3 / 6
プロローグ
3再会
しおりを挟む
シャロンは現実は自分が願うようにはいかないとうっすらと知っていた。
またシャロンは思ってしまった。
あの鈴の音が聞こえたら、と。
鈴の音が聞こえないということは重大なことが起きてないということだ。
この5年間、一度も聞こえなかった鈴の音を都合よく解釈しようとさえした。
が、数日がたった雨の日、シャロンとフィンのふわふわと不安定に漂っていた淡い期待は地面に叩きつけられた。
フィンとシャロンのもとに1通の手紙が届いた。
ジーンの嫁ぎ先で火事があって、一家もろとも死亡したという事実が、丁寧な言葉遣いで書かれていた。
シャロンとフィンは、手紙を受け取った翌日、嫁ぎ先の村に向かった。
道中、シャロンはずっと暗い顔をしており、フィンは無理をするように明るく振舞った。
農民の移動手段は徒歩だ。
途中、宿にとまり、また歩く。
やっとたどり着いた村はいつもの空気をとりもどしつつあったが、まだ前のような空気にもどってはいなかった。
手紙にあった通り、教会を訪れた。
その道中、ジーンの嫁ぎ先が遠目に2人の目に入った。
遠くから見ても、立派な家は今は跡形もなく、かわりに黒く焼け焦げた瓦礫が見えた。
教会は、ジーンの結婚式ぶりだ。
教会にいくと、手紙の差出人であるダーバン神父がいた。
ダーバン神父はフィンに、陶磁器製の壺を手渡した。
フィンがゆっくりと壺の蓋をあけ、シャロンはそれを見た。
壺にはいっていたのは、石ころだった。
「これは?」
フィンはダーバン神父の顔を見た。
ダーバン神父は申し訳なさそうに話す。
「もう、ご遺体は誰のものか判別することができないくらいでした。ご遺体の数をかぞえたところ、家の当主とその息子夫婦、使用人の数とぴったりでした。」
「こんなのって。」
フィンはぼそりと呟いた。頬が涙でぬれていた。
シャロンはそれを横目で見た。
「全てのご遺体は村の共同墓地に埋葬しました。これは、ご遺体が見つかった場所にあったものです。」
「そう、ですか。」
フィンは壺の中にある黒い石を見つめたまま言った。
「ジーンは。」
シャロンがダーバン神父に尋ねる。
「ジーンさんの遺体も、どのものかわからず・・・。ジーンさんはこちらに嫁いでこられたわけですから、しきたりに従って埋葬させていただきます。」
「そうですか。」
「このような形になってしまって、本当に申し訳ないです。」
「ありがとうございます。」
シャロンは力の抜けた声で言った。
フィンもお礼のようなものを言ったのだが、はっきりと聞こえなかった。
ダーバン神父はシャロンとフィンを自分の家に案内した。
ジーンの嫁ぎ先が全焼した今、シャロンとフィンにこの村に行く当てはない。
ダーバン神父はそんな2人を自分の家に泊まっていくように言った。
フィンが休ませてほしいと言ったので、貸してくれる部屋に案内してくれた。
テーブルに先ほど手渡された壺をおくと、用意された2つのベッドの片方にフィンは腰をおろした。
全身から力が抜けたように下を向いていた。
シャロンも壺をテーブルに置いた。
ところどころに亀裂が入った白ぬりの壁の質素な部屋は、さみしさを増幅させる。
「フィン・・。」
何か言葉をかけないと、フィンはどこかに消えてしまいそうだった。
しかし、シャロンの頭には何も思い浮かばなかった。
「シャロン、ごめん。今は何も考えられないんだ。」
静かな部屋にフィンのか細い声が響いた。
「わ、私は・・・。」
シャロンは言葉を飲み込んだ。
「ありがとう、わかってるから。無理してなにか言おうとしなくていい。」
フィンはシャロンの心を読んだかのように言う。
シャロンはフィンの隣に座って、フィンの背中をさすった。
「これくらいしかできなくて、ごめんね。」
シャロンは声が震えるのを我慢しようとした。
いつの間にか目から熱い涙があふれていた。
「十分だよ。ありがとう。」
フィンはシャロンの背中に腕をまわして、抱き寄せた。
フィンの目からも、またつうっと涙が流れた。
「シャロンはどこにもいかないで。」
フィンの絞り出した声が直接耳に届く。
いつも頼りになるフィンのあまりにも弱々しい声をきき、シャロンは腕に力をいれてフィンの背中を抱きしめた。
葬儀は滞りなく行われた。
あっさりとおわり、あの壺も墓地に埋められた。
フィンはどっと疲れたようで、眠りに落ちた。
シャロンはフィンを残して、ダーバン神父の家を出て、墓地にひとりで向かった。
村のはずれの墓地は大きな森の前にあった。
シャロンは道に迷うことなく、その墓地にたどりついた。
新しい墓標には、あの気前のよい豪農の家長のヨ―スタインという名前がまずはじめあった。
そして、ジーンと結婚相手の名前がほってあるものをシャロンはみつけた。
シャロンはその墓標の前に座り込んだ。
