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第1章
4はじまり
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「着きましたよ。」
馬車がとまると、レイは馬車の中でぼうっとしている女に言った。
数日にわたる移動はようやく終わった。
使用人によって馬車の扉が開かれると、レイが先におり、手を差し出した。
女はあっけにとられた。
それはそれを見ていた使用人も同じだった。
使用人たちは、この田舎娘が侯爵と同じ馬車にのせて連れ帰るというところで、何かわけがあるのだと察してはいた。
今、目の前で起こっていること、侯爵であるレイが田舎娘を貴族の令嬢のようにエスコートすることなどあり得ない。
女がどうするべきか迷っていると、レイは女の手をすくい、馬車から出るのをエスコートする。
女は、覚悟をきめたように馬車からおりた。
庶民の住んでいる場所から離れた、貴族の邸宅が並ぶ場所。
目の前には、そびえたつという表現がふさわしいほどの立派な侯爵家の屋敷があった。
「では、長旅でつかれたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね。」
そういうとレイは女の手を放すと、何人かの使用人とともに邸宅の目の前にある正面の扉から入っていった。
「リュドミラ。」
レイが去ったあと、いつもレイのそばにいるはずの使用人のファトゥが誰かの名前を呼ぶ。
が、リュドミラという名前の者はいないらしく、誰も返事をしない。
ファトゥは、あからさまにむっとした顔をして、先ほどレイにエスコートされていた田舎娘の前にたつ。
「リュドミラ、先ほどからあなたを呼んでいるのですが。」
田舎娘は、自分のことだということ一瞬驚いたが、ファトゥの間違いを訂正しようとした。
「私はシャロンです。リュドミラではありません。」
「いえ、あなたがなんといおうが、侯爵様が言っているんだから、あなたはリュドミラです。」
リュドミラ、自身をシャロンと名乗る田舎娘は、あまりにも理不尽な言葉にむっとして眉根をよせた。
が、ファトゥはその淡々とした態度のままだ。
「私はファトゥです。レイ様の執事をしています。ついてきなさい。」
自分を違う名前で呼ぶファトゥに従うのは癪に障るが、この広い敷地で面倒をみてくれそうなのはファトゥくらいだったので、仕方なくファトゥの後ろについていく。
ファトゥは男の中でも長身の方で、平均的より少し高めの女の身長をしているリュドミラよりも結構背が高い。
高身長なのに加えて、速足なフィンにおくれないようについていく。
ファトゥはリュドミラを使用人の使う裏口に案内し、そこから使用人の居住スペースに案内する。
そこから、階段を上り、3階の長い廊下の隅にある部屋の前でとまり、その部屋の扉をあけた。
「ここが、あなたの部屋です。」
そう言われ、リュドミラは恐る恐る部屋に入ってみた。
少し古いが、住むのになにも支障のなさそうな部屋だ。
「明日からあなたは、レイ様直属の使用人です。つまり、私の下で働いてもらうことになります。」
リュドミラがぐるっと部屋を見渡していたが、ファトゥは構わず話した。
「レイ様にお世話になったのなら、ちゃんと働いてください。」
それを捨て台詞のようにして、ファトゥはリュドミラを部屋に置いて行った。
置いて行かれたリュドミラは、ベッドに腰をおろした。
この部屋は誰かによって掃除されたあとらしく、きれいでベッドにもまっさらのシーツが用意してあった。
快適なはずの部屋はどこか寂しく感じられた。
次の朝、リュドミラは言われた通りの時間に出るためにはやめに起きた。
昨日渡された、新しい仕事用の服に着替える。
黒いワンピースに白いエプロン。
使用人の服だが、農民の服より上等だ。
