71 / 81
第六章「異端者と破綻者」
第七十話「歪んだ筆跡、封じられた声」
しおりを挟む
朝の光は穏やかだった。
昨日と変わらない時間。
エルは静かに本を開き、ミカはパンを齧り、私は朝食の準備をしていた。
何も変わらない。
……そのはずだった。
「お嬢様、外から“差出人不明”の封書が届きました……」
ミレーヌが声を振るわせながら、手渡してきた。
「差出人不明……?」
珍しい。というより、私宛ての手紙自体がそう多くはない。
(まさか──また王城関係?)
そう思いながら受け取った封筒は──古びた羊皮紙に、赤い蝋封。
まるで中世の呪詛でも閉じ込められていそうな、禍々しい印象。
「……嫌な予感がしますわね」
封を割る。
中から現れたのは、綺麗とは言い難い筆跡で綴られた一枚の手紙。
だが──その一行目を見た瞬間、私の心臓が跳ねた。
──そこには、こう書かれていた。
---
愛しのリリアナへ
君は、今も変わらず美しいのだろうか。
あの夜、星の瞬きを見つめながら、僕に背を向けた君。
白いドレスの裾が、まるで罪の証のように揺れていた。
忘れたか? 君が振り上げたその剣が、僕の全てを切り裂いた夜を。
君の目が、僕の“王子”という仮面を剥ぎ取り、ただの“男”として見捨てたあの瞬間を。
リリアナ。ねぇ、リリアナ。
どうして君は僕を置いて行ったの?
どうして君は“強く”なってしまったの?
どうして僕じゃ、君を縛ることができなかったんだ?
君が笑えば、世界が輝いた。
君が泣けば、雨が降った。
君が怒れば、空が裂けた。
君がいれば、僕は“存在”できた。
君がいない世界で、僕は何者にもなれなかった。
あれから、君はどれだけ眠った?
どれだけの血を見た?
どれだけの人間を、自分の力でねじ伏せた?
君の手のひらに宿ったその力は、誰のためのもの?
君が願う“普通”は、誰と交わした約束?
ねぇ、答えてよ、リリアナ。
君は本当に、幸せだったの?
僕を切り捨てて、本当に……幸せだったの?
僕はね、君を呪った。何度も。何百回も。
君の名前を紙に刻んで、燃やして、飲み込んで、血で書き直して、壁に叩きつけて──
それでも、忘れられなかったんだ。
君の瞳。
君の声。
君の、剣。
君の背中。
君の、温度。
君の……否定。
僕を王子からただの男にしたのは君だった。
そして今、僕を“怪物”に変えたのも、また君だった。
ありがとう、リリアナ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
君がすべてを壊してくれたおかげで、僕はようやく生きられる。
愛してるよ。
心の底から。君以外、いらない。いらなかった。いらないんだ。
──だからさ。
もう一度、君を手に入れるためなら、僕はこの国ごと飲み込んでもいい。
舞踏会、覚えてるかい?
今度は、そこで待ってる。
誰のためでもない。
君のための舞踏会だ。
君と、僕の、最後の舞台だ。
来なければ、壊すよ。
来ても、壊すよ。
君の心を、君の未来を、君の夢を、君が守ろうとしている“なにか”を──
全部、全部、君の目の前で、壊してみせる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
だから殺したい。
だから壊したい。
だから、君だけが欲しい。
この手紙が届いた時、君がまだ“普通”を望んでいるなら……
僕は君を、普通に戻してあげる。
永遠に、壊れたままの“普通”に。
君だけが僕の王妃であり、処刑台の生贄であり、最愛のリリアナであり、罪そのもの。
──アレクシス・フォン・エルフェルト
---
「……っ」
手紙を持つ手が、震えていた。
声が出せない。
脳が理解を拒んでいた。
(死んだ……はずじゃ……)
あのアレクシスが──死んだと思っていた、あの男が──
「……知ってたのか」
エルの低い声が、沈黙を裂いた。
「な、何が……」
「その名前。アレクシス。まさか……お前の──」
私は、首を振った。
何度も、何度も、振った。
「違う……違いますわ。あの人は……もう死んだんですの……」
でも、手の中の文字は消えない。
滲んで、滲んで、けれど鮮やかにそこにあった。
「リリアナ?」
ミカがのぞき込む。
私の顔を見て──初めて“沈黙”を覚えたかのように、黙った。
「……妾、誰にでも笑えるけど、今のリリアナには、何も言えんのう」
(笑って……なんて言わないで)
私は手紙を胸に抱き、深く、深く、息を吐いた。
──来る。あの人が、この国に。
昨日と変わらない時間。
エルは静かに本を開き、ミカはパンを齧り、私は朝食の準備をしていた。
何も変わらない。
……そのはずだった。
「お嬢様、外から“差出人不明”の封書が届きました……」
ミレーヌが声を振るわせながら、手渡してきた。
「差出人不明……?」
珍しい。というより、私宛ての手紙自体がそう多くはない。
(まさか──また王城関係?)