墓標の前には、誰かが置いていった花束がちらほらあった。
なぜこんなことになってしまったのか。
シャロンが考えてもわからないことだった。
火事の原因はわかっていない。家は跡形もなくなくなり、家にいた人は全員亡くなった。
豪農の家は貴族の屋敷のように、大きく、普通の農民とははなれたところに構えられていたため、村人が気づくのが遅れたらしい。
もし昔の自分であれば、なにか危険が起こるとき、音が知らせてくれた。
もし今もあの音が聞こえていたら、守れていたのかもしれない。
今の自分は、大切な人さえ守ることができなくなってしまったのか。
先ほどの気力が抜けてしまったようなフィンの様子が脳内を横切る。
自分が無力であることを思い知らされて、シャロンは墓標の前に膝を抱えて座り込んだ。
墓標に刻まれた名前が、現実をシャロンに理解させる。
吹いている風が無性に寒くて、シャロンは交差させた両方の手で二の腕をぎゅっとつかんだ。
そんなシャロンの心と裏腹に、からっと空は晴れていた。
「あの火事で大事な人を亡くされたのですか。」
いきなり声がした。
シャロンが反射的に上を見上げると、あの時の侯爵、レイが近くに立っていた。
声がするまで、気配にもきづかなかった。
「どうして。」
そう呟いたものの、今のシャロンにとってレイがいようがいまいがどちらでも良かった。
「私の領地で大火事があったというので来たのですよ。あのヨ―スタインという農民のことはよく知っていました。」
レイの言葉は、上っ面だけのものにシャロンは感じた。
レイはヨースタインに会ったことがないので、その態度ももっともだ。
「よくこの村のことをまとめてくれていたらしいので、残念です。」
その上辺だけの態度を皮肉るにも、簡単な相槌をうつにも、シャロンは気力がなかった。
「ウィッド、ジーン、ニック、エリ・・・。」
レイがかがんで、シャロンの目の前にある墓標にある名前を読み上げる。
「この中の誰かがあなたの大切な人のようですね。」
シャロンはまるでレイの言葉など耳に入らないというふうに、うつろな目をずっと墓標に向けていた。
レイはそんなシャロンの背中に、自身の白くきれいな手を伸ばした。
「泣かないなんて、あなたは本当に強い人です。でも、こういう時、泣いてもいいんですよ。」
レイがシャロンの背中をさすったが、シャロンはぴくりとも動かず、表情もうつろなままだ。
「涙も出ないなんて。心に大きな傷ができてしまったんですね。大切なものを全てなくして、居場所もなくなってしまった。」
レイはシャロンを哀れんだような目で見つめる。
「でも、大丈夫です。あなたには私がいます。」
シャロンにはレイの声は音として聞こえているだけで、意味を理解していなかった。
「さあ、一緒に行きましょう。」
レイがシャロンの背に手を添え、膝裏に腕を差し込んで少し地面からシャロンの体が浮いたところで、シャロンは我に返った。
素早くレイの腕から逃れ、距離をとる。
シャロンの心臓の音は、命の危険を感じたかのように飛び跳ねるように動いた。
「何するんですか。」
通常どおりの心臓のはやさを取り戻したシャロンの言葉は落ち着いていた。
批判するための言葉は覇気がないが、レイの背筋を一瞬びくつかせるほどものではあった。
「私はあなたのことを思って。」
レイは穏やかな声でこたえ、シャロンの方に向かってゆっくりと歩く。
「は?何いってるの?貴族の流行りの慈善事業のつもり?」
「いいえ。慈善事業など、とんでもない。それよりもっと意義のあることをしようとしてるのですよ。」
レイは満面の笑みをして、シャロンを見つめる。
「やっと見つけました。月の勇者様。」
シャロンは背中が凍り付くようなものを感じた。
月の勇者。過去の自分の名前。美しかったころの名前。
しかし、この貴族にとっては憎く、悪名高い、罪人の名前だ。
正体が暴かれてしまったことで命が危機にさらされていることを感じとり、心臓の音はまた大きくなった。
それを悟られまいと、シャロンは表情を変えなかった。
「なに言ってるのかわかりません。」
「私はあなたに救われました。」
レイはシャロンの両手をとり、この上なくやさしく自分の手の平につつんだ。
レイの目は不気味なほどにかがやいている。
予想外のこたえにシャロンは驚き、ぽかんとしてレイの顔を見た。
「月の勇者様、お迎えにあがりました。私があなたをお支えします。あなたは必ず昔のあなたに戻れます。」
昔のあなたに戻れるという言葉は、シャロンの心をくすぐった。
一瞬、間が空いて、シャロンはレイの手を振り払った。
「だから、知らないって。」
声が落ち着きを保てなくなっていた。
「あなたは苦しんでいる。あなたのいるべき場所はここじゃない。私はそれをよくわかっています。だから、さあ、一緒に来て下さい。」