言われた場所に行くと、ファトゥが不機嫌な顔で待っていた。
そしてじろじろフィンの頭から足先まで観察する。
「襟、少し直して。あと、変な色の頭髪どうにかしなさい。まあ、その他は問題ないでしょう。」
リュドミラは、おとなしく返事をして、襟をなおす。
最近、いろいろありすぎて、髪の根本の地毛の部分が目立ってきている。
これは今すぐには対処は無理だ。
「あなたに仕事を教えます。ついてきなさい。」
そういうと、ファトゥは速足ですすむ。
ときどき、リュドミラと同じ年代の女が、掃除といった雑用をしているのが見える。
が、リュドミラが向かっているのはそういうものではないらしい。
「リュドミラにやってもらうのは、レイ様の身の回りのことです。つまり、私の下で働いてもらいます。」
「いや、でも、私は。」
リュドミラは、言語化がうまくできない。
「何か文句があるのなら、はっきり言いなさい。」
ファトゥが面倒くさそうに睨むので、リュドミラは黙らざるを得ない。
いやな空気のまま、目的地までたどり着く。
ファトゥが豪華な扉の前で立ち止まると、リュドミラを睨んで言う。
「やる気がないのは仕方ありませんが、レイ様の前でそんな態度をとれば、私が許しません。」
リュドミラは、ファトゥの圧にもう慣れ始めていた。
それが気に食わなかったのか、ファトゥはふんっと鼻をならした。
そして、ノックをして部屋に入り、リュドミラもそれに続く。
「失礼します。」
「おはよう。」
レイはベッドから体を起こして、いつものさわやかな感じで、ファトゥとリュドミラに声をかけた。
もうとっくに起きていたようだが、身支度前のどこか気の抜けた感じがする。
レイはリュドミラの姿を確認すると声をかけた。
「リュドミラ、今日からよろしく頼むよ。」
「はい。お願いいたします。」
リュドミラは少し目を伏せ、お辞儀をする。
内心、腹が立っていたが、それは表にださないように努める。
妙に慣れたリュドミラの仕草にファトゥは意外そうに一瞬目を見開いたが、すぐに仕事に戻る。
「今日は、ルーベン伯爵がお昼13時頃にお見えになります。また・・・」
つらつらと予定を伝えるファトウは、メモなどなにも見ておらず、全てが頭に入っているようだ。
その間にリュドミラにも指示を出す。
リュドミラは言われた通りに動きながら、ファトゥの仕事ぶりに少し感心していた。
レイはファトゥのいうことに耳を傾けつつ、寝間着をぬぐ。
それをリュドミラに手渡し、リュドミラは自分の目のやり場に気を遣いながら受け取る。
「そうだ、ルーベン伯爵のこと、まだリュドミラに話してなかったな。」
レイは普段の服に着替えながら話す。
「申し訳ありません、後程、説明いたします。」
ファトゥが申し訳なさげに言った。
「ここで説明してあげて。」
レイが着替えおわり、髪をくくりながらファトゥに言う。
「かしこまりました。」
するとファトゥが少しリュドミラの方を向いて、丁寧な口調で説明する。
ルーベン伯爵は最近、領地から貴重な鉱物が発見されたらしく、力をつけてきている。この鉱物を王室に売買したいとのことで、レイに会いに来るらしい。
この鉱物は、通称、魔法石と呼ばれているが、魔法のような力があるわけではないことはリュドミラも知っている。
一説では、かつては神聖視されていたなごりで魔法石とよばれるらしい。その風習は最近はあまり見ないが、今も神聖視する地域もあるらしい。
そして、それは武器にするのに適している。
レイは侯爵家で、今の王とのつながりも深い。
王室にとっても貴重なものだから、良い関係を結びたいところだそう。
「そのルーベン伯爵ですが、決して気を許してはならないお方です。」
ファトゥの言葉の端に怒りを感じる。
「まあまあ、ファトゥ。」
「レイ様は人が良すぎるのです。あの晩餐会での仕打ちは一生忘れません。」