そう思いながら受け取った封筒は──古びた羊皮紙に、赤い蝋封。
まるで中世の呪詛でも閉じ込められていそうな、禍々しい印象。
「……嫌な予感がしますわね」
封を割る。
中から現れたのは、綺麗とは言い難い筆跡で綴られた一枚の手紙。
だが──その一行目を見た瞬間、私の心臓が跳ねた。
──そこには、こう書かれていた。
---
愛しのリリアナへ
君は、今も変わらず美しいのだろうか。
あの夜、星の瞬きを見つめながら、僕に背を向けた君。
白いドレスの裾が、まるで罪の証のように揺れていた。
忘れたか? 君が振り上げたその剣が、僕の全てを切り裂いた夜を。
君の目が、僕の“王子”という仮面を剥ぎ取り、ただの“男”として見捨てたあの瞬間を。
リリアナ。ねぇ、リリアナ。
どうして君は僕を置いて行ったの?
どうして君は“強く”なってしまったの?
どうして僕じゃ、君を縛ることができなかったんだ?
君が笑えば、世界が輝いた。
君が泣けば、雨が降った。
君が怒れば、空が裂けた。
君がいれば、僕は“存在”できた。
君がいない世界で、僕は何者にもなれなかった。
あれから、君はどれだけ眠った?
どれだけの血を見た?
どれだけの人間を、自分の力でねじ伏せた?
君の手のひらに宿ったその力は、誰のためのもの?
君が願う“普通”は、誰と交わした約束?
ねぇ、答えてよ、リリアナ。
君は本当に、幸せだったの?
僕を切り捨てて、本当に……幸せだったの?
僕はね、君を呪った。何度も。何百回も。
君の名前を紙に刻んで、燃やして、飲み込んで、血で書き直して、壁に叩きつけて──
それでも、忘れられなかったんだ。
君の瞳。
君の声。
君の、剣。
君の背中。
君の、温度。
君の……否定。
僕を王子からただの男にしたのは君だった。
そして今、僕を“怪物”に変えたのも、また君だった。
ありがとう、リリアナ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
君がすべてを壊してくれたおかげで、僕はようやく生きられる。
愛してるよ。
心の底から。君以外、いらない。いらなかった。いらないんだ。
──だからさ。
もう一度、君を手に入れるためなら、僕はこの国ごと飲み込んでもいい。
舞踏会、覚えてるかい?
今度は、そこで待ってる。
誰のためでもない。
君のための舞踏会だ。
君と、僕の、最後の舞台だ。
来なければ、壊すよ。
来ても、壊すよ。
君の心を、君の未来を、君の夢を、君が守ろうとしている“なにか”を──
全部、全部、君の目の前で、壊してみせる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
だから殺したい。
だから壊したい。
だから、君だけが欲しい。
この手紙が届いた時、君がまだ“普通”を望んでいるなら……
僕は君を、普通に戻してあげる。
永遠に、壊れたままの“普通”に。
君だけが僕の王妃であり、処刑台の生贄であり、最愛のリリアナであり、罪そのもの。
──アレクシス・フォン・エルフェルト
---
「……っ」
手紙を持つ手が、震えていた。
声が出せない。
脳が理解を拒んでいた。
(死んだ……はずじゃ……)
あのアレクシスが──死んだと思っていた、あの男が──
「……知ってたのか」
エルの低い声が、沈黙を裂いた。
「な、何が……」
「その名前。アレクシス。まさか……お前の──」
私は、首を振った。
何度も、何度も、振った。
「違う……違いますわ。あの人は……もう死んだんですの……」
でも、手の中の文字は消えない。
滲んで、滲んで、けれど鮮やかにそこにあった。
「リリアナ?」
ミカがのぞき込む。
私の顔を見て──初めて“沈黙”を覚えたかのように、黙った。
「……妾、誰にでも笑えるけど、今のリリアナには、何も言えんのう」
(笑って……なんて言わないで)
私は手紙を胸に抱き、深く、深く、息を吐いた。
──来る。あの人が、この国に。
20
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる