに近づき、何があったのか聞こうとしたが――――――


「リルさ――――――」


 リチャードがエンリルに話しかけた瞬間――――――リチャードはエンリルの操る風によって20m程後方に飛ばされた。

 リチャードは木に叩きつけられるかと思ったが、そちらもエンリルが操る風によって叩きつけられることはなかった。

 地面に足がついたリチャードはバッと勢い良く頭をあげて、エンリルを呼んだ。


「リルさん!?」
「リチャード、すぐにこの場から離れなさい」


 エンリルがリチャードにそう言った瞬間、エンリルをが襲った。
 ソレは凄まじい力で手に持っているものを振りかぶり、それを受け止めたエンリルの足元は襲ってきたものの所為で半径10m程が陥没していた。

 その様子にリチャードは一瞬、息の仕方を忘れたが、古竜の森にて散々見てきたエンリルの強さを思い出し、エンリルが上手く戦えるよう、その場に背を向けて離れた。

 リチャードのその行動を視界の端で確認したエンリルは、襲撃者の手首を掴み地面に叩き付けた。

 襲撃者は地面に叩きつけられたが、すぐに起き上がり、エンリルに再び襲い掛かった。
 エンリルは襲撃者が持っていたもの――――巨大な両手剣――――を片手で受け止め、その両手首を掴んで空中に持ち上げた。

 襲撃者は足を使って攻撃しようとしたが、その前にエンリルが魔法を使って襲撃者の意識をエンリル自身が操る魔力が宿る風で刈り取った。

 意識を刈り取った事で襲撃者が持っていた巨大な両手剣が落ちてきたが、エンリルは軽く弾き飛ばした。
 だらんとなった襲撃者をエンリルは改めて見た。

 顔を仮面で隠しているが、体つきで襲撃者が年頃の少女である事は理解できた。
 褐色の肌には白い刺青が施され、髪は黄金が混じる白髪だった。

 服は、元は白かったのだろうが、血やその他の汚れで元の色はよく解らない程汚れ、いたる所が擦り切れたり、破れたりしてボロボロだった。

 エンリルは襲撃者を横に抱え、リチャードに合流すべく歩き出した。
 リチャードとは案外すぐに再会する事ができ、エンリルは開けた森の中で捕らえた襲撃者を寝かして、顔についてある仮面を取った。

 仮面は何故かしっかりと魔法でくっついており、エンリルは顔を顰めながら解除魔法を使って仮面を外した。

 仮面の下にはエンリルの予想通り、少女の顔があった。
 だが、その顔には夥しい量の魔術――――魔法を文字化したもの――――が刻まれており、エンリルとリチャードは険しい表情になった。


「り、リルさん、これは………………?」
「少し待ってください。ザッと読みますから………………………………………………うわ、これは醜い」
「醜い………………?」
「これ、全てある魔術を強化するための魔術です」
「強化って………………」

「隷属の魔術、ですね」


 エンリルの言葉にリチャードは怒りを覚え、エンリルの言葉を理解した。


「また襲われるのは厄介ですね………………隷属の魔術とそれを強化する魔術は私の魔法で風化させて消し去りましょう。
 風の魔法は消滅に適していますから」
「はい」


 エンリルの手が少女の顔に触れて、その輪郭をなぞるように指を動かせば、顔に刻まれた魔術がまるで風化するかのように消え去った。

 魔術が消え去ったため、2人は少女の顔がかなり整っている事に気がついた。
 そこでエンリルはリチャードに顔を向け、ニヤッと笑って言った。


「惚れましたか?リチャード」
「惚れてませんッッ!!!」


 リチャードがエンリルのからかいにそう返すと、エンリルは口を尖らせた。


「とりあえず、この子は………………どうしましょっか」
「一応、連れて帰るしかありませんね………………目を覚ましたら、この子から色々聞いてから処遇を考えましょう」
「その方が良いですね………………」