リュドミラは何のことか分からないが、個人的にルーベンがレイに何か失礼なことをしたらしいということは分かった。
「リュドミラも困ってるだろう。少し落ち着いて。」
そうレイに言われ、ファトゥはいつもの調子にもどって慌ててレイに謝る。
フィンはそれを見て、少し調子が狂いそうになった。
ファトゥは感情のない、仕事をただこなす人形みたいなやつではなさそうだ。
そして、食事のために広間に移動する。
リュドミラもファトゥのあとに続いて一緒に移動する。
広間には、大きな机があって、もう食器が準備されていた。
「おはようございます。」
リュドミラは細い声のした方を向いた。
机のおくの方に、女性が座っていた。
「おはよう、ジゼル。」
ジゼルと呼ばれた女性はふわりとほほ笑んだ。
ジゼルという女性は、どこか儚げな雰囲気をまとっていて、笑顔は同性のリュドミラでさえ見惚れてしまうほどの可憐さだった。
ジゼルは、リュドミラの存在に気付いたのか、驚いたような顔になる。
それに気づいたレイは、リュドミラをジゼルに紹介した。
「リュドミラさん・・・よろしくお願いします。」
ジゼルは、リュドミラの名前を反芻したあと、リュドミラに挨拶する。
それにリュドミラはあっけにとられ、返事が遅れる。
侯爵夫人が使用人に自ら挨拶をした。
会話の内容から、ジゼルはレイの妻であることがわかった。
ジゼルは自分から話題を出すことはなく、レイの話をにこにこと聞いていた。
そこにどこか高貴なものを感じ、リュドミラはこれが侯爵夫人なのかと納得した。
綺麗なものだけ見て育った侯爵夫人。
だからこんなにも純粋で美しいのか。
自分が育った場所をリュドミラは思い返した。
リュドミラは、皮肉ではなく、ただ事実として受け入れた。
食事が終わると、ジゼルは使用人たちと広間を出ていった。
そのあと、レイはファトゥとリュドミラと一緒にレイの執務室に向かう。
レイは執務室の一番奥にある、仕事用の机の席についた。
「ファトゥ、いつものコーヒーをお願いできないかな。」
レイはファトゥに向かって言う。
ファトゥはびっくりしたように顔をぴくりと動かす。
「では急いで用意いたします。」
そういうと振り向いて、リュドミラに自分についてくるように合図した。
「いや、リュドミラはここに。」
ファトゥは一瞬遅れて、「かしこまりました。」と返事して部屋から出ていった。
ファトゥが出て行ってしばらくして、レイがやっと口を開いた。
「そんな隅っこにいないで、こっちまで来たらどうなんです?」
リュドミラはレイの顔を見る。
レイはいつもの微笑した顔をくずさない。
リュドミラはゆっくりレイの目の前まで移動した。
「そんなに警戒しなくても、私はあなたの味方ですから。」
なにもリュドミラは言わなかった。
レイはふっと笑うと、話を続けた。
「あなたに頼みたいことがあります。今日のルーベン伯爵が私に会いに来る際、同席してください。」
リュドミラはそれだけでレイの意図がぼんやりとだがわかった。
「ルーベン伯爵について私からも説明しておきましょう。今、王室がメジェンツォフ家とアルトドルフィー家の争いの場と化しているのは知っていますね。」
メジェンツォフ家、アルトドルフィー家は、この国で最も力をもつ2つの公爵家と言ってよい。
5年前、リュドミラが王都にいたときもこの家門で争っていたので、だいたい知っている。
が、今はアルトドルフィー家の力は少しかげっている。
それは、月の勇者事件でメジェンツォフ家出身の王妃を廃する計画の証拠がアルトドルフィー家の分家から見つかったからだ。
この家、グロシュラー侯爵家はメジェンツォフと関係している。
先代王と、ジゼルの母は兄妹で、ふたりの母親はメジェンツォフ家の人間だ。
つまり、ジゼルと現国王はいとこになる。
ジゼルは一人娘で、レイがジゼルと結婚し、グロシュラーの家に入った。
