転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます 〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜 [完]

水無月いい人(minazuki)

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第六章「異端者と破綻者」

第六十九話「誰でもない場所」

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「──焦げてますわね」

私が蓋を開けた瞬間、立ち上る黒煙とともに広がったのは……炭の匂い。

「うわー!炊けておらん!」

ミカが鍋を覗き込み、口をぱくぱくとさせる。

「“炊けておらん”、どころじゃありませんわ!これは炊くというより……いっそ焼き尽くしたという表現の方が近いですわ!」

「でも見た目は……焦げたお菓子みたいで美味そうなのじゃ」

「それは視力の問題ですわ!」

「俺は最初から火を使わせるなと言った」

エルの冷静なツッコミが静かに刺さる。

私は深くため息をついて、鍋を横へ寄せた。

(はぁ……このままじゃ本当に屋敷が丸ごと消し炭になってしまう……)

「……私が作りますわ」

「ええー、妾の出番がなくなるではないか」

「何もかも燃やしてしまう方の出番は少ない方が平和ですの」

「むぅ~……」

ミカがしゅんと肩を落とす姿は、年相応の少女にしか見えなかった。

(でも、あの力を持っている……)

ほんの数日前まで、彼女が“地面を抉り、空気を裂く力”の持ち主だったとは思えない。

けれど──私は知っている。

“彼女は、力を持っている”だけで、“それに振り回されている”のだと。

「では、あなたたちはテーブルを拭いてくださいまし」

「拭く?どうやって?」

「雑巾ですわ。濡らして、絞って、拭く。ただそれだけです」

「それだけって言われてものう……」

ミカがバケツに顔を突っ込みながら、変なところから布を出してきた。

「それ、風呂敷ですわよ!!」

「なぬ!?」

もう、ダメですわこの子。  
でも──

「ふふっ」

不意に、笑っていた。

自分でも驚くくらい、自然に。

「あー!リリアナが笑ったのじゃ!」

「笑ってはいけませんの?」

「いや、ええことじゃ!」

ミカがぴょんぴょん跳ねる。

エルはそれを見ながら、少しだけ目を細めていた。

(……これが、“誰でもない場所”)

王でも、兵でも、転生者でも、破壊神でもない。  
ただ三人で、“少し不器用な日常”を生きている。

「じゃあ、晩ご飯はちゃんと作りますわね」

「妾、味見係じゃな!」

「俺は……食べるだけでいい」

「協力してくださいまし!!」

---

「……できましたわよ」

大皿に盛られたスープと、湯気を立てるパン。  
そしてシンプルな野菜の炒め物。

特別ではない。でも、暖かい。

それだけで、心のどこかが少しだけ満たされる。

「ほーっ、うまそうじゃ!」

ミカが早速手を伸ばそうとして──

「こら、手を合わせてからですわ!」

「えー? 合わせてから食うと味が変わるのか?」

「味は変わりませんけど、気持ちが変わるのです!」

「むぅ……じゃあ、妾も気持ちを変えてみるかの」

エルは何も言わず、すっと手を合わせた。

(律儀ですわね、こういうところだけは)

年相応というか。

「──いただきます」

三人の声が重なる。

それは、この屋敷で初めての“食卓の合図”だった。

スプーンの音、パンをちぎる音、ミカの「うまい!」という叫び。  
静かなはずの夜が、にぎやかに染まっていく。

「リリアナ、これ、本当にお前が作ったのか?」

「ええ。料理くらいは人並みに──あっ、エルが褒めようとしている顔ですわね」

「してない」

「その目が“おいしかった”と言ってますわ。ほら、認めなさい」

「……味は、悪くない」

「それは最上級の褒め言葉と受け取っておきますわ!」

エルが顔を逸らす。

ミカはパンを頬張りながら、口の端にクリームをつけたまま喋っている。

「妾、こんなに落ち着いて食事できるの、初めてかもしれんのう」

「そうなの?」

「うむ。昔のことはよく覚えておらんが……こんな風に誰かと食べて、笑って、怒られて……そういうの、初めてな気がするのじゃ」

「……」

ミカの言葉に、一瞬だけ空気が揺れる。

私はふと、自分の皿に目を落とした。

(……私も、最初はそうだった)

この世界で目覚めて、家族がいて、屋敷があって、しきたりがあって。  
でも、誰かと本音を言い合ったことなんて、なかった。

「ねえ、エル」

「なんだ」

「……こうしてると、何だか、自分が“普通”の人間になれた気がしますの」

「お前が普通?」

「そう。“剣聖”でも、“令嬢”でもなくて……ただの、私」

食卓の明かりが、静かに揺れていた。

パンの温もりと、スープの香り。  
そして、誰かがそばにいてくれるということ。

それだけで、心が落ち着いていく。

「俺も、たまには悪くないと思ってる」

「ふふっ、素直じゃないですわね」

「うるさい」

短いやり取り。

けれど、その中に──少しずつ、確かに芽吹く“信頼”があった。

「……妾も」

ミカが小さな声で呟いた。

「妾も、こういうの好きじゃ。こういうの……守りたいって、思うのう」

その言葉に、私も、エルも──一瞬、返す言葉を失った。

破壊神と呼ばれた少女の、素朴な願い。

それが、どれだけの重みを持っていたかを、私たちは知っていた。

「……じゃあ、焦がさない練習から始めましょうか」

「おおっ!? 妾、明日から全力じゃ!」

(お願いだからゆっくりでお願い……)

壊れたものは、すぐには直らない。  
でも、こうして少しずつ──“始めていける”のかもしれない。

私たち三人は、まだ未完成のまま、静かな夜を過ごしていた。
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