「………………………………あれ?リルさん」
「うん?」
「その子の体の魔術は………………?」
「ああ、これは魔術じゃありません。この刺青は“まじな”いですね」
「まじない?」
「ええ、魔術は術式であり、効果は絶大ですが、長く使えば使用者の身を蝕みます。
 しかし、まじないは、効力はそれ程ありませんが………………これくらいなら一生涯、続くものになるものです。
 この子にかかっているのは、『病にかからないように』『不幸にならないように』『怪我をしないように』『死なないように』といった、余分なものを退けるためには充分なまじないですよ」
「へぇ~、そんなのがあるんですね」
「ええ………………………………



 ちなみに私は貴方の心臓にソレを刻んでいます」



 エンリルの言葉にリチャードはピタリと静止した。


「………………………………………………………………………………………………えっ」
「よいしょっと………………リチャード、私はこの娘を連れて行きますので、貴方は薬草を冒険者ギルドに持って行きなさい」

「えっ、えっ………………………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええ!!!!!!!?」


 リチャードの声は“はじまりの森”によく響いた。





***





 エンリルは宿屋に借りた厨房に立って、胃腸に優しい粥を作っていた。

 ぐつぐつと煮込むそれには、この世界では見向きもされない米類を使って作るものであり、宿屋を経営する女将さんが興味心身に見ていた。


「………………………………アンタ、珍しいもの作るね」
「ははは、よく言われます。私の故郷の食べ物なんです」
「アンタ、移民かい?」
「いけませんか?」
「いいや、ただ奴隷じゃない移民は初めてだからね」
「私は魔法がそれなりに行使出来るので、」
「成る程ねぇ………………」


 エンリルは粥を作っている鍋を火からおろして、敷物の上に置いた。
 そうすると、女将さんと交代するように竈の前から退いた。


「竈を使わせてもらってありがとうございます」
「いいよ。こっちも火を維持する労力が無くなったからね」


 女将さんがそう言うと、エンリルはもう一度、頭を下げてから鍋をトレイに乗せてから、自分の部屋に寝かせている少女の下へ運んだ。

 部屋にはエンリル特性の結界が張られているため、少女を攫う事も、少女が自ら出て行く事も出来ない筈だ。

 エンリルは自分とリチャードと共に使っている部屋の前まで来ると、器用に部屋の扉を開けて、中に入った。

 ベッドで寝かしていた少女は既に起きており、上半身を起こして、周囲を見回していた。
 部屋に入ってきたエンリルに少女は無表情のままだった。

 エンリルはそのまま少女に話しかけながら、ベットの隣にある引き出しの上に鍋が載ったトレイを置いて、少女の隣に座った。


「目が覚めましたか………………調子はどうですか?痛いところや不快な所は?」
「………………………………………………」
「警戒しなくても大丈夫です。貴方を縛るものは無くなったのですから」
「………………………………………………」


 エンリルは何も喋らない少女を見つめた。
 そこでエンリルは少女の目に困惑が浮かんでいる事に気がついた。


「………………………………………………もしかして」


 エンリルがそう呟き、少女と再び向き合った。
 そうして口を開くと、エンリルの口から様々な言語が飛び出してきた。


「〔こんにちは〕」
「………………………………………………」
「【こんにちは】」
「………………………………………………」
「《こんにちは》」
「………………………………………………」
「{こんにちは}」
「………………………………………………」
「[こんにちは]」
「………………………………………………」
「『こんにちは』」
「………………………………………………」


 しばらく、エンリルが一人で様々な言語で少女に話しかける事が続いた。
 あまりにも続いていたため、少女は途中から少しだけ慌て始めていた。

 だが、エンリルの予想は当たった。


「<こんにちは>」
「ッッ!!!!!」


 エンリルの言葉に少女が目を開いた。
 その反応にエンリルはやっと当たったかと考えた。


「<この言語となると、“太陽の砂漠の民”ですね>」
「<………………私の一族を知っているの?>」
「<ええ、この言語は“太陽の砂漠”に住む種族が使う言語ですから>」
「<そう………………>」