リュドミラは、グロシュラー家の内情を知り、意外に思った。
レイが婿養子ということは、逆玉の輿かもしれない。
ジーンと少し似ている境遇なのかと思うと、ほんの少し親近感がわく。
そして、ジーンのことを思い出して少し心が痛いくなる。
「ルーベン伯爵は腹の中が読めないやつでね。アルトドルフィー家に出入りしているなんていうことも聞いたりする。私にこの前、妻の家柄の良さだけの情けない奴など言ってきたと思えば、こうして私に会いに来ることもある。ただの金の亡者だといいのだが。」
なるほど、それでファトゥが怒っていたのか。
リュドミラは一人で納得していた。
ルーベン伯爵というのは、5年前の王都にいたころ、名前すら眼中になかった。
リュドミラは、月の勇者であったとき、標的のことは念入りに調べるようにしていた。
交友関係も頭に入れるようにしていたが、ルーベンというのは聞いたことがない。
この5年で、魔法石のおかげでずいぶん身分が良くなったらしい。
「協力してくれるね?」
レイが金色の目をリュドミラに向ける。
判断をまかせるような言い方をするが、拒否することはできるはずもない。
「わかりました。」
リュドミラが返事をすると、レイは満足そうにほほえんだ。
レイに利用される。
貴族に利用されるのは、昔の誇り高き自分なら許さないだろう。
が、リュドミラはもう月の勇者ではない。
あの力はないし、何年も王都から離れていて、情勢も知らない。
こんな自分に何かできるとは思えない。
利用されることに何も感じなかった。
そしてレイの意図を知れて、リュドミラは納得しさえしていた。
自分はまだレイにとって利用価値があり、すぐには処刑台に送られないだろう。
「あなたは月の勇者ですから。それは時がたっても同じです。力になってくれるだろうと信じてます。」
月の勇者。それを出されると、心が少しふわりとした。
レイはかけてほしい言葉をくれる。
利用するために欲しい言葉を言ってくるのだ。
気をゆるしそうになる自分をいさめるように、また手に力をいれた。
馬車がとまると、レイは馬車の中でぼうっとしている女に言った。
数日にわたる移動はようやく終わった。
使用人によって馬車の扉が開かれると、レイが先におり、手を差し出した。
女はあっけにとられた。
それはそれを見ていた使用人も同じだった。
使用人たちは、この田舎娘が侯爵と同じ馬車にのせて連れ帰るというところで、何かわけがあるのだと察してはいた。
今、目の前で起こっていること、侯爵であるレイが田舎娘を貴族の令嬢のようにエスコートすることなどあり得ない。
女がどうするべきか迷っていると、レイは女の手をすくい、馬車から出るのをエスコートする。
女は、覚悟をきめたように馬車からおりた。
庶民の住んでいる場所から離れた、貴族の邸宅が並ぶ場所。
目の前には、そびえたつという表現がふさわしいほどの立派な侯爵家の屋敷があった。
「では、長旅でつかれたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね。」
そういうとレイは女の手を放すと、何人かの使用人とともに邸宅の目の前にある正面の扉から入っていった。
「リュドミラ。」
レイが去ったあと、いつもレイのそばにいるはずの使用人のファトゥが誰かの名前を呼ぶ。
が、リュドミラという名前の者はいないらしく、誰も返事をしない。
ファトゥは、あからさまにむっとした顔をして、先ほどレイにエスコートされていた田舎娘の前にたつ。
「リュドミラ、先ほどからあなたを呼んでいるのですが。」
田舎娘は、自分のことだということ一瞬驚いたが、ファトゥの間違いを訂正しようとした。
「私はシャロンです。リュドミラではありません。」
「いえ、あなたがなんといおうが、侯爵様が言っているんだから、あなたはリュドミラです。」
リュドミラ、自身をシャロンと名乗る田舎娘は、あまりにも理不尽な言葉にむっとして眉根をよせた。