レイがシャロンの手首をつかもうとするが、シャロンはふっと腕をひいてかわす。
「何言ってるかわかりません。失礼します。」
シャロンはそう言い捨てると、さっさとその場をあとにした。
レイは、使用人のファトゥがやってくるまで、シャロンが去った方を見ていた。
「仕方ないですね。」
そう小さな声で言ったのをファトゥは聞き逃さなかった。
「レイ様。」
ファトゥが声をかけると、レイはいつもよりやわらかい表情でファトゥの方を見た。
「なにも心配ない。変更はなしでお願いするよ。」
「かしこまりました。」
ファトゥは、いつも通りの声で答えた。
シャロンが部屋に戻ると、フィンはもう既に目がさめていた。
「どこ行ってたの?」
「お墓。」
シャロンは、まだどくどくとなっている心臓を抑えつけた。
「またすぐいなくなって。心配した。」
「ごめん。」
シャロンは、それだけ言った。
あの時の貴族にまた会ったこと、そして自分の過去は言えるはずもなかった。
「いいよ、帰ってこられたんだし。それに、ずっと一緒にいるって約束してくれたから。」
フィンがそういうと、シャロンの頬が熱くなる。
その時、ダーバン神父が、夕食を一緒に食べないかと誘いにきた。
2人は、ありがたくダーバン神父の言葉に甘えることにした。
その夜、夕食のあと、シャロンは部屋に戻るとすぐに眠りに落ちた。
一日が終わろうとしていた。
が、その数時間後、またもや事件は起きた。
ダーバン神父の家に火が燃え広がった。
木造の家は火の勢いを加速させ、シャロンたちがいる2階の部屋までたどり着こうとしていた。
ぐっすり眠っていたシャロンは、嫌な臭いと熱気で目が覚めた。
シャロンはべっとりとした汗をかいていた。
すぐ起き上がろうとしたが、おかしい。
体がぴくりとも動かず、辛うじて見える目は天井をしか映さない。
目だけで部屋を見回すと、ドアが開いており、煙が容赦なく入ってきているのが見えた。
なにかが燃えている音と匂いもする。
「フィ・・ン・・。」
声をだそうとして、シャロンはうまく口を動かせないことに気づいた。
フィンの姿を確かめようと首を動かそうとするが、体はいうことをきかない。
死ぬのか。
シャロンは自分の死を悟った。
体をうごかそうと必死になっているシャロンがいる一方で、諦めているシャロンもいた。
もう、今の自分にはどうすることもできないと。
どんどん息が苦しくなっていき、意識が遠のいていく。
お願いだ。フィンはここにいないでくれ。無事でいてくれ。
シャロンは願うことしかできなかった。
「誰か出てくるぞ!」
燃え盛るダーバン神父の家の前で、消火活動をしていた村人の一人が声を張り上げ言った。
金色の髪をした麗人が、一人の女の背中と膝裏に手を添え抱きかかえて、ゆっくりと出てきた。
高級そうな服が汚れたのには目もくれず、金色の三白眼の目は、強い意志をもつように光っていた。
さらさらとした金色の髪に、ちらちらすすやと火花がおちる。
なぜか力強さを感じさせる姿に、村人たちは、その姿にあっけにとられた。
シャロンが、目を覚ますと、知らない場所にいた。
白で統一された小ぎれいなベッドに寝かされていた。
ここは、一番近くの大きな町の病院だ。
広い部屋にずらっと並ぶベッドが、簡易的な敷居でわけられていて、その一番奥にシャロンはいた。
体に力をいれると、腕が持ち上がり、すぐにまた落ちた。
落ちた腕に衝撃をおぼえ、シャロンは自分は生きているのだと理解した。
それから、頭の中で記憶を巡らせていた。
ダーバン神父の家が火事になり、それに巻き込まれた自分はどういうわけか生きているらしい、ということはすぐに分かった。
問題はなぜ助かったのかだ。
うっすらと記憶に誰かがいたが、思い出せない。
タイミングよく、看護師の女が現れた。
「シャロンさん!目が覚めたのね!」
中年の看護師は、シャロンが目を覚ましたことに気づくとすぐに医者をよんできた。
医者によると、この回復は奇跡的らしかった。
医者はここに数日はいるように、と告げるとシャロンのもとをあとにした。
残された中年の看護師に、シャロンはおそるおそる一番気になっていたことをきくことにした。
「すみません。」
まだかすれる声で声をかけた。
「はあい、なんですか?」
看護師はやわらかく、親しみやすい口調で答える。
「ここに・・・私と一緒に運ばれてきた男の人はいませんでしたか?」
シャロンは祈るように、声を出す。
「そうねえ、あの火事で運ばれてきたのは、あなただけよ。」
その瞬間、頭を強く打ったような錯覚をした。
フィンはたしかに、シャロンと同じ部屋にいたのだ。
思ったより、症状がひどくなくて病院にこなくてもよかったのかもしれない。
が、そんなことがあるのか、とシャロンは思ってしまう。
「そういえば、毎日のようにあなたを見舞いにきてる男の人、旦那さん?男前だし、やさしくていい人ねえ。」