 少女は自分と同じ言語を話すエンリルに少しだけ安堵したらしく、先程まで力んでいた体から力を抜かしていた。


「<では、言葉も解かりましたので、質問を何個かしてもよろしいでしょうか?>」
「<ああ>」

「<何故、私を襲ってきたのですか?>」


 エンリルの言葉に再び少女の目が見開いた。


「<………………襲った?私が?>」
「<ええ、記憶に無いとなると、貴方の意思では無いようですね。では、黒幕を殴り殺すとしましょう>」
「<ず、随分と過激な人だな………………………………まるで“荒れ狂うエンリル”のようだ>」

「は?」


 今度はエンリルが目を見開く番だった。
 エンリルは自分を落ち着かせて、少女に話しかけた。


「<失礼、その“荒れ狂うエンリル”とは?>」
「<私の一族に伝わる神話だ………………………………荒れ狂う嵐、風の主、大気の王にして、古き竜を従える者、神々すら手に負えなかったいにしえの精霊だ。
 その苛烈さは砂漠の嵐すら可愛いものだと言う>」
「<そうですか………………ありがとうございます………………>」


 以外と的確に伝わっている少女の一族の神話にエンリルは苦笑いを浮かべた。
 そして、自分が自然災害すら可愛いと言う程の苛烈さだと伝えられている事にエンリルはショックを受けた。

 しかし、エンリルは素早くショックに蓋をして、次の質問に移った。


「<では、貴方がこの国にいる理由を尋ねても?>」
「<………………………………………………………………………………突然の事だった。
 あの日、私は、都から離れて、従兄弟と妹2人と弟1と共に都の周辺を散策していた>」
「<太陽の民の都………………………………水の都と呼ばれるオアシスに作られた彼らの都ですね>」
「<ああ………………砂漠での夜の過ごし方を妹達に教えていると、見たことも無い装束の連中に襲われたんだ>」
「<ふむ、それはこの国の服装に近いものでしたか?>」
「<そうだ。私は従兄弟と共に妹達を逃がすために戦った。
 妹達を逃がす事は出来たが、従兄弟がヤツらに………………っっ!!!>」
「<そうですか………………つらい事を聞いてすみません>」
「<いや、いい。どうやら私は貴方を襲ったようだしな………………真実を得るためには私の言葉が必要だろう>」


 少女はそう言ってエンリルのデリカシーの無い質問を許した。
 しかし、エンリルは少女のその様子に調子に乗ったのか、また質問しようとした時だった。

 リチャードが冒険者ギルドからボロボロになって戻ってきたのだ。


「た、ただいまです………………」
「おかえりなさい、リチャード。遅かったですね」
「な、何故か女性に囲まれまして………………断っても断っても粘られて………………もう、最後の方は冒険者ギルドの窓から逃げました………………」
「ぐふッッ!!………………………………ちょっと見てみたかったですね」
「リルさぁん!笑い事じゃあないですよ!!!!!」


 リチャードはその時のことが怖かったのか、えぐえぐと泣きながらエンリルにいかに恐ろしかったか力説したが、途中からエンリルはお腹を押さえながらゲラゲラ笑っていた。

 エンリルのその様子にリチャードは彼女達の恐ろしさを伝える事は止めて、目を覚ましたらしき少女について聞いた。


「その子、起きたんですね。リルさん」
「ええ、彼女は太陽の砂漠の民で、おそらく奴隷商に捕まってしまったのでしょう」
「100年前に奴隷制度は廃止されているのに………………」
「100年以上続いてきたものですからね。そうそう完全な根絶は無理ですよ」


 エンリルの言葉にリチャードは険しい顔をしたが、ふとそこでリチャードはある事を聞いた。


「そういえば、その子の名前は何ですか?」
「………………………………………………………………………………」
「え?リルさん???」
「………………………………………………………………………………忘れていました」
「リルさん………………………………」


 エンリルの言葉にリチャードは苦笑を浮かべるしかなかった。

















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