が、ファトゥはその淡々とした態度のままだ。
「私はファトゥです。レイ様の執事をしています。ついてきなさい。」
自分を違う名前で呼ぶファトゥに従うのは癪に障るが、この広い敷地で面倒をみてくれそうなのはファトゥくらいだったので、仕方なくファトゥの後ろについていく。
ファトゥは男の中でも長身の方で、平均的より少し高めの女の身長をしているリュドミラよりも結構背が高い。
高身長なのに加えて、速足なフィンにおくれないようについていく。
ファトゥはリュドミラを使用人の使う裏口に案内し、そこから使用人の居住スペースに案内する。
そこから、階段を上り、3階の長い廊下の隅にある部屋の前でとまり、その部屋の扉をあけた。
「ここが、あなたの部屋です。」
そう言われ、リュドミラは恐る恐る部屋に入ってみた。
少し古いが、住むのになにも支障のなさそうな部屋だ。
「明日からあなたは、レイ様直属の使用人です。つまり、私の下で働いてもらうことになります。」
リュドミラがぐるっと部屋を見渡していたが、ファトゥは構わず話した。
「レイ様にお世話になったのなら、ちゃんと働いてください。」
それを捨て台詞のようにして、ファトゥはリュドミラを部屋に置いて行った。
置いて行かれたリュドミラは、ベッドに腰をおろした。
この部屋は誰かによって掃除されたあとらしく、きれいでベッドにもまっさらのシーツが用意してあった。
快適なはずの部屋はどこか寂しく感じられた。
次の朝、リュドミラは言われた通りの時間に出るためにはやめに起きた。
昨日渡された、新しい仕事用の服に着替える。
黒いワンピースに白いエプロン。
使用人の服だが、農民の服より上等だ。
言われた場所に行くと、ファトゥが不機嫌な顔で待っていた。
そしてじろじろフィンの頭から足先まで観察する。
「襟、少し直して。あと、変な色の頭髪どうにかしなさい。まあ、その他は問題ないでしょう。」
リュドミラは、おとなしく返事をして、襟をなおす。
最近、いろいろありすぎて、髪の根本の地毛の部分が目立ってきている。
これは今すぐには対処は無理だ。
「あなたに仕事を教えます。ついてきなさい。」
そういうと、ファトゥは速足ですすむ。
ときどき、リュドミラと同じ年代の女が、掃除といった雑用をしているのが見える。
が、リュドミラが向かっているのはそういうものではないらしい。
「リュドミラにやってもらうのは、レイ様の身の回りのことです。つまり、私の下で働いてもらいます。」
「いや、でも、私は。」
リュドミラは、言語化がうまくできない。
「何か文句があるのなら、はっきり言いなさい。」
ファトゥが面倒くさそうに睨むので、リュドミラは黙らざるを得ない。
いやな空気のまま、目的地までたどり着く。
ファトゥが豪華な扉の前で立ち止まると、リュドミラを睨んで言う。
「やる気がないのは仕方ありませんが、レイ様の前でそんな態度をとれば、私が許しません。」
リュドミラは、ファトゥの圧にもう慣れ始めていた。
それが気に食わなかったのか、ファトゥはふんっと鼻をならした。
そして、ノックをして部屋に入り、リュドミラもそれに続く。
「失礼します。」
「おはよう。」
レイはベッドから体を起こして、いつものさわやかな感じで、ファトゥとリュドミラに声をかけた。
もうとっくに起きていたようだが、身支度前のどこか気の抜けた感じがする。
レイはリュドミラの姿を確認すると声をかけた。
「リュドミラ、今日からよろしく頼むよ。」
「はい。お願いいたします。」
リュドミラは少し目を伏せ、お辞儀をする。
内心、腹が立っていたが、それは表にださないように努める。
妙に慣れたリュドミラの仕草にファトゥは意外そうに一瞬目を見開いたが、すぐに仕事に戻る。
「今日は、ルーベン伯爵がお昼13時頃にお見えになります。また・・・」
つらつらと予定を伝えるファトウは、メモなどなにも見ておらず、全てが頭に入っているようだ。
その間にリュドミラにも指示を出す。
リュドミラは言われた通りに動きながら、ファトゥの仕事ぶりに少し感心していた。
レイはファトゥのいうことに耳を傾けつつ、寝間着をぬぐ。
それをリュドミラに手渡し、リュドミラは自分の目のやり場に気を遣いながら受け取る。
「そうだ、ルーベン伯爵のこと、まだリュドミラに話してなかったな。」
レイは普段の服に着替えながら話す。
「申し訳ありません、後程、説明いたします。」
ファトゥが申し訳なさげに言った。
「ここで説明してあげて。」
レイが着替えおわり、髪をくくりながらファトゥに言う。
「かしこまりました。」
するとファトゥが少しリュドミラの方を向いて、丁寧な口調で説明する。
ルーベン伯爵は最近、領地から貴重な鉱物が発見されたらしく、力をつけてきている。この鉱物を王室に売買したいとのことで、レイに会いに来るらしい。
この鉱物は、通称、魔法石と呼ばれているが、魔法のような力があるわけではないことはリュドミラも知っている。
一説では、かつては神聖視されていたなごりで魔法石とよばれるらしい。その風習は最近はあまり見ないが、今も神聖視する地域もあるらしい。
そして、それは武器にするのに適している。
レイは侯爵家で、今の王とのつながりも深い。
王室にとっても貴重なものだから、良い関係を結びたいところだそう。
「そのルーベン伯爵ですが、決して気を許してはならないお方です。」
ファトゥの言葉の端に怒りを感じる。
「まあまあ、ファトゥ。」
「レイ様は人が良すぎるのです。あの晩餐会での仕打ちは一生忘れません。」
リュドミラは何のことか分からないが、個人的にルーベンがレイに何か失礼なことをしたらしいということは分かった。
「リュドミラも困ってるだろう。少し落ち着いて。」
そうレイに言われ、ファトゥはいつもの調子にもどって慌ててレイに謝る。
フィンはそれを見て、少し調子が狂いそうになった。
ファトゥは感情のない、仕事をただこなす人形みたいなやつではなさそうだ。
そして、食事のために広間に移動する。
リュドミラもファトゥのあとに続いて一緒に移動する。
広間には、大きな机があって、もう食器が準備されていた。
「おはようございます。」
リュドミラは細い声のした方を向いた。
机のおくの方に、女性が座っていた。
「おはよう、ジゼル。」
ジゼルと呼ばれた女性はふわりとほほ笑んだ。
ジゼルという女性は、どこか儚げな雰囲気をまとっていて、笑顔は同性のリュドミラでさえ見惚れてしまうほどの可憐さだった。
ジゼルは、リュドミラの存在に気付いたのか、驚いたような顔になる。
それに気づいたレイは、リュドミラをジゼルに紹介した。
「リュドミラさん・・・よろしくお願いします。」
ジゼルは、リュドミラの名前を反芻したあと、リュドミラに挨拶する。
それにリュドミラはあっけにとられ、返事が遅れる。
侯爵夫人が使用人に自ら挨拶をした。
会話の内容から、ジゼルはレイの妻であることがわかった。
ジゼルは自分から話題を出すことはなく、レイの話をにこにこと聞いていた。
そこにどこか高貴なものを感じ、リュドミラはこれが侯爵夫人なのかと納得した。
綺麗なものだけ見て育った侯爵夫人。
だからこんなにも純粋で美しいのか。
自分が育った場所をリュドミラは思い返した。
リュドミラは、皮肉ではなく、ただ事実として受け入れた。
食事が終わると、ジゼルは使用人たちと広間を出ていった。
そのあと、レイはファトゥとリュドミラと一緒にレイの執務室に向かう。
レイは執務室の一番奥にある、仕事用の机の席についた。
「ファトゥ、いつものコーヒーをお願いできないかな。」
レイはファトゥに向かって言う。
ファトゥはびっくりしたように顔をぴくりと動かす。
「では急いで用意いたします。」
そういうと振り向いて、リュドミラに自分についてくるように合図した。
「いや、リュドミラはここに。」
ファトゥは一瞬遅れて、「かしこまりました。」と返事して部屋から出ていった。
ファトゥが出て行ってしばらくして、レイがやっと口を開いた。
「そんな隅っこにいないで、こっちまで来たらどうなんです?」
リュドミラはレイの顔を見る。
レイはいつもの微笑した顔をくずさない。
リュドミラはゆっくりレイの目の前まで移動した。
「そんなに警戒しなくても、私はあなたの味方ですから。」
なにもリュドミラは言わなかった。
レイはふっと笑うと、話を続けた。
「あなたに頼みたいことがあります。今日のルーベン伯爵が私に会いに来る際、同席してください。」
リュドミラはそれだけでレイの意図がぼんやりとだがわかった。
「ルーベン伯爵について私からも説明しておきましょう。今、王室がメジェンツォフ家とアルトドルフィー家の争いの場と化しているのは知っていますね。」
メジェンツォフ家、アルトドルフィー家は、この国で最も力をもつ2つの公爵家と言ってよい。
5年前、リュドミラが王都にいたときもこの家門で争っていたので、だいたい知っている。
が、今はアルトドルフィー家の力は少しかげっている。
それは、月の勇者事件でメジェンツォフ家出身の王妃を廃する計画の証拠がアルトドルフィー家の分家から見つかったからだ。
この家、グロシュラー侯爵家はメジェンツォフと関係している。
先代王と、ジゼルの母は兄妹で、ふたりの母親はメジェンツォフ家の人間だ。
つまり、ジゼルと現国王はいとこになる。
ジゼルは一人娘で、レイがジゼルと結婚し、グロシュラーの家に入った。
リュドミラは、グロシュラー家の内情を知り、意外に思った。
レイが婿養子ということは、逆玉の輿かもしれない。
ジーンと少し似ている境遇なのかと思うと、ほんの少し親近感がわく。
そして、ジーンのことを思い出して少し心が痛いくなる。
「ルーベン伯爵は腹の中が読めないやつでね。アルトドルフィー家に出入りしているなんていうことも聞いたりする。私にこの前、妻の家柄の良さだけの情けない奴など言ってきたと思えば、こうして私に会いに来ることもある。ただの金の亡者だといいのだが。」
なるほど、それでファトゥが怒っていたのか。
リュドミラは一人で納得していた。
ルーベン伯爵というのは、5年前の王都にいたころ、名前すら眼中になかった。
リュドミラは、月の勇者であったとき、標的のことは念入りに調べるようにしていた。
交友関係も頭に入れるようにしていたが、ルーベンというのは聞いたことがない。
この5年で、魔法石のおかげでずいぶん身分が良くなったらしい。
「協力してくれるね?」
レイが金色の目をリュドミラに向ける。
判断をまかせるような言い方をするが、拒否することはできるはずもない。
「わかりました。」
リュドミラが返事をすると、レイは満足そうにほほえんだ。
レイに利用される。
貴族に利用されるのは、昔の誇り高き自分なら許さないだろう。
が、リュドミラはもう月の勇者ではない。
あの力はないし、何年も王都から離れていて、情勢も知らない。
こんな自分に何かできるとは思えない。
利用されることに何も感じなかった。
そしてレイの意図を知れて、リュドミラは納得しさえしていた。
自分はまだレイにとって利用価値があり、すぐには処刑台に送られないだろう。
「あなたは月の勇者ですから。それは時がたっても同じです。力になってくれるだろうと信じてます。」
月の勇者。それを出されると、心が少しふわりとした。
レイはかけてほしい言葉をくれる。
利用するために欲しい言葉を言ってくるのだ。
気をゆるしそうになる自分をいさめるように、また手に力をいれた。
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