シャロンに背をむけて作業をする看護師は、シャロンの様子を気に留めることなく話しかける。
「それって・・・」
シャロンの心臓がどくんと跳ね上がった。
フィンだ。フィンは生きてた。それも元気にしてる。
「あっ、噂をすればね。お邪魔だし、失礼するわね。」
にこにこしながら看護師はその場を去った。
シャロンは、看護師と入れ違いになって入ってきた人をみた。
茶色い髪に青い目をした、笑うとくしゃっと皺ができる人ではなかった。
金髪に金色の瞳の三白眼をもつ麗人、レイだった。
「あなたは・・・」
「レイ・グロシュラー。ストリアタの領主で侯爵です。まだちゃんと名乗っていませんでしたね。」
平民を装った衣服をまとったレイだった。
シャロンの横にある椅子に静かにすわると、レイをじっとみつめる。
シャロンは、淡い期待をこわされ、何も言えなくなってしまう。
やはり、この人は自分を捕まえる気だ。
シャロンはそう思い一瞬臆したが、真実を知るべく口を開いた。
「フィン、私と一緒にあの家にいた男の人は、どうなったのか知りませんか?」
なにかにすがるような口調になる。
「えっと・・・そんな人は聞いてないですね。」
「そんな・・・。」
シャロンの声は弱々しく、今にも泣きだしそうだ。
「あ、そういえば・・・いえ、なんでもないです。」
レイはいいかけて、やめる。
「何か知ってることあれば言ってください。」
「いえ、聞かない方が良いと思います。」
「教えてください。」
シャロンは引き下がろうとせず、レイはゆっくり口を開く。
「言いにくいのですが、あの家から1人の焼死体が見つかったとききました。」
「それは・・・誰なんですか・・・?」
「申し訳ないのですが、そこまでは知りません。ただ、家主の方は無事だったそうなので、聞いてみればわかるかもしれません。」
火事が起きた日、あの家にいたのは、家主のダーバン神父、シャロン、そしてフィンだけだということをシャロンは知っている。
「そんな。」
目頭が熱くなるが、人前、それもレイの前で泣くものかと必死で耐える。
「侯爵様は、どうしてここにいるんですか。私を捕まえにきたんですか。」
涙をこらえながら、シャロンは聞いた。
フィンがもういないのなら、シャロンが生きる意味も居場所もない。
もういっそ平民には到底払えそうにない高い入院費を、自分の首にかかる賞金で払ってやろうかと思いさえした。
「いいえ、違います。」
レイは優しく、安心させるような低い声色でいう。
「じゃあ、なぜ。」
シャロンはぽつりと言った。
「あなたの力になるためです。」
レイはシャロンの手をやさしく握る。
「あなたはまた昔のように戻れます。」
シャロンは目を一瞬、見開くと、ぎゅっと目を瞑った。
熱い涙は静かにレイの手の甲に落ちた。
今にも雨が降りそうな分厚い雲が空を覆っていた。
シャロンは、またあの墓地にやってきた。
シャロンは真新しい上等の黒いワンピースに身をつつんでいた。
シャロンは、ピンク色の小さな花をたくさんつけた花束を墓標の前にそっとおいた。
新しく設置された墓標には、フィンという名前が彫られていた。
シャロンは、故郷の村に持って帰ることも考えたが、それはやめた。
フィンは一人で故郷に帰るよりも、ジーンと一緒のところにいるのが良いと思ったからだ。
それに連れ帰っても、そこにシャロンは一緒にいることはできない。
シャロンはしばらく墓標の前から動かなかったが、ぱらぱらと雨が降ってきて、来た道をもどる。
墓地の出口の近くには、立派な馬車があった。
シャロンが近づくと、馬車の扉を使用人があける。
馬車に入り、扉がしめられると馬車はゆっくりと動き出す。
シャロンは眼鏡をとり、雨を服の裾でぬぐった。
眼鏡をかけなおし、視線を前に移すと、窓に肘をついているレイと目があった。
「雨が降ってきましたね。」
レイが言う。
「はい。」
シャロンは返事を適当に返す。
「もう心残りはありませんか。」
「はい。」
シャロンがそういうと、レイはにっこりと微笑んだ。
レイは、入院しているシャロンにある提案をした。
レイの使用人として王都にあるレイの屋敷で働くことだ。
衣食住の全ては保証され、レイのもとで働くかぎり正体について明かすことはない。
加えて、入院費も出すという。
その代わり、シャロンは屋敷に住み込みとなるため、村には帰ってくることはできない。
シャロンにとっては提案というよりも、半分脅しのようなものだった。
レイのもとで働く限り正体について明かすことはない、つまりレイのもとで働かなければ正体をばらすということだ。
しかし、それより「月の勇者に戻れる」というレイの言葉は、今のシャロンが縋り付きたくなるものだった。
シャロンはもう見ることのできない景色を田舎の景色を見た。
またシャロンは思ってしまった。
あの鈴の音が聞こえたら、と。
鈴の音が聞こえないということは重大なことが起きてないということだ。
この5年間、一度も聞こえなかった鈴の音を都合よく解釈しようとさえした。
が、数日がたった雨の日、シャロンとフィンのふわふわと不安定に漂っていた淡い期待は地面に叩きつけられた。
フィンとシャロンのもとに1通の手紙が届いた。
ジーンの嫁ぎ先で火事があって、一家もろとも死亡したという事実が、丁寧な言葉遣いで書かれていた。
シャロンとフィンは、手紙を受け取った翌日、嫁ぎ先の村に向かった。
道中、シャロンはずっと暗い顔をしており、フィンは無理をするように明るく振舞った。
農民の移動手段は徒歩だ。
途中、宿にとまり、また歩く。
やっとたどり着いた村はいつもの空気をとりもどしつつあったが、まだ前のような空気にもどってはいなかった。
手紙にあった通り、教会を訪れた。
その道中、ジーンの嫁ぎ先が遠目に2人の目に入った。
遠くから見ても、立派な家は今は跡形もなく、かわりに黒く焼け焦げた瓦礫が見えた。
教会は、ジーンの結婚式ぶりだ。
教会にいくと、手紙の差出人であるダーバン神父がいた。
ダーバン神父はフィンに、陶磁器製の壺を手渡した。
フィンがゆっくりと壺の蓋をあけ、シャロンはそれを見た。
壺にはいっていたのは、石ころだった。
「これは?」
フィンはダーバン神父の顔を見た。
ダーバン神父は申し訳なさそうに話す。
「もう、ご遺体は誰のものか判別することができないくらいでした。ご遺体の数をかぞえたところ、家の当主とその息子夫婦、使用人の数とぴったりでした。」
「こんなのって。」
フィンはぼそりと呟いた。頬が涙でぬれていた。
シャロンはそれを横目で見た。
「全てのご遺体は村の共同墓地に埋葬しました。これは、ご遺体が見つかった場所にあったものです。」
「そう、ですか。」
フィンは壺の中にある黒い石を見つめたまま言った。
「ジーンは。」
シャロンがダーバン神父に尋ねる。
「ジーンさんの遺体も、どのものかわからず・・・。ジーンさんはこちらに嫁いでこられたわけですから、しきたりに従って埋葬させていただきます。」
「そうですか。」
「このような形になってしまって、本当に申し訳ないです。」
「ありがとうございます。」
シャロンは力の抜けた声で言った。
フィンもお礼のようなものを言ったのだが、はっきりと聞こえなかった。
ダーバン神父はシャロンとフィンを自分の家に案内した。
ジーンの嫁ぎ先が全焼した今、シャロンとフィンにこの村に行く当てはない。
ダーバン神父はそんな2人を自分の家に泊まっていくように言った。
フィンが休ませてほしいと言ったので、貸してくれる部屋に案内してくれた。
テーブルに先ほど手渡された壺をおくと、用意された2つのベッドの片方にフィンは腰をおろした。
全身から力が抜けたように下を向いていた。
シャロンも壺をテーブルに置いた。
ところどころに亀裂が入った白ぬりの壁の質素な部屋は、さみしさを増幅させる。
「フィン・・。」
何か言葉をかけないと、フィンはどこかに消えてしまいそうだった。
しかし、シャロンの頭には何も思い浮かばなかった。
「シャロン、ごめん。今は何も考えられないんだ。」
静かな部屋にフィンのか細い声が響いた。
「わ、私は・・・。」
シャロンは言葉を飲み込んだ。
「ありがとう、わかってるから。無理してなにか言おうとしなくていい。」
フィンはシャロンの心を読んだかのように言う。
シャロンはフィンの隣に座って、フィンの背中をさすった。
「これくらいしかできなくて、ごめんね。」
シャロンは声が震えるのを我慢しようとした。
いつの間にか目から熱い涙があふれていた。
「十分だよ。ありがとう。」
フィンはシャロンの背中に腕をまわして、抱き寄せた。
フィンの目からも、またつうっと涙が流れた。
「シャロンはどこにもいかないで。」
フィンの絞り出した声が直接耳に届く。
いつも頼りになるフィンのあまりにも弱々しい声をきき、シャロンは腕に力をいれてフィンの背中を抱きしめた。
葬儀は滞りなく行われた。
あっさりとおわり、あの壺も墓地に埋められた。
フィンはどっと疲れたようで、眠りに落ちた。
シャロンはフィンを残して、ダーバン神父の家を出て、墓地にひとりで向かった。
村のはずれの墓地は大きな森の前にあった。
シャロンは道に迷うことなく、その墓地にたどりついた。
新しい墓標には、あの気前のよい豪農の家長のヨ―スタインという名前がまずはじめあった。
そして、ジーンと結婚相手の名前がほってあるものをシャロンはみつけた。
シャロンはその墓標の前に座り込んだ。
墓標の前には、誰かが置いていった花束がちらほらあった。
なぜこんなことになってしまったのか。
シャロンが考えてもわからないことだった。
火事の原因はわかっていない。家は跡形もなくなくなり、家にいた人は全員亡くなった。
豪農の家は貴族の屋敷のように、大きく、普通の農民とははなれたところに構えられていたため、村人が気づくのが遅れたらしい。
もし昔の自分であれば、なにか危険が起こるとき、音が知らせてくれた。
もし今もあの音が聞こえていたら、守れていたのかもしれない。
今の自分は、大切な人さえ守ることができなくなってしまったのか。
先ほどの気力が抜けてしまったようなフィンの様子が脳内を横切る。
自分が無力であることを思い知らされて、シャロンは墓標の前に膝を抱えて座り込んだ。
墓標に刻まれた名前が、現実をシャロンに理解させる。
吹いている風が無性に寒くて、シャロンは交差させた両方の手で二の腕をぎゅっとつかんだ。
そんなシャロンの心と裏腹に、からっと空は晴れていた。
「あの火事で大事な人を亡くされたのですか。」
いきなり声がした。
シャロンが反射的に上を見上げると、あの時の侯爵、レイが近くに立っていた。
声がするまで、気配にもきづかなかった。
「どうして。」
そう呟いたものの、今のシャロンにとってレイがいようがいまいがどちらでも良かった。
「私の領地で大火事があったというので来たのですよ。あのヨ―スタインという農民のことはよく知っていました。」
レイの言葉は、上っ面だけのものにシャロンは感じた。
レイはヨースタインに会ったことがないので、その態度ももっともだ。
「よくこの村のことをまとめてくれていたらしいので、残念です。」
その上辺だけの態度を皮肉るにも、簡単な相槌をうつにも、シャロンは気力がなかった。
「ウィッド、ジーン、ニック、エリ・・・。」
レイがかがんで、シャロンの目の前にある墓標にある名前を読み上げる。
「この中の誰かがあなたの大切な人のようですね。」
シャロンはまるでレイの言葉など耳に入らないというふうに、うつろな目をずっと墓標に向けていた。
レイはそんなシャロンの背中に、自身の白くきれいな手を伸ばした。
「泣かないなんて、あなたは本当に強い人です。でも、こういう時、泣いてもいいんですよ。」
レイがシャロンの背中をさすったが、シャロンはぴくりとも動かず、表情もうつろなままだ。
「涙も出ないなんて。心に大きな傷ができてしまったんですね。大切なものを全てなくして、居場所もなくなってしまった。」
レイはシャロンを哀れんだような目で見つめる。
「でも、大丈夫です。あなたには私がいます。」
シャロンにはレイの声は音として聞こえているだけで、意味を理解していなかった。
「さあ、一緒に行きましょう。」
レイがシャロンの背に手を添え、膝裏に腕を差し込んで少し地面からシャロンの体が浮いたところで、シャロンは我に返った。
素早くレイの腕から逃れ、距離をとる。
シャロンの心臓の音は、命の危険を感じたかのように飛び跳ねるように動いた。
「何するんですか。」
通常どおりの心臓のはやさを取り戻したシャロンの言葉は落ち着いていた。
批判するための言葉は覇気がないが、レイの背筋を一瞬びくつかせるほどものではあった。
「私はあなたのことを思って。」
レイは穏やかな声でこたえ、シャロンの方に向かってゆっくりと歩く。
「は?何いってるの?貴族の流行りの慈善事業のつもり?」
「いいえ。慈善事業など、とんでもない。それよりもっと意義のあることをしようとしてるのですよ。」
レイは満面の笑みをして、シャロンを見つめる。
「やっと見つけました。月の勇者様。」
シャロンは背中が凍り付くようなものを感じた。
月の勇者。過去の自分の名前。美しかったころの名前。
しかし、この貴族にとっては憎く、悪名高い、罪人の名前だ。
正体が暴かれてしまったことで命が危機にさらされていることを感じとり、心臓の音はまた大きくなった。
それを悟られまいと、シャロンは表情を変えなかった。
「なに言ってるのかわかりません。」
「私はあなたに救われました。」
レイはシャロンの両手をとり、この上なくやさしく自分の手の平につつんだ。
レイの目は不気味なほどにかがやいている。
予想外のこたえにシャロンは驚き、ぽかんとしてレイの顔を見た。
「月の勇者様、お迎えにあがりました。私があなたをお支えします。あなたは必ず昔のあなたに戻れます。」
昔のあなたに戻れるという言葉は、シャロンの心をくすぐった。
一瞬、間が空いて、シャロンはレイの手を振り払った。
「だから、知らないって。」
声が落ち着きを保てなくなっていた。
「あなたは苦しんでいる。あなたのいるべき場所はここじゃない。私はそれをよくわかっています。だから、さあ、一緒に来て下さい。」
レイがシャロンの手首をつかもうとするが、シャロンはふっと腕をひいてかわす。
「何言ってるかわかりません。失礼します。」
シャロンはそう言い捨てると、さっさとその場をあとにした。
レイは、使用人のファトゥがやってくるまで、シャロンが去った方を見ていた。
「仕方ないですね。」
そう小さな声で言ったのをファトゥは聞き逃さなかった。
「レイ様。」
ファトゥが声をかけると、レイはいつもよりやわらかい表情でファトゥの方を見た。
「なにも心配ない。変更はなしでお願いするよ。」
「かしこまりました。」
ファトゥは、いつも通りの声で答えた。
シャロンが部屋に戻ると、フィンはもう既に目がさめていた。
「どこ行ってたの?」
「お墓。」
シャロンは、まだどくどくとなっている心臓を抑えつけた。
「またすぐいなくなって。心配した。」
「ごめん。」
シャロンは、それだけ言った。
あの時の貴族にまた会ったこと、そして自分の過去は言えるはずもなかった。
「いいよ、帰ってこられたんだし。それに、ずっと一緒にいるって約束してくれたから。」
フィンがそういうと、シャロンの頬が熱くなる。
その時、ダーバン神父が、夕食を一緒に食べないかと誘いにきた。
2人は、ありがたくダーバン神父の言葉に甘えることにした。
その夜、夕食のあと、シャロンは部屋に戻るとすぐに眠りに落ちた。
一日が終わろうとしていた。
が、その数時間後、またもや事件は起きた。
ダーバン神父の家に火が燃え広がった。
木造の家は火の勢いを加速させ、シャロンたちがいる2階の部屋までたどり着こうとしていた。
ぐっすり眠っていたシャロンは、嫌な臭いと熱気で目が覚めた。
シャロンはべっとりとした汗をかいていた。
すぐ起き上がろうとしたが、おかしい。
体がぴくりとも動かず、辛うじて見える目は天井をしか映さない。
目だけで部屋を見回すと、ドアが開いており、煙が容赦なく入ってきているのが見えた。
なにかが燃えている音と匂いもする。
「フィ・・ン・・。」
声をだそうとして、シャロンはうまく口を動かせないことに気づいた。
フィンの姿を確かめようと首を動かそうとするが、体はいうことをきかない。
死ぬのか。
シャロンは自分の死を悟った。
体をうごかそうと必死になっているシャロンがいる一方で、諦めているシャロンもいた。
もう、今の自分にはどうすることもできないと。
どんどん息が苦しくなっていき、意識が遠のいていく。
お願いだ。フィンはここにいないでくれ。無事でいてくれ。
シャロンは願うことしかできなかった。
「誰か出てくるぞ!」
燃え盛るダーバン神父の家の前で、消火活動をしていた村人の一人が声を張り上げ言った。
金色の髪をした麗人が、一人の女の背中と膝裏に手を添え抱きかかえて、ゆっくりと出てきた。
高級そうな服が汚れたのには目もくれず、金色の三白眼の目は、強い意志をもつように光っていた。
さらさらとした金色の髪に、ちらちらすすやと火花がおちる。
なぜか力強さを感じさせる姿に、村人たちは、その姿にあっけにとられた。
シャロンが、目を覚ますと、知らない場所にいた。
白で統一された小ぎれいなベッドに寝かされていた。
ここは、一番近くの大きな町の病院だ。
広い部屋にずらっと並ぶベッドが、簡易的な敷居でわけられていて、その一番奥にシャロンはいた。
体に力をいれると、腕が持ち上がり、すぐにまた落ちた。
落ちた腕に衝撃をおぼえ、シャロンは自分は生きているのだと理解した。
それから、頭の中で記憶を巡らせていた。
ダーバン神父の家が火事になり、それに巻き込まれた自分はどういうわけか生きているらしい、ということはすぐに分かった。
問題はなぜ助かったのかだ。
うっすらと記憶に誰かがいたが、思い出せない。
タイミングよく、看護師の女が現れた。
「シャロンさん!目が覚めたのね!」
中年の看護師は、シャロンが目を覚ましたことに気づくとすぐに医者をよんできた。
医者によると、この回復は奇跡的らしかった。
医者はここに数日はいるように、と告げるとシャロンのもとをあとにした。
残された中年の看護師に、シャロンはおそるおそる一番気になっていたことをきくことにした。
「すみません。」
まだかすれる声で声をかけた。
「はあい、なんですか?」
看護師はやわらかく、親しみやすい口調で答える。
「ここに・・・私と一緒に運ばれてきた男の人はいませんでしたか?」
シャロンは祈るように、声を出す。
「そうねえ、あの火事で運ばれてきたのは、あなただけよ。」
その瞬間、頭を強く打ったような錯覚をした。
フィンはたしかに、シャロンと同じ部屋にいたのだ。
思ったより、症状がひどくなくて病院にこなくてもよかったのかもしれない。
が、そんなことがあるのか、とシャロンは思ってしまう。
「そういえば、毎日のようにあなたを見舞いにきてる男の人、旦那さん?男前だし、やさしくていい人ねえ。」
シャロンに背をむけて作業をする看護師は、シャロンの様子を気に留めることなく話しかける。
「それって・・・」
シャロンの心臓がどくんと跳ね上がった。
フィンだ。フィンは生きてた。それも元気にしてる。
「あっ、噂をすればね。お邪魔だし、失礼するわね。」
にこにこしながら看護師はその場を去った。
シャロンは、看護師と入れ違いになって入ってきた人をみた。
茶色い髪に青い目をした、笑うとくしゃっと皺ができる人ではなかった。
金髪に金色の瞳の三白眼をもつ麗人、レイだった。
「あなたは・・・」
「レイ・グロシュラー。ストリアタの領主で侯爵です。まだちゃんと名乗っていませんでしたね。」
平民を装った衣服をまとったレイだった。
シャロンの横にある椅子に静かにすわると、レイをじっとみつめる。
シャロンは、淡い期待をこわされ、何も言えなくなってしまう。
やはり、この人は自分を捕まえる気だ。
シャロンはそう思い一瞬臆したが、真実を知るべく口を開いた。
「フィン、私と一緒にあの家にいた男の人は、どうなったのか知りませんか?」
なにかにすがるような口調になる。
「えっと・・・そんな人は聞いてないですね。」
「そんな・・・。」
シャロンの声は弱々しく、今にも泣きだしそうだ。
「あ、そういえば・・・いえ、なんでもないです。」
レイはいいかけて、やめる。
「何か知ってることあれば言ってください。」
「いえ、聞かない方が良いと思います。」
「教えてください。」
シャロンは引き下がろうとせず、レイはゆっくり口を開く。
「言いにくいのですが、あの家から1人の焼死体が見つかったとききました。」
「それは・・・誰なんですか・・・?」
「申し訳ないのですが、そこまでは知りません。ただ、家主の方は無事だったそうなので、聞いてみればわかるかもしれません。」
火事が起きた日、あの家にいたのは、家主のダーバン神父、シャロン、そしてフィンだけだということをシャロンは知っている。
「そんな。」
目頭が熱くなるが、人前、それもレイの前で泣くものかと必死で耐える。
「侯爵様は、どうしてここにいるんですか。私を捕まえにきたんですか。」
涙をこらえながら、シャロンは聞いた。
フィンがもういないのなら、シャロンが生きる意味も居場所もない。
もういっそ平民には到底払えそうにない高い入院費を、自分の首にかかる賞金で払ってやろうかと思いさえした。
「いいえ、違います。」
レイは優しく、安心させるような低い声色でいう。
「じゃあ、なぜ。」
シャロンはぽつりと言った。
「あなたの力になるためです。」
レイはシャロンの手をやさしく握る。
「あなたはまた昔のように戻れます。」
シャロンは目を一瞬、見開くと、ぎゅっと目を瞑った。
熱い涙は静かにレイの手の甲に落ちた。
今にも雨が降りそうな分厚い雲が空を覆っていた。
シャロンは、またあの墓地にやってきた。
シャロンは真新しい上等の黒いワンピースに身をつつんでいた。
シャロンは、ピンク色の小さな花をたくさんつけた花束を墓標の前にそっとおいた。
新しく設置された墓標には、フィンという名前が彫られていた。
シャロンは、故郷の村に持って帰ることも考えたが、それはやめた。
フィンは一人で故郷に帰るよりも、ジーンと一緒のところにいるのが良いと思ったからだ。
それに連れ帰っても、そこにシャロンは一緒にいることはできない。
シャロンはしばらく墓標の前から動かなかったが、ぱらぱらと雨が降ってきて、来た道をもどる。
墓地の出口の近くには、立派な馬車があった。
シャロンが近づくと、馬車の扉を使用人があける。
馬車に入り、扉がしめられると馬車はゆっくりと動き出す。
シャロンは眼鏡をとり、雨を服の裾でぬぐった。
眼鏡をかけなおし、視線を前に移すと、窓に肘をついているレイと目があった。
「雨が降ってきましたね。」
レイが言う。
「はい。」
シャロンは返事を適当に返す。
「もう心残りはありませんか。」
「はい。」
シャロンがそういうと、レイはにっこりと微笑んだ。
レイは、入院しているシャロンにある提案をした。
レイの使用人として王都にあるレイの屋敷で働くことだ。
衣食住の全ては保証され、レイのもとで働くかぎり正体について明かすことはない。
加えて、入院費も出すという。
その代わり、シャロンは屋敷に住み込みとなるため、村には帰ってくることはできない。
シャロンにとっては提案というよりも、半分脅しのようなものだった。
レイのもとで働く限り正体について明かすことはない、つまりレイのもとで働かなければ正体をばらすということだ。
しかし、それより「月の勇者に戻れる」というレイの言葉は、今のシャロンが縋り付きたくなるものだった。
シャロンはもう見ることのできない景色を田舎の景色を見た。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる